死亡エンドの弱小生徒たちを救うため、闇落ちさせて最強に育てたら教え子たちの愛が重すぎる 作:綿紙チル
「せ、先生……ここに入れって、はぁはぁ、本気ですか?」
「本気です。さあ、早く」
アレンは心に鉄仮面をかぶって、少女を急かす。
だけど、彼女は動こうとはしなかった。
それどころか一歩遠ざかった。
「ほ、ほんとに閉所とか狭い所とか無理なんです……! ま、まだ拷問されるとかのほうがマシです。ど、どうかそれだけは勘弁してくださいっ!」
エラは泣きながら必死に懇願した。
「……ッツ」
アレンはそうして発狂しそうになっている生徒を見て、心の痛みが止まらくなっていた。今ここで、自分で作った棺を破壊したい衝動が溢れかけている。
生徒を救いたいのに、傷つけなくてはいけない矛盾。それが全身を蝕むように、鋭い痛みを発していた。
『先生、まさか辞めるわけないよね? 私みたいに爆弾にされて死ぬ生徒を二度と生まないって誓ったんだよね』
モルガナが耳元で優しくささやいてくる。
生前は聞くことのなかった闇を纏ったような言葉たちが、罪悪感を刺激する。
『先生は教え子たちに肉塊になって欲しいのかな? そうじゃないよね?』
わかってる。わかっている。
何とか表情を取り繕い直して、アレンはエラに迫る。
「いくら泣こうが喚こうが時間の無駄です。だから――」
どうにか抵抗しようとするエラを抱きかかえた。
この年頃の少女の軽さに驚いてしまう。
(ほんとうにごめん)
そう思っているとエラが暴れ出す。
「い、イヤ! ほんとうにいや! もうあんな暗くて冷たい所、二度と嫌なの! だから、止めてよ先生! 助けて、助けて、誰か! 誰かあ!」
そう叫んでいるエラの気持ちを考えないようにして、棺に投げ入れる。
「じゃあ、エラ、また……!」
「や、やめて! しめな――!」
完全防音で作ったので中で何を叫ぼうが、外界には一切聞こえない。
『先生も耐えられるかな? 頑張ってね』
「耐えてみせるよ」
耳で聞こえないだけ。
実際はアレンの魂を扱う闇魔術で繋がっている。
だから、今もエラの叫びが聞こえている。
◆ ◆ ◆
「開けて、開けてよ先生! 開けて! 開けて! はあはあ、ほ、ほんとに、息ができな……開けて!」
エラはずっと叫び続けていた。
ここが完全防音なのを知らない。知っていても助けを求め続ける。
自身でも脱出しようとして、必死に棺を殴るがビクともしない。それでも何とか、この場所から出るために続ける。
「み、水……水の音いやあ! やめて、やめてよ! 先生、本当は近くにいるんでしょ? 出して、出してよ! 限界なの! もう無理なの!」
どれだけ時間が経ったのかも分からない。
けどエラにはずっと叫び続けるくらいしかできることがなかった。
闇と水に怯えて、最初から余裕のなかった精神がもっと壊れていく。
寒さに震えて体力も失われる。
「た、たすけ、誰か、助けて……」
そう小さな声を出すと、外から声が聞こえた。
『おはよ~』
『おはよう。今朝の新聞見たかい? また王国軍が――』
関りはないけどクラスメイトの聞き覚えのある声。
一人はクラスの中心人物であるシャーロット。もう一人は、変人として扱われることも多いクレアだった。
「シャーロットさんに、クレアさん! 私閉じ込められているの、助けて! 助けて! 近くにいるんでしょ! ねえ!」
必死に叫ぶ。
だけど二人は反応してくれない。
『この学院で朝刊なんて取ってるのクレアくらいじゃない?』
『淑女たる者、当然の務めだろう?』
それどころか談笑している。
私が閉じ込められて苦しんでるのに、笑っている。
「気づいて! 気づいてよ! 近くにいるんでしょ! それなのに、どうして気づいてくれないの……! またそうやって私を」
何度叫んでも声が届かない。
いや、届いているのに無視されている。
そんな気がして仕方なかった。
「また、また……どうして世界は私を苦しめるの……」
エラは幼い頃に体験したトラウマを思い返していた。
◆ ◆ ◆
「えっ……」
エラは井戸にいたカエルを捕まえようと手を伸ばした。
あくまで伸ばしただけで落ちるような距離ではなかったのに……誰かから小さく押されて落ちたような気がした。
「た、助け、助けて!」
井戸の中は暗くて寒かった。
棺に閉じ込められているときのように、どれだけ声を上げても誰も助けに来てくれない。一生懸命に喉が枯れるまで叫んだけど、誰も来ない。
「助けてぇ! ママ、パパ!」
そうやって声を上げていると、親たちが近くに来た。
庭に植えている野菜を取りに来たのだろう。
「あら、今日はいい天気ね」
「でも向こうに雲が見えるぞ。もしかすると夕立が来るかもしれない」
そう普段通りに会話していて、自分を探す素振りすら見せなかった。
外で遊んでいるとでも思われたのだ。
そして大雨がエラのいる井戸を襲った。
水位がみるみるうちに上がり、頭までびしょ濡れになったことで体力がどんどん奪われていく。意識が朦朧とするなかで、何とか耐え続ける。
雨が上がると、自宅に誰かがやってきた。
ここで助けられなかったら、死ぬのだと何となく感じていた。
だからなけなしの体力で声を上げた。
「助けて! 助けて! 井戸の中! だれか!」
必死に声を出したら、郵便物を届けにきた郵便屋さんが気づいてくれた。
そして死ぬ寸前に助け出された。
それから私は閉所恐怖症になった。
◆ ◆ ◆
その時のことを思い出した。
声を出しても助けてもらえない。
その絶望感がよみがえってくる。
「い、いやだ……いやだ……ほんとにいやだ……。もうこんなところにいたくない、誰か、誰か助けて……」
水も気づけば胸辺りまで上がっている。
もうここから助かることはない。
「は、はは……はは。溺死するくらいならいっそ」
自分の服を漁って杖を取り出した。
それを自分の首元に充てる。
目を瞑って、自分自身を撃ち抜こうとしたときだった。
『待ってください。エラ』
今まで何度呼んでも答えてくれなかったアレン先生の声が魂に響いた。
「せ、せんせい……?」
エラには、もう助けを求める気力が残っていなかった。
だけど、それでも必死に手を伸ばしていた。
「出して、くれるの?」
『いや、俺があなたをそこから出すようなことはしない』
「そ、そうだよね。はは、ははは……」
力無さげに笑うエラの声をアレンは魂で聞いている。
彼女の闇落ち一歩手前のメンタルにこちらも引っ張られる。
本当は出してあげたい。
今すぐに毛布にくるませて、温かい飲み物でも飲ませてあげたい。
だけど、ここからが一番大事だ。
『エラ。あなたは過去に井戸に落ちてから閉所恐怖症になった。親にも気づいてもらえず、一人で苦しんだあの日のことを覚えていますか?』
「……忘れられません」
エラの少しだけ残っていた理性が疑問視している。
どうして過去のことを? と。
ただ、その話を詰める必要性も元気も無かった。
『エラ。あなたが井戸に落ちたのは偶然じゃない。あなたの父母がやったことだ』
「え……?」
一瞬だけがエラの頭が真っ白になった。
確かにお父さん、お母さんはそっけないし愛情も感じないけど、まさか自分を。
『そして、あなたはそのことに気づいている。いや気づいていないふりをしていた』
そうだ。
私は親に愛されていない、ましてや殺されようとしていたのを分かっていた。だって――。
『あなたは井戸に落とされたことを認知している。それが誰かまでの特定はできないが、家の敷地内のことで家族内の犯行である可能性が高い。それに決定的なのは、両親がエラの声に気づかなかったこと。郵便屋は気づいたのに、たまたま気づかなかったわけがない。つまり……あなたはいらない子だったんだ』
「わ、私は……」
先生の言うことは、昔から何となく気づいていたことだった。
どうして郵便屋さんが気づいて、両親は気づかなかったのか。
ずっとその理由は考えないようにしていた。
でも、本当は分かっていた。
考えるまでもないことだったし、私は兄弟の中でも一番冷遇されていた。
『親に殺されかけて、こんな監獄みたいな学園に送られて、最後は爆弾になって死ぬ。それがお前の人生なんだ』
「な、なんで……! なんで私がそんな……」
エラは自分の生まれを呪いたくなった。
どうして親に殺されかけなくちゃならない。
どうして爆弾にされて殺されなきゃいけない。
どうしてこんな暗くて冷たい空間に閉じ込められなきゃいけない。
「先生、そこまで分かってるなら助けて。助けてよ……」
思わず縋る。
自分じゃどうにもできないのは分かってるから。
助けてくれないのも知ってるけど、それでも。
そんな私に対して先生が、怒った。
『人に縋るな! お前みたいな、ただの子どもを助けてくれるような奴なんていない。親も兄弟も同級生も、お前を助けない。この世界は優しくない。だから、一人で全部なんとかできるようになれ! この地獄で生き残るにはそれしかないんだ!』
エラはハッとした。
そうだ、誰も助けてくれない。
親だって兄弟だって、私が死ぬことを望んでいる。
クラスメイトたちだって、近くにいたのに助けてくれなかった。
アレン先生も見ているだけで何もしてくれない。
街の人だって、駅で助けてと言ったのに眺めているだけ。
国も、私の命を奪おうとしている。
ここはそういう世界なんだ。
誰も手を差し伸べてはくれない……なら、一人で生き残る。
どんな状況でも、どんな場所からでも、一人で逃げられるように。
「私は一人でも生きていく。まずはこの場所から抜け出すために……!」
世界に見切りをつけたエラの体から黒い魔力が染み出る。
そして、自分だけの願いをもって闇魔術が発現する。
「闇魔術。
気づいたら棺をすり抜けていた。
棺にかけられていた強度を上げる魔術も難なく突破して、辿り着いたのは。
(教室?)
「せ、先生! エラが急に!?」
どうやらここは教室の前方。
真っ先に気づいたのはシャーロットで、素っ頓狂な声をあげていた。
視線が自分に集まるのを感じる。
どす黒い魔力を垂れ流しているせいか、そこにいたみんなが警戒している。
そんなクラスメイト達なんてどうでもよかったエラは、アレンに近づいた。
そして、彼の胸目掛けて手を伸ばした。
「う、腕が……!」
傍から見たらエラの腕がアレンの胸に吸い込まれているような。
内情はすり抜ける闇魔術を使って、心臓を掴んでいるだけ。
だが当の本人であるアレンは嬉しそうに泣いていた。
「よ、良かった。エラが無事に出てきてくれて……! 殺したいなら、殺してくれ、それだけの酷いことを俺はしたんだから」
何でこの人は、本気で嬉しそうに泣いているのか。
ムカついたので、彼の心臓を握る力を強くした。
でも、不思議と満たされるような感覚があった。
こんな人殺した方がいいのは間違いないのに。
「先生は、なんで私にあんなことをしたんですか?」
ただの興味本位だった。
気に入らないこと、つまらないことを言えばすぐに殺すつもりだった。
だけど、彼は。
「エラを殺させないために」
大事な臓器を握られているのに、真っすぐに自分を見つめてそう言った。
また、不思議な感覚。
そうだ、先生の行動はずっと一貫している。
私を特攻兵器にしないため。
親元に帰って苦しまないようにするため。
肉親すらも信用できないけど、この人は……。
心臓から手を外して、顔を胸元に突っ込んだ。
そしてドクンドクンと動いている場所に目掛けてキスをした。
「エラ……? な、なにを?」
「私のファーストキス。先生にならあげていいかなと」
周りで見ていたクラスメイト達はポカンとしている。
勿論、何をされたか分かっている先生ですらも。
「憎んでないのか……?」
「勿論、先生は最悪な人です。でも、私を思う気持ちに嘘はない。そう感じました」
想定外の展開にアレンは何も言えなくなっていた。
そんな彼にエラは微笑みかけた。悪巧みするような、いけない表情。
「先生、これから行きたいところがあるので……付き合ってもらえませんか?」