蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
翌日の技術棟。
しょう用素体の基礎設計が始まっていた。
まだ形はない。
画面にあるのは、人型の簡素な輪郭と数字ばかり。
「飛行系、これ以上余裕取ります?」
技術者が聞く。
佐伯は資料を見る。
「取りたい」
「重量増えますよ」
「どこで削れる?」
「武装」
「最初からない」
「ですよね」
別の技術者が笑う。
「外装を軽くする?」
「防御は落としたくない」
「じゃあ制御系」
佐伯が止まる。
「そこは削らない」
即答。
「高瀬さん用ですよ」
「だから」
しょうの測定記録。
訓練機側の追従補正。
二機で再現。
「ここを普通にしたら、訓練機と同じことになる」
「じゃあ、演算能力増やします?」
「それも候補」
画面に数字。
重量。
消費。
冷却。
何かを増やせば。
何かが減る。
「財布ですね」
技術者。
佐伯が顔を上げる。
「ここでも?」
「最近学園内で聞きますよ」
「嫌な文化を作ってしまった」
「分かりやすいので」
設計を続ける。
飛行。
制御。
安全。
全部欲しい。
でも全部を最大にはできない。
「高瀬さん、何をしたいんでしょうね」
一人が言った。
佐伯が見る。
「ISで?」
「はい」
「飛びたい、くらいしか聞いてない」
「戦いたいとか」
「聞いてない」
「射撃」
「聞いてない」
「近接」
「聞いてない」
「じゃあ本当に飛ぶだけ?」
「今はね」
佐伯は画面を見る。
「それでいいんじゃない?」
「専用機なのに?」
「専用機だから」
また、その答えだった。
***
午後。
一年一組。
実習。
今日の課題は二人一組。
一方が指定された航路を移動し、もう一方が追従する。
戦闘ではない。
距離を一定に保つ。
それだけ。
しょうの相手はセシリアだった。
「準備はよろしくて?」
「はい」
「では、わたくしが先行しますわ」
セシリアが飛ぶ。
しょうが追う。
一定距離。
右。
左。
上。
下。
セシリアは速くしない。
授業の指定速度。
しょうもついていく。
旋回。
しょうが少し膨らむ。
「そこ、外れていますわよ」
「はい」
修正。
次。
今度は小さすぎる。
「近いですわ」
「難しい」
「相手を見るだけでは駄目です」
「どこ見るの?」
「相手と、自分と、周囲」
しょうが少し黙る。
「多いですね」
「戦闘ならもっと増えますわ」
「ビットも?」
セシリアが一瞬止まりかける。
「ええ」
「四つ」
「最大で四基」
「やっぱり大変」
「だから昨日、減らしました」
しょうが追いながら聞く。
「使わなかった?」
「そうです」
セシリアが少し笑う。
「覚えていましたのね」
「うん」
次の旋回。
しょうがついていく。
***
交代。
今度はしょうが先行。
「速くしすぎないでくださいまし」
「はい」
しょうが飛ぶ。
直進。
旋回。
セシリアが追う。
少しずつ航路を変える。
しょうは後ろを振り返らない。
「高瀬さん」
『はい』
「わたくしの位置、分かります?」
しょうが少し考える。
『後ろ』
「それは当然ですわ」
『右後ろ?』
セシリアが僅かに目を見開く。
ほぼ合っている。
「見ました?」
『見てない』
「ではなぜ?」
『なんとなく』
セシリアはしょうを見る。
授業は続く。
次。
しょうが左。
セシリアが追う。
今度は少し距離が開く。
しょうが速度を落とす。
「今、わたくしを見ました?」
『見てない』
「なぜ減速を?」
『離れた気がしたから』
セシリアは何も言わない。
管制室。
千冬が記録を見る。
佐伯はいない。
「高瀬」
通信。
『はい』
「今のをもう一度」
『はい』
再現。
しょうが先行。
セシリアが意図的に少し遅れる。
しょうが僅かに減速。
「もう一度」
今度はセシリアが近づく。
しょうが少し加速。
「高瀬」
『はい』
「後ろを見ているか」
『見てません』
「ISの表示は」
『見てます』
「何を」
しょうが困る。
『普通に?』
「……続けろ」
千冬は記録へ印をつけた。
***
実習後。
セシリアとしょうが機体を解除する。
「高瀬さん」
「はい」
「さっきの」
「何?」
「わたくしの位置」
「はい」
「どうして分かりましたの?」
しょうは考える。
「分かったっていうか」
「ええ」
「なんとなく、そっちにいる感じ」
「ISから?」
「たぶん」
「たぶん?」
「自分で後ろ見えないし」
セシリアが考える。
「レーダー表示でしょうか」
「それかも」
しょうはあまり気にしていない。
セシリアも、それ以上は追わなかった。
「そういえば」
しょうが言う。
「ビットって、後ろにも行ける?」
「当然ですわ」
「見えないのに?」
「センサー情報がありますから」
「じゃあ、自分の手みたいな感じ?」
セシリアは少し考える。
「手、ではありませんわね」
「じゃあ?」
「道具です」
即答。
だが。
少しして付け加える。
「かなり複雑な」
「やっぱり大変ですね」
「慣れますわ」
昨日と同じ答え。
しょうが笑う。
***
放課後。
技術棟。
佐伯が実習記録を見ていた。
千冬から回ってきたもの。
しょう。
先行。
セシリア。
追従。
再生。
しょうが減速する。
セシリアとの距離が開いた直後。
もう一度。
加速。
今度はセシリアが近づいた直後。
「レーダー?」
技術者が聞く。
「本人はそう言ってる」
「普通でしょう」
「普通だね」
佐伯は記録を見る。
「じゃあ何で織斑先生が印つけたんです?」
「そこ」
時間を拡大。
セシリアの位置変化。
機体センサー。
表示更新。
しょうの操作。
「……早い?」
「微妙」
今までの異常値ほど明確ではない。
「誤差じゃないですか」
「かもしれない」
佐伯は閉じようとする。
そこで。
昼休み。
昨日のセシリアとの会話を思い出す。
違う。
佐伯はその場にいなかった。
知らない。
代わりに、実習記録の音声を戻す。
しょうとセシリア。
ビットの話。
授業後。
『じゃあ、自分の手みたいな感じ?』
『手、ではありませんわね』
『じゃあ?』
『道具です』
佐伯が止める。
「何です?」
技術者。
「いや」
再生。
『自分の手みたいな感じ?』
止める。
「……これ」
「高瀬さんの発言?」
「うん」
「ビット載せます?」
「載せない」
即答。
「じゃあ何です」
佐伯はしょう用素体の設計画面を開く。
制御系。
操縦者入力。
機体応答。
センサー情報。
「今まで」
佐伯が言う。
「高瀬さんが機体をどう動かすかばっかり見てた」
「それを調べてるんですから」
「そう」
別の画面。
センサー。
姿勢。
周辺情報。
「逆は?」
「逆?」
「機体が高瀬さんへ情報を返す方」
技術者が画面を見る。
「普通に視覚表示、音声、警告――」
「普通ならね」
佐伯は実習記録を見る。
訓練機。
標準インターフェース。
しょうはそれを使っている。
だが、そもそも。
しょう側から機体への伝達が普通ではない可能性を調べている。
なら。
「行きだけ違って、帰りは普通って決める理由ある?」
技術者が黙る。
「……ないですね」
「まだ何も分からないけど」
佐伯は新しい項目を作る。
『双方向伝達特性』
「測ります?」
「測る」
「ビットは?」
「関係ない」
佐伯は首を振る。
「今は」
***
翌日。
しょうは再び第三アリーナに呼ばれた。
ただしISには乗っていない。
「これ何?」
机の上。
小さな箱。
その横にモニター。
佐伯。
技術スタッフ。
「ゲーム」
「ゲーム?」
「みたいなもの」
画面に点が出る。
「この点が動くから、方向を当てて」
「見るの?」
「最初は」
開始。
右。
左。
上。
下。
しょうが答える。
普通。
「次」
今度は画面を見ない。
「見ないでどうするの?」
「音」
左右のスピーカー。
しょうが答える。
普通。
「次」
しょうが見る。
机の箱。
「これを使う」
「何するの?」
「手を置いて」
しょうが置く。
「振動するから、どっち側か当てる」
右。
「右」
左。
「左」
普通。
佐伯は記録する。
「普通ですね」
スタッフ。
「普通だね」
しょうが聞く。
「何調べてるの?」
「高瀬さんの感覚」
「普通?」
「今のところ」
「じゃあ終わり?」
「ここからIS」
***
訓練機。
ただし飛ばない。
しょうは立っている。
視覚表示を一部制限。
「見えます?」
『前は』
「レーダー表示切るよ」
『はい』
「後ろに標的を出す」
『見えないよ?』
「それでいい」
しょうの後方。
訓練用ドローン。
動く。
「どこにいると思う?」
『分かりません』
佐伯が頷く。
「もう一回」
位置変更。
『分からない』
もう一度。
『左?』
外れ。
「普通だ」
スタッフが言う。
佐伯も頷く。
「うん」
しょうから機体へ。
異常に短い応答。
機体からしょうへ。
少なくとも、何でも分かるわけではない。
「じゃあ次」
レーダー情報を戻す。
ただし。
視覚表示はしない。
『何か変わった?』
「変えた」
「標的位置」
しょうが少し黙る。
『右後ろ?』
当たり。
スタッフが見る。
「もう一度」
移動。
『左』
当たり。
次。
『後ろ』
当たり。
「表示してませんよね」
「してない」
「音声?」
「切ってる」
しょうが通信。
『これ何?』
佐伯は画面を見る。
「分かる?」
『何かいる感じ』
「どこで?」
少し長い沈黙。
『分かりません』
「目?」
『違う』
「耳?」
『違う』
「身体?」
しょうは困る。
『……IS?』
佐伯の手が止まった。
「今日はここまで」
『もう?』
「もう」
***
管制室。
しょうが解除して戻ってくる。
「変だった?」
「変という言い方はしない」
佐伯はデータを見る。
「面白かった」
「何が?」
「高瀬さん」
「私?」
「正確には、高瀬さんとISの間」
しょうは画面を見る。
数字。
「分かりません」
「僕らも」
佐伯は笑う。
「だから調べる」
しょうが頷く。
「また?」
「また」
「飛べる?」
「次はまだ飛ばない」
少し残念そう。
「分かりました」
佐伯はそれを見て、時計を確認する。
「終わり。帰っていいよ」
「お疲れさまでした」
「お疲れさま」
しょうが出る。
***
扉が閉まる。
スタッフが口を開く。
「これ、何です?」
佐伯は記録を見る。
「分からない」
「でもレーダー情報は拾ってる」
「そう見える」
「表示してないのに」
「うん」
「直接?」
佐伯は首を振る。
「まだ言わない」
「また名前つけないんですか」
「まだ一回」
画面。
しょう用素体。
制御系。
『双方向伝達特性』
その下に新しい注記。
『標準表示系を介さない機体情報認識の可能性。要再現確認』
「設計変えます?」
技術者が聞く。
佐伯は少し考える。
「まだ変えない」
「じゃあ?」
「消さない」
「何を」
佐伯は設計図の制御系を見る。
本来なら。
操縦者が入力。
機体が処理。
機体が表示。
操縦者が見る。
その順番。
「ここ」
機体から操縦者へ戻る経路。
「余白を残す」
昨日と同じ言葉。
ただし。
昨日までとは違う場所に。
***
その日の夕方。
セシリアはアリーナで三基のビットを展開していた。
一基。
射撃。
二基目。
進路制限。
三基目。
待機。
標的が動く。
三基目は撃たない。
まだ。
動く。
まだ。
標的が逃げる。
そこで初めて動かす。
射線。
命中。
セシリアは停止する。
四基目は最後まで展開しなかった。
使わなかった。
だが。
必要なら使えた。
その頃。
技術棟では。
まだ存在しないしょうの機体に。
何かを載せるためではなく。
何かが後から見つかった時に、載せられる場所が残された。
しょうの一言が機体を作ったわけではない。
ただ。
「自分の手みたいな感じ?」
その問いが。
誰もまだ見ていなかった方向へ、一度だけ技術者の目を向けた。