蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
こんなこともあります笑
数日後。
第三アリーナ。
しょうは訓練機を装着していた。
飛ばない。
目の前には、小さな訓練用ドローンが一機。
「今日はこれだけ」
佐伯の声。
『これ?』
「これ」
『飛ばすの?』
「飛ばさない」
『また?』
「そんな残念そうにしないで」
『してない』
「してるよ」
管制室で技術者が笑う。
佐伯は画面を見る。
いつもの訓練機。
ただし。
一か所だけ違う。
操縦者。
機体。
その間。
実験用中間処理。
『翻訳試験系・01』
大げさな名前。
やることは小さい。
「高瀬さん」
『はい』
「ドローンの位置、分かる?」
しょうの正面。
『前』
「それは見えてるね」
『はい』
「じゃあ目を閉じて」
しょうが閉じる。
ドローンを移動。
右。
「どこ?」
『分かりません』
「了解」
次。
左。
『分かりません』
後ろ。
『分かりません』
佐伯が頷く。
「普通ですね」
技術者。
「普通だね」
「じゃあ入れます」
翻訳試験系。
起動。
***
何も起きない。
しょうが目を閉じたまま聞く。
『何かした?』
「した」
『分からない』
「それでいい」
ドローン。
右。
「どこ?」
少し間。
『右?』
当たり。
左。
『左』
後ろ。
しょうが迷う。
『……後ろ?』
当たり。
「もう一回」
右後方。
『右……後ろ』
「距離は?」
『分からない』
ドローンを近づける。
『近くなった』
遠ざける。
『遠くなった』
技術者が佐伯を見る。
「通ってます」
「まだ」
「でも」
「偶然を消す」
試行。
十回。
二十回。
方向。
正答率。
上昇。
距離。
粗い。
高さ。
ほぼ分からない。
「止める」
翻訳試験系。
停止。
ドローン。
右。
「どこ?」
しょうが黙る。
『……分からない』
左。
『分からない』
再起動。
右。
『右』
停止。
『分からない』
起動。
『左』
佐伯が腕を組む。
「再現した」
***
しょうが目を開ける。
『何したの?』
「ちょっと翻訳した」
『何を?』
「ドローンの位置」
『しゃべってないよ』
「言葉じゃないからね」
『じゃあ何?』
佐伯が困る。
「それを今調べてる」
しょうはドローンを見る。
『変な感じ』
「どんな?」
『分からない』
「嫌?」
少し考える。
『嫌ではない』
「気持ち悪い?」
『それもない』
「疲れる?」
『今は』
「頭痛」
『ない』
「目眩」
『ない』
「吐き気」
『ない』
「分かった」
佐伯は記録する。
「今日はここまで」
『もう?』
「もう」
『飛んでない』
「今日は飛ばない日」
『最近多い』
「そのうち飛ばす」
『いつ?』
「安全が確認できたら」
しょうは少し黙る。
『分かりました』
***
解除後。
しょうは管制室へ来た。
画面に結果。
「これ私?」
「そう」
「何点?」
「テストじゃない」
「でも丸とバツある」
「正解率を見るため」
しょうが見る。
翻訳系停止時。
低い。
起動時。
高い。
「カンが良くなった?」
「それも違うと思う」
「じゃあ?」
佐伯は少し考える。
「ISが知ってることを、高瀬さんにも少しだけ分かる形にした」
「それが翻訳?」
「今のところは」
しょうが画面を見る。
「便利ですね」
「便利?」
「後ろ見なくていい」
「そこなんだ」
「飛ぶ時に便利」
佐伯は少し笑う。
「飛びたいんだね」
「飛びたい」
即答。
佐伯は記録にそれを書かなかった。
***
同じ時間。
第一アリーナ。
「二人一組!」
千冬の声が響く。
一夏が箒を見る。
「組む?」
「構わん」
セシリアが横から言う。
「待ちなさい」
二人が見る。
「何?」
「今日は追跡訓練でしょう?」
「そうだけど」
「織斑さん。わたくしと組みなさい」
一夏が箒を見る。
箒もセシリアを見る。
「なぜだ」
「昨日の再戦ではありませんわ」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてあります」
箒が一夏を見る。
「行け」
「いいの?」
「私は別を探す」
「悪い」
セシリアが先に歩く。
「早くなさい」
「はいはい」
***
訓練開始。
セシリア先行。
一夏追跡。
ブルー・ティアーズ。
ただし。
ビットは二基。
一夏が気づく。
「二つ?」
『よそ見しない』
「はい!」
セシリアが加速。
一夏が追う。
右。
左。
上。
一夏は以前より飛べる。
それでもセシリアの方が滑らか。
「待て!」
『待つ訓練ではありませんわ』
旋回。
一夏が膨らむ。
距離が開く。
追う。
ビット一基。
一夏の右。
撃たない。
「……邪魔だな」
『何か?』
「いや」
左へ逃げる。
セシリアも左。
もう一基。
前。
撃たない。
「これ!」
進路が狭い。
セシリア自身を追いたい。
でもビットがいる。
攻撃されていない。
なのに。
動ける場所が減る。
「オルコット!」
『何ですの』
「撃たないの?」
『必要ありませんもの』
一夏が笑う。
「それか!」
『何がですの』
「いや、分かった!」
『何も分かっていませんわよ』
セシリアが急旋回。
一夏が遅れる。
距離。
規定値を超える。
終了。
***
着地。
一夏が白式を解除する。
「負けた」
「勝負ではありませんわ」
「でも追いつけなかった」
「当然です」
「言うなあ」
セシリアも解除。
一夏がビットを見る。
「二つしか使わなかったな」
「二つで足りましたから」
「四つ使ったらもっと楽じゃない?」
「いいえ」
セシリアは即答する。
「四基使えば、四基分考える必要があります」
「でも強い」
「必要なら」
一夏が少し止まる。
セシリアは続ける。
「必要になるまで、使いません」
一夏は昨日の自分を思い出す。
零落白夜。
使える。
でも使わなかった。
「似てきたな」
「誰に?」
「俺」
セシリアの眉が動く。
「撤回なさい」
「なんで!?」
***
授業終了後。
箒が一夏へ近づく。
「どうだった」
「全然追いつけない」
「見れば分かる」
「でも面白かった」
「何が」
「オルコットのビット」
箒も見ていた。
「以前と違うな」
「撃たないんだよ」
「見れば分かる」
「さっきからそればっかりだな」
箒は少し考える。
「置いているだけで邪魔になる」
「そう」
「剣と同じか」
一夏が見る。
「剣?」
「抜かなくても、持っていれば相手は警戒する」
「なるほど」
「必ず振る必要はない」
一夏が少し笑う。
「箒も財布の話してる?」
「していない!」
***
放課後。
技術棟。
しょうの試験結果が会議画面に表示されていた。
翻訳試験系・01。
できること。
一つ。
訓練機のレーダーが取得した対象の方向情報。
それを。
視覚表示ではなく。
音声でもなく。
しょうが認識できる形式へ変換する。
「何に変換してるんです?」
技術者の一人が聞く。
「まだ分からない」
佐伯。
「分からないものを作ったんですか」
「入力と出力は分かってる」
画面。
入力。
対象方位。
出力。
しょうの認識。
その間。
「ここだけ分からない」
『翻訳』
「ブラックボックスですね」
「今はね」
別の技術者。
「情報量増やします?」
「増やさない」
即答。
「方向だけで再現した」
「はい」
「次は同じ条件でもう一度」
「それから?」
「距離」
「速度は?」
「その後」
「複数対象」
「もっと後」
技術者が笑う。
「慎重ですね」
「本人の頭に入れる情報だよ」
佐伯が答える。
「慎重なくらいでいい」
***
別画面。
しょう用素体。
基礎設計。
制御系。
今まで点線だった場所。
『翻訳層実験用インターフェース』
正式に追加。
ただし。
翻訳層そのものではない。
後から接続できる。
切り離せる。
異常があれば即座に標準系へ戻せる。
「専用機に最初から翻訳を入れないんですか」
「入れない」
「今日成功したのに?」
「一個だけね」
佐伯は画面を見る。
「一個分かったからって、全部分かったことにしない」
保存。
***
翌朝。
一夏が教室でしょうを見つける。
「昨日どうだった?」
「翻訳した」
「また?」
「うん」
「今度は何を?」
しょうが少し考える。
「右と左」
一夏が止まる。
「英語じゃん」
「違う」
「rightとleft?」
「違う」
箒が来る。
「朝から何の話だ」
一夏が答える。
「高瀬が右と左を翻訳したらしい」
「意味が分からん」
「私も」
しょうが言う。
セシリアも来る。
「高瀬さん」
「はい」
「昨日の続きですの?」
「はい」
「何が分かるようになったんです?」
「見なくても、どっちにいるか分かる」
セシリアが止まる。
「何が?」
「ドローン」
一夏。
「え?」
箒。
「どういう意味だ」
しょうが困る。
「だから」
少し考える。
右手を上げる。
「こっちにいたら、こっち」
左手。
「こっちなら、こっち」
一夏が笑う。
「全然説明できてない」
「難しい」
セシリアだけは笑わなかった。
「……一機ですの?」
「一機」
「動きます?」
「昨日は止まってた」
「距離は?」
「近い遠いはちょっと」
「高さ」
「分からない」
「複数は?」
「やってない」
セシリアは考える。
しょうが聞く。
「どうしたの?」
「いえ」
セシリアは自分の席を見る。
そして。
ブルー・ティアーズを思い出す。
四基。
自分で動かす。
一基ずつ。
位置を把握する。
指示する。
撃つ。
戻す。
しょうの言葉。
自分の手みたいな感じ。
「……まだ一機ですわね」
「うん」
セシリアは席へ向かう。
「何だったんだ?」
一夏。
しょうは首を傾げる。
「分かりません」
***
技術棟。
同じ頃。
次回試験項目が決まる。
対象。
一機。
情報。
方向。
距離。
まだ増やさない。
その下。
将来検討。
速度。
高度。
複数対象。
移動対象。
外部端末。
最後の項目には。
まだ誰もチェックを入れない。
『複数端末への意図出力』
今は。
一機のドローンが。
右にいるか。
左にいるか。
それだけでよかった。
翻訳は。
まだ一語目を覚えたばかりだった。