蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:sho_greenhouse

15 / 23
第12話 ことばの違い 2

翌日の技術棟。

 

しょう用素体の基礎設計が始まっていた。

 

まだ形はない。

 

画面にあるのは、人型の簡素な輪郭と数字ばかり。

 

「飛行系、これ以上余裕取ります?」

 

技術者が聞く。

 

佐伯は資料を見る。

 

「取りたい」

 

「重量増えますよ」

 

「どこで削れる?」

 

「武装」

 

「最初からない」

 

「ですよね」

 

別の技術者が笑う。

 

「外装を軽くする?」

 

「防御は落としたくない」

 

「じゃあ制御系」

 

佐伯が止まる。

 

「そこは削らない」

 

即答。

 

「高瀬さん用ですよ」

 

「だから」

 

しょうの測定記録。

 

訓練機側の追従補正。

 

二機で再現。

 

「ここを普通にしたら、訓練機と同じことになる」

 

「じゃあ、演算能力増やします?」

 

「それも候補」

 

画面に数字。

 

重量。

 

消費。

 

冷却。

 

何かを増やせば。

 

何かが減る。

 

「財布ですね」

 

技術者。

 

佐伯が顔を上げる。

 

「ここでも?」

 

「最近学園内で聞きますよ」

 

「嫌な文化を作ってしまった」

 

「分かりやすいので」

 

設計を続ける。

 

飛行。

 

制御。

 

安全。

 

全部欲しい。

 

でも全部を最大にはできない。

 

「高瀬さん、何をしたいんでしょうね」

 

一人が言った。

 

佐伯が見る。

 

「ISで?」

 

「はい」

 

「飛びたい、くらいしか聞いてない」

 

「戦いたいとか」

 

「聞いてない」

 

「射撃」

 

「聞いてない」

 

「近接」

 

「聞いてない」

 

「じゃあ本当に飛ぶだけ?」

 

「今はね」

 

佐伯は画面を見る。

 

「それでいいんじゃない?」

 

「専用機なのに?」

 

「専用機だから」

 

また、その答えだった。

 

***

 

午後。

 

一年一組。

 

実習。

 

今日の課題は二人一組。

 

一方が指定された航路を移動し、もう一方が追従する。

 

戦闘ではない。

 

距離を一定に保つ。

 

それだけ。

 

しょうの相手はセシリアだった。

 

「準備はよろしくて?」

 

「はい」

 

「では、わたくしが先行しますわ」

 

セシリアが飛ぶ。

 

しょうが追う。

 

一定距離。

 

右。

 

左。

 

上。

 

下。

 

セシリアは速くしない。

 

授業の指定速度。

 

しょうもついていく。

 

旋回。

 

しょうが少し膨らむ。

 

「そこ、外れていますわよ」

 

「はい」

 

修正。

 

次。

 

今度は小さすぎる。

 

「近いですわ」

 

「難しい」

 

「相手を見るだけでは駄目です」

 

「どこ見るの?」

 

「相手と、自分と、周囲」

 

しょうが少し黙る。

 

「多いですね」

 

「戦闘ならもっと増えますわ」

 

「ビットも?」

 

セシリアが一瞬止まりかける。

 

「ええ」

 

「四つ」

 

「最大で四基」

 

「やっぱり大変」

 

「だから昨日、減らしました」

 

しょうが追いながら聞く。

 

「使わなかった?」

 

「そうです」

 

セシリアが少し笑う。

 

「覚えていましたのね」

 

「うん」

 

次の旋回。

 

しょうがついていく。

 

***

 

交代。

 

今度はしょうが先行。

 

「速くしすぎないでくださいまし」

 

「はい」

 

しょうが飛ぶ。

 

直進。

 

旋回。

 

セシリアが追う。

 

少しずつ航路を変える。

 

しょうは後ろを振り返らない。

 

「高瀬さん」

 

『はい』

 

「わたくしの位置、分かります?」

 

しょうが少し考える。

 

『後ろ』

 

「それは当然ですわ」

 

『右後ろ?』

 

セシリアが僅かに目を見開く。

 

ほぼ合っている。

 

「見ました?」

 

『見てない』

 

「ではなぜ?」

 

『なんとなく』

 

セシリアはしょうを見る。

 

授業は続く。

 

次。

 

しょうが左。

 

セシリアが追う。

 

今度は少し距離が開く。

 

しょうが速度を落とす。

 

「今、わたくしを見ました?」

 

『見てない』

 

「なぜ減速を?」

 

『離れた気がしたから』

 

セシリアは何も言わない。

 

管制室。

 

千冬が記録を見る。

 

佐伯はいない。

 

「高瀬」

 

通信。

 

『はい』

 

「今のをもう一度」

 

『はい』

 

再現。

 

しょうが先行。

 

セシリアが意図的に少し遅れる。

 

しょうが僅かに減速。

 

「もう一度」

 

今度はセシリアが近づく。

 

しょうが少し加速。

 

「高瀬」

 

『はい』

 

「後ろを見ているか」

 

『見てません』

 

「ISの表示は」

 

『見てます』

 

「何を」

 

しょうが困る。

 

『普通に?』

 

「……続けろ」

 

千冬は記録へ印をつけた。

 

***

 

実習後。

 

セシリアとしょうが機体を解除する。

 

「高瀬さん」

 

「はい」

 

「さっきの」

 

「何?」

 

「わたくしの位置」

 

「はい」

 

「どうして分かりましたの?」

 

しょうは考える。

 

「分かったっていうか」

 

「ええ」

 

「なんとなく、そっちにいる感じ」

 

「ISから?」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「自分で後ろ見えないし」

 

セシリアが考える。

 

「レーダー表示でしょうか」

 

「それかも」

 

しょうはあまり気にしていない。

 

セシリアも、それ以上は追わなかった。

 

「そういえば」

 

しょうが言う。

 

「ビットって、後ろにも行ける?」

 

「当然ですわ」

 

「見えないのに?」

 

「センサー情報がありますから」

 

「じゃあ、自分の手みたいな感じ?」

 

セシリアは少し考える。

 

「手、ではありませんわね」

 

「じゃあ?」

 

「道具です」

 

即答。

 

だが。

 

少しして付け加える。

 

「かなり複雑な」

 

「やっぱり大変ですね」

 

「慣れますわ」

 

昨日と同じ答え。

 

しょうが笑う。

 

***

 

放課後。

 

技術棟。

 

佐伯が実習記録を見ていた。

 

千冬から回ってきたもの。

 

しょう。

 

先行。

 

セシリア。

 

追従。

 

再生。

 

しょうが減速する。

 

セシリアとの距離が開いた直後。

 

もう一度。

 

加速。

 

今度はセシリアが近づいた直後。

 

「レーダー?」

 

技術者が聞く。

 

「本人はそう言ってる」

 

「普通でしょう」

 

「普通だね」

 

佐伯は記録を見る。

 

「じゃあ何で織斑先生が印つけたんです?」

 

「そこ」

 

時間を拡大。

 

セシリアの位置変化。

 

機体センサー。

 

表示更新。

 

しょうの操作。

 

「……早い?」

 

「微妙」

 

今までの異常値ほど明確ではない。

 

「誤差じゃないですか」

 

「かもしれない」

 

佐伯は閉じようとする。

 

そこで。

 

昼休み。

 

昨日のセシリアとの会話を思い出す。

 

違う。

 

佐伯はその場にいなかった。

 

知らない。

 

代わりに、実習記録の音声を戻す。

 

しょうとセシリア。

 

ビットの話。

 

授業後。

 

『じゃあ、自分の手みたいな感じ?』

 

『手、ではありませんわね』

 

『じゃあ?』

 

『道具です』

 

佐伯が止める。

 

「何です?」

 

技術者。

 

「いや」

 

再生。

 

『自分の手みたいな感じ?』

 

止める。

 

「……これ」

 

「高瀬さんの発言?」

 

「うん」

 

「ビット載せます?」

 

「載せない」

 

即答。

 

「じゃあ何です」

 

佐伯はしょう用素体の設計画面を開く。

 

制御系。

 

操縦者入力。

 

機体応答。

 

センサー情報。

 

「今まで」

 

佐伯が言う。

 

「高瀬さんが機体をどう動かすかばっかり見てた」

 

「それを調べてるんですから」

 

「そう」

 

別の画面。

 

センサー。

 

姿勢。

 

周辺情報。

 

「逆は?」

 

「逆?」

 

「機体が高瀬さんへ情報を返す方」

 

技術者が画面を見る。

 

「普通に視覚表示、音声、警告――」

 

「普通ならね」

 

佐伯は実習記録を見る。

 

訓練機。

 

標準インターフェース。

 

しょうはそれを使っている。

 

だが、そもそも。

 

しょう側から機体への伝達が普通ではない可能性を調べている。

 

なら。

 

「行きだけ違って、帰りは普通って決める理由ある?」

 

技術者が黙る。

 

「……ないですね」

 

「まだ何も分からないけど」

 

佐伯は新しい項目を作る。

 

『双方向伝達特性』

 

「測ります?」

 

「測る」

 

「ビットは?」

 

「関係ない」

 

佐伯は首を振る。

 

「今は」

 

***

 

翌日。

 

しょうは再び第三アリーナに呼ばれた。

 

ただしISには乗っていない。

 

「これ何?」

 

机の上。

 

小さな箱。

 

その横にモニター。

 

佐伯。

 

技術スタッフ。

 

「ゲーム」

 

「ゲーム?」

 

「みたいなもの」

 

画面に点が出る。

 

「この点が動くから、方向を当てて」

 

「見るの?」

 

「最初は」

 

開始。

 

右。

 

左。

 

上。

 

下。

 

しょうが答える。

 

普通。

 

「次」

 

今度は画面を見ない。

 

「見ないでどうするの?」

 

「音」

 

左右のスピーカー。

 

しょうが答える。

 

普通。

 

「次」

 

しょうが見る。

 

机の箱。

 

「これを使う」

 

「何するの?」

 

「手を置いて」

 

しょうが置く。

 

「振動するから、どっち側か当てる」

 

右。

 

「右」

 

左。

 

「左」

 

普通。

 

佐伯は記録する。

 

「普通ですね」

 

スタッフ。

 

「普通だね」

 

しょうが聞く。

 

「何調べてるの?」

 

「高瀬さんの感覚」

 

「普通?」

 

「今のところ」

 

「じゃあ終わり?」

 

「ここからIS」

 

***

 

訓練機。

 

ただし飛ばない。

 

しょうは立っている。

 

視覚表示を一部制限。

 

「見えます?」

 

『前は』

 

「レーダー表示切るよ」

 

『はい』

 

「後ろに標的を出す」

 

『見えないよ?』

 

「それでいい」

 

しょうの後方。

 

訓練用ドローン。

 

動く。

 

「どこにいると思う?」

 

『分かりません』

 

佐伯が頷く。

 

「もう一回」

 

位置変更。

 

『分からない』

 

もう一度。

 

『左?』

 

外れ。

 

「普通だ」

 

スタッフが言う。

 

佐伯も頷く。

 

「うん」

 

しょうから機体へ。

 

異常に短い応答。

 

機体からしょうへ。

 

少なくとも、何でも分かるわけではない。

 

「じゃあ次」

 

レーダー情報を戻す。

 

ただし。

 

視覚表示はしない。

 

『何か変わった?』

 

「変えた」

 

「標的位置」

 

しょうが少し黙る。

 

『右後ろ?』

 

当たり。

 

スタッフが見る。

 

「もう一度」

 

移動。

 

『左』

 

当たり。

 

次。

 

『後ろ』

 

当たり。

 

「表示してませんよね」

 

「してない」

 

「音声?」

 

「切ってる」

 

しょうが通信。

 

『これ何?』

 

佐伯は画面を見る。

 

「分かる?」

 

『何かいる感じ』

 

「どこで?」

 

少し長い沈黙。

 

『分かりません』

 

「目?」

 

『違う』

 

「耳?」

 

『違う』

 

「身体?」

 

しょうは困る。

 

『……IS?』

 

佐伯の手が止まった。

 

「今日はここまで」

 

『もう?』

 

「もう」

 

***

 

管制室。

 

しょうが解除して戻ってくる。

 

「変だった?」

 

「変という言い方はしない」

 

佐伯はデータを見る。

 

「面白かった」

 

「何が?」

 

「高瀬さん」

 

「私?」

 

「正確には、高瀬さんとISの間」

 

しょうは画面を見る。

 

数字。

 

「分かりません」

 

「僕らも」

 

佐伯は笑う。

 

「だから調べる」

 

しょうが頷く。

 

「また?」

 

「また」

 

「飛べる?」

 

「次はまだ飛ばない」

 

少し残念そう。

 

「分かりました」

 

佐伯はそれを見て、時計を確認する。

 

「終わり。帰っていいよ」

 

「お疲れさまでした」

 

「お疲れさま」

 

しょうが出る。

 

***

 

扉が閉まる。

 

スタッフが口を開く。

 

「これ、何です?」

 

佐伯は記録を見る。

 

「分からない」

 

「でもレーダー情報は拾ってる」

 

「そう見える」

 

「表示してないのに」

 

「うん」

 

「直接?」

 

佐伯は首を振る。

 

「まだ言わない」

 

「また名前つけないんですか」

 

「まだ一回」

 

画面。

 

しょう用素体。

 

制御系。

 

『双方向伝達特性』

 

その下に新しい注記。

 

『標準表示系を介さない機体情報認識の可能性。要再現確認』

 

「設計変えます?」

 

技術者が聞く。

 

佐伯は少し考える。

 

「まだ変えない」

 

「じゃあ?」

 

「消さない」

 

「何を」

 

佐伯は設計図の制御系を見る。

 

本来なら。

 

操縦者が入力。

 

機体が処理。

 

機体が表示。

 

操縦者が見る。

 

その順番。

 

「ここ」

 

機体から操縦者へ戻る経路。

 

「余白を残す」

 

昨日と同じ言葉。

 

ただし。

 

昨日までとは違う場所に。

 

***

 

その日の夕方。

 

セシリアはアリーナで三基のビットを展開していた。

 

一基。

 

射撃。

 

二基目。

 

進路制限。

 

三基目。

 

待機。

 

標的が動く。

 

三基目は撃たない。

 

まだ。

 

動く。

 

まだ。

 

標的が逃げる。

 

そこで初めて動かす。

 

射線。

 

命中。

 

セシリアは停止する。

 

四基目は最後まで展開しなかった。

 

使わなかった。

 

だが。

 

必要なら使えた。

 

その頃。

 

技術棟では。

 

まだ存在しないしょうの機体に。

 

何かを載せるためではなく。

 

何かが後から見つかった時に、載せられる場所が残された。

 

しょうの一言が機体を作ったわけではない。

 

ただ。

 

「自分の手みたいな感じ?」

 

その問いが。

 

誰もまだ見ていなかった方向へ、一度だけ技術者の目を向けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。