働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「まあ、こんなところですけど──この数値に意味があります?」
「そういう問題では……と、とりあえず、少々お待ちください」
そう言い残して、女性は奥の部屋へと消えていった。
「怪しいですね」
「そうなの? もしかして、僕の10も手違い──」
「それは正しいと思います。そもそもモリス様は由緒正しい上位貴族でも、魔術師でもありませんし、妥当な数値です」
僕の魔力が低すぎ問題は、どうやら手違いではなかったようだ。アイリスに妥当な数値だと言われても、何の慰めにもなっていないけれど。
「怪しいのは実力テストと称して魔力計測を行ったことです。たしかに才能のひとつではありますが、体力と一緒で技術が伴っていなければ意味がありません」
アイリスに言わせれば、魔法で大事なのは魔法技術らしい。魔法技術が飛び抜けていれば、魔力の高さは大きな意味を持たないということだった。
「魔法技術を高めれば、魔力が10でも大魔導士になれる可能性が──」
「いえ、さすがに魔力10では厳しいかと」
「そ、そうなんだ……」
救いようのないアイリスの言葉が僕の胸に突き刺さり、ショックのあまり膝から崩れ落ちた。
「で、でも、モリス様には盗賊の技術がありますから、魔法が使えなくても問題ありません!」
必死でフォローをしようとしているのはわかる。だけど、大魔導士は結局のところ無理だという現実が覆ることはない、ちくしょう……。
屈辱に涙を呑んでいると、先ほどの女性が戻ってきた。
「お待たせしました。お二人とも問題ありませんので、教室にご案内いたします」
「魔力10でも問題ないの?」
「ええ、そういった方でも魔法を使えるように、というのが当塾の理念でございます」
なんと素晴らしい。おそらく非常に高度な魔法技術を簡単に習得できるノウハウがあるに違いない。詐欺だと思ったけど、編入前の訓練も無駄にならなくて済みそうだ。
女性に先導されて教室へと向かい、扉を開けると二十二、三歳くらいの少し神経質そうな男が出迎えた。
「ほ、ホワイト・ガレンディア──?!」
珍しく取り乱したアイリスの声が廊下に響き渡った。ホワイトは不信感を抱いたのか、ピクリと片眉をわずかに上げて訝しんだ。
たしかにアイリスにとっては断罪した連中の一人ということで、深い因縁があるわけで警戒するのも不思議じゃない。だがしかし、ホワイトの方はアイリスの顔を見ても、まるで初対面のような雰囲気だった。
「おや、私の名前をご存知ですか? ええ、私はホワイト・ガレンディア。王立魔法学園でも教鞭を振るっております。あなた方は──モリス・アンヴェイルとアイリス・アンヴェイルですか……」
ホワイトはしばらく考え込む。僕とアイリスの名前を何度も何度も復唱するも、何もわからなかったらしい。
「名前に聞き覚えはない、か……まあ、問題はあるまい」
そんなつぶやきをホワイトが漏らしたことに、僕はわずかに違和感を覚える。まるで自分が知っている人間だと問題があるような口ぶりだったからだ。
その割にはアイリスを見ても気付かないことが、妙にちぐはぐに見える。その振る舞いになんとなく既視感を感じるけど──気のせいだろう。
「ああ、待たせてすまなかった、中に入ってくれ」
すぐにホワイトは笑顔になって、教室の中へと僕たちを招き入れた。そして、教壇に立つホワイトの脇に並ぶように言われる。
「では紹介しよう。新しく編入したモリス君とアイリス君だ」
紹介されてお辞儀をすると、教室の中に社交辞令の拍手が響き渡る。僕たちが自己紹介をしなかったせいだろうか、ホワイトは余計なことを付け加えた。
「二人はすでに結婚しているようだね」
「ええ、モリス様は素晴らしいお方です」
珍しいことじゃない。アイリスも僕も貴族なので政略結婚のために若くして結婚するなんてことは普通にある。だが、アイリスが頬を赤らめて僕を賞賛したことで、教室の雰囲気は険悪なものとなった。
「「「ブーブーブー」」」
主に平民の学生から上がるブーイング。そこまであからさまではないものの、貴族の学生も扇子で口元を隠して訝しむように片眉を吊り上げていた。
「皆さん静かに。貴族なら政略結婚は当然のことだ。いちいち目くじらを立てないように」
ホワイトは何もわかっていない。結婚しているという事実が問題なのではなく、アイリスが露骨なまでに僕に対する好意を向けていることが問題だということに。
だが、ホワイトの言葉で教室はふたたび静けさを取り戻した。だが、それも束の間、ホワイトはさらなる爆弾をぶっこんできた。
「それから、新しいアストルムはアイリス君に決まった」
「アストルムですか?」
「ああ、この塾における最も優秀な生徒に送られる称号のことだ」
最も優秀と評価されていても、アイリスの表情は浮かないものだった。それどころかホワイトに疑惑の視線すら向けている。
「異議あり!」
「なんだね、ピエール君」
「入ってきたばかりの女がアストルムというのは納得できません!」
「たしかに君はアストルムに最も近い生徒だった」
「それなら──」
「だが、彼女は君など足元にも及ばない実力を示したからね。彼女が新しいアストルムになるのは揺るぎようがない」
ホワイトはピエールの主張を一刀両断にする。しかし、ピエールは納得いかないのか、机に両手をドンと突きながら立ち上がった。
「僕の魔力は450なんですよ! ここまでの魔力を持っているとは思えません」
「全然低いじゃないか!」
ピエールの魔力は、たった450しかないのか。アイリスの足下にも及ばない。そんなことを考えていたら思わず口からツッコみが漏れていた。
「なんだと?! だったらお前の魔力はいくつなんだよ!」
「それは……」
「彼の魔力は10ですね」
僕が言葉を詰まらせていたら、ホワイトが代わりに暴露してしまった。そのせいで教室は爆笑の渦に包まれた。ホワイトまで嘲るような笑みを浮かべている。
だが、よく見れば彼の視線は僕だけではなくピエールにも向いていた。ホワイトからすれば、僕はもちろんのこと、僕を嘲笑うピエールも見下しているに違いない。
ホワイトの本性が垣間見えたような気がして、僕もアイリスと同じように彼を疑惑の目で見ていた。