働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
僕とアイリスが向かった先はマスターの執務室だった。
どうやら先客がいるらしく、扉越しでもはっきり聞こえるほど怒鳴り声が響いてきた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「えっ、取り込み中なんじゃ……」
僕が止めるより先にアイリスが勢いよく扉を開けた。バァァン、という扉の音がして、中にいた人たちがにわかに殺気立つ。
その中にはラズレスの父親であるゴードン騎士団長がソファにふんぞり返っていて、闘技場のマスターと彼の秘書が並んで土下座をしていた。
「何の用だ?」
「あら、息子が追放した人間の顔も忘れたのかしら?」
「な、貴様はエスピオナージ公爵家の──」
「アイリスですわ。以後お見知りおきを、といっても、二度と会うことはないでしょうけどね」
「ハイエナどもがずいぶんと大きく出たものだな」
「もちろんですわ。ハイエナは腐ったお肉が大好きですもの」
貴族らしいイヤミの応酬。だが、騎士団長の方が脛に傷があることもあり、アイリスの方が少しだけ優勢のようだ。
だが、騎士団長の本分が武力であることを考えると、決して油断はできない。力づくで来られたら、僕とアイリスでは手も足も出ない。
何か仕掛けようにも時間がない。部屋の中で咄嗟に時間稼ぎができるような代物がないか視線を巡らせると、床の一点に違和感を感じた。そして、もうひとつ──。
僕は腕を組み、右の人差し指で額を軽く叩きながら、位置を調整しながら気取られないように歩き回る。
「虚勢を張りたい気持ちはわかります──が、もう証拠は挙がっているんですよね」
「そ、そんなはずは……」
「ガハハハ、嘘も大概にしろ! 証拠などあるわけがない!」
騎士団長は強気の姿勢を崩さない。だが、マスターの視線が一瞬だけ床の一点に吸い込まれているのを僕は見逃さなかった。
「それはどうかな? なにしろ、ここにいるのはエスピオナージ公爵令嬢だからね」
「あら、モリス様。それは我が家を買い被りすぎですよ」
「そうだったかな? ははは、悪いね。証拠はまだみたいだ」
僕とアイリスの茶番のようなやり取りに、ゴードンは明らかに苛立っていた。
なにしろ、ゴードンにとっては証拠の有無が自らの生死を分けるほど重要なもの。それを僕たちが冗談交じりで軽く扱っているのを見れば腹も立って当然だろう。
「そうか、まだ証拠は出てないかぁ──残念残念、ホント残念だなぁ」
そう言いながら右へ左へ行ったり来たりしていると、明らかにゴードンの怒りが溜まっていくのがわかる。しばらく煽って、もう一押しというところで僕は足を止めた。
「まあ、時間の問題だろうけどね。あと三十秒で証拠が出ると思うよ」
「貴様ァァァ! 冗談も大概に──ぐあっ!」
堪忍袋の緒が切れたゴードンは怒りにまかせて剣を抜き、僕に斬りかかろうと向かってくる。だが、違和感のある床板の上に足を乗せようとした瞬間、僕は屈んで床板──実際には隠し扉を素早く盗み取った。
当然ながら、その先は空虚な暗闇が広がっていて、目と鼻の先にいたゴードンを容赦なく呑み込んだ。
「なんじゃこりゃああああ!」
床下に落ちたゴードンは怒り狂って雄たけびを上げる。マスターは膝をついたまま顔面蒼白になって震えていた。
僕は盗んだ隠し扉をポイッと投げ捨て、穴の淵から中をのぞき込んだ。
中は意外と深くなっていて、入る時にはしごを設置して下りるようになっているのだろう。そのまま落ちたゴードンは、何とかよじ登ろうとするが手を踏みつけて阻止する。
「貴様ァァァ、ぶっ殺してやるぁぁぁ!」
「まあまあ、約束通り三十秒で証拠を出してあげたよ」
「これだけ証拠があれば言い逃れはできませんわ」
「こ、これが全部証拠だと……どういうことだ!」
ゴードンは何もわかっていない。立場の弱い人間というのは、いつ切り捨てられてもいいように証拠をきっちりと残しておくものなんだよね。
彼のように立場の強い人間は、証拠を捨てておくように厳命するんだろうけど馬鹿正直に従うわけがない。騎士のように名誉を重んじたりはしないんだ。
「くそ、ならば証拠だけでも──」
「残念、もう遅いよ」
「あ? ああ、にゃにをすにゃぁぁ……」
彼が落ちるのと同時に、催眠ガスを発生させるポーションを落としておいた。さすがにすぐに無力化は難しかったけど、うまく時間稼ぎができたようだ。
頭が回る相手だと気付かれたかもしれないけど、頭が回れば落とし穴に引っ掛からないだろうし……。
「さて、あなた達も同罪です」
「ひっ、お、お許しを──オーナーである閣下に脅されて……」
僕が騎士団長を確保している間、アイリスはオーナーたちを追い詰めていた。公爵に恐れをなしたマスターと秘書は、再び頭を地面にこすりつけていた。
その隣に、ロープでグルグル巻きにしたゴードンを転がす。さすがに騎士団長と言えど、この状態では指一本動かせないだろう。
「アクアブラスト」
「ふぁああ?! き、貴様ら、よくも──!」
アイリスが魔法で作った水をゴードンの顔に当てる。目を覚ますも身動きの取れないゴードンは、忌々しげに僕をにらみつけるだけだ。身動きが取れない相手に僕が怯むと思っているんだろうか。
「マスターに聞きましたわ。全てはあなたが仕組んだことなのですね」
「なっ、貴様ら……」
マスターたちの裏切りを知ったゴードンは、僕ではなく彼らを憎しみを込めた目でにらみつける。
息子であるラズレスは顔芸が得意だったけど、父親ももれなく顔芸が得意なようだ。さすが親子である。
「さて、ここにある証拠──提出すればラズレスも罪は免れないでしょうね」
「違う! アイツは関係ない!」
「選びなさい。自ら罪を認めて弁明の機会を得るか、それとも黙秘しつづけて罪を分け合うか」
「……俺はやってない! 全て、こいつらがやってきたことだ!」
「そんな!」
「やっぱり、俺たちのことは最初から切るつもりだったんだな!」
ゴードンは罪を認める気はなく、今度はマスターたちに罪をなすりつけ、醜い言い合いに発展していた。
やっぱりゴードンは何もわかっていない。アイリスが提示した選択肢は彼が罪を認めるか否かというだけであるということに。
アイリスもゴードンが気付いていないことを察したのだろう。大きくため息を吐いた。
「黙秘を選んだんですね。それじゃあ、証拠に全てを委ねて頂きましょう。それであなた方は?」
「罪を、認めます。せめて弁明の機会を──」
「俺も認めます」
「わかりました。あなた方には私から口添えして差し上げます」
「「ありがとうございます!」」
しばらく待っていると、公爵の部下たちが闘技場にやってきて三人を回収していった。
「畜生、覚えてろよ!」
まるで破落戸のようなセリフを吐きながら騎士団長は引きずられるように連れていかれた。一方、自ら罪を認めたマスターたちは左右の腕を押さえられてはいたものの、ゆっくりと丁寧に連行されていった。
「これでよかったのかしら?」
「こっちは問題ないかな。でも──見てるんだよね?」
「やっぱりバレてたか」
アレクが屋根裏から降りて、愉快そうに笑った。そもそも気配が駄々洩れで隠す気など、これっぽっちもなかったくせに。