働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「あれが例のブツだな――」
ほこりっぽい廃屋に二人の男が向かい合って立っている。その脇には布が掛けられた巨大な箱が鎮座していた。
僕は黒のシルクハットに黒のマント、そして黒のマスクを付けた格好で、箱の裏に隠れて様子をうかがう。
今日の裏取引の品物――十億ルピアという金額で取引されるという話だ。
平民の一月の生活費が十万ルピア程度だと考えると、この取引がいかに常識外れで頭が沸いているか――控えめに言って最高だ。
十億ルピアがあれば、家の借金を完済してもお釣りがくるし、そのお釣りすら一生分の稼ぎを遥かに超える。
もう、安い賃金で延々と刺繍や縫製のような仕事も、こういった犯罪者みたいな仕事も、借金取りに頭を下げる必要すらない。
最初は眉唾なただの噂だと思っていたけど、情報屋がメチャクチャおすすめしてきたせいで買ってしまった情報。
高くついたと思ったけど、これで十億ルピアになるんだったら超お買い得じゃないか。
「それも今日まで……明日から我輩は新しい世界へと羽ばたくことになるだろう」
輝かしい未来を思い描く。口から出た言葉は自分自身、何を言っているのかわからないけど、いつものことだから気にしないことにした。
情報屋から聞いた話だと、王族が絡んでいる不正取引らしい。おかげで偽物を掴まされる心配もいらないし、動きの遅い王宮では取り返そうと思った頃には売り払った後だ。
「これも間抜けな第一王子様様だな」
何しろ、ちゃんとした婚約者がいるのに浮気相手の男爵令嬢にドレスや宝飾品を貢ぎまくって、王家の予算じゃなくて国のお金にまで手を出したらしい。
その責任を婚約者に押し付けて、婚約破棄だけじゃなくて国外追放まで命じたとか――国王と王妃が外遊中の間に独断でやったから、王宮は大変なことになっているらしい。
さらに婚約者の実家である公爵家が援助していた分の返却を求めて王宮に乗り込んで来たらしく、まるで戦場のようだったとか――バカじゃないか?
「これが例の品物か?」
「ああ、これなら十億でも安いくらいだろう」
男たちの声が聞こえたので物陰から覗く。
ずいぶんと高そうな服を着た髭面のオッサンが向かい合って立っていた。
腰に剣を差しているところを見ると、それなりに腕に覚えがあるのだろう。
だが、僕は戦いに来たんじゃない、十億ルピアを盗みに来ただけだ。
一ルピアにもならない戦いなどするつもりはない。
「たしかにな。まったく、お前らもろくでもないことをするな」
「しかたないだろ、これも殿下の命令だ」
「まったく、元婚約者を――」
僕は大きく跳び上がり、箱の上に立つ。羽織った漆黒のマントを翻すと、物音に気付いた男たちの視線が集中する。
「クハハハ、この品は我輩が頂いた! 貴様らは大人しく手ぶらで帰るがいい!」
「な、何者だ?!」
「我が名はダークネスシャドウ――闇の中より悪しき輝きを食らい尽くす漆黒の影」
僕の名乗りに男たちは一瞬だけ虚を突かれた。
妹には「中二病乙」とか、かつて異世界の勇者が残した言葉で馬鹿にしてくるが、何もわかっちゃいない。
「な、ダークネスシャドウだと?!」
「ぺんぺん草すら一本も残らないという、悪逆非道の怪盗か!」
「闇の中より悪しき輝きを食らい尽くす漆黒の影だと言っているだろうが」
ひとことも合っていないダサい二つ名を付けるとは許しがたい。しかし、二つ名を訂正することなく男たちが剣を抜いた。
――強い。僕は思わず生唾を呑み込んだ。
さすがは剣を持ち歩いているだけあって、二人とも相当の実力。まともに戦ったら僕には手も足も出ないだろう。だけど、僕も正面からまともに戦うつもりはさらさらない。
「いずれにしても取引の邪魔をするなら殺す!」
「おう、こっちも失敗したら責任取らされるからな。悪いが死んでもらうぜ」
だが遅い。
「そんなもので我輩を斬れるとでも?」
「強がるのも今のうち――ああっ、剣が、剣がぁぁ!」
彼らの手の中にはサンマ。しかも今日獲れたての新鮮なもの、ハリが違う。
「だから、そんなもので我輩を斬れるのかと聞いたのだ」
「き、貴様が何をしやが――それは俺の剣、よくも盗みやがったな!」
「盗賊が盗んで何が悪いというのかね?」
僕は不敵に笑ってマントの端を手に取って大きくはためかせるが特に意味はない。カッコいい、ただそれだけの理由だ。
「どこからでもかかってきたまえ」
「くそっ、卑怯者がぁぁ!」
男の一人はサンマを投げ捨てて殴りかかってくる。だが、僕はすでに彼の懐に入っていた。横に構えた剣が男の腹にめり込む。
「安心しろ、峰打ちだ」
腹に溜まった空気が押し出されて「がはっ」といううめき声を上げながら両手と頭がだらりと垂れ下がった。
まずは一人目。
もう一人はいまだにサンマを手に握り締めたまま構えていた。
何とも間抜けな格好だが、表情は真剣そのもの。
「来ないのか? 我輩は戦うのが目的ではないから、逃げても一向に構わんぞ」
「だ、誰が逃げるかってんだよ! 死ねやァァァァ!」
「剣はサンマよりも強し……か」
「何を馬鹿なことを――」
ぶつかり合う剣とサンマ――当然ながら火花は散るはずもなく。サンマが真っ二つに折れ、剣が男の脳天を打ち付けた。
「くそ、剣さえ、あれ、ば……」
そう言い残して、男は地面に倒れた。
「これで邪魔者はいなくなったか――やったぞ、十億ルピアは我輩のものだ!」
意気揚々と箱に被せられていた布をはぎ取る。その中には、両手両足を縛られ、猿轡を嚙まされた少女――先日、国外追放となった悪役令嬢が檻の中に横たわって藻掻いていた。