働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「これで不正に失われたお金は全部奪い返せたかな」
控室に戻った僕は、ボンに賭けた勝ち札を見て興奮を抑えられなくなっていた。今すぐにでも替えて決勝の分を賭けたいけど、それは難しい。
自分に賭けるのはマナー違反とされているため、ボンの姿のまま売り場に行ったら勝ち札を全て没収されてしまうだろう。
幸いにも僕がラズレスを倒したことで、決勝のオッズはボンに賭けても大した利益にならないほど下がっていた。
「いくら僕に集中しているからって、倍率が酷すぎじゃないかな」
一万ルピア買っても利益はわずかに百ルピア。絶対に勝てる戦いとはいえ、先ほどの勝ちを失うリスクを冒して売店に行くつもりはない。
決勝が日を跨ぐのであれば問題ないが、決勝は二時間後、昼食を挟んで行われることになっている。決勝の相手は順当に勝ち上がってきたアレクだ。
アレクは知名度こそないが総合力は高い。おそらく不正をしているラズレスと決勝で戦ったとしても普通に勝っていた可能性もある。
残念だけど純粋な剣の腕は向こうの方が上──ラズレスも僕より上だったから参考にはならないけど、ラズレスのような勝ち方は難しいだろう。
だが、優勝するとボンに約束した以上、何としてでもアレクに勝つしかない。
あれこれ考えていると、すぐに決勝の時間がやってきた。僕は椅子から立ち上がって、アリーナへと向かう。
選んだ武器は僕もアレクも剣。見たところ、どちらの剣も粗悪品ではないようだ。
剣を構えて向かい合って初めて、アレクが剣を構えながらニヤニヤと笑っていることに気付いた。
何か作戦があるのかと警戒したけれども、開始の合図があっても向かってくる気配がない。それどころか試合そのものに対するやる気が感じられなかった。
「来ないのか?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて──」
アレクがこれまでとは違って剣を大きく振りかぶり、そのまま斬りつけてきた。もちろん、受け止めたが、アレクはそのまま剣を押し込んでくる。
「何のつもり?」
「ラズレスに勝ったのは凄いけど、それだけで終わらせるつもりかい?」
つぶやくような大きさの声だが、鍔迫り合いの状態で顔が近かったこともありはっきりと聞こえた。アレクも気付いているのだろう、ラズレスが黒幕でないことに。
「そんなワケないだろ。きっちり僕の賭け金を奪った落とし前は付けさせるつもりだ」
「掛け金だって? あははは、面白い冗談だね!」
アレクは剣を押し込むと同時に後ろに飛び退いて距離を取った。
「冗談じゃない。アイツのせいで、僕は賭けを一回外したんだからな」
「あははは、いいねいいね。理由が実にくだらない──最高だよ」
アレクの言葉はあまりに支離滅裂で僕はまったく理解できなかった。それ以上に彼の行動も理解しがたいものだった。
アレクは手に持っていた剣を捨て、両手を挙げた──それは降参したということ。しばしの沈黙を経て、闘技場は観客の歓声に包まれた。
「何のつもりだ?」
「見てわかるでしょ、降参だよ降参」
「意味がわからないんだが」
「そうかい? ボクは無駄なことが嫌いなんだ。君がきっちり解決してくれるなら、仕事は終わりだからね」
どうやらアレクは別口でラズレスを追及しようとしていたらしい。だが、僕がラズレスに勝って、黒幕にも落とし前をつけさせると言ったことで、彼が戦う理由はなくなった。
何とも卑怯な男だ。僕が賭けに負けて黒幕を成敗しようという目的に便乗して仕事を押し付けるなんて酷い話だ。
「初対面の田舎剣士の言葉を信じるつもりなのか?」
「君が、その見た目の通りなら信じてないだろうね」
アレクは最初から僕が変装しているのを見抜いていた。その上で僕を利用してサボろうと画策するなんて……僕だってサボれるならサボりたいんだが。
「それじゃあ、期待しているよ。ボン・ジーン、いやダークネスシャドウって言った方がいいかな?」
「な、なんでそれを知っている?!」
声は決して小さくない。だが、ぽっと出のボンが優勝したことによる歓声が凄まじく、僕以外に彼の言葉が聞こえることはないだろう。それだけが救いだった。
「君が誰だかは知らないけどね。でも、ダークネスシャドウだとわかれば十分だよ。それじゃあ、ボクはお先に上がらせてもらうよ」
アレクは背中を向けると手を振りながら、一足先に控室へと戻ってしまった。
「やられた……」
一瞬、僕の正体がバレたのだと思って動揺してしまった。そのせいで会話の主導権を握られて、仕事を押し付けられる羽目になってしまったわけだ。
この屈辱は決して忘れないだろう──次に会ったときは僕が仕事を押し付けてやる。倍返しだ!
復讐を誓って控室に戻ると、段ボール箱が置かれていた。
「優勝したぞ。これで契約完了だな」
僕は素早く変装を解いて段ボール箱に向かって声を掛けると、段ボール箱の底から足が生えてきた。
「ありがとう! これで村の人たちも助けられる!」
その勢いのまま段ボール箱を上に跳ね上げると、中からボンが現れて僕の手を握ってくる。
「感謝は不要だ。互いの利益を追求した結果だからな」
「それでも俺と俺の村が助けられたのは事実だ」
「それなら好きにするといい」
いくら僕でも、勝手に感じた恩まで盗むことはできない。控室を後にすると売り場へ直行し、ボンの優勝に全額賭けたチケットを換金した。
僕が買った時点ではラズレスが相手だったせいでオッズが千倍に近かった。そのおかげで、奪われた賭け金も無事に取り戻すどころか大勝利である。
ホクホク顔でアイリスのところに戻ると、テーブルの上に白金貨のぎっしり詰まった革袋が山のように積まれていた。
「あら、遅かったのね」
「これは一体……」
「私もモリス様の優勝に全額賭けておりました。そしたら金貨が十倍の白金貨になってしまいましたわ」
白金貨は金貨の百倍の価値がある。だから計算としては合っているけど、アイリスはいくら賭けたんだろうか。恐ろしくて聞く気になれない。
「でも、大儲けして終わりじゃないのですよね?」
「もちろん、僕のお金を不正に奪おうとした黒幕にはきっちり罪を償ってもらうつもりだよ」
「いいですわね。それでは行きましょうか」
アイリスが席から立ってスタスタと歩いていく。
アイリスも行くとは思わなかった僕は出遅れてしまい、慌てて後を追いかけた。