蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:佐伯明人

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今日はここまでです
今後もまとまりの良いブロックごとに投稿していきます


プロローグ・急

それは、入学を目前に控えたある日のことだった。

織斑一夏は、IS学園から呼び出しを受けていた。

合格後の手続きに不足があったわけではない。

提出書類にも、健康診断にも問題はない。

ただ、ひとつだけ予定になかったものが増えていた。

 

「……これに触ればいいんですか?」

 

目の前にあるのはISだった。

 

「そうだ。起動させる必要はない。適性の有無を確認するだけでいい」

 

担当者の説明を聞きながら、一夏は機体を見る。

IS。

正式名称、インフィニット・ストラトス。

女性にしか扱えない。

受験勉強の合間に読んだ入門書にも、そう書かれていた。

世界で使われているISについて調べれば、どの資料にも同じ前提がある。

だから一夏にとって、これは健康診断の延長のようなものだった。

適性がないことを確認する。

それだけのはずだった。

 

「じゃあ、いきます」

 

一夏が触れる。

機体が応えた。

その場にいた誰も、すぐには声を出さなかった。

一夏も同じだった。

目の前に情報が現れる。

機体の状態。

自分の身体とは違う何かが、自分の意思を待っている感覚。

知識としてしか知らなかったものが、突然こちら側へ来た。

 

「……動いてますよね、これ」

 

最初に確認したのは一夏だった。

担当者が端末を見る。

もう一人が別の端末を見る。

誰かが部屋を出ていった。

 

「織斑君、そのまま。何も操作しないで」

「はい」

 

言われた通り、一夏は動かなかった。

動かなかったが、機体は止まっていなかった。

起動している。

その事実だけが残った。

 

 

 

***

 

 

 

知らせがIS学園へ届くまで、それほど時間はかからなかった。

織斑千冬は職員室で渡された報告書を読み、最初の一枚へ戻った。

もう一度読む。

内容は変わらない。

男性。

IS起動確認。

再現性あり。

名前の欄には、織斑一夏。

 

「本人は?」

「まだ施設に。追加確認をしています」

 

千冬は報告書を閉じた。

 

「私も行く」

「ですが――」

「弟だからじゃない」

 

足を止める。

 

「世界で初めて確認された事例だ。学園が無関係でいられると思うか?」

 

それ以上の言葉は必要なかった。

 

 

 

***

 

 

 

一夏が帰宅したのは、いつもよりずっと遅い時間だった。 玄関を開ける。

見慣れた靴がある。

 

「ただいま」

「遅かったな」

 

千冬は既に帰っていた。

 

「千冬姉、知ってるんだろ?」

「ああ」

 

一夏は鞄を置く。

少し迷ってから、居間へ入った。

 

「俺、ISを動かしたらしい」

「らしい、ではない。動かした」

「だよなあ……」

 

自分で見たものなのに、まだ言葉だけが現実から浮いている。

千冬は一夏を見る。

 

「学園から話がある」

「入学取り消しとか?」

「なぜそうなる」

「いや、なんか大事になってるし」

「逆だ」

 

千冬が一枚の書類を差し出す。

一夏は受け取った。

専攻科。

その文字を見て、しばらく止まる。

 

「……俺が?」

「適性が確認された以上、選択肢には入る」

「でも俺、普通科で受けたんだけど」

「それも変わらない。お前は既に合格している」

 

千冬は続ける。

 

「専攻科へ変更するかどうかは、お前が決めろ」

一夏は書類を見る。

IS学園へ行くことは、もう決めていた。

弾と話した時も。

進路希望を書いた時も。

参考書を開いた時も。

その時には存在しなかった選択肢が、今になって増えただけだ。

 

「すぐ決めないと駄目?」

「期限までは待つ」

「そっか」

 

一夏はもう一度、専攻科の文字を見る。

 

「じゃあ、ちゃんと考える」

 

千冬は何も言わなかった。

 

 

 

***

 

 

 

数日後。

IS学園のアリーナに、一夏の姿があった。

専攻科への変更を希望したことで、入学前の実技能力測定が追加された。

本来なら既に終了している日程である。

代表候補生のように既存の運用データがあるわけでもない。

当然だった。

 

「緊張しているか?」

「そりゃするだろ」

 

千冬の問いに、一夏は訓練機を見上げた。

 

「この前は触っただけだぞ」

「なら今日は、触った次だ」

「簡単に言うなあ」

 

装着。

起動。

今度は周囲も驚かなかった。

確認すべきことは、そこから先にある。

 

「歩け」

 

一夏が一歩進む。

機体がついてくる。

もう一歩。

止まる。

腕を上げる。

下ろす。

方向を変える。

何度か動かしているうちに、最初の硬さが少しずつ抜けていった。

 

「思ったより普通に動くな」

「普通に動かすための機体だ」

「そういう意味じゃなくて」

 

千冬は答えず、次の項目へ進める。

一夏は走った。

止まる。

少しよろける。

立て直す。

跳ぶ。

今度は着地した。

 

「飛ばないんだな」

「飛べって言われてないだろ」

「そうだな」

 

千冬の口元がわずかに動いたように見えたが、一夏には分からなかった。

測定は続く。

特別な結果ばかりが出るわけではない。

初めてISをまともに動かす少年は、初めてなりの失敗をする。

曲がりきれない。

止まりきれない。

機体の大きさを忘れて距離を取り損ねる。

それでも動く。

男性であること以外は、驚くほど普通の初心者だった。

だからこそ、記録する価値があった。

 

 

 

***

 

 

 

同じ頃。

学園とは別の場所で、会議室の机に資料が積まれていた。

中央にあるのは一夏の測定データ。

 

「もっと必要ですね」

「当然だ。起動したという事実しか分かっていない」

「訓練機で継続?」

「それでも取れる。ただし長期になるなら専用の環境が欲しい」

 

話は一夏本人の知らないところで進んでいく。

世界で一人。

比較対象がいない。

ならば、少しでも多く。

少しでも長く。

一夏がIS学園へ通う三年間は、そのための時間にもなり得る。

 

「専用機を用意する?」

 

誰かが口にした。

会議室が少し静かになる。

 

「大げさじゃないですか」

「大げさかどうかを判断するデータすらない」

 

別の者が資料をめくる。

 

「訓練機を長期間占有するより、研究機として一機を割り当てた方が管理しやすい。調整履歴も一人に固定できる」

「予算は?」

「人員は?」

質問が続く。

それでも、話は消えなかった。

数日後。

ひとつの開発計画が動き始めた。

まだ白い装甲もない。

まだ名前もない。

一夏自身は、その存在すら知らない。

 

 

 

***

 

 

 

別の開発室。

組み上がりきっていないISの前で、更識簪は端末を見ていた。

予定表。

進捗。

担当者。

いくつかの欄が書き換えられている。

入学までに完成するはずだった。

少なくとも、以前の見積もりでは。

簪は画面を閉じる。

作業台の上には資料がある。

手を伸ばす。

開く。

分からない箇所がある。

別の資料を開く。

それでも分からない。

しばらくして、簪は椅子を引いた。

端末をもう一度起動する。

今度は予定表ではなく、設計データを開いた。

誰かが戻ってくるのを待つことはしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

春が近づいていた。

篠ノ之箒は、新しい制服を前にしていた。 袖を通す。

鏡を見る。

特別なことはしない。

ただ、制服が合っているかを確かめる。

部屋の外から声がする。

箒は返事をする。

机の上には入学関係の書類が置かれていた。

氏名。

篠ノ之箒。

その文字は消されていない。

書き換えられてもいない。

窓の外には、しばらく同じ景色が続く予定だった。

箒は鞄を手に取る。

まだ登校日ではない。

今日は必要なものを揃えに行くだけだ。

それでも、家を出る前にもう一度制服を見た。

 

 

 

***

 

 

 

一夏の机から、受験用の参考書が少しずつ減っていく。

代わりにISの資料が増えていた。

最初に買った入門書も残っている。

女性にしか扱えない。

そのページには、付箋が貼られたままだった。

一夏はページを見て、閉じる。

隣には専攻科の教材。

知らない単語が多い。

 

「……間に合うのか、これ」

 

誰に聞かせるでもなく呟いて、次の本を開く。

 

 

 

***

 

 

 

しょうの測定記録が、再び開かれる。

画面上で打鉄が跳ぶ。

浮く。

前へ進む。

追われる。

逃げる。

応答時間を示す数値が並ぶ。

担当者が別の測定記録と比較する。

一度閉じる。

少しして、また開く。

記録にはひとつ、追記が増えた。

入学後、継続観測。

 

 

 

***

 

 

 

開発室では、新しいフレームが組まれていた。

別の部屋では、簪が設計データと向き合っている。

一夏は教科書を読む。

箒は新しい生活の準備をする。

しょうの記録は保存されている。

まだ誰も同じ場所にはいない。

それぞれが、それぞれの春を待っている。

やがて校門が開く。

新しい制服。

新しい教室。

新しい名前。

そして、新しい空。

IS学園の新年度が始まる。

 




本作は独自の補完設定がたくさんありますので、どうぞじっくり考察してください
オリキャラこと高瀬しょうの特異性もすでに仕込んであります
どうぞ考えてくださいね
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