蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
なお、リブートとか求めませんよ
一夏とセシリアの模擬戦の日程が決まった。
三日後。
放課後の第一アリーナ。
授業ではなく、学園管理下で行われる実戦形式の測定。
その知らせを受けた一夏が最初にしたことは、
「三日しかないの?」
だった。
「三日もある」
千冬は答えた。
「いや、俺まだ雪片も使ってないんだけど」
「今日使う」
一夏が止まる。
「今日?」
「ああ」
「もっとこう、溜めとかないの?」
「何をだ」
「いや……専用武器初使用ってもっと特別な感じが」
「授業だぞ」
「はい」
白式を展開する。
千冬が格納区画へ合図を送った。
一夏の手元へ一本の刀が転送される。
握る。
訓練刀とは違う。
「これが雪片?」
「雪片弐型だ」
一夏は刀身を見る。
「弐型?」
「説明は後だ。まず振れ」
「また素振り?」
「嫌なら返せ」
「振ります」
構える。
昨日まで繰り返した動作。
振る。
戻す。
訓練刀より感覚が違う。
もう一度。
「重さは?」
千冬。
「そんなに変わらない。でも……」
一夏は振る。
「なんか違う」
「何がだ」
「分からない」
「なら続けろ」
十回。
二十回。
少しずつ馴染む。
三十回。
一夏は止まった。
「これ、普通の刀じゃないんだろ?」
「IS用武装だ。当然だ」
「そうじゃなくて」
一夏は雪片弐型を見る。
「なんかあるんだろ?」
千冬は少し黙った。
「ある」
「何?」
「零落白夜」
一夏が聞き返す。
「れいらくびゃくや?」
「対象のエネルギー防御を無効化し、本体へ直接攻撃を通す」
一夏の表情が変わる。
「……強くない?」
「強い」
「それだけ?」
「何が聞きたい」
「弱点」
千冬が一夏を見る。
「なぜあると思った」
「最近ずっと財布の話されてるから」
千冬は小さく息を吐いた。
「成長したな」
「褒められた気がしない」
「零落白夜は白式のエネルギーを大量に消費する」
「やっぱり」
「一撃で決められなければ、お前自身の首を絞める」
一夏は雪片弐型を見る。
強い。
当たれば。
その前提がつく。
昨日まで千冬へ一本も入れられなかったことを思い出す。
「……高い買い物だな」
「そういうことだ」
「模擬戦で使う?」
「お前が決めろ」
「俺が?」
「お前の武器だ」
千冬は一夏の正面へ立つ。
「ただし今日は使わん」
「え」
「通常状態の雪片弐型だけで私に当てろ」
「またそれ?」
「嫌か?」
一夏は構える。
「今日は当てる」
「来い」
踏み込んだ。
***
昼休み。
一組の教室。
箒はクラス代表用の予定表を見ていた。
来月以降の行事。
代表者会議。
実技予定。
提出物。
「思ったより多いな」
一夏が横から覗く。
「だからお前は他人事ではないと言っている」
「俺にできることある?」
「邪魔をしない」
「もうちょっとない?」
「では模擬戦で無茶をするな」
「それ代表の仕事?」
「クラスの人間が怪我をすれば困る」
一夏が少し笑う。
「分かった」
少し離れた席では、しょうが弁当を食べている。
一夏がそちらを見る。
「高瀬、模擬戦見に来る?」
しょうが顔を上げる。
「見ていいんですか?」
「たぶん」
「一般見学区画は開放されるはずだ」
箒が答える。
「じゃあ行きます」
「高瀬ならどっち勝つと思う?」
「一夏」
箒が睨む。
「なんだよ」
「そういうことを聞くな」
「別にいいだろ」
しょうは少し考える。
「分かりません」
「まあそうだよな」
「でも」
しょうが続ける。
「オルコットさんの方が上手いですよね」
「うん」
「織斑君は?」
「下手」
「自分で言うな」
箒。
一夏は笑う。
「だから練習してんだよ」
しょうは箸を動かす。
「じゃあ三日後なら、今より上手いですね」
一夏が少し止まる。
「……そうだな」
「オルコットさんも練習するでしょうけど」
「そっちもか」
「当たり前だ」
箒が言う。
「相手だけ止まっていると思うな」
一夏は机へ突っ伏した。
「三日って短いなあ」
「さっき気づいたのか」
***
放課後。
第三アリーナ。
しょうは昨日とは別の訓練機を装着していた。
「今日は十五分」
佐伯の声。
『短いですね』
「短いよ」
『何する?』
「昨日と同じ航路」
『はい』
「ただし、少しだけ速度を変える。無理はしない」
『はい』
「違和感があったらすぐ言う」
『はい』
「疲れたら?」
『言う』
「まだ飛べても?」
少し間。
『言う』
「よし」
測定開始。
しょうが上がる。
一定速度。
一周。
管制室では複数の数字が動く。
昨日、補正値が跳ねた訓練機とは別機体。
二周。
「問題なし」
スタッフ。
佐伯は答えない。
三周。
速度を少し上げる。
しょうの軌道は安定している。
「高瀬さん、体調」
『大丈夫』
「疲労」
『まだ大丈夫』
「ゼロから十なら」
『二くらい』
佐伯が記録する。
四周。
応答。
正常。
五周。
スタッフの指が止まる。
「補正上がりました」
佐伯が見る。
僅か。
「まだ続ける」
六周。
さらに上がる。
「再現した」
誰かが呟いた。
佐伯は通信を入れる。
「高瀬さん、速度落として」
『はい』
しょうが減速する。
補正値。
下がらない。
「降りて」
『はい』
下降。
着地。
昨日と同じ。
着地直前。
数字が跳ねる。
「終了」
佐伯が言う。
しょうが訓練機を解除した。
***
「二機目」
管制室。
誰もすぐには話さなかった。
昨日とは別機体。
同じ傾向。
同じ条件ではない。
それでも再現した。
「機体側ですね」
スタッフが言う。
「少なくとも本人の疲労だけでは説明しにくい」
佐伯はデータを重ねる。
しょう自身の入力。
ほぼ変化なし。
応答速度。
維持。
訓練機側の追従補正。
増加。
「何が起きてるんです?」
「まだ名前をつけたくない」
佐伯は画面を見る。
「名前をつけると、それで分かった気になるから」
「でも訓練機で長時間は――」
「やめよう」
スタッフが佐伯を見る。
「測定を?」
「長時間運用を」
佐伯は即答した。
「ここから先を調べるために訓練機を使い続けるのは違う」
「専用機ですか」
「まだそこまで飛ばない」
佐伯は椅子から立つ。
「まず報告」
***
しょうは廊下のベンチで待っていた。
スポーツドリンクを飲んでいる。
佐伯が出てくる。
「お待たせ」
「何か分かった?」
「少し」
隣に座る。
「高瀬さん」
「はい」
「しばらく、授業以外で長くISに乗るのやめよう」
しょうの手が止まる。
「なんで?」
「訓練機の方に、ちょっと無理が出てる可能性がある」
「壊した?」
「壊してない」
佐伯はすぐ答えた。
「高瀬さんが悪いわけでもない」
「でも私が乗ると?」
「今のところ、長く乗ると機体側の補正が増える」
しょうはスポーツドリンクを見る。
「それって危ない?」
「今すぐ危険という数字じゃない」
「じゃあ、なんでやめるの?」
「危険になるまで試す必要がないから」
しょうは黙る。
佐伯は続けない。
少しして、しょうが聞いた。
「授業は乗っていい?」
「いい。ただし時間は見る」
「飛ぶのも?」
「いい」
「分かりました」
しょうは頷いた。
「残念?」
佐伯が聞く。
「少し」
「飛ぶの好き?」
しょうは考える。
「好きなのかも」
佐伯はそれを記録しなかった。
「じゃあ、ちゃんと飛べる方法を考えよう」
「訓練機じゃなくて?」
「それも含めて」
「専用機?」
佐伯が止まる。
しょうが見る。
「織斑君みたいな」
「まだ決まってない」
「そうですか」
「期待した?」
「ちょっと」
佐伯は笑った。
「そういうところは一夏君と同じだね」
「専用機は嬉しいと思います」
「まあ、そうだよね」
佐伯は立つ。
「でも、作るなら理由がいる」
「理由?」
「高いから」
しょうが少し笑う。
「財布」
「そう。学園の財布」
***
その日の夕方。
会議室。
昨日より参加者が増えていた。
技術部門。
教員。
安全管理。
学園運営。
千冬。
佐伯。
画面には二日分の記録。
「再現しました」
佐伯が説明する。
「別個体の訓練機でも、一定時間経過後に追従補正の増加が確認されています」
「故障では」
「ありません」
「高瀬本人の操作が荒い?」
「むしろ一定です」
「なら訓練機の仕様上の問題か」
「そう考えています」
佐伯は標準訓練機の設計思想を表示する。
「訓練機は幅広い操縦者へ対応するため、かなり余裕を持った制御になっています」
「それでも足りない?」
「足りない、というより」
佐伯は言葉を選ぶ。
「高瀬さんの応答特性に合わせ続けることを想定していない」
千冬が聞く。
「短時間なら」
「問題なし」
「授業程度なら」
「今のところ」
「長時間では」
「機体側の補正が増える」
会議室が静かになる。
一人が聞く。
「では、訓練機を高瀬用に調整する案は?」
「可能です」
佐伯が答える。
「ただし、その時点で標準訓練機ではなくなります」
「専有機になる」
「実質的には」
「改修費は?」
数字が出る。
何人かが見る。
「安くはないな」
「でも専用機よりは安い」
別の声。
佐伯は頷く。
「その通りです」
「なら改修でいいのでは?」
「測定だけなら」
千冬が佐伯を見る。
「続きがあるな」
「あります」
佐伯は別の資料を開く。
「高瀬さんはまだ初心者です」
「それが?」
「今後、上達します」
誰も答えない。
「飛行速度も上がる。操作も増える。実戦訓練も始まる。稼働時間も伸びる可能性がある」
今までのデータ。
そして予測領域。
「今の高瀬さんに合わせて訓練機を改修して、それが半年後にも足りる保証がない」
「なら余裕を持たせる」
「どこまで?」
佐伯が聞き返す。
「基準がありません」
沈黙。
「つまり」
学園側の担当者が言う。
「高瀬しょうという操縦者の上限が分からない」
「はい」
「だから訓練機をどこまで改修すればいいかも分からない」
「そうです」
「では専用機なら分かるのか?」
佐伯は首を振る。
「分かりません」
何人かが苦笑する。
「分からないことばかりだな」
「そういう仕事なので」
佐伯は気にしない。
「ただ、専用機なら最初から本人を基準にできます」
画面が変わる。
機体素体。
まだ具体的な設計ではない。
「武装はいりません」
一人が聞き返す。
「武装なし?」
「今必要なのは戦わせる機体じゃない」
佐伯はしょうのデータを表示する。
「高瀬さんが安全に動けて、機体側が本人についていけて、その状態を長期的に観測できる環境です」
「研究機か」
「兼、本人用の訓練環境」
千冬が腕を組む。
「本人保護も必要だ」
「はい」
「稼働時間の管理」
「機体側から制限できるようにしたい」
「本人がまだ飛べると言っても?」
「止められるように」
佐伯は資料へ項目を加える。
操縦者保護。
稼働時間管理。
応答特性追従。
長期データ取得。
「費用は?」
聞かれる。
佐伯が概算を出す。
会議室が少し静かになった。
「高いな」
「専用機なので」
「財布だ」
千冬。
佐伯が笑いそうになる。
「浸透しましたね」
「お前のせいだ」
学園側の担当者が資料を見る。
「一夏の白式とは事情が違う」
「はい」
「世界初の男性操縦者という研究価値もない」
「はい」
「代表候補生でもない」
「はい」
「それでも必要だと?」
佐伯は少し考えた。
「今すぐ完成機が必要だとは言いません」
画面に訓練機の記録を出す。
「でも、訓練機を高瀬さんに合わせて改修し続けるなら、その費用も積み上がる」
次。
「そのたびに別の機体を用意する」
次。
「本人の上達に合わせてまた改修する」
次。
「しかも、どこかで訓練機の設計限界に当たる可能性がある」
佐伯は全てを並べる。
「だったら最初から、本人を基準にした素体を一機作った方が、長期的には安いかもしれない」
誰かが言った。
「財布か」
佐伯が頷く。
「財布です」
少しだけ笑いが起きた。
その後。
正式な議題へ戻る。
『高瀬しょう専用運用素体・開発可否』
まだ機体名はない。
武装計画もない。
戦闘能力の要求もない。
必要なのは一つ。
標準訓練機では、いずれ追いつかなくなるかもしれない生徒を、安全に乗せ続けられること。
会議の最後。
開発検討の開始が承認された。
専用機の完成ではない。
設計の開始ですらない。
まず、要求仕様を作る。
そのための人員を集める。
佐伯は資料を閉じた。
ここから先は、技術者だけの仕事ではない。
***
翌朝。
一夏は教室で参考書を読んでいた。
しょうが来る。
「おはよう」
「おはようございます」
席へ座る。
一夏が本から顔を上げた。
「昨日測定だった?」
「はい」
「どうだった?」
「長く乗るの禁止になりました」
「え」
一夏の表情が変わる。
「大丈夫なの?」
「私は大丈夫」
「機体?」
「そっちがちょっと無理してるかもって」
一夏はしばらくしょうを見る。
「……高瀬が機体壊しかけたの?」
「壊してない」
「強いな」
「そういう話じゃないと思います」
箒が来る。
「何の話だ」
「高瀬が訓練機に勝った」
「勝ってない」
しょうが否定する。
「どういう意味だ」
箒が聞く。
しょうは少し考える。
「長く飛ぶと、訓練機が疲れるらしいです」
「機体が?」
「たぶん」
一夏が言う。
「機体にも財布があるんだな」
しょうが頷く。
「あるみたいです」
箒は二人を見る。
「お前たちは何でも財布にするのをやめろ」
チャイムが鳴った。
三人が席へ戻る。
誰も知らない。
昨日の会議で、しょうのためだけの機体について話が始まったことを。
そして、その機体にはまだ。
武器どころか、名前すらなかった。