蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
その日の放課後。
一夏は第一アリーナで白式を展開していた。
模擬戦まで、あと一日。
「今日は何する?」
「通し」
千冬が答える。
「通し?」
「開始から終了まで。お前が何を選ぶかを見る」
一夏は雪片弐型を握る。
「相手は?」
「私」
「やっぱり」
「不満か」
「いや、もう慣れた」
「慣れるほどやっていない」
「精神的にはかなりやった気がする」
千冬は答えない。
「ルールは?」
「模擬戦と同じ。規定エネルギー内。危険行為は禁止。場外あり」
「場外?」
「競技なんだから当然だろう」
一夏は少しだけ考える。
「倒さなくてもいいってこと?」
千冬の目が一瞬だけ動く。
「そうだ」
「なるほど」
開始位置へ移動する。
一夏は白式の表示を見る。
エネルギー。
雪片。
飛行。
全部同じ財布。
「零落白夜は?」
「使ってもいい」
「本当に?」
「明日も同じだ」
一夏は少し迷う。
使える。
でも使えば減る。
しかも千冬に当たる保証はない。
「始めるぞ」
開始。
千冬が動く。
今までみたいに待ってくれない。
一夏も上がる。
距離。
近づく。
千冬が離れる。
一夏は追う。
追いすぎない。
速度。
距離。
再加速。
千冬が急停止。
一夏が前へ出る。
「うわっ」
横から一撃。
シールド。
減る。
「痛くないけど財布が痛い!」
「喋るな」
一夏は距離を取る。
今の被弾。
絶対防御ではない。
シールドで受けた。
それでも減る。
「次」
千冬が来る。
一夏は避ける。
大きく逃げない。
必要な分だけ。
「少しは覚えたな」
「褒められた?」
「まだだ」
一夏は雪片を構える。
斬る。
避けられる。
もう一度。
今度は追撃しない。
千冬が少し距離を取る。
一夏は考える。
当てる。
それだけなら零落白夜が強い。
でも当たらない。
なら先に当てる場所を作る。
「……どうやって」
「敵に聞くな」
「独り言!」
一夏は飛ぶ。
千冬を追う。
正面から。
途中で高度を下げる。
千冬が対応する。
一夏はさらに下。
床が近い。
「織斑」
千冬の声。
「分かってる!」
地面すれすれ。
前。
千冬が下がる。
場外ラインが一瞬視界に入る。
一夏が気づく。
相手を倒さなくてもいい。
押し出せば終わる。
でも。
「今じゃない」
一夏は旋回する。
千冬が僅かに目を細める。
訓練は続いた。
***
同じ頃。
技術棟。
しょうの専用運用素体について、最初の要求仕様案が作られていた。
佐伯の前には白紙に近い設計画面。
名前。
未定。
武装。
未定。
外装。
未定。
必要なのはもっと手前だった。
「高瀬さんに合わせる」
一人の技術者が言う。
「それだけだと何でも入りますね」
「だから切る」
佐伯が答える。
画面に項目を出す。
第一。
長時間運用時でも追従補正が過剰に増えないこと。
第二。
操縦者本人の疲労と機体側の負荷を独立して監視できること。
第三。
必要に応じて機体側から運用制限をかけられること。
第四。
今後の習熟に合わせて調整幅を確保すること。
「武装は?」
「なし」
「本当にゼロ?」
「今の目的に必要ない」
「シールドは?」
「標準」
「飛行能力」
佐伯の手が止まる。
「そこは重要」
「高瀬さん、飛行が中心ですからね」
「中心というより」
佐伯はデータを見る。
「今のところ、飛行している時に一番特徴が出る」
「高機動型にします?」
「まだそういう名前をつけない」
「またそれですか」
「名前をつけると、その方向に設計が寄る」
佐伯はしょうの入学前測定を流す。
跳ぶ。
浮く。
進む。
「この子、最初から高機動型になろうとして飛んだわけじゃない」
「まあ、そうですね」
「だからまず、本人の邪魔をしない」
画面に新しい項目。
飛行系統。
『高応答・広可変域・余裕度重視』
「余裕度?」
「今の訓練機みたいに、本人へ合わせるために無理させない」
「出力を上げる?」
「単純には上げない」
「じゃあ?」
「動きたい時に動ける。止まりたい時に止まれる。その間を機体側が潰さない」
技術者が考える。
「難しいですね」
「難しい」
「予算」
「もっと難しい」
二人とも画面を見る。
空白が多い。
だからこそ、今は余白が必要だった。
***
翌朝。
一組の教室。
模擬戦当日。
一夏は教科書を開いている。
目線だけが同じ行を何度も往復していた。
しょうが前から振り返る。
「緊張してます?」
「ちょっと」
「読んでないですよね」
「読んでる」
「さっきから同じページです」
一夏は本を閉じる。
「見てたの?」
「前の席なので」
箒が横から来る。
「午後だろう」
「だから午前が長いんだよ」
「授業を受けろ」
「受けてるって」
「頭に入っているか?」
一夏は答えない。
箒がため息。
「負けるのが怖いのか」
「いや」
一夏は少し考える。
「何も出来ないまま終わるのが嫌」
箒の表情が変わる。
「相手は代表候補生だ」
「分かってる」
「経験差もある」
「分かってる」
「なら」
「だからって、最初から何も出来ないって決めたくない」
箒は黙る。
しょうが聞く。
「何したら、何かしたことになるんですか?」
一夏が止まる。
「え?」
「勝つ?」
「それが一番だけど」
「一回当てる?」
「それでもいい」
「逃げ切る?」
一夏が少し笑う。
「それは戦ってないだろ」
「千冬先生との測定で私はそれやりました」
「そうだった」
箒が言う。
「高瀬は参考にするな」
「でも」
しょうは少しだけ首を傾ける。
「勝ち方って一つじゃないですよね」
一夏は昨日の場外ラインを思い出す。
「……そうだな」
チャイム。
千冬が入ってくる。
「席につけ」
三人が戻る。
一夏は教科書を開き直した。
今度は少しだけ文字が頭に入った。
***
昼休み。
セシリアは一人でアリーナへ行っていた。
ブルー・ティアーズを展開する。
最後の確認。
ビット。
通信。
射撃。
移動。
全て問題なし。
「終了」
管制から声。
セシリアは着地する。
「調整は?」
『正常です』
「分かりましたわ」
解除。
整備員が近づく。
「緊張します?」
「わたくしが?」
「相手、世界初ですし」
セシリアは少し考える。
「世界初であることと、今日の相手としてどうかは別でしょう」
「それもそうですね」
「ただ」
整備員が見る。
「ただ?」
セシリアはブルー・ティアーズを見る。
「昨日より今日の方が、彼は上手いでしょうね」
「三日で?」
「初心者ですもの」
「伸び幅が大きい?」
「ええ」
セシリアは少し笑う。
「だから油断はしませんわ」
***
午後。
第一アリーナ。
見学区画には一組の生徒たち。
一般見学席にも何人かいる。
箒は前の方。
しょうも隣。
「人多いですね」
しょうが言う。
「一夏だからな」
「世界初」
「それもある」
「オルコットさんも代表候補生」
「それもだ」
「じゃあ両方」
「そういうことだ」
アリーナ内。
白式。
ブルー・ティアーズ。
一夏は開始位置で深呼吸する。
通信。
千冬の声。
『最終確認。危険行為は禁止。シールド規定値到達、場外、降参で終了』
一夏が聞く。
「零落白夜は?」
『使用可。ただし安全設定をかける』
セシリアから通信。
『遠慮なさらなくて結構ですわ』
「遠慮というか、当てられるかが問題なんだけど」
『そこからですの?』
「そこから」
一瞬。
セシリアが笑った気がした。
千冬。
『開始十秒前』
一夏は雪片弐型を握る。
エネルギーを見る。
全部同じ財布。
使える。
でも全部使う必要はない。
『五』
ブルー・ティアーズのビットが展開。
四基。
『四』
一夏は高度を見る。
距離。
場外。
『三』
セシリアが構える。
『二』
一夏も構える。
『一』
開始。
青い光が散る。
一夏は上へ飛んだ。