蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
翌朝。
佐伯は昨日の実習記録を見ていた。
しょうとセシリア。
追従訓練。
先行するしょう。
後ろを飛ぶセシリア。
再生。
しょうが旋回する。
セシリアが追う。
停止。
「ここ」
技術者が画面を拡大する。
セシリアとの距離が開く。
しょうが減速。
「もう少し前から」
再生。
セシリアが意図的に速度を落とす。
距離が開く。
しょうが減速。
「レーダー情報の取得時刻」
表示。
「機体側は取ってる」
「当然」
「操縦者表示への反映」
次。
「ここ」
「高瀬さんの操作入力」
次。
二人とも黙る。
順番がおかしい。
「表示より先?」
「そう見える」
「誤差」
「まずそれを疑う」
別の記録。
同じ実習。
セシリアが距離を詰める。
しょうが加速。
センサー取得。
表示。
操作。
「……また」
「うん」
三回目。
同じ。
佐伯は椅子へ深く座る。
「これ、昨日の測定だけじゃないな」
「探します?」
「入学前から全部」
***
記録を並べる。
入学前測定。
初飛行。
授業。
継続測定。
追従訓練。
しょうが動く。
機体が動く。
その間が短い。
それは既に分かっていた。
今まで見ていたのは、そこだけ。
操縦者から機体へ。
入力。
応答。
だが今度は逆。
機体から操縦者へ。
「これ」
技術者が一つを止める。
入学前測定。
しょうが初めて飛んだ時。
姿勢が傾く。
表示警告。
その直前に修正。
「偶然?」
「一回なら」
次。
飛行。
旋回。
機体姿勢。
補正。
表示。
操作。
「これも」
次。
授業。
他機との距離。
しょうが僅かに進路変更。
接近警告より前。
「……結構あるな」
「ありますね」
ただし。
全部ではない。
しょうが普通に表示を見て修正している場面もある。
失敗もある。
気づかない時もある。
「万能じゃない」
佐伯が言う。
「ですね」
「何でも分かるわけじゃない」
「でも」
技術者が記録を見る。
「何かは受け取ってる」
佐伯は答えない。
まだ、その言い方も早い。
***
午後。
しょうは普通に授業を受けていた。
数学。
黒板。
ノート。
隣で一夏が消しゴムを落とす。
ころころ転がる。
しょうの机の下。
「ごめん」
しょうが拾う。
「はい」
「ありがとう」
授業は続く。
一夏が小声。
「今日、技術棟?」
「呼ばれてない」
「久しぶりに普通の日?」
「たぶん」
前から千冬の声。
「織斑」
「はい!」
「授業中だ」
「すみません」
しょうが少し笑う。
***
その頃。
技術棟では、別の問題が起きていた。
「これ、設計に入れられませんよ」
技術者が言う。
「何を?」
「さっきの現象」
佐伯も分かっている。
設計要求。
操縦者入力に対する高速応答。
これは書ける。
長時間運用時の追従余裕。
書ける。
安全管理。
書ける。
だが。
『操縦者が表示される前の機体情報を何らかの形で認識している可能性』
これは。
「何を作ればいいんです?」
技術者が聞く。
佐伯は答えられない。
センサーを増やす?
違う。
情報は既に機体が持っている。
表示を速くする?
それなら人間が画面を見る必要がある。
警告を増やす?
違う。
しょうは警告を認識しているようには見えない。
「そもそも」
別の技術者。
「高瀬さんは何を受け取ってるんです?」
沈黙。
そこだった。
機体側の記録はある。
しょうの操作もある。
その間。
人間側の記録がない。
「聞くしかないか」
佐伯が言う。
***
放課後。
しょうは予定になかった技術棟へ呼ばれた。
「普通の日じゃなかった」
一夏が笑う。
「行ってきます」
「頑張れ」
「話だけだと思う」
「最近それも怪しいぞ」
箒。
「邪魔するな、一夏」
しょうは教室を出た。
***
技術棟。
今日は測定機材がない。
佐伯。
端末。
しょう。
「また話?」
「うん」
「何の?」
「実習」
画面に昨日の映像。
しょうが先行。
セシリアが追う。
「覚えてる?」
「はい」
「ここ」
再生。
セシリアが遅れる。
しょうが減速。
停止。
「なんで減速したの?」
しょうが映像を見る。
「離れたから」
「どうして離れたって分かった?」
「昨日も聞かれた」
「今日はもう少しちゃんと聞きたい」
しょうが考える。
「後ろにいる感じが遠くなったから」
「何を見た?」
「見てない」
「表示は?」
「たぶん見てた」
「どの表示?」
しょうが困る。
「分かりません」
佐伯は質問を変える。
「数字が変わった?」
「分からない」
「音?」
「違う」
「警告?」
「出てた?」
「その時点では出てない」
しょうが映像を見る。
「じゃあ分からない」
「でも減速した」
「はい」
佐伯は別の場面を出す。
セシリアが近づく。
しょうが加速。
「これは?」
「近くなったから」
「何が?」
「オルコットさん」
「どうやって?」
しょうはまた困る。
「……いるから?」
技術者の一人が少し笑う。
しょうがそちらを見る。
「変?」
「いや。ごめん」
佐伯は映像を止める。
「高瀬さん」
「はい」
「右手、どこにある?」
しょうが佐伯を見る。
「ここ」
机の上。
「見ないで」
しょうが前を見る。
「右手どこ?」
「ここ」
「どうして分かる?」
しょうが止まる。
自分の右手を見る。
「……分かるから」
「そうだよね」
佐伯が頷く。
「目で見なくても分かる」
「うん」
「数字も出ない」
「うん」
「音もしない」
「うん」
しょうが少し考える。
「さっきのも、そういうこと?」
「それを聞きたい」
「分かりません」
即答。
佐伯は笑う。
「それでいい」
***
次の映像。
セシリアのブルー・ティアーズ。
ビット。
「この前」
佐伯が言う。
「これを自分の手みたいな感じって言ったよね」
「はい」
「今なら少し分かる気がする」
しょうが見る。
「佐伯先生が?」
「うん」
ホワイトボード。
佐伯が書く。
『位置情報』
『速度情報』
『距離情報』
「機体はこういう情報を持ってる」
「はい」
「普通は」
矢印。
『表示』
「ここに出す」
次。
『操縦者』
「人が見る」
しょうが頷く。
「でも昨日の記録だと」
佐伯は『表示』を指す。
「ここより前に高瀬さんが反応してるように見える」
しょうが少し眉を寄せる。
「私、ずるしてる?」
「してない」
即答。
「そもそも本人が知らないんだから」
「じゃあ何?」
「分からない」
佐伯はボードを見る。
「だから僕らは、今これを説明する言葉を探してる」
***
技術者が質問する。
「高瀬さん」
「はい」
「ISを動かす時って、どんな感じです?」
「どんな?」
「例えば右へ飛ぶ時」
しょうは考える。
「右へ行く」
「右スラスターの出力を上げる、とか考えます?」
「考えない」
「姿勢角は?」
「考えない」
「右へ何メートル?」
「考えない」
「じゃあ」
「右へ行こうって」
技術者が佐伯を見る。
佐伯は何も言わない。
「止まる時は?」
「止まる」
「高度を上げる時」
「上」
「旋回」
しょうが手で少し円を描く。
「こう」
「機体へ細かい命令を送ってる感覚は?」
「ないです」
佐伯がボードに書く。
『右へ行きたい』
その下。
機体側で必要な処理。
姿勢制御。
推力配分。
各部補正。
大量に並ぶ。
しょうが見る。
「そんなにやってるの?」
「機体はね」
「大変」
「でも高瀬さんは?」
「右に行くだけ」
佐伯は二つを線で結ぶ。
「ここで何かが変換されてる」
しょうが見る。
「変換?」
「高瀬さんの『右へ行きたい』を」
指す。
「機体が実行できる命令へ」
しょうが頷く。
「逆も同じかもしれない」
機体側。
位置。
距離。
姿勢。
その反対側。
しょう。
「機体が持ってる大量の数字を」
線。
「高瀬さんが分かる何かへ」
しょうが言う。
「そこにいる感じ?」
佐伯の手が止まる。
「そう」
書く。
『そこにいる感じ』
技術者が笑う。
「設計書にそれ書きます?」
「書かない」
佐伯も笑う。
「だから僕らが言葉を変える」
しょうが聞く。
「何に?」
佐伯は少し考える。
「技術者が使える言葉に」
「難しくする?」
「たぶん」
「じゃあ私分からなくなる」
「そうならないようにもする」
***
佐伯は新しい画面を開いた。
左。
操縦者。
右。
機体。
間。
空白。
「高瀬さんは『右へ行きたい』と言う」
左から空白へ。
「機体は、実際に右へ行くための細かい処理が必要」
空白から右へ。
次。
機体は大量の情報を持つ。
右から空白。
しょうは。
「そこにいる感じ」
空白から左。
「同じ場所で、行きと帰りを変換できたら?」
技術者が言う。
「双方向変換層」
別の者。
「意味変換?」
佐伯は少し考える。
しょうがボードを見る。
「翻訳みたい」
佐伯が振り返る。
「翻訳?」
「だって」
しょうは左と右を見る。
「私の言葉をISが分かるようにして、ISの言葉を私が分かるようにするんでしょ?」
会議室が静かになる。
技術者の一人が小さく言う。
「……確かに」
佐伯はボードを見る。
操縦者。
空白。
機体。
「翻訳」
一度書く。
まだ括弧をつける。
『翻訳(仮)』
「これなら高瀬さんも分かる?」
「分かる」
「僕らも分かる」
技術者が言う。
「珍しいですね」
「何が」
「技術用語の方が簡単になった」
佐伯が笑った。
***
しょうが帰ったあと。
会議は続いた。
ただし。
今度は最初から実習記録が画面に出ていた。
「翻訳という名前はともかく」
技術者が言う。
「設計上はどう定義します?」
佐伯は答える。
「まず、二つに分ける」
画面。
『操縦者意図 → 機体制御情報』
『機体状態情報 → 操縦者認識』
「前者は、これまで観測してきた高応答特性」
「後者は今回の実習記録」
「そう」
「同じ機構だという証拠は?」
「ない」
即答。
「なら分けるべきですね」
「うん」
二本の経路。
独立。
その中央にだけ、点線の枠。
『統合可能性・未確認』
「最初から一つにしない」
佐伯が言う。
「高瀬さんの一言に設計を合わせない」
「記録に合わせる」
「そう」
実習記録。
入学前記録。
測定記録。
それぞれが設計要求の根拠として紐づけられていく。
最後。
備考。
『操縦者への聞き取りにおいて、本人は双方向の情報変換を「翻訳」と表現』
佐伯は保存する。
「これで順番が正しい」
「記録が先」
「現象が先」
「本人への聞き取り」
「最後に名前」
画面にはまだ。
『翻訳(仮)』
としか書かれていない。
機能ではない。
能力でもない。
まして武器でもない。
それは今のところ。
実習記録の中にあった説明できない二つの方向を。
技術者と操縦者が同じ机で話すためにつけた。
ただの仮の名前だった。
当作品では明示していないだけの隠し設定もございます
ぜひとも、考察を重ねてください
答え合わせ感覚で感想もどうぞ笑