蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:sho_greenhouse

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第17話 翻訳 3

翌日。

 

第三アリーナ。

 

しょうは訓練機を装着していた。

 

目を閉じる。

 

ドローンが二機。

 

昨日と同じ。

 

「始めるよ」

 

『はい』

 

翻訳試験系。

 

起動。

 

右。

 

左。

 

「どこ?」

 

少し間。

 

『右と左』

 

ドローンが動く。

 

右側の一機が前へ。

 

左側の一機が後ろへ。

 

「今は?」

 

『右前と、左後ろ』

 

「了解」

 

佐伯は記録する。

 

反応時間。

 

昨日とほぼ同じ。

 

「じゃあ次」

 

二機が動く。

 

互いに近づく。

 

中央。

 

交差。

 

左右が入れ替わる。

 

「どこ?」

 

しょうが黙る。

 

『……右と左』

 

「どっちがさっき右にいた方?」

 

長い沈黙。

 

『分からない』

 

「了解」

 

もう一度。

 

交差。

 

「どっち?」

 

『分かりません』

 

管制室。

 

技術者が頷く。

 

「昨日と同じですね」

 

「うん」

 

位置は分かる。

 

二つあることも分かる。

 

でも。

 

どちらがどちらだったかは分からない。

 

「じゃあ識別入れる」

 

***

 

画面。

 

対象A。

 

対象B。

 

訓練機側では以前から識別できている。

 

機体にとって二機は最初から別のもの。

 

ただ。

 

翻訳試験系では、その情報を渡していなかった。

 

「高瀬さん」

 

『はい』

 

「今から二つに名前つける」

 

『名前?』

 

「AとB」

 

『名前なの?』

 

「記号かな」

 

『どっちがA?』

 

「今、右にいる方」

 

『じゃあ右がA』

 

「今はね」

 

『今は?』

 

「動くから」

 

『ああ』

 

翻訳試験系。

 

識別情報。

 

追加。

 

「始めるよ」

 

『はい』

 

A。

 

右。

 

B。

 

左。

 

「Aは?」

 

『右』

 

「B」

 

『左』

 

移動。

 

Aが左へ。

 

Bが右へ。

 

「A」

 

少し間。

 

『左』

 

「B」

 

『右』

 

技術者が画面を見る。

 

もう一度。

 

交差。

 

A。

 

右後方。

 

B。

 

左前方。

 

「A」

 

『右後ろ』

 

「B」

 

『左前』

 

佐伯は何も言わない。

 

試行を続ける。

 

***

 

十回。

 

二十回。

 

間に休憩。

 

識別あり。

 

識別なし。

 

条件を入れ替える。

 

しょうには、いつ切り替えたか伝えない。

 

識別なし。

 

交差。

 

「さっき右にいた方」

 

『……分からない』

 

識別あり。

 

交差。

 

「A」

 

『左』

 

識別なし。

 

「一つ目」

 

『どれ?』

 

識別あり。

 

「B」

 

『右後ろ』

 

結果が並ぶ。

 

技術者が腕を組む。

 

「差、出ましたね」

 

「出たね」

 

対象数は同じ。

 

方向情報も同じ。

 

変えたのは。

 

機体側が持つ個体識別情報を、翻訳試験系へ通したかどうか。

 

「高瀬さん」

 

佐伯が通信を開く。

 

『はい』

 

「疲れた?」

 

『ちょっと』

 

「昨日より?」

 

しょうが考える。

 

『同じくらい?』

 

「AとBがある時と、ない時は?」

 

『AとBがある方が楽』

 

「どうして?」

 

『どっちか分かるから』

 

「Aって見える?」

 

『見えない』

 

「聞こえる?」

 

『聞こえない』

 

「じゃあ、どうやってAって分かる?」

 

沈黙。

 

『Aだから』

 

管制室。

 

技術者が吹き出した。

 

佐伯は額を押さえる。

 

「そうなるよね」

 

『変?』

 

「変じゃない」

 

『じゃあ何?』

 

「説明する側が困ってる」

 

『頑張って』

 

「他人事だなあ」

 

***

 

休憩。

 

しょうが管制室へ来る。

 

机の上に二つの小さな模型。

 

佐伯が置いた。

 

「これ」

 

片方を指す。

 

「A」

 

もう片方。

 

「B」

 

「はい」

 

模型を左右に置く。

 

「Aは?」

 

しょうが指す。

 

「こっち」

 

入れ替える。

 

「A」

 

「こっち」

 

「なんで?」

 

「今、見てたから」

 

「そうだね」

 

佐伯が笑う。

 

「じゃあISの中では?」

 

しょうは考える。

 

「見てない」

 

「うん」

 

「でもAはA」

 

「そうなんだよね」

 

佐伯は模型を持ち上げる。

 

「昨日まで僕らは」

 

Aを右へ置く。

 

「右に何かいる」

 

Bを左。

 

「左にも何かいる」

 

「うん」

 

「それを高瀬さんに渡してた」

 

二つを入れ替える。

 

「だから位置が変わると」

 

「どっちか分からない」

 

「そう」

 

今度は模型の上に紙を置く。

 

A。

 

B。

 

「今日は」

 

模型を入れ替える。

 

「右にAがいる」

 

「左にBがいる」

 

「そういう情報も渡した」

 

しょうが少し考える。

 

「名前まで翻訳した?」

 

佐伯が止まる。

 

「名前」

 

「Aって」

 

「……そう言ってもいいのかな」

 

技術者が横から言う。

 

「識別情報です」

 

しょうがそちらを見る。

 

「難しくなった」

 

「技術用語なので」

 

佐伯が笑う。

 

「高瀬さんの言い方なら、名前でもいい」

 

「じゃあ名前」

 

「ただし」

 

佐伯はAの紙を外す。

 

「本当に文字のAを感じてるわけじゃない」

 

「うん」

 

「この子がこの子だっていう区別」

 

しょうが模型を見る。

 

「人と同じ?」

 

「人?」

 

「佐伯先生が右に行っても左に行っても、佐伯先生」

 

佐伯が止まる。

 

「……そういうこと」

 

「じゃあ簡単」

 

「説明はね」

 

***

 

放課後。

 

セシリアが技術棟へ来た。

 

今度は「たまたま」とは言わなかった。

 

「どうでした?」

 

「結果出たよ」

 

佐伯が画面を見せる。

 

識別なし。

 

識別あり。

 

セシリアは数値を見る。

 

「やはり」

 

「予想してた?」

 

「そこまでではありません」

 

「でも驚かない」

 

「当然ですもの」

 

佐伯が笑う。

 

「またそれ?」

 

セシリアは画面上のAを見る。

 

「一基目は、右にあるから一基目なのではありません」

 

「うん」

 

「左へ移動しても一基目」

 

「うん」

 

「わたくしの後ろへ行っても一基目」

 

「うん」

 

「見失っても」

 

少し止まる。

 

「機体側が認識している限り、一基目でしょう」

 

佐伯がその言葉を見る。

 

「機体側が認識している限り」

 

「何か?」

 

「いや」

 

記録に残す。

 

セシリアが見る。

 

「高瀬さんは?」

 

「AとBがある方が楽だったって」

 

「でしょうね」

 

「本人曰く、AはAだから」

 

セシリアが少し笑う。

 

「その通りではありませんの」

 

「技術者はそれじゃ困るんだよ」

 

「大変ですわね」

 

***

 

会議室。

 

夕方。

 

しょうはいない。

 

セシリアも帰った。

 

画面には今日の結果。

 

『対象位置情報』

 

その下。

 

『対象識別情報』

 

佐伯がホワイトボードへ書く。

 

「昨日までは」

 

対象。

 

座標。

 

方向。

 

距離。

 

「物がどこにあるかを翻訳してると思ってた」

 

技術者が頷く。

 

「今日は?」

 

「何がそこにあるか、も通せた」

 

「対象情報?」

 

「そう」

 

「でもAという文字じゃない」

 

「うん」

 

「識別子そのもの?」

 

「たぶん」

 

別の技術者が言う。

 

「だったら翻訳層って、センサー情報を感覚に変えてるだけじゃないですね」

 

佐伯が見る。

 

「そうなる」

 

「機体が内部で持っている対象モデルの一部を、操縦者側へ渡してる?」

 

沈黙。

 

佐伯はすぐには書かない。

 

「まだそこまで言わない」

 

「でも」

 

「今日分かったのは」

 

画面を指す。

 

「位置が変わっても、同じ対象として区別できた」

 

それだけ。

 

「一回で世界を広げない」

 

「はいはい」

 

「大事だから」

 

***

 

設計資料。

 

翻訳試験系・02。

 

結果。

 

『対象識別情報付加時、移動後も対象の継続識別が可能』

 

備考。

 

『操縦者は識別情報を文字・音声等として知覚していない』

 

その下。

 

本人聞き取り。

 

『AはAだから』

 

技術者が見る。

 

「これ残すんです?」

 

「残す」

 

佐伯。

 

「本人の表現も一次記録だから」

 

「設計書ですよ」

 

「実験記録も兼ねてる」

 

「後で絶対誰か困りますよ」

 

「その時は翻訳して」

 

保存。

 

***

 

翌日。

 

昼休み。

 

しょうは一夏たちと食事をしていた。

 

「で」

 

一夏が聞く。

 

「昨日は何を翻訳した?」

 

「AとB」

 

「英語じゃん」

 

「またそれ?」

 

「今度こそ英語だろ」

 

「違う」

 

箒が聞く。

 

「何をしたんだ」

 

しょうが考える。

 

「二つあるものが」

 

箸を二本取る。

 

右。

 

左。

 

「こっちとこっちにいて」

 

入れ替える。

 

「こうなっても」

 

一方を指す。

 

「こっちはこっち」

 

一夏が黙る。

 

箒も。

 

「……当たり前じゃないか?」

 

一夏。

 

「うん」

 

しょう。

 

「じゃあ何の実験なんだ?」

 

「分からない」

 

セシリアが向かいから言う。

 

「それでいいんですの」

 

一夏が見る。

 

「オルコット知ってるの?」

 

「少し」

 

「何がすごいんだ?」

 

「すごいかどうかは知りません」

 

セシリアはしょうの箸を見る。

 

「ただ」

 

右の一本。

 

「それが左へ行った時」

 

しょうが左へ動かす。

 

「機体にとって同じものなら」

 

「うん」

 

「高瀬さんにとっても同じものだった」

 

一夏が考える。

 

「……それだけ?」

 

「それだけですわ」

 

「地味だな」

 

しょうも頷く。

 

「地味」

 

セシリアが少し笑う。

 

「研究とはそういうものでしょう」

 

***

 

放課後。

 

技術棟。

 

次回試験案。

 

対象。

 

二機。

 

識別。

 

あり。

 

位置。

 

方向のみ。

 

そして。

 

新しい欄。

 

『操縦者 → 対象』

 

まだ空白。

 

技術者が聞く。

 

「次、返します?」

 

佐伯は画面を見る。

 

これまでは。

 

機体からしょうへ。

 

一方通行。

 

右にいる。

 

左にいる。

 

Aがいる。

 

Bがいる。

 

しょうは受け取るだけだった。

 

「何を返す?」

 

「一番簡単なの」

 

「移動?」

 

「まだ危ない」

 

「点灯」

 

佐伯が見る。

 

「点灯?」

 

「Aに光れって送るだけ」

 

「Bは?」

 

「何もしない」

 

「出力は?」

 

「オン、オフ」

 

佐伯は考える。

 

一つの対象。

 

一つの命令。

 

移動しない。

 

飛ばない。

 

撃たない。

 

危険もない。

 

そして。

 

成功しても。

 

できることは。

 

ランプが一個点くだけ。

 

「……それくらいなら」

 

試験案。

 

入力。

 

対象A。

 

意図。

 

『点灯』

 

出力。

 

A搭載ランプ。

 

ON。

 

ただし。

 

まだ実施承認は出さない。

 

佐伯は保存する。

 

翻訳は。

 

右と左を覚え。

 

AとBを覚えた。

 

次に覚える言葉は。

 

まだ。

 

「光れ」

 

その一語だけだった。

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