働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「信用して任せると言っておいて、全然信用してないじゃないか」
「いーや、信用はしていたさ。ボクは面白い見世物があると聞いて見に来ただけだよ」
「先にいたなら、自分で片付ければ良かったんじゃないの?」
「他人の獲物を奪うほど野暮じゃないって。それに、どうせやってくれるなら、そっちの方が楽だろう?」
アレクの言葉に何も言い返せなかった。なにしろ僕自身がそう思っているからだ。まったくもって腹立たしい。
「それに──」
急に殺気が膨れ上がったと思ったら、アレクの姿が消えて僕の懐に入っていた。彼の右手にはチュロスが握られていた。
「僕がやったら殺しちゃう……嫌だなぁ、手がベトベトじゃないか」
「お前にはそっちの方がお似合いだよ」
「やれやれ、これは貰ってあげる──意外と美味いじゃないか」
アレクは肩をすくめると、チュロスを一口かじってニヤリと笑う。
「ま、十分楽しませてもらったし、目的も果たした。ということでボクは自分の国に帰るね」
「あ、待てっ!」
僕が捕まえようとするより早くアレクは逃げ出していた。気付いたら彼の姿はどこにもない。どうやら僕が倍返しをする機会はまだまだ先のようだ。
「しかし、やっぱり他国の諜報員だったか……」
「道理で参加者の中で唯一素性がわからなかったはずです」
アイリスは密かに参加者の素性を公爵家の伝手で調べていたようだ。おそらく公爵家でもほとんど情報が得られていないに違いない。
だが、アレクの目的なら、業腹だけど僕にはわかってしまう。騎士団長の失脚だ。頭は残念だが、彼の武力は他国からすれば脅威だろうし。
「まあ、気にしても仕方ないか」
「それじゃあ、私たちはしばらくバルトス観光してから帰りましょう」
アイリスの提案にうなずくと、僕たちは闘技場を後にした。
◇
エスピオナージ公爵のタウンハウス。当主である公爵の執務室で、彼は複雑な表情で書類を何度も読み返していた。
「騎士団長ともあろう者が不正に手を染めるなど──さて、この件を誰に依頼すべきか……」
その書類はバルトスの街で毎年行われている闘技大会の不正について噂をまとめたものだった。
闘技大会では公然と賭けが行われており、国外からの旅行客も賭けることがある。不正の噂が真実であれば、最悪の場合は旅行客を狙って金銭を巻き上げる行為と捉えられかねない。
それに騎士団長が噛んでいるとなればなおさらだ。しかし、ことはそう単純ではない。国防の片翼である騎士団長が失墜すれば、王国の守りは大幅に弱体化してしまう。
公爵が書類を前に腕を組んで唸っていると、執務室の扉が勢いよく開いた。それと同時に一人の衛兵が執務室へと駆け込んでくる。
「大変でございます、閣下。先ほど、お嬢様が第二部隊を招集したのですが──」
そこまで言って、衛兵は一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
「ゴードン騎士団長、他二名を連行して戻ってまいりました!」
「なん……だと……?」
意味がわからない。何をしたら公爵が悩んでいる間に、当の本人が連行されてくるのか。
「とりあえず事情を聴くとしよう……応接間で待たせておいてくれ」
「は、はあ……かしこまりました」
衛兵が気のない返事をして執務室から出て行った。公爵は現状を整理すると遅れて応接間へと向かう。もっとも、肝心の整理すべき現状がほとんどわからないのだが。
「なんだこれは……」
公爵は応接間に入った瞬間、目を瞠った。闘技場のマスターと秘書は普通にソファに座って待っているからいいとして、騎士団長はなぜかロープでグルグル巻きの状態で床に転がされているではないか。
しかも、マスターと秘書は公爵を見るなり、弾かれたように立ち上がり、流れるような動作で土下座を始めた。
「も、申し訳ございません! 我々は、そこにいるゴードンに脅されて、闘技大会で不正を──」
「証拠も完璧に用意しております。何卒、温情を!」
謎のオブジェと化している騎士団長もだが、公爵が来て早々自白大会を繰り広げる二人も意味がわからない。
公爵はため息を吐いて衛兵を呼び、訳を尋ねることにした。
「──なるほど、第二部隊がアイリスから言付かってきたと」
「はい、騎士団長は暴れるので決してロープを解かないようにと」
「はあ……犯罪者かもしれないが、まだ騎士団長なんだがな」
公爵の口からため息が漏れた。たしかに容疑者が暴れる場合には拘束することが認められている。だが、さすがにこれはやりすぎだ。よく見ないと気付かないが、指の一本すら動かせないように徹底的に縛り上げられている。
「証拠は全部揃ってるから、有罪は確定なのでよろしく。ともお嬢様は仰っておられたそうです」
「はああああ……あのお転婆め……結婚したら大人しくなると思っていたら、むしろ酷くなっているじゃないか。モリス君の方はどうしているんだ?」
「えっと、騎士団長を縛り上げたのは婿殿だそうで……しかも、彼を煽って床下の隠し部屋へ突き落としたとのことです」
公爵は頭痛がして頭を抱えた。証拠があるおかげで訴えられることはないだろうから、ひとまずは安心だとして、それでも問題は山積みだ。
「だが、解決したのは事実か──証拠も十分に揃っている以上、見なかったことにするのは不可能だろうな」
ここまで証拠が揃っていて罪に問わなければ、貴族なら何をしても許されるという姿勢を見せることになる。
実際のところ、表向きは証拠不十分であるが実際には貴族であるという理由で罪を許されるケースもある。それにより国民の中には貴族制度に不信感を抱いている者も少なくない。
平民ごときに何ができる、などと言って顧みることのない馬鹿な貴族もいるが、平民の不満が高まれば外に助けを求める──いわゆる外患誘致に走る可能性もあるというのに……。
さらに問題は観光客が不正により不利益を被った可能性があることだ。有耶無耶にすれば国際問題に発展しかねない。
「ふぅぅぅ、まさか療養で何もしないと言った傍から、あっさりと解決するとは……」
公爵は大きく息を吐いて、椅子の背もたれに寄りかかり宙を見つめる。
アイリスは療養したい、モリス君は働きたくない、というから責任が発生しないように第六空鴉を作って、好きにさせてあげようと考えていた。
まさか、その結果が目を付けていた騎士団長をロープでグルグル巻きにして連行してくるとは、誰が予想できただろうか。
「好きにしていい、ってそういう意味じゃないんだがな」
執事の淹れてくれた紅茶を一気に飲み干して、公爵は騒めく心を落ち着かせる。
「まったく、俺を出し抜くなんて生意気なヤツだ──俺も負けてられんな」
そうつぶやくと、公爵は愉快そうに口角を上げて笑みを浮かべた。