蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:佐伯明人

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第5話 有限の財布 2

模擬戦が決まった翌朝。

 

一夏は男子寮の食堂で、昨日より多い朝食を前にしていた。

 

「お前、今日なんかある?」

 

向かいの男子が聞く。

 

「訓練」

 

「毎日じゃん」

 

「今日は放課後も」

 

一夏は卵焼きを食べる。

 

「今度、代表候補生と模擬戦することになった」

 

箸が止まった。

 

「誰が?」

 

「俺が」

 

「なんで?」

 

「流れで」

 

「流れで代表候補生と戦う学校怖くない?」

 

「俺も今ちょっと思った」

 

隣の男子が口を挟む。

 

「相手、イギリスの子?」

 

「セシリア・オルコット」

 

「あ、知ってる」

 

「有名なんだな」

 

「お前が知らなすぎるんだよ」

 

一夏は味噌汁を飲む。

 

それは最近よく言われる。

 

「で、勝てそう?」

 

「分からん」

 

「世界初なのに?」

 

「世界初と強いは別だろ」

 

二人が顔を見合わせる。

 

「それ、ちゃんと分かってるんだな」

 

「昨日飛ぶだけで必死だったからな」

 

一夏は残りを食べる。

 

今日は授業。

 

その後、白式の訓練。

 

模擬戦の日程はまだ決まっていない。

 

だから急ぐ必要はない。

 

千冬にもそう言われた。

 

焦って出来ることを増やすより、出来ないことを減らせ。

 

一夏は時計を見る。

 

「やば」

 

「まだ余裕あるぞ」

 

「教室遠いんだよ」

 

トレーを持って立ち上がる。

 

「じゃあな」

 

「死ぬなよ」

 

「模擬戦だって!」

 

***

 

午前の一般科目。

 

午後の専門講義。

 

そして放課後。

 

一夏はアリーナにいた。

 

白式を展開する。

 

「今日は近接戦闘」

 

千冬が訓練用武装を一夏へ渡す。

 

「これ、白式の武器じゃないの?」

 

「違う」

 

「雪片は?」

 

「まだ使わせん」

 

一夏が訓練刀を見る。

 

「なんで?」

 

「振ることも出来ん人間に、より扱いの難しいものを渡す理由があるか」

 

「ないです」

 

「なら始めろ」

 

最初は素振りだった。

 

一夏は拍子抜けする。

 

「これだけ?」

 

「百回」

 

「ISで?」

 

「ISで」

 

振る。

 

戻す。

 

振る。

 

戻す。

 

十回を過ぎたあたりで、一夏は気づいた。

 

同じ場所へ戻らない。

 

力を入れすぎる。

 

振った勢いで身体まで流れる。

 

二十回。

 

「遅い」

 

千冬の声。

 

速くする。

 

「雑だ」

 

戻す。

 

「力むな」

 

抜く。

 

「抜きすぎだ」

 

「難しいな!」

 

「だからやっている」

 

三十回。

 

四十回。

 

少しずつ形が揃う。

 

五十回。

 

腕が重く感じ始める。

 

ISを装着しているのに。

 

「疲れるんだな」

 

「機体が全部やってくれると思ったか」

 

「ちょっと」

 

「馬鹿者」

 

六十。

 

七十。

 

八十。

 

九十。

 

百。

 

一夏は武器を下ろす。

 

「終わった……」

 

「では次」

 

「休憩は?」

 

「五分」

 

「ありがとうございます!」

 

千冬は時計を見る。

 

一夏はその場へ座った。

 

見学者はいない。

 

昨日までと違い、今日は本当に一夏のためだけの訓練だった。

 

白式のエネルギー残量を見る。

 

まだ十分ある。

 

自分の方が先に疲れている。

 

「佐伯先生の言ってた通りだな」

 

「何がだ」

 

「俺も財布」

 

千冬が眉を寄せる。

 

「あの男は何を教えているんだ」

 

「分かりやすいぞ」

 

「ならいい」

 

否定はしなかった。

 

五分。

 

千冬が立つ。

 

「次は私を打て」

 

「え」

 

「一本でも入れれば終わりだ」

 

一夏が立ち上がる。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

千冬は訓練用の武器すら持っていない。

 

「じゃあ――」

 

一夏が構える。

 

踏み込む。

 

振る。

 

いない。

 

「え?」

 

背後。

 

頭を叩かれた。

 

IS越しなので痛くはない。

 

精神的には痛い。

 

「今の何?」

 

「回避」

 

「そうじゃなくて!」

 

「次」

 

一夏が振り向く。

 

また踏み込む。

 

避けられる。

 

今度は追う。

 

さらに振る。

 

空振り。

 

「大振り」

 

千冬の足が一夏の脚へ触れる。

 

姿勢が崩れる。

 

転ぶ。

 

「うわっ」

 

「次」

 

「待って!」

 

「敵は待たん」

 

「模擬戦だろ!」

 

「私は敵役だ」

 

一夏は立つ。

 

再び構える。

 

***

 

同じ時間。

 

別のアリーナでは、一年一組の自主訓練枠が使われていた。

 

箒が打鉄を装着している。

 

クラス代表になったから。

 

理由としては、それで十分だった。

 

規定航路を飛ぶ。

 

着地。

 

再び上がる。

 

速さは求めない。

 

同じ動作を繰り返す。

 

剣道なら分かる。

 

構え。

 

足。

 

間合い。

 

何度も繰り返して身体へ入れる。

 

ISでも同じなのかは知らない。

 

だから試す。

 

「篠ノ之さん」

 

通信。

 

箒が振り返る。

 

セシリアがいた。

 

ブルー・ティアーズではない。

 

制服姿で見学区画に立っている。

 

「オルコット?」

 

「熱心ですのね」

 

「代表になったからな」

 

箒は着地する。

 

「お前こそ訓練ではないのか」

 

「今日は終えました」

 

セシリアがアリーナへ降りてくる。

 

「模擬戦の話、聞きましたわね」

 

「聞いたも何も、目の前で決めただろう」

 

「そうでしたわ」

 

箒は打鉄を解除する。

 

「一夏に何を確かめたい」

 

セシリアが少しだけ目を細める。

 

「本人にも聞かれましたわ」

 

「何と答えた」

 

「まだ答えていません」

 

「そうか」

 

箒はタオルを取る。

 

セシリアが続ける。

 

「あなたは、織斑さんが勝つと思います?」

 

「知らん」

 

「幼馴染なのでしょう?」

 

「幼馴染なら勝敗が分かるのか?」

 

「……分かりませんわね」

 

「なら聞くな」

 

セシリアは少し笑った。

 

「あなた、思っていたより話しやすいですわね」

 

箒の手が止まる。

 

「それは褒めているのか」

 

「一応」

 

「一応をつけるな」

 

***

 

その隣の訓練区画。

 

しょうは飛んでいた。

 

授業ではない。

 

自主訓練でもない。

 

入学前測定の継続観測。

 

管制室には佐伯と数名の技術スタッフ。

 

「高瀬さん、次、マーカー三番から七番」

 

『はい』

 

アリーナ内に光点が表示される。

 

しょうが動く。

 

三。

 

四。

 

五。

 

六。

 

七。

 

「次、逆順」

 

七。

 

六。

 

五。

 

四。

 

三。

 

佐伯が画面を見る。

 

「もう一回」

 

繰り返す。

 

数値。

 

「高瀬さん」

 

『はい』

 

「今、何を考えて動かしてる?」

 

少し間。

 

『あっちに行こうって』

 

「それだけ?」

 

『それだけです』

 

スタッフの一人が苦笑する。

 

「またこれか」

 

佐伯は笑わない。

 

「じゃあ次。三番から七番。ただし、ゆっくり」

 

『はい』

 

しょうが動く。

 

遅い。

 

今度は数字を見る。

 

佐伯の指が止まる。

 

「もう一回、さらに遅く」

 

『はい』

 

しょうが動く。

 

「……なるほど」

 

隣のスタッフが画面を見る。

 

「どうしました?」

 

「速い時だけじゃない」

 

「何が?」

 

佐伯は複数の記録を重ねる。

 

入学前測定。

 

授業。

 

今日。

 

「入力から機体応答まで」

 

数字が並ぶ。

 

「高瀬さんが速く動いてるから短く見えてたんじゃない」

 

スタッフが画面へ顔を寄せる。

 

「低速でも?」

 

「短い」

 

佐伯は通信を入れる。

 

「高瀬さん、少し休憩」

 

『まだできます』

 

「できるかどうかじゃなくて休憩」

 

少し間。

 

『はい』

 

しょうが着地する。

 

訓練機を解除。

 

管制室へ上がってくる。

 

「何かありました?」

 

佐伯は画面を見せる。

 

「これ、分かる?」

 

しょうが見る。

 

「数字が違います」

 

「そう」

 

「悪いんですか?」

 

「今のところ、悪いとは言ってない」

 

佐伯は椅子を回す。

 

「高瀬さんが動こうとしてから、機体が実際に動くまでの時間が短い」

 

しょうは画面を見る。

 

「短いと?」

 

「早く動く」

 

「いいこと?」

 

「そこを調べてる」

 

佐伯は端末を閉じない。

 

「早く動くことと、上手く動くことは別だから」

 

しょうが頷く。

 

「はい」

 

「それと」

 

佐伯は別の数字を表示する。

 

稼働時間。

 

「今日、もう授業でも乗ったよね」

 

「乗りました」

 

「疲れてない?」

 

「少し」

 

「どのくらい?」

 

しょうは考える。

 

「まだ飛べます」

 

「聞き方が悪かった」

 

佐伯が苦笑する。

 

「飛べるかどうかじゃなくて、休みたい?」

 

しょうは少し考える。

 

「今は大丈夫です」

 

佐伯は記録する。

 

「じゃあ今日は終わり」

 

「もう?」

 

「もう」

 

「まだ時間ありますけど」

 

「時間があることと、使うことは別」

 

しょうは佐伯を見る。

 

「財布?」

 

佐伯の手が止まる。

 

「……一夏君から聞いた?」

 

「昨日」

 

佐伯は少し笑った。

 

「そう。財布」

 

しょうも小さく笑った。

 

***

 

一夏はまだ千冬に一度も当てられていなかった。

 

「無理!」

 

「口を動かすな」

 

「千冬姉――」

 

「織斑先生」

 

「織斑先生強すぎ!」

 

「相手が私であることを言い訳にするな」

 

一夏は息を整える。

 

白式のエネルギーはまだある。

 

自分は疲れている。

 

千冬はほとんど動いていないように見える。

 

「どうした」

 

「考えてる」

 

「何を」

 

「当て方」

 

「遅い」

 

「考えさせろよ!」

 

千冬が一歩近づく。

 

一夏は反射的に武器を振る。

 

避けられる。

 

「ほら」

 

「何がほらだ!」

 

一夏は追わない。

 

止まる。

 

千冬も止まる。

 

「……来ないの?」

 

「私は攻撃しろとは言っていない」

 

「ずるくない?」

 

「敵が都合よく攻めてくると思うな」

 

一夏は考える。

 

自分から行けば避けられる。

 

追えば崩れる。

 

なら。

 

「待つ」

 

「そうか」

 

千冬も待つ。

 

十秒。

 

二十秒。

 

三十秒。

 

「……これ訓練になってる?」

 

「お前が決めろ」

 

一夏は白式の表示を見る。

 

時間。

 

エネルギー。

 

自分の疲労。

 

待っていても減るものはある。

 

「あ」

 

千冬の目が僅かに動く。

 

一夏が構え直す。

 

「待つのもただじゃないのか」

 

「ようやく気づいたか」

 

一夏は息を吐く。

 

前を見る。

 

何を使うか。

 

何を使わないか。

 

どこで払うか。

 

どこで逃げるか。

 

強い攻撃があれば勝てるわけではない。

 

当てられなければ、高い買い物をして終わる。

 

一夏は武器を握り直した。

 

「もう一回」

 

「来い」

 

一夏が動く。

 

***

 

訓練終了後。

 

一夏はアリーナの床へ寝転がっていた。

 

「結局、一回も当たらなかった……」

 

「当然だ」

 

「少しくらい手加減してくれても」

 

「した」

 

一夏が起き上がる。

 

「嘘だろ」

 

「本当だ」

 

「聞かなきゃよかった」

 

千冬が訓練刀を拾う。

 

「だが、最後は少しマシだった」

 

一夏が見る。

 

「本当?」

 

「ああ」

 

それだけで少し元気になる。

 

「明日は?」

 

「回避」

 

「攻撃は?」

 

「まだだ」

 

「雪片は?」

 

「まだだ」

 

「いつ使えるんだよ」

 

千冬が一夏を見る。

 

「使わないで済むうちは、それでいい」

 

一夏は首を傾げる。

 

「武器なのに?」

 

「武器だからだ」

 

千冬は先に歩いていく。

 

一夏はその背中を見る。

 

よく分からない。

 

けれど今は、分からないものが多すぎる。

 

一つずつ覚えればいい。

 

白式を見る。

 

自分の専用機。

 

近接武装一つ。

 

まだ使わせてもらえない武器一つ。

 

出来ないことは山ほどある。

 

一夏は立ち上がった。

 

「腹減った」

 

今日一番よく分かることだった。




はい、ここまで。ありがとうございます
原作とは違うのですよ
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