働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「いやあ、満腹満腹。さすがモリぴ神ですわぁ」
「その呼び方やめて」
「でも、色々教えてくれてありがとう。おかげで疑問が一気に解決しましたわ」
「にゃはは、いいってことよ。んじゃ、今日はあざーっす。アタシは先に教室に戻ってるね!」
たらふく食べて元気いっぱいのアンヌは猛ダッシュで教室へと戻っていった。
嵐のような子だったけど、彼女の情報収集能力は相当なものだ。それに情報を引き寄せる運まで持ち合わせているようだ。
「あまり鼻の下を伸ばしちゃダメですよ」
「まさか、アンヌの情報収集能力に感心してただけだよ。僕もホワイトには騙されたし……」
「ふーん、協力してくれるってこと?」
「もちろんだよ。僕も無関係とは言えないからね」
神隠しが頻繁に起きるようになった原因の一端は僕にもある。悪いのはホワイトだけど、さすがに見て見ぬふりはできない。
それに──一度ならず二度までもアイリスを狙うような男を放置するわけにはいかないだろう。
「ま、あの程度に万全な状態で捕まるとは思えませんが……それでも心配してくださるなんて、やはりモリス様ですわ」
「ちょっと、茶化さないでよね!」
「茶化してませんわ。むしろモリス様を選んで正解だったと感心しているところです」
そういうのを茶化しているというんだけど、胸を張って誇らしげに言われると否定するのは難しい。むず痒い気分になるから、あまり言わないで欲しいんだけど。
「私も守られるだけではありませんし、モリス様もいらっしゃいますから全然心配して──」
言い終わるより前に、僕の目の前でアイリスが消えた。一瞬の出来事すぎて、まるで夢でも見ていたんじゃないかと錯覚しそうなほどだ。
──いや、違う。
寝ぼけたことを考えかけていた僕自身を戒めるため、両手で頬をパシンと叩いた。こういう時こそ落ち着いて、状況を確認しなきゃ……。
しかし、周囲をくまなく調べてみてもおかしいところは何も無かった。魔法に関する知識がほとんどない僕では見落としている可能性も十分にある。
「ダメか──しかたない、いったん教室に戻るしかないな……」
捜索をあきらめて教室に戻ると、ピエールが星型のバッヂを高々と掲げていた。それは先日アイリスが貰ったアストルムの証というべきもの。
「そのバッヂ……どうしたんだよ!」
「ふん、魔力10ごときが! 俺の実力が認められたに決まってるだろう!」
「アイリスがアストルムだったはずだ」
「知らねえよ。さっきホワイト先生から、俺がアストルムに選ばれたと言われたんだ。やっと魔法塾が俺の実力を認めたということだろう!」
そんなうまい話があるわけないだろう。それより気になるのはアイリスが神隠しに遭ってから、誰にも言っていないのにホワイトが知っていたということだ。
限りなく黒に近いホワイトだが、肝心の証拠がない。訴えてものらりくらりとかわされるだけだろう。
「どうやって追い詰めるべきか……」
一向に考えがまとまらない。だけど、その原因の一端はアストルムに選ばれてご満悦のピエールが騒がしいというのもある。
「どっちにしても五月蠅い男だな」
「魔力10の分際でひがむのは止めたまえ。ぽっと出のアイリスなんかじゃなく、俺の方が相応しいなんて、最初からわかり切ったことじゃないか」
「繰り上げで認められて、何が嬉しいのやら」
アイリスの安否がわからないことで相当苛立っていたようだ。ピエールの煽りに大して棘のある言葉を返してしまった。
「なんだと! 魔力10の分際で偉そうなことを言うな!」
当然、プライドの高いピエールが僕の失言を見逃すはずもなく、問答無用で突っかかってくる。
普段なら上手くやりこめるんだろうけど、実力ではアイリスの足元にも及ばないピエールが増長して、アイリスのことを悪しざまに言い回っていることが腹立たしい。
「こんなヤツがアストルムなんて──」
アイリスも言っていたけど、僕もアストルムなどといったお仕着せの名誉に興味はない。だけど、ピエールがアストルムとして傲慢な態度を取るのがどうしても許せなかった。
「僕は認めない──」
そう思ったら、体が自然に動いていた。
さりげなくピエールとすれ違い、一瞬の隙をついてピエールの持つアストルムのバッヂとアンヌの食べてたおでんのつみれをすり替えていたらしく、僕の手にはピエールのバッヂが握られていた。
ちなみに、おでんのつみれはアンヌの昼食。お腹いっぱいなのに、なぜかアンヌが食べさせてきたものを食べたふりをして誤魔化したときのものだ。
すり替えられたことに気付いていないピエールは、つみれを高く掲げている。周囲の人たちから失笑を買っていることにすら気づくことはない。
「偶然手に入れたものだけど、このバッヂがあればもしかしたら……」
ピエールのバッヂを手に、アイリスの消えた場所へと向かう。しかし、その周辺をいくら歩き回っても神隠しに遭うことはなかった。
「うーん、アストルムが神隠しに遭うらしいから、バッヂに仕掛けがあるのかと思ったけど違うのかな」
しばらく歩き回ってみたけど、何か起こる気配はない。そのうち、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
そろそろ午後の授業か──正直言って授業を受ける気分じゃないけど、授業に出てホワイトの様子を確認した方がいいだろう。
だが、午後の授業に出てもほとんど進展はなかった。ホワイトは平然としていたし、誰もアイリスについて話題にもしない。
気付いているのに誰も触れようとしない。それが魔法塾の異常さを物語っているように感じられた。
授業が終わって帰り支度をする生徒をかき分けて、アンヌが申し訳なさそうに僕の席へとやってきて、僕の机に手を掛けて屈みこんだ。
「モリぴ──もしかして、アイたんは……」
「ご想像の通り、だよ」
「そっか──それじゃあ仕方ないね。いつまでも気にしない方がいいよ」
比較的まともなアンヌですら、この異常さに慣れきっているようだ。それでも仲良くなったアイリスが神隠しにあったことに、少なからずショックを受けている。
「ま、次はピエールだろうし、しばらくは安心だね」
ぎこちない笑みを浮かべて軽口を叩く。ピエールの嫌われっぷりを考えれば、本音もだいぶ含まれているのだろう。
「僕はアイリスをあきらめちゃいないけどね」
でも、アイリスの存在を無かったことにしようとする雰囲気が、どうしても許せなかった。
アンヌの顔からは笑顔が消え、辛そうに眉根を寄せる。
「うーん、気持ちはわかるけど、神隠しに遭った人は誰一人として戻ってきたためしがないんだよねぇ」
「僕も神隠しに遭えば……」
神隠しの鍵がアストルムのバッヂなら、僕でも神隠しに遭う可能性はあるはずだ。神隠しから戻ってこれないなら、こちらから向かえばいい。
「ブァハハハハ、さすがに冗談キツイよ、モリぴ!」
「冗談じゃないんだが……」
「いやいや、モリぴの魔力じゃ神隠しに遭うのは一番最後。誰もいなくなった後だよ」
順当に行けばそうだろう。だけど、今は僕がアストルムである──偽物だが。
「そんなことはない、なにせ今は僕がアストルムなんだ──」
僕が席を立った瞬間、周囲の空間が歪んで夕焼けに染まった教室が薄暗く無機質な空間に変わる。
「これは──」
これが神隠し──理屈はわからないけど、アストルムのバッヂが鍵になっているのは間違いないようだ。
「ようこそピエール君。アストルムになった君には、俺の野望に協力してもらうよ」
背後からホワイトが歓喜に満ちた声で話し掛けてきた。