蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~ 作:佐伯明人
模擬戦が決まった翌朝。
一夏は男子寮の食堂で、昨日より多い朝食を前にしていた。
「お前、今日なんかある?」
向かいの男子が聞く。
「訓練」
「毎日じゃん」
「今日は放課後も」
一夏は卵焼きを食べる。
「今度、代表候補生と模擬戦することになった」
箸が止まった。
「誰が?」
「俺が」
「なんで?」
「流れで」
「流れで代表候補生と戦う学校怖くない?」
「俺も今ちょっと思った」
隣の男子が口を挟む。
「相手、イギリスの子?」
「セシリア・オルコット」
「あ、知ってる」
「有名なんだな」
「お前が知らなすぎるんだよ」
一夏は味噌汁を飲む。
それは最近よく言われる。
「で、勝てそう?」
「分からん」
「世界初なのに?」
「世界初と強いは別だろ」
二人が顔を見合わせる。
「それ、ちゃんと分かってるんだな」
「昨日飛ぶだけで必死だったからな」
一夏は残りを食べる。
今日は授業。
その後、白式の訓練。
模擬戦の日程はまだ決まっていない。
だから急ぐ必要はない。
千冬にもそう言われた。
焦って出来ることを増やすより、出来ないことを減らせ。
一夏は時計を見る。
「やば」
「まだ余裕あるぞ」
「教室遠いんだよ」
トレーを持って立ち上がる。
「じゃあな」
「死ぬなよ」
「模擬戦だって!」
***
午前の一般科目。
午後の専門講義。
そして放課後。
一夏はアリーナにいた。
白式を展開する。
「今日は近接戦闘」
千冬が訓練用武装を一夏へ渡す。
「これ、白式の武器じゃないの?」
「違う」
「雪片は?」
「まだ使わせん」
一夏が訓練刀を見る。
「なんで?」
「振ることも出来ん人間に、より扱いの難しいものを渡す理由があるか」
「ないです」
「なら始めろ」
最初は素振りだった。
一夏は拍子抜けする。
「これだけ?」
「百回」
「ISで?」
「ISで」
振る。
戻す。
振る。
戻す。
十回を過ぎたあたりで、一夏は気づいた。
同じ場所へ戻らない。
力を入れすぎる。
振った勢いで身体まで流れる。
二十回。
「遅い」
千冬の声。
速くする。
「雑だ」
戻す。
「力むな」
抜く。
「抜きすぎだ」
「難しいな!」
「だからやっている」
三十回。
四十回。
少しずつ形が揃う。
五十回。
腕が重く感じ始める。
ISを装着しているのに。
「疲れるんだな」
「機体が全部やってくれると思ったか」
「ちょっと」
「馬鹿者」
六十。
七十。
八十。
九十。
百。
一夏は武器を下ろす。
「終わった……」
「では次」
「休憩は?」
「五分」
「ありがとうございます!」
千冬は時計を見る。
一夏はその場へ座った。
見学者はいない。
昨日までと違い、今日は本当に一夏のためだけの訓練だった。
白式のエネルギー残量を見る。
まだ十分ある。
自分の方が先に疲れている。
「佐伯先生の言ってた通りだな」
「何がだ」
「俺も財布」
千冬が眉を寄せる。
「あの男は何を教えているんだ」
「分かりやすいぞ」
「ならいい」
否定はしなかった。
五分。
千冬が立つ。
「次は私を打て」
「え」
「一本でも入れれば終わりだ」
一夏が立ち上がる。
「本当に?」
「ああ」
千冬は訓練用の武器すら持っていない。
「じゃあ――」
一夏が構える。
踏み込む。
振る。
いない。
「え?」
背後。
頭を叩かれた。
IS越しなので痛くはない。
精神的には痛い。
「今の何?」
「回避」
「そうじゃなくて!」
「次」
一夏が振り向く。
また踏み込む。
避けられる。
今度は追う。
さらに振る。
空振り。
「大振り」
千冬の足が一夏の脚へ触れる。
姿勢が崩れる。
転ぶ。
「うわっ」
「次」
「待って!」
「敵は待たん」
「模擬戦だろ!」
「私は敵役だ」
一夏は立つ。
再び構える。
***
同じ時間。
別のアリーナでは、一年一組の自主訓練枠が使われていた。
箒が打鉄を装着している。
クラス代表になったから。
理由としては、それで十分だった。
規定航路を飛ぶ。
着地。
再び上がる。
速さは求めない。
同じ動作を繰り返す。
剣道なら分かる。
構え。
足。
間合い。
何度も繰り返して身体へ入れる。
ISでも同じなのかは知らない。
だから試す。
「篠ノ之さん」
通信。
箒が振り返る。
セシリアがいた。
ブルー・ティアーズではない。
制服姿で見学区画に立っている。
「オルコット?」
「熱心ですのね」
「代表になったからな」
箒は着地する。
「お前こそ訓練ではないのか」
「今日は終えました」
セシリアがアリーナへ降りてくる。
「模擬戦の話、聞きましたわね」
「聞いたも何も、目の前で決めただろう」
「そうでしたわ」
箒は打鉄を解除する。
「一夏に何を確かめたい」
セシリアが少しだけ目を細める。
「本人にも聞かれましたわ」
「何と答えた」
「まだ答えていません」
「そうか」
箒はタオルを取る。
セシリアが続ける。
「あなたは、織斑さんが勝つと思います?」
「知らん」
「幼馴染なのでしょう?」
「幼馴染なら勝敗が分かるのか?」
「……分かりませんわね」
「なら聞くな」
セシリアは少し笑った。
「あなた、思っていたより話しやすいですわね」
箒の手が止まる。
「それは褒めているのか」
「一応」
「一応をつけるな」
***
その隣の訓練区画。
しょうは飛んでいた。
授業ではない。
自主訓練でもない。
入学前測定の継続観測。
管制室には佐伯と数名の技術スタッフ。
「高瀬さん、次、マーカー三番から七番」
『はい』
アリーナ内に光点が表示される。
しょうが動く。
三。
四。
五。
六。
七。
「次、逆順」
七。
六。
五。
四。
三。
佐伯が画面を見る。
「もう一回」
繰り返す。
数値。
「高瀬さん」
『はい』
「今、何を考えて動かしてる?」
少し間。
『あっちに行こうって』
「それだけ?」
『それだけです』
スタッフの一人が苦笑する。
「またこれか」
佐伯は笑わない。
「じゃあ次。三番から七番。ただし、ゆっくり」
『はい』
しょうが動く。
遅い。
今度は数字を見る。
佐伯の指が止まる。
「もう一回、さらに遅く」
『はい』
しょうが動く。
「……なるほど」
隣のスタッフが画面を見る。
「どうしました?」
「速い時だけじゃない」
「何が?」
佐伯は複数の記録を重ねる。
入学前測定。
授業。
今日。
「入力から機体応答まで」
数字が並ぶ。
「高瀬さんが速く動いてるから短く見えてたんじゃない」
スタッフが画面へ顔を寄せる。
「低速でも?」
「短い」
佐伯は通信を入れる。
「高瀬さん、少し休憩」
『まだできます』
「できるかどうかじゃなくて休憩」
少し間。
『はい』
しょうが着地する。
訓練機を解除。
管制室へ上がってくる。
「何かありました?」
佐伯は画面を見せる。
「これ、分かる?」
しょうが見る。
「数字が違います」
「そう」
「悪いんですか?」
「今のところ、悪いとは言ってない」
佐伯は椅子を回す。
「高瀬さんが動こうとしてから、機体が実際に動くまでの時間が短い」
しょうは画面を見る。
「短いと?」
「早く動く」
「いいこと?」
「そこを調べてる」
佐伯は端末を閉じない。
「早く動くことと、上手く動くことは別だから」
しょうが頷く。
「はい」
「それと」
佐伯は別の数字を表示する。
稼働時間。
「今日、もう授業でも乗ったよね」
「乗りました」
「疲れてない?」
「少し」
「どのくらい?」
しょうは考える。
「まだ飛べます」
「聞き方が悪かった」
佐伯が苦笑する。
「飛べるかどうかじゃなくて、休みたい?」
しょうは少し考える。
「今は大丈夫です」
佐伯は記録する。
「じゃあ今日は終わり」
「もう?」
「もう」
「まだ時間ありますけど」
「時間があることと、使うことは別」
しょうは佐伯を見る。
「財布?」
佐伯の手が止まる。
「……一夏君から聞いた?」
「昨日」
佐伯は少し笑った。
「そう。財布」
しょうも小さく笑った。
***
一夏はまだ千冬に一度も当てられていなかった。
「無理!」
「口を動かすな」
「千冬姉――」
「織斑先生」
「織斑先生強すぎ!」
「相手が私であることを言い訳にするな」
一夏は息を整える。
白式のエネルギーはまだある。
自分は疲れている。
千冬はほとんど動いていないように見える。
「どうした」
「考えてる」
「何を」
「当て方」
「遅い」
「考えさせろよ!」
千冬が一歩近づく。
一夏は反射的に武器を振る。
避けられる。
「ほら」
「何がほらだ!」
一夏は追わない。
止まる。
千冬も止まる。
「……来ないの?」
「私は攻撃しろとは言っていない」
「ずるくない?」
「敵が都合よく攻めてくると思うな」
一夏は考える。
自分から行けば避けられる。
追えば崩れる。
なら。
「待つ」
「そうか」
千冬も待つ。
十秒。
二十秒。
三十秒。
「……これ訓練になってる?」
「お前が決めろ」
一夏は白式の表示を見る。
時間。
エネルギー。
自分の疲労。
待っていても減るものはある。
「あ」
千冬の目が僅かに動く。
一夏が構え直す。
「待つのもただじゃないのか」
「ようやく気づいたか」
一夏は息を吐く。
前を見る。
何を使うか。
何を使わないか。
どこで払うか。
どこで逃げるか。
強い攻撃があれば勝てるわけではない。
当てられなければ、高い買い物をして終わる。
一夏は武器を握り直した。
「もう一回」
「来い」
一夏が動く。
***
訓練終了後。
一夏はアリーナの床へ寝転がっていた。
「結局、一回も当たらなかった……」
「当然だ」
「少しくらい手加減してくれても」
「した」
一夏が起き上がる。
「嘘だろ」
「本当だ」
「聞かなきゃよかった」
千冬が訓練刀を拾う。
「だが、最後は少しマシだった」
一夏が見る。
「本当?」
「ああ」
それだけで少し元気になる。
「明日は?」
「回避」
「攻撃は?」
「まだだ」
「雪片は?」
「まだだ」
「いつ使えるんだよ」
千冬が一夏を見る。
「使わないで済むうちは、それでいい」
一夏は首を傾げる。
「武器なのに?」
「武器だからだ」
千冬は先に歩いていく。
一夏はその背中を見る。
よく分からない。
けれど今は、分からないものが多すぎる。
一つずつ覚えればいい。
白式を見る。
自分の専用機。
近接武装一つ。
まだ使わせてもらえない武器一つ。
出来ないことは山ほどある。
一夏は立ち上がった。
「腹減った」
今日一番よく分かることだった。
はい、ここまで。ありがとうございます
原作とは違うのですよ