蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:sho_greenhouse
第三アリーナ。
セシリアは、並べられた二機のドローンを見ていた。
「……これを?」
「動かしてもらう」
佐伯が答える。
「ブルー・ティアーズではなく?」
「今日は比較実験だから」
「わたくしの専用機では駄目ですの?」
「性能差が大きすぎる」
セシリアは少し不満そうだった。
当然だろう。
ブルー・ティアーズは彼女自身の専用機。
長く使い続けてきた四基のビットと、目の前の訓練用ドローンでは話が違う。
「条件をできるだけ揃えたい」
「分かりましたわ」
少し離れたところに、しょうもいる。
「私もこれ?」
「同じ二機」
「飛ばす?」
「今日は飛ばす」
しょうの顔が少し明るくなる。
佐伯が続ける。
「ドローンがね」
「……はい」
セシリアが口元を押さえた。
「笑った?」
「いいえ」
「笑った」
「実験を始めませんこと?」
***
今日の課題は単純だった。
二機。
A。
B。
開始位置。
同じ。
目標地点。
二か所。
Aを右側の円。
Bを左側の円。
それぞれ移動させる。
速度制限あり。
障害物なし。
「それだけ?」
セシリアが聞く。
「それだけ」
「簡単すぎません?」
「だからいい」
佐伯は答える。
「難しい課題にしたら、操縦技術の差を測ることになる」
セシリアが少し考える。
「今日は違う」
「そう」
「どう動かしているか」
「それを見たい」
セシリアは頷いた。
「では、わたくしから」
***
セシリア。
訓練用操作系。
A。
B。
開始。
ほとんど迷いがない。
A。
選択。
目標位置。
指定。
移動開始。
同時にB。
選択。
目標位置。
指定。
二機が動く。
A。
右。
B。
左。
速度。
安定。
経路。
ほぼ最短。
到着。
停止。
「終了」
佐伯が言う。
「どうでした?」
「どうも何も」
セシリアは操作系を解除する。
「簡単ですわ」
記録。
対象選択。
速い。
命令入力。
正確。
修正。
一回。
所要時間。
短い。
技術者が言う。
「さすがですね」
「この程度で褒められても困ります」
だが数字は明確だった。
速い。
正確。
無駄が少ない。
佐伯はそれをそのまま保存する。
「次、高瀬さん」
「はい」
***
しょうが訓練機を装着する。
翻訳試験系。
対象。
A。
B。
識別情報。
有効。
位置情報。
有効。
出力。
今回は初めて。
点灯ではない。
移動。
ただし。
速度制限。
低。
緊急停止。
独立。
移動範囲。
限定。
佐伯が確認する。
「高瀬さん」
『はい』
「最初に言っとく」
『はい』
「セシリアさんと同じ速さでやろうとしなくていい」
『競争じゃない?』
「違う」
『分かりました』
「やることは分かる?」
『Aが右』
「うん」
『Bが左』
「そう」
「じゃあ開始」
***
しょうが二機を見る。
A。
B。
『……』
動かない。
三秒。
五秒。
セシリアが見ている。
しょう。
A。
右。
その意図。
翻訳試験系。
出力。
Aが動く。
ゆっくり。
右へ。
「あ」
しょうが言う。
Aが少し斜めに進む。
『違う』
修正。
A。
右へ。
目標円。
停止。
次。
B。
左。
動く。
こちらは少し速い。
目標。
停止。
「終了」
しょうが息を吐く。
『できた』
「できたね」
所要時間。
セシリアより長い。
修正。
二回。
軌道精度。
低い。
佐伯はそのまま保存する。
***
解除。
しょうがセシリアを見る。
「速かったね」
「経験の差ですわ」
「私、曲がった」
「見ていました」
「難しい」
「最初なら当然でしょう」
しょうが少し意外そうに見る。
「怒らない?」
「なぜわたくしが怒るんですの」
「曲がったから」
「あなたの機体ではありませんもの」
「それなら曲がっていいの?」
「そういう意味ではありません!」
佐伯が割って入る。
「二人とも休憩」
***
管制室。
記録が並ぶ。
セシリア。
しょう。
結果だけなら。
明確だった。
「オルコットさんですね」
技術者が言う。
「うん」
速い。
正確。
修正も少ない。
しょうは。
遅い。
不安定。
「これだけ見たら比較にならないですね」
「だからこれだけ見ない」
佐伯は別のログを開く。
操作入力。
セシリア。
A選択。
位置指定。
B選択。
位置指定。
修正。
それぞれが明確。
「綺麗ですね」
「うん」
次。
しょう。
技術者が止まる。
「……これ」
「見にくいね」
「Aの位置指定、どこです?」
「明示入力はない」
「でも動いた」
「うん」
「目標座標」
「入れてない」
「じゃあ何を出してる?」
ログ。
翻訳試験系。
対象A。
方向意図。
右。
その下。
連続補正。
大量。
「細かい」
「機体側が?」
「翻訳系と訓練機側の補助制御」
Aが右へ行く。
そのために必要な細かい処理を。
しょうは指定していない。
***
セシリアも呼ばれる。
「これがわたくし?」
左側。
「そう」
「こちらが高瀬さん」
右側。
二つのログ。
セシリアは見る。
「わたくしの方が少ない?」
「記録上の処理段階はね」
佐伯が答える。
「でも内部演算まで全部並べれば違う」
「でしょうね」
「大事なのはそこじゃない」
セシリアの入力。
対象。
位置。
命令。
しょうの入力。
対象。
意図。
その後。
機体側処理。
セシリアは少し考える。
「わたくしは」
A。
「ここへ行きなさい、と伝えている」
「うん」
「高瀬さんは?」
佐伯がしょうを見る。
しょうも画面を見る。
「右」
「だそうです」
セシリアの眉が動く。
「右、だけ?」
「うん」
しょう。
「どこまで?」
しょうが困る。
「丸まで」
「それは分かっていた?」
「うん」
「では丸の中心座標は?」
「知らない」
セシリアが黙る。
***
「もう一回やろう」
佐伯が言う。
今度は。
目標位置を変える。
A。
右前。
B。
左後方。
セシリア。
開始。
A。
選択。
位置。
B。
選択。
位置。
ほぼ同時。
移動。
到着。
速い。
しょう。
開始。
A。
右前。
動く。
今度は最初より滑らか。
停止。
B。
左後ろ。
動く。
途中。
少し行き過ぎる。
戻す。
停止。
終了。
「また負けた」
しょうが言う。
セシリアが即座に返す。
「勝負ではありませんわ」
「でも遅い」
「わたくしは何年やっていると思っていますの」
しょうが少し考える。
「何年?」
「そこを聞くのではありません!」
***
三回目。
佐伯が条件を変える。
「今度は二機同時」
しょうが見る。
『同時?』
「無理なら一機ずつでいい」
『やってみる』
セシリア。
問題なし。
A。
B。
同時移動。
別方向。
到着。
しょう。
A。
B。
二機を認識。
『……』
長い。
五秒。
七秒。
Aが動く。
少し遅れて。
B。
「同時じゃない」
しょうが言う。
「続けて」
A。
右。
B。
左。
しょうが両方を見る。
Aが少し速い。
Bが遅れる。
しょうがBを意識する。
今度はBが速くなる。
Aが鈍る。
「……難しい」
「止めてもいいよ」
「もうちょっと」
A。
B。
交互に。
少しずつ。
到着。
「終了」
しょうが大きく息を吐く。
「疲れた」
佐伯が即座に言う。
「今日はここまで」
「もう?」
「疲れたって言った人は終わり」
「飛んでない」
「ドローンは飛んだ」
「私が」
「また今度」
***
記録。
二対象同時。
セシリア。
負荷上昇。
小。
精度。
維持。
しょう。
負荷上昇。
大。
反応。
交互。
精度。
低下。
技術者が画面を見る。
「普通じゃないですか」
佐伯が頷く。
「普通だね」
「二つ同時にやったら難しくなった」
「うん」
「やっぱり高瀬さん、複数処理が得意なわけじゃない」
「今はね」
セシリアも見る。
「わたくしの方が上手ですわね」
「現時点では圧倒的に」
佐伯。
「圧倒的まで言います?」
「数字がそう言ってる」
セシリアは少し満足そうだった。
しょうも横から見る。
「すごい」
「代表候補生ですもの」
「四つできる?」
「できます」
「すごい」
セシリアの表情が少し緩む。
***
だが。
佐伯は別の数字を開く。
「面白いのはここ」
一対象。
二対象。
操縦者側の明示入力数。
セシリア。
ほぼ倍。
しょう。
増加。
ただし。
「これ何?」
しょうが聞く。
「高瀬さんが機体へ渡した情報の種類」
「種類?」
「ざっくりね」
セシリアが見る。
「わたくしは?」
「対象指定、目標位置、タイミング、修正」
「高瀬さん」
「対象と意図」
「それだけ?」
「記録上は」
セシリアが画面を見る。
「でも疲れていますわ」
「うん」
「なら処理していないわけではない」
佐伯がセシリアを見る。
「その通り」
しょうが聞く。
「どこで?」
佐伯は答えない。
代わりに。
「高瀬さん」
「はい」
「二つ動かした時、何が難しかった?」
しょうは考える。
「二つ考えるの」
「どういう風に?」
「Aを右にして」
「うん」
「Bを左にすると」
手を左右へ動かす。
「Aが薄くなる」
佐伯が止まる。
「薄く?」
「忘れるんじゃないけど」
しょうは困る。
「遠くなる?」
セシリアが聞く。
「違う」
「分からなくなる?」
「それも違う」
しょうは二つの模型を見る。
片方を見る。
もう片方を見る。
「こっちをちゃんとすると」
A。
「こっちが」
B。
「ちょっと雑になる」
「注意が移る?」
技術者。
しょうが考える。
「それかも」
***
セシリアが自分のログを見る。
「わたくしも最初はそうでしたわ」
全員が見る。
「ブルー・ティアーズ?」
佐伯。
「ええ」
セシリアは二つの模型を取る。
「一基へ意識を向けすぎれば、別の一基への対応が遅れる」
「今は?」
「慣れました」
「どうやって?」
「訓練です」
即答。
「具体的には?」
セシリアが止まる。
「……訓練です」
「説明できない?」
少し不満そうな顔。
「できなくはありません」
「じゃあ」
「ですが」
セシリアは模型を見る。
「今では、四基を四つの別々なものとして逐一考えている感覚ではありません」
佐伯が黙る。
しょうも見る。
「じゃあ、どうしてるの?」
セシリアは答えようとして。
止まった。
一基。
二基。
三基。
四基。
自分。
敵。
空間。
「……分かりませんわね」
しょうが少し笑う。
「同じ」
「何がですの」
「説明できない」
「あなたと一緒にしないでくださる?」
「でも分からない」
「……それはそうですが」
***
佐伯がホワイトボードへ書く。
セシリア。
『学習済み』
しょう。
『学習中』
その下。
一度止まる。
消す。
「何で消したの?」
しょう。
「雑すぎた」
代わりに書く。
セシリア。
『既存制御体系への熟練』
しょう。
『翻訳系を介した制御を習得中』
「これなら?」
技術者。
「だいぶ違います」
セシリアが見る。
「優劣ではありませんわね」
「結果には優劣がある」
佐伯が言う。
「今日の課題ならセシリアさんの方が上」
「ええ」
「でも」
二つのログ。
「同じ結果を出すために、同じ情報を同じ形で扱ってるわけじゃない」
しょうが聞く。
「言葉が違う?」
佐伯が見る。
「たぶんね」
セシリアも画面を見る。
「外国語のようなもの?」
「近いかもしれない」
しょうがセシリアを見る。
「セシリアさんはIS語しゃべれる?」
「そんな言語ありませんわ!」
「じゃあ何語?」
「知りません!」
***
夕方。
しょうが帰ったあと。
佐伯と技術者たちは記録を整理していた。
「同調率も絡んでますよね」
「当然候補」
佐伯。
「高瀬さんの高同調状態が、翻訳系で扱える情報量や意味の保持に影響してる可能性はある」
「じゃあ同調率が高ければ同じことが?」
「分からない」
「オルコットさんでは?」
「そこを雑に比較しない」
佐伯は記録を指す。
「セシリアさんには、既に完成した操縦方法がある」
ブルー・ティアーズ。
四基。
高精度。
実戦運用可能。
「しょうさんのやり方を無理にやらせて、できないから同調率が低い、なんて結論にはできない」
「なるほど」
「逆も同じ」
しょう。
二基。
まだまともに同時操作できない。
「今のしょうさんにブルー・ティアーズを渡して、扱えないから能力が低いとも言えない」
「言語が違う」
「今日のところは、その比喩が一番近いかな」
***
設計記録。
比較試験。
結果。
『同一課題において、既存操作系熟練者が速度・精度・複数対象処理の全項目で優位』
その下。
『翻訳系使用者は、明示的な操作情報量が少ない一方、複数対象化に伴う注意負荷増大を確認』
さらに。
『両制御方式を単一尺度による優劣として評価しないこと』
備考。
セシリア・オルコット所見。
『違いを比べてください』
佐伯はそこを残した。
そして。
しょう本人所見。
『Aをちゃんとすると、Bがちょっと雑になる』
これも残す。
技術用語への翻訳は。
明日でいい。
***
翌朝。
教室。
一夏がしょうに聞く。
「昨日オルコットと勝負したんだって?」
「してない」
セシリアが即座に訂正した。
「比較実験ですわ」
「どっち勝った?」
「だから勝負では――」
しょうが言う。
「セシリアさん」
セシリアが止まる。
「高瀬さん!」
「全部負けた」
「負けてもいません!」
一夏が笑う。
「じゃあオルコットの圧勝?」
「織斑さんまで!」
箒が聞く。
「何をしたんだ」
しょうが机の上に消しゴムを二つ置く。
「これを動かした」
一夏。
「……それだけ?」
「それだけ」
セシリアが腕を組む。
「研究とはそういうものです」
しょうが頷く。
「地味」
「あなた最近そればかりですわね」
一夏が消しゴムを一つ取る。
「で、何が分かった?」
しょうは少し考えた。
セシリアを見る。
自分を見る。
「しゃべり方が違うらしい」
一夏が首を傾げる。
「誰と誰が?」
「私とセシリアさん」
「普通に今しゃべってるだろ」
「ISと」
一夏はさらに分からない顔をした。
箒も黙る。
セシリアだけが。
少し考えてから言った。
「まだ、そうかもしれないというだけですわ」
しょうが頷く。
「うん」
それで話は終わった。
まだ。
違う言語があると決まったわけではない。
ただ。
同じ二機を。
同じ場所へ動かすだけでも。
二人はどうやら。
同じことを話してはいなかった。
以上です。読了ありがとうございました
それにしても反響がまったくないのはAI執筆の弊害なのか、ISという題材がもう古いのか
たぶん、前者なのでしょうね
それでも読んでくれてるみなさんには感謝です
では、また次回