蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:佐伯明人
では、どうぞ
某日、IS学園体育館
そこには多くの女子学生が整列していた
それを壇上から見渡しているのは、やや癖のある水色の髪の毛を生やした女子生徒
名を更識楯無という。IS学園の生徒会長である
彼女の言葉を要約するとこうである
『合格おめでとう。でも、専攻科として入学するためにはISの実技能力を測定する必要があります。今日はそのために集まってもらいました。オリエンテーションみたいなものだと思って、リラックスして挑んでください』
ざわめく新入生
ある者ははしゃぎ、ある者は緊張し、ある者は平然とする
そんな中に自然と溶け込む1人の少女は壇上の生徒会長よりも先の一点を見つめる
(空、飛べるかな)
***
体育館での説明を終えた新入生たちは、いくつかの班に分けられて学園内のアリーナへと移動していた
そこには実技測定用に用意された打鉄が並び、教員や整備スタッフが慌ただしく最終確認を進めている
今回の測定に参加するのは、専攻科への合格者全員というわけではない
既に代表候補生として十分な運用記録を持つ者など、学園側が能力を把握している生徒は免除されている
ここにいるのは、これから学園が知る必要のある生徒たちだった
測定そのものは難しいものではない
起動
歩行
停止
方向転換
腕や脚の動作
武装を用いない簡単な回避
初めてISを装着する者も多い以上、最初から高度な技術を要求する意味はない むしろ、どこまで出来て、どこから出来ないのか
それを知るための時間だった
篠ノ之箒も、その一人である
「篠ノ之、力むな。剣道とは違う」
測定を担当する織斑千冬の声に、箒はわずかに眉を動かした
それでも返事をして、打鉄を一歩前へ進める
動く
止まる
構える
長年身体に染みついた動作が、そのままISで再現されるわけではない
けれど、身体をどう使いたいかという意思まで消えるわけでもない
箒は何度か姿勢を崩しながら、ひとつずつ確かめていった
その様子を少し離れた待機場所から眺めていた少女がいる
しょうだった
自分の番が来るまで、特に誰かと話すでもなく測定を見ている
飛行する生徒はまだいない
一瞬だけ大きく跳ね上がった者はいたが、慌てて姿勢を戻し、そのまま地面へ降りた
やがて名前を呼ばれる
「次、高瀬しょう」
「はい」
整備スタッフに案内され、しょうは打鉄を装着する
視界に情報が重なる
身体の外側に、もうひとつ大きな身体が増えたような感覚
しょうは少しだけ手を開き、閉じた
右腕を上げる
左腕を上げる
肩を回す
身体を捻る
「……何をしている?」
千冬が尋ねる
「動くか見てます」
それだけ答えて、しょうはしゃがんだ
立つ
片脚を上げる
下ろす
測定項目にはまだ入っていない動作も混じっていたが、千冬は止めなかった
装着直後に自分と機体の対応を確かめる行為そのものは不自然ではない
しょうは再び膝を曲げる
そして、跳んだ
打鉄の脚が床を蹴る
身体が浮く
ほんの一瞬なら、それまでにも何人かがやっている
問題はその次だった
しょうは落ちてこなかった
「……あれ?」
本人の声が通信に乗る
床から数メートル
打鉄は不格好ながら空中に留まっている
見学していた生徒たちの声が少しずつ大きくなった
整備スタッフも手元の端末から顔を上げる
千冬だけが、しょうから目を離さない
「高瀬、そのまま姿勢を維持しろ」
「はい」
しょうが身体を起こす
機体もそれに従う
少し前へ傾く
次の瞬間、打鉄は前へ滑った
速くはない
綺麗でもない
それでも、飛んでいる
しょうは少し進んで止まり、今度は右へ
次に左へ
上へ
下へ
最初こそ一つひとつ確かめるようだった動きは、繰り返すたびに間隔が短くなっていった
千冬が進行方向へ回り込む
しょうは止まり、反対へ向かう
再び千冬が先へ出る
しょうは上へ逃げる
「高瀬」
「はい?」
「測定は飛行だけではない」
「あ」
そこで初めて、しょうは自分が何をしていたのか思い出したように速度を落とした
だが、地上へ戻ろうとはしない
千冬は小さく息を吐き、手にしていた訓練用の近接武装を構える
「なら、そのまま続ける。避けろ」
「え?」
千冬が動いた
さっきまで受験者の動きを待っていた姿はない
一気に距離を詰める
しょうは反射的に横へ逃げた
空を切る一撃
「わっ」
さらに一撃
しょうは高度を下げる
千冬が追う
しょうは上がる
追う
右へ
左へ
旋回
上昇
下降
攻撃する様子はない
ただ逃げる
それなのに、千冬は簡単には追いつけない
速いからではなかった
しょうが動こうとする
ほとんど同時に打鉄が動く
普通なら機体が動き始めるまでに存在するはずの、ほんのわずかな間が妙に短い
千冬の視線が一度だけ管制席へ向く
スタッフの一人が端末を見ながら首を傾げていた
「織斑先生、これ……」
「後だ」
千冬は再び加速する
今度は逃げ道を残さない
正面から追い、しょうが選びそうな方向へ先回りする
しょうが右へ抜ける
そこに千冬がいる
左へ
また塞がれる
追いつかれる
しょうの飛び方が崩れた
姿勢が傾き、慌てて立て直す
その瞬間、千冬の武装が打鉄の目前で止まった
「そこまで」
アリーナに静けさが戻る
しょうはしばらく空中に留まったまま、目の前の武装を見ていた
「……負けました?」
「勝負をしていたつもりならな」
千冬が武装を下ろす
「これは測定だ。降りろ」
「はい」
しょうは素直に高度を下げる
着地は少し危なっかしかった
片脚が先に床へ触れ、二歩ほどよろめいてから止まる
それを見ていた千冬は何も言わない
飛べる
だが、上手いわけではない
経験があるわけでもない
それでも、初めてISを装着した生徒が、飛行によって測定担当者から逃げ続けた
しょうが打鉄を解除して整備スタッフのもとへ戻っていく
その背中を見送ったあと、千冬は管制席へ向かった
画面には先ほどの測定記録が残っている
「もう一度見せろ」
スタッフがログを開く
ジャンプ
浮上
前進
回避
数値が並ぶ
千冬は黙ってそれを追う
「初搭乗ですよね?」
「ああ」
「飛行経験は」
「あるなら申告されている」
スタッフが再び画面を見る
しばらくして、ひとつの項目を拡大した
「応答、早くないですか」
千冬は答えなかった
画面の向こうでは、次の測定を待つしょうが他の新入生に混じっている
先ほどまで空を飛んでいた少女は、もうどこにでもいる合格者の一人にしか見えない
千冬は記録へ視線を戻した
「データを残しておけ」
それだけ告げる
この時点では、まだ誰も知らない
その記録が、入学後も繰り返し開かれることになるとは
言っておきますが、最初から専用機持ちではありません
読んだから理解してますよね
この作品は原作の空白を補完してる面もあります
なお、改変と呼ぶかは読者のみなさんに委ねます