蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
翌日の技術棟。
しょう用素体の基礎設計会議は、開始から二十分ほどで一度止まっていた。
理由は単純だった。
「この項目、どう書きます?」
技術者が画面を指す。
制御系。
操縦者入力。
機体応答。
機体情報。
操縦者認識。
最後の欄だけが曖昧なまま。
佐伯は椅子へ背を預けた。
「昨日の測定結果そのまま書けば」
「『標準表示系を介さない機体情報認識の可能性』?」
「うん」
「設計要求になってないですよ」
「まだ要求じゃないからね」
「じゃあ消します?」
「消さない」
「また余白?」
「そう」
技術者が小さく息を吐く。
「便利な言葉ですね」
「便利だから使ってる」
別の者が手を挙げる。
「そもそも何を想定してるんです?」
「まだ何も」
「でも残したい」
「うん」
「理由は?」
佐伯は少し考えた。
しょうの発言。
自分の手みたいな感じ?
勝手に動いたら楽なのに。
二つとも、技術用語ではない。
だからそのまま設計図へ書く意味はない。
でも。
「本人の言い方を、そのまま機能にしたくないんだよね」
「どういう意味です?」
「『手みたいにしたい』って書いたら、手みたいにする設計を始めるでしょう」
「まあ」
「本人はそんな要求してない」
「確かに」
「『勝手に動いてほしい』も同じ」
佐伯は画面を見る。
「自動操縦を載せろ、とは言ってない」
技術者が頷く。
「じゃあ、何を言ってるんでしょう」
佐伯は少し笑った。
「そこを翻訳する」
***
午後。
一年一組。
一般科目の授業が終わる。
しょうが教科書を閉じたところで、千冬が教室へ入ってきた。
「高瀬」
「はい」
「放課後、技術棟へ行け」
一夏が横から見る。
「また測定?」
「違う」
千冬。
「今日は話をするだけだ」
しょうが少し首を傾ける。
「何の?」
「行けば分かる」
「はい」
一夏が小声で言う。
「こういう時の先生、だいたい何かあるよな」
箒。
「お前が余計なことを言うな」
「何も言ってないだろ」
しょうは鞄へ教科書を入れる。
特に不安そうではない。
ただ。
「話だけなら飛べないですね」
「そこ?」
一夏が笑った。
***
技術棟。
会議室。
しょうが入ると、佐伯と数人の技術者がいた。
机には資料。
画面には簡素な人型。
「こんにちは」
「こんにちは」
佐伯が席を勧める。
しょうが座る。
「今日は測定じゃないから」
「聞きました」
「ちょっと確認したいことがある」
「はい」
佐伯は画面を消した。
しょうが見る。
「見せないの?」
「見せると答えを誘導しそうだから」
「?」
「まず質問」
佐伯は端末を置く。
「この前、セシリアさんにビットのこと聞いてたよね」
しょうが思い出す。
「はい」
「自分の手みたいな感じって」
「言いました」
「どういう意味だった?」
しょうは考える。
長い沈黙。
「どういう……」
「例えば」
佐伯が自分の右手を上げる。
「僕がこれを動かす時」
指を曲げる。
「右手を動かそう、と考えて、それから右手の位置を確認して、それから指に命令して」
また指を曲げる。
「そういう順番ではやらない」
「うん」
「ビットもそうなったら楽、って意味?」
しょうは少し考える。
「たぶん」
「勝手に動く?」
「勝手はちょっと違う」
技術者の一人が佐伯を見る。
佐伯は続ける。
「じゃあ何?」
しょうは自分の手を見る。
指を動かす。
「動かそうとしたら動く」
「うん」
「でも、自分が何も思ってないのに動いたら怖い」
佐伯が頷く。
「つまり、自動じゃない」
「うん」
「自分で動かす」
「うん」
「でも、いちいち細かく命令したくない」
しょうが少し考える。
「そうかも」
佐伯が端末へ入力する。
技術者が画面を見る。
『高次意図入力』
「それです?」
一人が聞く。
佐伯は首を振る。
「まだ仮」
しょうが画面を見る。
「何それ」
「例えば」
佐伯が説明する。
「右へ行きたい、と思う」
しょうが頷く。
「今のISは、その意図を機体側がある程度分解して、姿勢制御や出力調整をしてくれる」
「はい」
「高瀬さんの場合、それがすごく早いかもしれない」
「うん」
「じゃあ今度は」
画面に別の図。
本体。
その周囲に小さな点。
「本体じゃないものまで増えたら?」
しょうが見る。
「ビット?」
「例えばね」
「右に行けって全部に言う?」
「普通なら、それぞれに制御が必要になる」
「大変」
「そう」
佐伯が画面に線を引く。
操縦者。
制御系。
複数端末。
「だから」
しょうが画面を見る。
「まとめて動いてくれたら楽?」
「それ」
技術者の一人が顔を上げる。
佐伯は笑う。
「今のはかなり設計用語に近づいた」
***
ホワイトボード。
佐伯が書く。
『個別命令』
その横。
『目的指示』
「例えば」
佐伯が言う。
「四つのビットへ、一個ずつ『右へ』『右へ』『右へ』『右へ』と送る」
しょうが頷く。
「個別命令」
「うん」
次。
「『右側を守って』とだけ言う」
しょうが少し考える。
「それで四つが勝手に分かれる?」
「そこを機体側が考える」
「勝手?」
「本人の目的から外れない範囲で」
しょうが少し納得する。
「それなら便利」
技術者が口を挟む。
「目的指向制御」
別の者。
「タスクベース制御でもいいかも」
「もう少し広く取りたい」
佐伯。
「複数端末だけじゃなく、本体制御にも使えるかもしれない」
「統合意図制御?」
「近い」
しょうが聞く。
「名前決めてるの?」
「技術者は名前をつけないと話しづらいから」
「でも前は名前つけると分かった気になるって」
佐伯が止まる。
「覚えてた?」
「うん」
「痛いところ突くなあ」
技術者が笑う。
佐伯も笑った。
「だから今は仮称」
画面に入力。
『意図統合制御(仮)』
しょうが見る。
「難しい」
「本人が分からない名前になった」
「よくある」
技術者の一人が言う。
***
次。
佐伯が別の質問をする。
「もう一個」
「はい」
「昨日、セシリアさんの位置がなんとなく分かったって言ってたよね」
「はい」
「画面を見ないで」
「はい」
「何を感じた?」
しょうは考える。
「そこにいる感じ」
「距離?」
「近い、遠いはなんとなく」
「方向?」
「なんとなく」
「映像?」
「違う」
「音?」
「違う」
「数字?」
「違う」
佐伯がボードを見る。
「つまり」
技術者。
「情報が情報のまま本人へ届いてない?」
佐伯が見る。
「どういう意味?」
「レーダー情報を座標として表示して、本人が読むんじゃなくて」
画面に図。
センサー情報。
表示変換。
操縦者。
「途中の表示変換を飛ばしてる可能性」
しょうが聞く。
「飛ばすと?」
「機体が持ってる情報を、もっと直接分かる」
「直接って?」
技術者が困る。
「……そこにいる感じ」
しょうが少し笑う。
「戻った」
「戻ったな」
佐伯も笑う。
ホワイトボード。
『表示』
消す。
代わり。
『感覚化』
佐伯が止まる。
「これも違うな」
「知覚変換?」
別の技術者。
「情報感覚統合」
「機体感覚共有」
佐伯がその言葉を見る。
「共有」
しょうが聞く。
「何を共有するの?」
「機体が分かってること」
「全部?」
「全部は無理」
「なんで?」
「人間が死ぬほど情報来るから」
しょうが少し引く。
「嫌」
「でしょ」
佐伯は笑う。
「だから必要なものだけ」
「誰が選ぶ?」
その一言で、技術者たちが止まった。
しょうは普通に聞いただけ。
佐伯はボードを見る。
誰が選ぶ。
操縦者。
機体。
制御系。
状況。
「……ここだな」
「何がです?」
「翻訳」
佐伯が言う。
しょうが見る。
「翻訳?」
「機体の情報をそのまま人間へ投げても分からない」
ボードに書く。
『機体情報』
矢印。
『?』
矢印。
『操縦者が理解できる形』
「人間の意思をそのまま機体へ投げても、細かい動作には足りない」
反対側。
『操縦者の意図』
矢印。
『?』
矢印。
『機体が実行できる形』
佐伯は二つの「?」を丸で囲む。
「ここ」
しょうが見る。
「同じ?」
「同じ仕組みにできるかもしれない」
技術者が口を挟む。
「双方向翻訳層」
佐伯が頷く。
「かなり近い」
別の者。
「意図・感覚変換インターフェース」
「長い」
「統合翻訳制御?」
「制御だけじゃない」
しょうが言う。
「翻訳でいいんじゃない?」
全員が見る。
しょうも見る。
「だめ?」
佐伯が少し考える。
「いや」
端末へ入力。
『翻訳層(仮称)』
「今はそれでいこう」
***
しょうが帰ったあと。
会議室には技術者たちが残っていた。
画面。
操縦者。
翻訳層。
機体。
双方向。
「かなり大きい話になりましたね」
一人が言う。
佐伯は首を振る。
「まだ図を書いただけ」
「でもこれ、成立したら」
「成立したら、ね」
「複数端末制御にも使える」
「かもしれない」
「機体情報の直接知覚にも」
「かもしれない」
「高瀬さんの異常な応答も」
「説明できるかもしれない」
佐伯は同じ言葉を繰り返す。
「かもしれない」
画面に大きく表示。
翻訳層。
「今のところ、何も証明してない」
「でも設計には?」
「入れる」
技術者が見る。
「もう?」
「機能として完成させるんじゃない」
佐伯はしょう用素体の制御系を開く。
「ここに挟めるようにする」
操縦者インターフェース。
余白。
機体制御。
「最初は普通に動く」
「翻訳層なしでも?」
「うん」
「じゃあ後から」
「実験できる」
画面に項目。
『制御インターフェース中間層・拡張領域確保』
保存。
「これなら機体が先に完成しても問題ない」
「本人のデータが増えたら」
「後から入れられる」
「武装と同じですね」
佐伯が少し笑う。
「余白」
***
翌日。
昼休み。
一夏がしょうに聞く。
「昨日何してた?」
「翻訳」
「英語?」
「違う」
箒が見る。
「何を翻訳した」
しょうが考える。
「私?」
一夏が首を傾げる。
「自分を?」
「たぶん」
「何それ」
「分からない」
セシリアが少し離れた席から聞いていた。
「高瀬さん」
「はい」
「昨日のビットのお話と関係がありますの?」
「ちょっと」
セシリアが近づく。
「何をされたの?」
「手みたいに動いたら楽って言ったら」
「ええ」
「技術の言葉に直してた」
セシリアが少し興味を示す。
「何と?」
しょうは思い出す。
「いと……」
止まる。
「なんとか制御」
一夏が笑う。
「覚えてないじゃん」
「難しかった」
「他は?」
「翻訳」
「それだけ覚えてる」
「短いから」
セシリアが少し考える。
「翻訳」
「うん」
「操縦者とISの?」
「たぶん」
一夏が言う。
「俺ら普通に動かしてるけど、それも翻訳してるってこと?」
しょうが見る。
「佐伯先生に聞いて」
「丸投げ!」
箒が少し笑う。
***
その日の午後。
しょう用素体。
基礎設計資料。
制御系欄。
以前は空白だった場所に、一行だけ増えていた。
『操縦者―機体間 双方向翻訳層実装を想定した拡張領域を確保』
まだ翻訳層は存在しない。
アルゴリズムもない。
理論も仮説。
ただ。
しょうの、
「自分の手みたいな感じ?」
という言葉は。
『高次意図による複数要素統合制御の可能性』
へ。
「勝手に動いたら楽なのに」
は。
『目的指示に基づく下位制御の機体側分担』
へ。
「そこにいる感じ」
は。
『標準表示系を介さない機体情報の知覚変換可能性』
へ。
それぞれ翻訳された。
そして最後。
それらをまとめるものとして。
『双方向翻訳層』
という仮の名前が付いた。
しょうが新しい能力を手に入れたわけではない。
技術者が答えを見つけたわけでもない。
ただ。
今まで本人の言葉にしか存在しなかったものが。
初めて。
設計図の中に、置ける形になった。