蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:佐伯明人

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今日は2話、投稿します


第4話 有限の財布 1

翌日の放課後。

 

一夏は授業が終わると同時に立ち上がった。

 

「そんなに急がなくても機体は逃げん」

 

箒が呆れたように言う。

 

「分かってるけどさ」

 

「顔が分かっていない」

 

「昨日から待ってたんだぞ?」

 

鞄へ教科書を入れる。

 

いつもなら多少雑でも気にしないところを、今日はなぜか一冊ずつ揃えてしまう。

 

しょうが前の席から振り返った。

 

「今日でしたっけ」

 

「白式? うん」

 

「見に行くのか?」

 

箒が聞く。

 

しょうは少し考えた。

 

「行っていいなら」

 

一夏の手が止まる。

 

「見学できるのかな」

 

「遊びではないぞ」

 

箒。

 

「分かってるって」

 

その時、教室の扉が開いた。

 

千冬だった。

 

「織斑、時間だ」

 

「はい」

 

一夏は鞄を持つ。

 

千冬の視線が箒としょうへ移る。

 

「お前たちは?」

 

「白式を見学できるかと」

 

箒が答えた。

 

「初期調整だ。見世物ではない」

 

「やっぱり駄目か」

 

一夏が言う。

 

千冬は少し考える。

 

「格納庫の見学区画までなら構わん。邪魔はするな」

 

「本当?」

 

「高瀬も来るなら同じだ」

 

しょうが頷く。

 

「はい」

 

「なんで私は聞かれない」

 

箒が言う。

 

「お前はもう来る顔をしている」

 

「どんな顔だ!」

 

一夏が笑う。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

「お前は先に行け!」

 

***

 

格納庫には独特の匂いがあった。

 

金属。

 

機械油。

 

空調。

 

一夏は以前にも訓練機の格納施設へ入ったことがある。

 

だが今日は、中央に一機だけ置かれている。

 

白。

 

まだ装甲の一部が開かれ、ケーブルが繋がっている。

 

整備員が周囲を動く。

 

一夏は足を止めた。

 

「……これ?」

 

「そうだ」

 

千冬が答える。

 

「お前の専用機、白式」

 

昨日、名前だけ聞いた。

 

今は形がある。

 

一夏はゆっくり近づく。

 

「触っていい?」

 

「まだ待て」

 

「はい」

 

即座に止まる。

 

見学区画へ案内された箒としょうも、少し離れたところから機体を見ていた。

 

「白いな」

 

一夏が言う。

 

「白式だからな」

 

千冬。

 

「そういう意味じゃなくて」

 

「ではどういう意味だ」

 

「もっとこう……」

 

一夏は言葉を探す。

 

「すごいものが来ると思ってた」

 

整備員の一人が振り返る。

 

「すごくないように見える?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて」

 

一夏は慌てる。

 

「思ってたよりシンプルというか」

 

「いい感想だと思うよ」

 

声がした。

 

佐伯だった。

 

作業着姿で端末を持っている。

 

「佐伯先生」

 

「今日は先生というより技術側」

 

佐伯は白式を見上げる。

 

「今の君に、使い道の分からないものを山ほど載せても仕方ないからね」

 

「これ、武器は?」

 

「気になる?」

 

「そりゃ」

 

佐伯が端末を操作する。

 

「近接武装が一つ」

 

「一つ?」

 

「不満?」

 

「いや……」

 

一夏は白式を見る。

 

専用機。

 

その言葉から、もっと大量の武装を想像していた。

 

「少なくない?」

 

「昨日の財布」

 

「あ」

 

佐伯が一夏を見る。

 

「覚えてた」

 

「忘れないですよ、あれは」

 

「武器もただじゃない。載せれば重量も増える。管理するものも増える。使えばエネルギーも使う」

 

「じゃあ、必要になったら増やす?」

 

「必要なら」

 

佐伯は簡単に答えた。

 

「必要じゃないなら増やさない」

 

一夏は頷く。

 

白式を見る。

 

何ができる機体なのか。

 

まだ分からない。

 

だが、何でもできるように作られたわけではないらしい。

 

「準備できました」

 

整備員の声。

 

千冬が一夏を見る。

 

「行け」

 

「はい」

 

一夏は白式へ近づいた。

 

***

 

初めて専用機を装着する。

 

訓練機の時と違う。

 

同じISなのに、感覚が少し違う。

 

「どう?」

 

佐伯の声が通信に入る。

 

「……近い」

 

「何が?」

 

「分からないですけど」

 

一夏は腕を動かす。

 

白式が動く。

 

「訓練機より、自分が動いてる感じがする」

 

「記録」

 

佐伯が言う。

 

整備員が端末へ入力する。

 

一夏は指を開く。

 

閉じる。

 

肩。

 

肘。

 

膝。

 

入学前測定でやったことを、もう一度繰り返す。

 

「織斑」

 

千冬。

 

「遊ぶな。基本動作から確認する」

 

「はい」

 

歩く。

 

止まる。

 

曲がる。

 

走る。

 

訓練機より速い。

 

だから簡単になるわけではなかった。

 

「うわっ」

 

止まりきれない。

 

二歩余計に進む。

 

「速度が上がれば止まる距離も伸びる」

 

千冬の声。

 

「分かってる!」

 

「分かっていれば止まれ」

 

「今覚えてる!」

 

見学区画で箒が額を押さえている。

 

しょうは白式を目で追っていた。

 

一夏は再び走る。

 

今度は早めに減速。

 

止まる。

 

「よし」

 

「一回成功しただけで喜ぶな」

 

「喜ばせてくれよ!」

 

次。

 

跳躍。

 

着地。

 

少し傾く。

 

戻す。

 

そして飛行。

 

「飛べ」

 

千冬が言う。

 

一夏は少し身構えた。

 

入学前測定では、飛行はほとんど扱わなかった。

 

飛行そのものが出来ないわけではない。

 

だが、地面から離れるという行為は、歩くこととは違う。

 

「どうやって?」

 

「上がれ」

 

「説明になってないぞ!」

 

見学区画でしょうが小さく首を傾ける。

 

箒が気づく。

 

「どうした?」

 

「私も説明できないなって」

 

「お前は参考にするなと言われる側だろう」

 

一夏は二人の声を通信越しに聞いた。

 

「高瀬!」

 

「はい?」

 

「跳んだら落ちなかったんだよな!」

 

「はい」

 

「よし!」

 

「待て一夏!」

 

箒の声。

 

一夏は跳んだ。

 

白式が床を蹴る。

 

上がる。

 

当然、落ち始める。

 

「落ちるじゃねえか!」

 

「私の時は落ちなかったです」

 

「知ってる!」

 

千冬の声が飛ぶ。

 

「織斑一夏!」

 

「はい!」

 

「遊んでいるなら降ろすぞ!」

 

「真面目です!」

 

「なら機体の感覚を探れ!」

 

一夏は空中で姿勢を戻す。

 

白式が応える。

 

上へ。

 

ほんの少し。

 

「あ」

 

もう一度。

 

上へ。

 

今度は明確に高度が増した。

 

「これか?」

 

前へ意識する。

 

白式が進む。

 

「おお!」

 

速い。

 

「速っ――」

 

壁が近づく。

 

慌てて減速。

 

機体が大きく傾いた。

 

「うわああっ!」

 

姿勢を崩しながら旋回。

 

何とか壁を避ける。

 

「織斑!」

 

千冬の怒声。

 

「避けた!」

 

「褒めていない!」

 

見学区画で箒がため息をついた。

 

しょうは一夏が通過した方向を見る。

 

「飛びましたね」

 

「飛んだな」

 

「私より危なかったです」

 

「お前が言うのか」

 

***

 

初期調整は二時間ほど続いた。

 

終わる頃、一夏は床に座っていた。

 

白式は解除されている。

 

「疲れた……」

 

「当然だ」

 

千冬は立ったまま。

 

「集中力が落ちていた。最後の十五分は動きが明らかに鈍い」

 

「自分でも分かったよ」

 

佐伯が端末を見る。

 

「でもいいデータは取れた」

 

「俺、役に立った?」

 

「君が乗って動けば大体役に立つ」

 

「実験動物みたいだな」

 

「嫌?」

 

一夏は少し考える。

 

「別に。俺も白式に乗れるし」

 

「なら今はそれでいい」

 

佐伯は端末を閉じる。

 

「ただし、疲れた状態で無理に続けないこと」

 

「はい」

 

「疲労も財布」

 

一夏が笑う。

 

「何でも財布にする気ですか?」

 

「有限なら大体いける」

 

「雑になってきたぞ」

 

箒としょうが見学区画から降りてくる。

 

「どうだった?」

 

一夏が聞く。

 

「危なっかしい」

 

箒。

 

「知ってる」

 

しょうは白式を見る。

 

「訓練機と全然違いますね」

 

「見ただけで分かる?」

 

「速さは」

 

一夏も白式を見る。

 

「俺もまだ分かんない」

 

専用機を手に入れた。

 

それなのに、出来ないことは減るどころか増えたような気さえする。

 

速く飛べる。

 

だから止まり方を覚えなければならない。

 

よく動く。

 

だから動かし方を覚えなければならない。

 

「明日から訓練量を増やす」

 

千冬が言う。

 

「マジ?」

 

「嫌なら専用機を返せ」

 

「やる」

 

即答。

 

千冬はそれ以上言わない。

 

佐伯が少し笑った。

 

***

 

翌日。

 

専攻科の実習。

 

一年一組の生徒たちはアリーナへ集められていた。

 

今日から本格的な基礎実習が始まる。

 

訓練機。

 

装着。

 

基本動作。

 

二人一組での確認。

 

一夏の白式も用意されている。

 

そしてアリーナの反対側。

 

青い機体が展開された。

 

一夏は初めて実物を見る。

 

ブルー・ティアーズ。

 

セシリアが装着している。

 

訓練機とは明らかに違う。

 

白式とも違う。

 

「すげえな……」

 

一夏が呟く。

 

セシリアがこちらを見る。

 

「何か?」

 

「いや。実物初めて見たから」

 

「そうでしたの」

 

一夏はブルー・ティアーズを見る。

 

「それがオルコットの専用機?」

 

「ええ」

 

「飛ぶところ見ていい?」

 

セシリアが一瞬止まる。

 

「……授業ですから、好きになさい」

 

「ありがとう」

 

千冬の声がアリーナに響く。

 

「私語はそこまで。始めるぞ」

 

実習開始。

 

最初は全員同じ課題だった。

 

規定地点まで移動。

 

停止。

 

旋回。

 

上昇。

 

下降。

 

一夏は昨日より慎重に白式を動かす。

 

速く行こうとしない。

 

まず止まれる速度。

 

曲がれる速度。

 

その横を、青い影が抜けた。

 

セシリア。

 

上昇。

 

旋回。

 

停止。

 

動きに迷いがない。

 

一夏は思わず目で追う。

 

「前を見ろ!」

 

千冬。

 

「はい!」

 

慌てて進路を戻す。

 

しばらくして、飛行課題。

 

一夏が上がる。

 

昨日よりは安定している。

 

少し離れたところでしょうも訓練機を浮かせた。

 

こちらは上がるまでが早い。

 

上がった後、少しだけ左右を確認する。

 

そして進む。

 

「高瀬、規定航路から出るな」

 

「はい」

 

千冬に言われ、しょうは軌道を戻す。

 

箒も飛行を始める。

 

速くはない。

 

姿勢を崩さないことを優先している。

 

四人とも飛んでいる。

 

けれど、同じ飛び方ではなかった。

 

セシリアが規定航路を一周する。

 

一夏より早い。

 

しょうよりも安定している。

 

箒より遥かに滑らか。

 

着地。

 

ほとんど揺れない。

 

一夏も遅れて降りる。

 

「……代表候補生ってあれか」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

セシリアには聞こえていた。

 

「何か分かりまして?」

 

「うん」

 

一夏は素直に答えた。

 

「俺より全然上手い」

 

セシリアの表情が少し変わる。

 

「当然ですわ」

 

「だよな」

 

「……それだけ?」

 

「それだけって?」

 

まただ。

 

セシリアは一夏を見る。

 

一夏も見る。

 

「織斑さん」

 

「ん?」

 

「先日、わたくしがどれほど強いのか知りたいとおっしゃいましたわね」

 

「言った」

 

「今ので満足?」

 

一夏はブルー・ティアーズを見る。

 

飛行を見た。

 

上手い。

 

それは分かった。

 

「いや」

 

答える。

 

「飛ぶのが上手いのは分かったけど、強いかはまだ分からない」

 

アリーナの空気が一瞬だけ止まった気がした。

 

箒が遠くで顔をしかめる。

 

しょうが一夏を見る。

 

セシリアは笑った。

 

昨日までとは違う笑みだった。

 

「では」

 

青い機体が一歩前へ出る。

 

「確かめてみます?」

 

一夏は白式を見る。

 

次にセシリアを見る。

 

「いいの?」

 

「織斑先生」

 

セシリアが千冬へ向く。

 

「模擬戦の許可をいただけますか?」

 

千冬はすぐには答えなかった。

 

二人を見る。

 

白式。

 

ブルー・ティアーズ。

 

周囲の生徒たち。

 

「授業中だ」

 

「でしたら、授業として」

 

セシリアは引かない。

 

千冬は腕を組む。

 

「却下する理由はいくらでもある」

 

一夏が少し肩を落とす。

 

「ですよね」

 

「だが」

 

千冬が続ける。

 

「許可する理由もある」

 

一夏が顔を上げる。

 

「佐伯」

 

通信。

 

少しして声が返る。

 

『聞いています』

 

「データとして価値は?」

 

『かなり』

 

セシリアが僅かに眉を上げる。

 

『オルコットさんは既存データが豊富です。一夏君の比較対象としては都合がいい』

 

「都合がいい……」

 

一夏が呟く。

 

『研究対象なんだから慣れて』

 

「はい」

 

千冬は二人を見る。

 

「今日ではない」

 

セシリアが頷く。

 

「構いませんわ」

 

「安全管理、機体確認、時間の確保。条件を整える」

 

そして一夏。

 

「お前もだ」

 

「俺?」

 

「白式を受け取って一日だ。今戦わせても、初心者が負けるデータしか取れん」

 

「それはそうか」

 

「最低限、戦えるところまで持っていく」

 

一夏は白式を見る。

 

「どれくらい?」

 

「お前次第だ」

 

セシリアが一夏を見る。

 

「逃げませんわよね?」

 

「なんで逃げるんだよ」

 

「では決まりですわ」

 

セシリアは笑う。

 

一夏も少し笑った。

 

箒は二人を見ながら、何か言いたそうな顔をしている。

 

しょうが隣へ来る。

 

「模擬戦するんですね」

 

「ああ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「何が?」

 

しょうは少し考える。

 

「財布」

 

一夏は吹き出した。

 

少し離れた管制室で、通信を聞いていた佐伯も笑った。

 

千冬だけが額を押さえていた。

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