働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「よし、完璧だ」
翌日、僕は鏡に映ったボン・ジーンの顔を見ながら笑みを浮かべる。彼には悪いけど、同時にいるところを見られるわけにはいかないので、試合が終わるまでアイリスの隣の席に置いた段ボール箱に隠れてもらうことにした。
もちろん変装する前にボンの勝ちに全額を賭けている──抜かりはない。
「ボン・ジーン選手か。第三控室を使うように」
指示された控室に向かう。そこには試合で使う練習用の様々な武器が置かれていた。
「凄いな、全部粗悪品だ」
昨日、アズバンの剣が思ったよりあっさりと折れたことが引っ掛かったけど、どうやら剣だけでなく、どの武器を使ってもあっさりと折れるように仕掛けが施されていた。
正直言って、ここまでやるか、という感じだけど、箔を付けるためには絶対に勝たないといけないということだろう。
たしかに地位が上がれば稼ぎも増えるのは、正直言って羨ましい。だが、騎士団長になったところで、僕の仕事みたいに楽に稼げるようになるとは思えないんだけど。
ここまでやった結果が稼げるけど大変な仕事では、とても苦労には見合わない。信じられないことに、世の中には好き好んで苦労を背負い込みたい人間もいるみたいだな。
「さて、そろそろ時間のようだね」
僕が武器を取ってアリーナへ出ると、観客たちが騒めきだした。
「その格好、ふざけているのか!」
「ふざけていないけど、そっちは昨日と同じ武器か」
そして僕の姿を見たラズレスがなぜか憤慨していた。ラズレスは昨日と同じ剣を使って戦うらしい。念のため全部持ってきたけど、杞憂だったようだ。
僕は右手に持った鞭と左手に持ったメイス、背中に差した大剣と槍、腰に差したダガーを投げ捨て、腰に差した剣を抜いた。
僕の予想外の行動に、ラズレスや観客は呆然となっていた。まるで異常者であるかのような白い目で見るのはやめて欲しい。
全部持ってきた理由は簡単なこと。ラズレスと同じ武器を選ぶ必要があったからだ。何しろ、ボンに全財産を突っ込んだ以上、この試合は絶対に負けられない戦いとなる。
ラズレスがどんな武器を持ちだしても対応できるようにするのは当然だった。
「それじゃあ、始めようか」
「ふん、テメエがどんな奇策を使おうとしたのか知らんが、全部無駄だ!」
「それはやってみないと分からないんじゃないか?」
「ほざけ!」
ラズレスは吠えると、僕に向かって剣を振り下ろす。だが、僕は昨日までのボンと同じように、ひたすら剣で受け止める。
防戦一方の僕に勝利を確信したラズレスが醜悪な笑みを浮かべ、猛攻を続ける。正直なところ、僕からしたら隙だらけなんだけど……さすがにボンには無理そうなので、大人しく受け続ける。
「オラオラオラ──オ……ラ?!」
余裕の表情で猛攻を続けるラズレスだったが、甲高い金属音と共に醜悪な顔のまま凍り付いた。剣が折れたからだ。
ラズレスの持っていた剣が。
「乱暴に振ってるから折れちゃったみたいだね」
「ひっ!」
折れた剣の柄を持って震えるラズレスに、ゆっくりと近づいていく。剣が折れた途端、死にそうな顔になっている。剣術より顔芸の方が才能があるんじゃないだろうか。
「ストォォップ! 待ちなさい!」
「なんですか? まだ試合中ですよ」
「剣が折れた場合は、中断して交換していいことになっているのだ」
「剣が折れたら、そもそも負けじゃないんですか?」
「勝敗が決まるのは、戦闘不能になるか降参するまでだ。どんな場合でも変わらない」
茶番だ──だが、この茶番が僕には必要だった。剣が折れた瞬間に負けたことにされる可能性があるため、あえて剣をすり替えてラズレスの剣が折れるように仕向けた。
スタッフがやってきて剣を交換する。ご丁寧にも僕の剣まで交換された。
組織ぐるみの不正であることを隠そうともしない。それを愚かと言っていいのか潔いと言っていいのか悩みどころだ。
剣を交換して再び向かい合う。ラズレスも復活したのか、勝利を確信した残忍な雰囲気が漂う笑みを浮かべている。
「どんな手品を使ったか知らねえが、これでお前が勝てる可能性は万に一つもなくなった」
「さっきも言ったけど、やってみなきゃ分からないよね」
「生意気なことを言っていられるのも今のうちだ。土下座して詫びるなら見逃してやらないこともないぞ。ぐははは」
なんとも面倒な男だ。どうせ言う通り土下座したところで見逃すつもりなどない。それどころか弱った僕をいたぶる気満々なのが表情からはっきりとわかる。
その顔芸を活かして騎士じゃなくて芸人になった方がいいんじゃないか?
相手より優位な立場に立っていたぶるのが趣味なんだろうけど、僕も同じなんだよね。さすがにいたぶる趣味はないが。それに卑怯でも勝てばいい盗賊や暗殺者から見たらあまりに稚拙すぎる。
「そんな子供騙しで勝ち誇る相手に詫びるわけないじゃないか」
「ぬかせ、オラオラオラァァァ!」
ラズレスが青筋を浮かべると、雄たけびをあげながら剣を振り回す。剣筋はあまりに雑で、僕も適当に受け流していた。
「そろそろか──」
「死ねやぁぁぁ!」
殺したら反則だろうが……そもそも刃を潰してある剣で死ぬことなど滅多にないけど。
僕はラズレスの渾身の一撃を身体の軸を横にずらして難なく回避した。そして、下からすくい上げるように剣を切り上げる。
「うおっ!」
奇襲に近い剣の動きにラズレスは剣を横に構えて受け止める。
その瞬間、甲高い金属音を立てて僕の剣が折れた。僕の予想した通りに──。
「なっ! あぐっ!」
折れた剣の先はどうなるか──剣を勢いよく振っていたのだから、折れても慣性に従って剣先が動くのは当然のこと。その先にはラズレスの顎が控えていた。
折れた剣先がラズレスの顎にめり込み、それでも勢い余って彼の体は大きくのけぞった。
そのまま剣先は宙をクルクルと回転して、カランという金属音と共に地面に落ちた。
「あう……うう……」
強烈な一撃を顎に受けて頭が揺さぶられたのか、意識を朦朧としていて、仰向けに倒れたままうめき声を上げるだけで立ち上がる気配はない。
「これって戦闘不能ですよね?」
「えっ、えっと……」
「戦闘続行ってことですか、では続けますね」
「待った、君の勝ちだ! 勝者、ボン・ジーン!」
審判が煮え切らないので、さらに追撃を加えようとしたところ、審判が慌てて僕の勝利を宣言した。
震える手で僕の手を挙げる審判に、僕はボソリとつぶやいた。
「あそこで剣が折れてくれたおかげです。ありがとうございます」
表情を凍り付かせた審判の手を振りほどいて、僕は控室へ向かって歩き出した。