蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:佐伯明人

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第7話 応答 2

測定のない放課後。

 

しょうは図書室にいた。

 

机の上には数学の教科書とノート。

 

その横に、借りてきた参考書。

 

IS関連の本は一冊もない。

 

「ここ、いい?」

 

声に顔を上げる。

 

箒だった。

 

「どうぞ」

 

向かいの席に座る。

 

箒の手には数冊の本がある。

 

しょうが表紙を見る。

 

IS基礎理論。

 

近接戦闘概論。

 

もう一冊は剣道の本。

 

「勉強?」

 

「一応な」

 

箒は本を置く。

 

「クラス代表になった以上、何も知らないでは済まない」

 

「大変ですね」

 

「高瀬は数学か」

 

「宿題」

 

「明日までだったか?」

 

「明後日」

 

箒が少し止まる。

 

「早いな」

 

「今日暇だから」

 

「なるほど」

 

二人とも本を開く。

 

しばらく会話はなかった。

 

紙をめくる音。

 

鉛筆の音。

 

遠くで椅子を引く音。

 

十分ほどして、箒が本から顔を上げた。

 

「高瀬」

 

「はい」

 

「お前は、なぜ専攻科を受けた?」

 

しょうの鉛筆が止まる。

 

「なんで?」

 

「いや」

 

箒は自分の本を見る。

 

「少し気になっただけだ」

 

しょうは考える。

 

「ISに乗ってみたかったから」

 

「それだけか?」

 

「それだけじゃ駄目ですか?」

 

「そういう意味ではない」

 

箒は少し困る。

 

「もっと明確な理由があるのかと思った」

 

「箒さんは?」

 

今度は箒が止まった。

 

「私は……」

 

答えかける。

 

やめる。

 

「色々だ」

 

しょうは待つ。

 

箒は続けない。

 

「そうですか」

 

それで終わった。

 

箒が少しだけしょうを見る。

 

「聞かないのか」

 

「色々なんですよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ色々なんだと思って」

 

箒は何とも言えない顔をした。

 

しょうは数学へ戻る。

 

「……お前、一夏と少し似ているな」

 

「そうですか?」

 

「今のは忘れろ」

 

「はい」

 

また静かになった。

 

***

 

同じ頃。

 

第一アリーナ。

 

一夏は逃げていた。

 

「うおっ!」

 

横を訓練弾が通過する。

 

白式を傾ける。

 

次。

 

下。

 

上昇。

 

「遅い!」

 

千冬の声。

 

「撃ちながら言うな!」

 

「敵は待たんと言っただろう!」

 

「これ模擬戦の練習だよな!?」

 

「そうだ!」

 

「俺だけ武器ないぞ!」

 

「回避訓練だからな!」

 

訓練弾。

 

一夏が急旋回。

 

避ける。

 

姿勢が崩れる。

 

戻す。

 

次が来る。

 

「多い!」

 

「敵に言え!」

 

「先生が敵だろ!」

 

白式が上昇。

 

一夏は息を整える。

 

昨日までとは違う。

 

攻撃しなくていい。

 

だから楽。

 

そう思っていたのは最初の五分だけだった。

 

避け続ける。

 

それだけで疲れる。

 

飛べばエネルギーを使う。

 

急加速すればもっと使う。

 

急旋回。

 

減速。

 

再加速。

 

表示される数字が少しずつ減っていく。

 

「財布……!」

 

「喋る余裕があるな!」

 

「ない!」

 

次。

 

一夏は避ける。

 

今度は大きく動かない。

 

少しだけ軌道をずらす。

 

訓練弾が通過。

 

「今のは?」

 

千冬から声。

 

「避けた!」

 

「見れば分かる。なぜ小さく避けた」

 

「大きく動くと戻るの面倒だから!」

 

一瞬。

 

千冬から返事がない。

 

「……何?」

 

「続けろ」

 

「はい!」

 

また弾が来る。

 

***

 

第二アリーナ。

 

青い光が空中を走る。

 

セシリアはブルー・ティアーズを展開していた。

 

周囲には四基のビット。

 

標的。

 

一基が動く。

 

射撃。

 

別方向。

 

二基。

 

射撃。

 

本体も移動。

 

止まらない。

 

一つの標的へ集中しない。

 

複数の視線。

 

複数の射線。

 

それでも全てが同時に自由に動くわけではない。

 

セシリアの目が動く。

 

本体。

 

ビット。

 

標的。

 

射撃。

 

回避。

 

次。

 

「終了」

 

管制から声。

 

セシリアが動きを止める。

 

ビットが戻る。

 

着地。

 

記録を見る。

 

命中率。

 

制御精度。

 

反応。

 

「……少し落ちましたわね」

 

『後半ですね』

 

「原因は?」

 

『ビット二基同時制御時に本体側の回避が遅れています』

 

「分かりましたわ」

 

セシリアは記録を保存する。

 

模擬戦の相手は初心者。

 

だからといって、自分まで初心者になるわけではない。

 

普段通り。

 

必要な訓練をする。

 

それだけ。

 

「もう一度お願いしますわ」

 

『休憩を挟んでください』

 

「まだ――」

 

言いかける。

 

止まる。

 

先日の講義を思い出した。

 

使えるものは全部、使えば減る。

 

「……十分休みます」

 

『了解』

 

セシリアはブルー・ティアーズを解除した。

 

***

 

その日の夕方。

 

技術棟。

 

佐伯は一人で昨日のデータを見直していた。

 

しょうの記録。

 

三機の訓練機。

 

ほぼ同じ傾向。

 

画面の端に、一夏の白式の調整記録も開いている。

 

本来は別件だった。

 

白式の初期運用データ。

 

訓練機との差。

 

専用機による個人最適化。

 

佐伯の視線が止まる。

 

「……比較できるか」

 

二つの画面を並べる。

 

一夏。

 

しょう。

 

意味のある比較ではない。

 

一方は専用機。

 

一方は訓練機。

 

操縦者も違う。

 

機体も違う。

 

条件も違う。

 

そのまま数字を比べても意味はない。

 

佐伯は画面を閉じようとした。

 

止まる。

 

「逆か」

 

数字そのものを比べる必要はない。

 

見るべきなのは差。

 

訓練機から専用機へ移った一夏に、何が起きたか。

 

白式初装着時。

 

一夏の発言。

 

――訓練機より、自分が動いてる感じがする。

 

個人へ合わせた機体。

 

標準機ではない環境。

 

そこで応答はどう変化したか。

 

佐伯はデータを呼び出す。

 

「……やっぱり変わる」

 

当然だった。

 

専用機は搭乗者に最適化される。

 

学習する。

 

馴染む。

 

訓練機とは違う。

 

では。

 

しょうを個人最適化された環境へ置いたら。

 

あの数字はどうなる。

 

短くなるのか。

 

変わらないのか。

 

あるいは。

 

「そこから先は測らないと分からない、か」

 

佐伯は椅子へ背を預ける。

 

昨日、千冬が言った。

 

専用環境が必要になる条件を決めておけ。

 

専用機を作れとは言っていない。

 

まだ早い。

 

佐伯は新しい資料を開いた。

 

題名。

 

『高瀬しょう 継続測定計画』

 

その下。

 

目的。

 

標準訓練機における応答特性の再現性確認。

 

疲労との相関。

 

稼働時間との関係。

 

個体差の排除。

 

そして最後。

 

『個人最適化環境における比較測定の必要性評価』

 

佐伯は保存した。

 

***

 

翌日の専門実習。

 

一年一組は二人一組で基本動作の確認をしていた。

 

しょうの相手は箒だった。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

箒が訓練刀を構える。

 

攻撃ではない。

 

決められた軌道で振る。

 

しょうが避ける。

 

一歩。

 

「次」

 

もう一度。

 

しょうが避ける。

 

「次」

 

少し速く。

 

避ける。

 

箒の手が止まる。

 

「高瀬」

 

「はい」

 

「もう少し早く動けるか」

 

「たぶん」

 

「やってみろ」

 

箒が振る。

 

しょうが動く。

 

速い。

 

「……もう一度」

 

振る。

 

動く。

 

「もう一度」

 

「篠ノ之」

 

千冬の声が飛ぶ。

 

「勝手に課題を変えるな」

 

「すみません」

 

箒が刀を下ろす。

 

しょうも戻る。

 

「何かあった?」

 

しょうが聞く。

 

箒は少し考える。

 

「いや」

 

「そうですか」

 

「ただ」

 

箒はしょうを見る。

 

「お前、避けるのが早いな」

 

「そう?」

 

「自覚がないのか」

 

「測定でも似たこと言われました」

 

「測定?」

 

「反応が早いって」

 

箒が少し眉を寄せる。

 

「身体の?」

 

「ISの」

 

「どう違う」

 

「分かりません」

 

箒も分からなかった。

 

「再開しろ」

 

千冬。

 

「はい」

 

二人が構える。

 

***

 

実習後。

 

千冬は管制室へ上がった。

 

佐伯がいる。

 

「見ていたか」

 

「はい」

 

「篠ノ之が気づいた」

 

「そのうち誰かは気づきます」

 

佐伯は記録を表示する。

 

「ただ、見た目だけなら『反応がいい』で終わる程度です」

 

「実際には?」

 

「昨日までと同じ」

 

千冬は画面を見る。

 

「今日の条件でも出たか」

 

「はい」

 

「何回目だ」

 

「数えます?」

 

「いい」

 

千冬は腕を組む。

 

「誤差ではないな」

 

「僕ももう、その前提で考えています」

 

「危険性は」

 

「今のところ直接は」

 

「今のところ」

 

「そこが嫌なんですよ」

 

佐伯は別の記録を出す。

 

しょうの稼働時間。

 

「反応が早い。それ自体は便利です」

 

「だろうな」

 

「でも、機体が本人についてくるから、本人も止まる理由が減る」

 

千冬が佐伯を見る。

 

「どういう意味だ」

 

「普通は疲れてくれば操作も乱れる。機体の反応についていけなくなる。そこで本人も『今日は駄目だ』と気づく」

 

「高瀬は?」

 

「今のところ、応答特性がほとんど崩れない」

 

佐伯は波形を示す。

 

「少なくとも、本人が『まだ飛べる』と言っている間は」

 

「限界が見えにくい」

 

「そういう可能性があります」

 

千冬の表情が変わる。

 

「なら時間で切れ」

 

「もう切ってます」

 

「さらに短くするか」

 

「それも選択肢です」

 

佐伯は続ける。

 

「でも、ずっとそれだけでいいのかは別問題です」

 

「専用環境か」

 

「はい」

 

佐伯は昨日作った資料を開く。

 

千冬が読む。

 

「まだ専用機とは書いていないな」

 

「書けませんよ」

 

「なぜ」

 

「機体を作る理由がまだない」

 

千冬が資料から目を上げる。

 

「測定だけなら訓練機でできる」

 

「はい」

 

「安全管理も時間制限でできる」

 

「今は」

 

「なら作れんな」

 

「作れません」

 

二人とも同じ結論だった。

 

佐伯は画面を見る。

 

「ただし」

 

「なんだ」

 

「訓練機で測れない領域へ高瀬さんが行ったら、話が変わります」

 

「例えば」

 

「機体側が先に限界へ近づくとか」

 

千冬の視線が鋭くなる。

 

「あり得るのか」

 

「分かりません」

 

佐伯はいつものように答えた。

 

「だから、次はそこを見ます」

 

***

 

数日後。

 

第三アリーナ。

 

しょうは訓練機で飛んでいた。

 

今日の測定は長い。

 

速く飛ぶ必要はない。

 

決められた航路を一定速度で回る。

 

一周。

 

二周。

 

三周。

 

「体調は?」

 

『大丈夫です』

 

「疲労は?」

 

『少し』

 

「続けられる?」

 

『はい』

 

「じゃあ次の一周で休憩」

 

『分かりました』

 

佐伯は時計を見る。

 

無理はさせない。

 

限界を見るために限界まで飛ばすようなことはしない。

 

それでも必要なデータは取れる。

 

しょうが旋回する。

 

四周目。

 

「……ん?」

 

スタッフが画面を見る。

 

「どうした」

 

「出力補正が増えてます」

 

佐伯が確認する。

 

僅か。

 

誤差にも見える。

 

「機体温度は?」

 

「正常」

 

「エネルギー」

 

「範囲内」

 

しょうは飛んでいる。

 

見た目には何も変わらない。

 

「高瀬さん」

 

『はい』

 

「何か違和感ある?」

 

『ないです』

 

「予定変更。そこで降りて」

 

『一周まだですけど』

 

「いいから降りて」

 

『はい』

 

しょうが下降する。

 

着地。

 

その瞬間。

 

一つの数字が跳ねた。

 

佐伯が見る。

 

応答補正。

 

一瞬だけ、標準域の上限を越えている。

 

「記録止めないで」

 

スタッフの手が動く。

 

しょうが訓練機を解除する。

 

「何かあった?」

 

管制室へ上がってきたしょうが聞く。

 

「今調べてる」

 

佐伯は答える。

 

「体は?」

 

「普通です」

 

「手、震えてない?」

 

しょうが両手を見る。

 

「ないです」

 

「頭痛」

 

「ない」

 

「気持ち悪い」

 

「ないです」

 

佐伯は頷く。

 

「今日はもう乗らない」

 

「はい」

 

しょうはスポーツドリンクを受け取る。

 

「悪い数字?」

 

佐伯は画面を見る。

 

「まだ分からない」

 

しょうはそれ以上聞かなかった。

 

***

 

しょうが帰ったあと。

 

訓練機は格納庫へ送られた。

 

整備班が調べる。

 

佐伯も立ち会う。

 

「異常なし」

 

整備員が言う。

 

「ログは?」

 

「残ってます」

 

「機体保護側の補正?」

 

「動いてます。ただ……」

 

整備員が記録を拡大する。

 

「操縦入力に追従するための補正量が一時的に増えています」

 

「本人が急操作した?」

 

「してません」

 

佐伯はしょうの入力記録と重ねる。

 

一定航路。

 

一定速度。

 

特別な操作はない。

 

それなのに機体側が補正している。

 

「訓練機が遅れ始めた?」

 

誰かが言う。

 

佐伯はすぐには答えなかった。

 

その言い方はまだ早い。

 

だが。

 

今まで見ていたのは、しょうに対して機体がどれだけ早く応答するかだった。

 

今日初めて、逆側の数字が動いた。

 

しょうは変わっていない。

 

訓練機が合わせるために働いた。

 

「……機体を替えて再測定」

 

佐伯が言う。

 

「同条件?」

 

「いや」

 

少し考える。

 

「次は短時間。絶対に疲労を重ねない」

 

「了解」

 

「それと、この機体は他の生徒に戻す前に全系統確認」

 

「分かりました」

 

佐伯は記録を保存する。

 

***

 

夜。

 

千冬の端末に一件の報告が届いた。

 

送信者。

 

佐伯。

 

件名。

 

『高瀬しょう継続測定・追加所見』

 

千冬は開く。

 

読み進める。

 

最後の一文で止まった。

 

『標準訓練機側の追従補正増加を初観測。現時点では単発事象につき、異常とは断定しない』

 

その下。

 

『再現した場合、標準訓練機による長期運用の妥当性を再検討する』

 

千冬はしばらく画面を見る。

 

閉じる。

 

机の上には、別の資料があった。

 

一夏とセシリアの模擬戦実施案。

 

白式の訓練記録。

 

ブルー・ティアーズの既存データ。

 

千冬はそちらを開く。

 

学園では、いくつものことが同時に進んでいる。

 

一夏は戦うための基礎を覚え始めた。

 

箒はクラス代表として訓練を始めた。

 

セシリアはいつも通り、自分の技術を磨いている。

 

そしてしょうは。

 

本人が何もしていないところで、訓練機の方が一つ、基準から外れた。

 

千冬は模擬戦の日程表へ視線を戻した。




今日はここまでです
分からない部分があれば、素直に質問してくださいね笑
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