蒼穹の天駆翔 ~Learning to Fly~   作:佐伯明人

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本日分、投下です


第6話 応答 1

翌日の昼休み。

 

しょうは食堂の端で昼食を食べていた。

 

向かいには一夏がいる。

 

「今日も測定?」

 

「放課後に」

 

「結構やってるよな」

 

「入学してから三回目」

 

しょうは味噌汁を飲む。

 

一夏は自分の定食を見る。

 

「俺も白式で毎日訓練だし、似たようなもんか」

 

「織斑君は模擬戦あるからじゃないですか?」

 

「それもあるけど、なくてもやるらしい」

 

「大変ですね」

 

「高瀬もだろ」

 

しょうは少し考える。

 

「私は飛んでるだけなので」

 

「俺も飛ぶだけなら楽しいんだけどな」

 

一夏は昨日の訓練を思い出す。

 

千冬には一度も攻撃を当てられなかった。

 

今日は回避。

 

何をされるのかは教えられていない。

 

知らない方がいい、と千冬は言った。

 

嫌な予感しかしない。

 

「そういえば」

 

一夏が箸を止める。

 

「佐伯先生から何測ってるか聞いた?」

 

「反応が早いって」

 

「高瀬の?」

 

「ISの」

 

「違うの?」

 

しょうが少し首を傾げる。

 

「よく分かりません」

 

「俺も」

 

二人とも食事へ戻る。

 

少しして一夏が言った。

 

「まあ、悪い数字じゃないならいいんじゃない?」

 

「佐伯先生も今のところはって言ってました」

 

「じゃあ今のところはいいんだろ」

 

「たぶん」

 

会話はそこで終わった。

 

二人にとっては、それ以上広げようのない話だった。

 

***

 

放課後。

 

第三実習アリーナ。

 

しょうは訓練機を装着していた。

 

管制室には佐伯。

 

今日は他にも二人の技術スタッフと、IS操縦データを担当する教員がいる。

 

「高瀬さん、聞こえる?」

 

『はい』

 

「今日は少し変なことやるから」

 

『変なこと?』

 

「動かない」

 

しょうがアリーナ中央で止まる。

 

『もう動いてません』

 

「そうじゃなくて」

 

佐伯は画面を操作する。

 

アリーナ内に一つの光点が現れた。

 

『あれに行く?』

 

「まだ行かない」

 

『はい』

 

「光ったら、行こうと思って」

 

少し間。

 

『思うだけ?』

 

「思うだけ」

 

『動かない?』

 

「動かない」

 

しょうは光点を見る。

 

佐伯は複数の計測画面を開く。

 

「じゃあ始める」

 

光点が消える。

 

数秒。

 

別の場所に光点。

 

しょうは見る。

 

動かない。

 

画面に小さな波形。

 

スタッフが確認する。

 

もう一度。

 

別の位置。

 

しょうは動かない。

 

波形。

 

「次は、光ったら行って」

 

『はい』

 

光点。

 

しょうが動く。

 

計測。

 

「もう一回」

 

繰り返す。

 

「次。行こうと思ってから、一秒待って動いて」

 

『一秒?』

 

「自分の感覚でいい」

 

光点。

 

間。

 

しょうが動く。

 

佐伯が数字を見る。

 

「もう一度」

 

繰り返す。

 

「次、二秒」

 

『はい』

 

光点。

 

間。

 

動く。

 

スタッフの一人が画面を見る。

 

「意図形成側は普通ですね」

 

「そう見える」

 

佐伯が答える。

 

「本人の反射神経だけが異常に速いわけじゃない」

 

「ならインターフェース?」

 

「まだ」

 

佐伯は通信を入れる。

 

「高瀬さん、次は歩こう」

 

『飛ばない?』

 

「歩く」

 

『はい』

 

「右足だけ」

 

しょうが右足を出す。

 

「戻す」

 

戻す。

 

「左」

 

左。

 

「腕」

 

上げる。

 

下げる。

 

指。

 

首。

 

身体を捻る。

 

しゃがむ。

 

立つ。

 

どれも単純な動作。

 

佐伯は数字を見る。

 

速さではない。

 

動作の種類でもない。

 

「全部出てるな」

 

教員が言う。

 

「誤差では?」

 

「ここまで揃うと、その説明の方が難しい」

 

佐伯は過去データを呼び出す。

 

入学前。

 

初飛行。

 

授業。

 

低速飛行。

 

今日。

 

同じ傾向。

 

「訓練機を替えましょう」

 

スタッフの一人が言った。

 

佐伯が頷く。

 

「そうしよう」

 

通信。

 

「高瀬さん、一回解除して」

 

『はい』

 

***

 

十分後。

 

しょうは別の訓練機を装着していた。

 

「違います?」

 

佐伯が聞く。

 

しょうは腕を動かす。

 

「少し」

 

「どこが?」

 

「さっきの方が動きやすかったです」

 

「それ以外は?」

 

「分かりません」

 

「十分」

 

同じ測定。

 

歩く。

 

止まる。

 

腕。

 

跳ぶ。

 

飛ぶ。

 

低速。

 

高速。

 

数字が出る。

 

スタッフが画面を見る。

 

「同じですね」

 

佐伯は答えない。

 

別の訓練機。

 

同じ。

 

「機体固有ではない」

 

教員が言う。

 

「少なくとも三機で再現」

 

「ソフトウェア側の設定は?」

 

「標準です。個人調整も最低限」

 

佐伯は椅子へ深く座る。

 

画面の向こうでしょうが飛んでいる。

 

特別速いわけではない。

 

今日の課題では速度を制限している。

 

それでも。

 

しょうが動こうとする。

 

訓練機が動く。

 

その間にあるはずの時間が、短い。

 

「遅れないな」

 

佐伯が呟いた。

 

「はい?」

 

スタッフが聞く。

 

佐伯は画面を見る。

 

「いや」

 

通信を入れる。

 

「高瀬さん、降りて」

 

『もう終わり?』

 

「今日はね」

 

『はい』

 

しょうが下降する。

 

着地。

 

少しだけ姿勢が揺れる。

 

佐伯はそれを見る。

 

操縦が完璧なわけではない。

 

着地はまだ甘い。

 

旋回も時々膨らむ。

 

飛行経路も修正される。

 

技術そのものは初心者の範囲にある。

 

だから余計に数字だけが浮いていた。

 

***

 

測定終了後。

 

しょうは管制室へ来た。

 

佐伯からスポーツドリンクを渡される。

 

「ありがとうございます」

 

「今日は長かったから」

 

しょうが飲む。

 

画面にはまだ記録が出ている。

 

「やっぱり早い?」

 

「早い」

 

「どのくらい?」

 

佐伯は少し考える。

 

「そこを簡単に言うのが難しい」

 

「すごく?」

 

「そういう言い方もしたくない」

 

しょうは飲みながら待つ。

 

佐伯は二つの波形を表示した。

 

「普通はね」

 

一方を指す。

 

「人が動こうとする」

 

次。

 

「ISがそれを受け取る」

 

次。

 

「機体が動く」

 

しょうが見る。

 

「はい」

 

「高瀬さんの場合、この間が短い」

 

「ここ?」

 

「そう」

 

「なんで?」

 

「分からない」

 

佐伯は即答した。

 

しょうが画面を見る。

 

「故障?」

 

「三機で同じ故障するなら面白いけどね」

 

「私?」

 

「それもまだ分からない」

 

佐伯は画面を閉じる。

 

「だから調べる」

 

しょうは頷いた。

 

「はい」

 

「怖くない?」

 

突然聞かれて、しょうは少し考えた。

 

「何が?」

 

「普通と違う数字が出てること」

 

しょうはまた考える。

 

「悪いんですか?」

 

「今のところ、悪いとは言ってない」

 

「じゃあ、まだ分かりません」

 

佐伯はしょうを見る。

 

「そうだね」

 

それ以上聞かなかった。

 

「今日は終わり。寮に帰って休んで」

 

「明日も?」

 

「明日は通常授業だけ」

 

「測定は?」

 

「休み」

 

しょうは少し意外そうな顔をする。

 

「測らないんですか?」

 

「測らない日も必要」

 

「財布?」

 

「便利だな、その言葉」

 

佐伯が笑う。

 

しょうも少し笑った。

 

「じゃあ、お疲れさまでした」

 

「お疲れさま」

 

しょうが出ていく。

 

扉が閉まる。

 

佐伯の表情から笑みが消えた。

 

「さて」

 

画面を再び開く。

 

「どうしようか」

 

***

 

その日の夕方。

 

小さな会議室に、しょうの測定記録が映されていた。

 

千冬もいる。

 

佐伯。

 

技術スタッフ。

 

学園側の担当者。

 

「結論から」

 

千冬が言う。

 

「異常なのか?」

 

佐伯は少し考える。

 

「統計上は」

 

「危険性は」

 

「不明」

 

「原因」

 

「不明」

 

千冬の眉が動く。

 

「分かっていることを言え」

 

「複数の訓練機で再現します。高速、低速、単純動作、飛行。どれでも同じ傾向」

 

佐伯が記録を切り替える。

 

「高瀬さん自身の反応速度だけで説明するのも難しい。意図して待たせれば待てるし、動作そのものには初心者らしいミスもある」

 

「つまり?」

 

「本人が上手いから速いわけじゃない」

 

別の波形。

 

「ISが本人の意図を拾ってから実際の動作へ移るまでが、妙に短い」

 

担当者が聞く。

 

「操縦適性が高い?」

 

「そう呼ぶには雑すぎます」

 

佐伯は首を振る。

 

「適性という言葉にまとめると、原因を見失う」

 

千冬は画面を見る。

 

入学前測定の映像。

 

しょうが跳ぶ。

 

浮く。

 

飛ぶ。

 

千冬から逃げる。

 

「訓練機で観測を続ければいいのでは?」

 

別の担当者。

 

佐伯は答えなかった。

 

「佐伯?」

 

千冬。

 

「それを考えてます」

 

「問題が?」

 

「訓練機は多数の生徒が使うことを前提にした標準機です」

 

佐伯は画面を切り替える。

 

機体ごとの微細な調整差。

 

整備履歴。

 

他の生徒の利用記録。

 

「測るたびに機体が変わる。個体差もある。本人用に極端な調整もできない」

 

「専有させるか?」

 

「訓練機を一機?」

 

佐伯は首を傾げる。

 

「短期なら」

 

「長期では?」

 

「もったいないですね」

 

「財布か」

 

千冬が言った。

 

佐伯が見る。

 

「一夏君から聞きました?」

 

「聞かされている」

 

会議室に小さな笑いが起きた。

 

すぐに戻る。

 

佐伯はしょうの記録を見る。

 

「もう一つあります」

 

稼働時間。

 

「高瀬さん、長いです」

 

「測定が?」

 

「乗っていられる時間が」

 

授業。

 

測定。

 

自主的な動作。

 

複数日の記録。

 

「今のところ危険な長時間運用はさせていません。でも、本人が『まだできる』と言う時点が遅い」

 

千冬が画面を見る。

 

「体力があるだけでは?」

 

「かもしれない」

 

佐伯は否定しない。

 

「でも、分からないなら分からないまま安全側に置くべきです」

 

「本人保護か」

 

「はい」

 

少し沈黙。

 

学園側の担当者が口を開く。

 

「では、当面は訓練機で観測を継続。時間制限を設ける」

 

「賛成です」

 

佐伯が答える。

 

「その上で」

 

千冬が佐伯を見る。

 

「その上で?」

 

「専用環境が必要になる条件を決めておけ」

 

佐伯の指が止まる。

 

「機体を作ると?」

 

「まだ言っていない」

 

「高瀬本人に合わせた機体が必要になる可能性を検討しろ、と?」

 

「そうだ」

 

佐伯は画面へ戻る。

 

訓練機。

 

標準仕様。

 

短い応答。

 

長い稼働。

 

初心者。

 

そして、まだ原因不明。

 

「……分かりました」

 

記録の備考欄に、新しい項目が加わる。

 

継続観測。

 

運用時間制限。

 

専用環境移行条件の検討。

 

まだ、専用機とは書かれていない。

 

***

 

翌朝。

 

しょうはいつも通り教室にいた。

 

「今日、測定ないんだって?」

 

一夏が聞く。

 

「ないです」

 

「珍しいな」

 

「休みだって」

 

「じゃあ放課後暇?」

 

「たぶん」

 

「俺は訓練」

 

「大変ですね」

 

「模擬戦決まったからなあ」

 

箒が横から来る。

 

「決まる前から必要だっただろう」

 

「それ言う?」

 

「事実だ」

 

しょうが少し笑う。

 

一夏は机に突っ伏す。

 

「普通の放課後が欲しい」

 

「昨日男子寮で遊んでいただろう」

 

「なんで知ってるんだよ」

 

「お前が今朝言った」

 

「あ、そうだった」

 

チャイムが鳴る。

 

三人が席へ戻る。

 

しょうは教科書を出す。

 

昨日、自分の数字について会議が行われたことは知らない。

 

専用環境という言葉が出たことも知らない。

 

ただ今日は測定がない。

 

それだけだった。

 

授業が始まる。

 

しょうは黒板を見た。

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