蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
放課後。
セシリアは技術棟にいた。
しょうはいない。
佐伯も、最初は呼んでいなかった。
「ブルー・ティアーズの整備記録ですか?」
整備担当が聞く。
「いえ」
「では調整?」
「それも違いますわ」
セシリアは少し言葉を選ぶ。
「質問がありますの」
「はい」
「ブルー・ティアーズのビットは、わたくしが一基ずつ操作していますわね」
「基本的には」
「基本的には?」
整備担当が端末を出す。
「姿勢保持や推進制御まで全部オルコットさんが直接やっているわけではありません」
「それは知っていますわ」
「ですよね」
ビット一基。
画面に表示。
操縦者入力。
目標指定。
移動指示。
その下。
姿勢制御。
推力配分。
衝突回避。
通信維持。
「この辺は機体側です」
「ええ」
「オルコットさんが全部やったら一基でも大変ですよ」
「では」
セシリアが聞く。
「わたくしは、どこまでやっていますの?」
整備担当が止まる。
「どこまで?」
「ええ」
***
資料が増えた。
ブルー・ティアーズ。
四基。
本体。
セシリア。
「例えば一基をここへ」
セシリアが画面を指す。
「移動させるとします」
「はい」
「わたくしは位置を決める」
「はい」
「移動経路は?」
「状況によります。大まかな経路指定がある場合もありますが、細かい姿勢制御は機体側です」
「速度」
「指示できます」
「射撃」
「オルコットさん」
「標的選択」
「オルコットさん」
「回避」
「基本的には機体側補助。ただし戦闘中はオルコットさんの指示がかなり入ります」
セシリアは画面を見る。
「つまり」
四基。
「わたくしは全部を動かしているわけではない」
「そうですね」
「でも全部を考えてはいる」
整備担当が少し考える。
「それは……そうですね」
セシリアは黙る。
四基。
一基目。
どこへ置く。
二基目。
何を狙う。
三基目。
いつ撃つ。
四基目。
どこから戻す。
本体。
自分はどこへ飛ぶ。
相手。
どこへ動く。
「……やはり多いですわね」
「代表候補生が言います?」
「多いものは多いでしょう」
「それはそうです」
***
セシリアは昨日のしょうを思い出す。
見なくても、どっちにいるか分かる。
まだ一機。
止まっている。
高さは分からない。
複数もやっていない。
大したことはない。
少なくとも今は。
だが。
「高瀬さんの実験について、聞いても?」
整備担当が少し困る。
「僕から話せる範囲は」
「本人から聞いていますわ」
「どこまで?」
「翻訳というものを試していること。一機のドローンの方向を、見なくても認識できたこと」
「そこまでなら」
「それ以上は知りません」
「僕も詳しくは佐伯先生の方が」
「呼べます?」
「確認します」
***
十分後。
佐伯が来た。
「珍しいね」
「そうですの?」
「セシリアさんから僕を呼ぶの」
「質問があります」
「どうぞ」
セシリアは画面を指す。
「高瀬さんの翻訳」
「うん」
「これは将来、ビットにも使えますの?」
佐伯はすぐには答えなかった。
「分からない」
セシリアの眉が少し動く。
「可能性も?」
「それもまだ分からない」
「一機のドローンは認識できたのでしょう?」
「方向だけね」
「なら――」
「セシリアさん」
佐伯が遮る。
「今、しょうさんがやったのは」
画面に点を一つ出す。
「これが右にいる」
右。
「左にいる」
左。
「それだけ」
セシリアは黙る。
「ビットは?」
佐伯が聞く。
セシリアが答える。
「動きます」
「速い」
「ええ」
「複数」
「最大四基」
「自分も動く」
「当然です」
「敵も動く」
「ええ」
「撃つ」
「ええ」
「避ける」
「ええ」
佐伯は点を消す。
「全然違う」
セシリアは少し不満そうだった。
「分かっていますわ」
「ならいい」
「ただ」
セシリアは続ける。
「似ているところもありますでしょう?」
佐伯が見る。
「どこ?」
「数が増えることです」
***
佐伯は椅子へ座った。
「続けて」
「わたくしは今、ビットを必要な数だけ使う訓練をしています」
「聞いてる」
「四基を三基へ」
「うん」
「三基を二基へ」
「うん」
「減らしたのではありません」
佐伯が少し笑う。
「使わなかった」
「そうです」
「しょうさんから聞いた?」
「なぜそこで高瀬さんが出ますの」
「いや、言い方が似てたから」
「わたくしが先です!」
「分かった分かった」
セシリアは少し咳払いする。
「問題は」
画面。
四基。
「一基増えるたび、わたくしが考えることも増えることです」
「そうだね」
「もし高瀬さんの翻訳が」
少し止まる。
「一基を二基にした時」
佐伯の表情が変わる。
「はい」
「何が起きるのか」
「……そこが気になる?」
「ええ」
「なぜ?」
セシリアは少し考える。
「わたくしなら」
四基を見る。
「増えた分だけ、忙しくなりますから」
***
佐伯は何も言わず、別の画面を開いた。
しょう。
翻訳試験系・01。
一対象。
方向。
正答。
「僕らも、いずれ複数対象は試す予定だった」
「いつ?」
「まだ先」
「なぜですの」
「一個ずつ確認するから」
「慎重ですわね」
「本人の頭に情報を入れてるからね」
セシリアは納得する。
「では、二つになった時」
「うん」
「高瀬さんが二つ分考える必要があるなら」
佐伯が続きを待つ。
「普通ですわね」
「たぶん」
「でも」
セシリアはしょうの言葉を思い出す。
自分の手みたいな感じ。
「二つになっても、一つの時と変わらなかったら?」
佐伯は答えなかった。
画面を見る。
一対象。
その下。
将来検討。
複数対象。
「……それは測る価値がある」
「でしょう?」
「ただし」
佐伯がセシリアを見る。
「ビットはまだ関係ない」
「分かっています」
「本当に?」
「わたくしを何だと思っていますの」
「昨日からビットの話ばっかりする人」
「わたくしの専用機ですもの!」
***
翌日。
第三アリーナ。
しょうは訓練機を装着していた。
今日も飛ばない。
「また?」
『また』
「今日はちょっと違う」
しょうの前。
ドローン。
一機。
「前と同じ」
『はい』
翻訳試験系。
起動。
ドローン。
右。
『右』
左。
『左』
後ろ。
『後ろ』
再現。
「じゃあ」
佐伯が言う。
「一回切る」
停止。
「休憩」
『もう?』
「まだ続くよ」
『飛ぶ?』
「飛ばない」
『……はい』
管制室。
技術者が笑う。
「本当に飛びたいんですね」
「らしいね」
「次、距離ですか?」
「いや」
佐伯は画面を見る。
昨日の予定では距離。
そのはずだった。
「順番変える」
「何を先に?」
佐伯が入力。
対象数。
一。
変更。
二。
技術者が見る。
「複数対象?」
「うん」
「早くないです?」
「情報は増やさない」
「方向だけ?」
「方向だけ」
「理由は?」
佐伯は少し考える。
「比較したい」
***
休憩後。
しょうが再び訓練機を装着する。
「高瀬さん」
『はい』
「今からドローン増やす」
『何個?』
「二個」
『はい』
「やることは同じ」
『どっちにいるか?』
「そう」
『二個とも?』
「できる範囲で」
一機目。
右。
二機目。
左。
視覚表示なし。
翻訳試験系。
停止。
「どこ?」
しょうが考える。
『分かりません』
「了解」
起動。
「どこ?」
少し間。
『右と左』
技術者が記録。
次。
右前。
左後方。
しょうが少し迷う。
『右……と、左後ろ?』
「次」
二機とも右側。
位置をずらす。
しょうが黙る。
『右に二つ?』
管制室。
誰も喋らない。
「続ける」
佐伯。
***
十回。
二十回。
正答率。
一対象時より落ちる。
当然。
だが。
二倍難しくなったわけでもない。
反応時間。
伸びている。
僅か。
佐伯はそこを見る。
「負荷指標」
「上がってます」
「どれくらい」
数字。
「少し」
「本人は?」
通信。
「高瀬さん」
『はい』
「疲れた?」
『ちょっと』
「頭?」
『考えるのが増えた感じ』
佐伯が止まる。
「何を考えてる?」
しょうは少し黙る。
『どっちがどっちか』
「方向?」
『うん』
「一個の時は?」
『一個だから』
「考えなかった?」
『たぶん』
佐伯が記録する。
「休憩」
『はい』
***
管制室。
「普通ですね」
技術者が言う。
佐伯は頷く。
「普通だ」
対象が増えた。
処理が増えた。
反応時間が延びた。
本人も少し疲れた。
「セシリアさんの予想通り」
「うん」
「じゃあ翻訳で複数ビットを楽々操作、ではない」
「最初からそんな話してないよ」
「でもちょっと期待してたでしょう」
「ちょっとだけ」
佐伯は笑う。
画面を見る。
一対象。
二対象。
差。
「ただ」
「何です?」
「どこで増えたんだろう」
「何が」
「負荷」
技術者が見る。
「対象が増えたからでしょう」
「それはそう」
佐伯は二対象時の記録を拡大する。
「じゃあ何の処理が増えた?」
沈黙。
しょうの言葉。
どっちがどっちか。
「識別?」
「かもしれない」
「位置認識そのものじゃなくて?」
「分からない」
佐伯は新しい項目を作る。
『対象識別負荷』
「次、ここ分けよう」
***
その日の放課後。
セシリアが技術棟へ来た。
「結果は?」
佐伯が見る。
「早いね」
「たまたま通りましたの」
「嘘だ」
「結果は?」
佐伯は画面を見せる。
「二個になったら、少し難しくなった」
セシリアが見る。
「反応も遅い」
「少しね」
「疲労」
「少し」
セシリアは数値を見る。
「普通ですわね」
「普通だった」
「そう」
少しだけ。
残念そうにも見えた。
佐伯は聞かない。
セシリアが次の記録を見る。
しょうの発言。
『どっちがどっちか』
そこで止まる。
「これは?」
「本人が難しかったところ」
「どちらがどちらか」
「うん」
セシリアは考える。
「……名前を付けたら?」
「え?」
「対象に」
佐伯が見る。
「右と左ではなく」
セシリアは画面の二つの点を指す。
「一番と二番」
「それでも識別は必要だよ」
「ええ」
「変わらないんじゃ」
「分かりません」
セシリアは自分のビットを思い出す。
「でも、わたくしは」
一基目。
二基目。
三基目。
四基目。
「ブルー・ティアーズを『右にいるもの』『左にいるもの』として覚えてはいませんわ」
佐伯が黙る。
「一基目は一基目」
「うん」
「移動しても一基目」
「うん」
「右から左へ移っても」
「一基目」
「当然でしょう?」
佐伯は画面を見る。
二つのドローン。
今の翻訳試験では。
ただ二つの対象。
位置情報だけ。
「……個体識別情報を入れる?」
技術者が横から言う。
セシリアが振り返る。
「最初から入っていませんの?」
「試験だから単純化してます」
「なら」
セシリアは言う。
「高瀬さんが難しいと言ったものを、わざわざ消して試していたことになりますわね」
佐伯が苦笑する。
「痛いところ突くね」
「昨日のお返しです」
***
翌日の試験項目。
対象。
二機。
情報。
方向。
追加。
個体識別。
ただし。
名前はつけない。
A。
B。
それだけ。
佐伯は保存する。
その横。
比較条件。
識別情報なし。
識別情報あり。
目的。
対象数増加時の認知負荷要因分離。
まだ。
ビットを動かす話ではない。
外部端末へ命令を送る話でもない。
ただ二つのものを。
二つのものとして感じるのか。
それとも。
AとBとして感じるのか。
その違いを測る。
きっかけは。
四基を毎日扱っている一人の生徒が。
当たり前のことを言っただけだった。
一基目は。
どこへ行っても。
一基目。
翻訳はまだ。
物の名前すら知らなかった。