働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「やはり……本物だろうか……」
思わず二度見してしまった。なんで追放されたはずの彼女が人身売買されかけているのか……。
もっとも、表向き王国では人身売買を禁じられている。このことが公になったら、王家もただでは済まないだろう。
あるいは、国外追放にしておけば、行方が分からなくなっても誤魔化せるとでも思っているのだろうか。あまりに短絡的過ぎる。
「とりあえず、彼女を解放しなければ」
僕はアイリスに近づいて、猿ぐつわとロープを外してやる。ゆっくりと立ち上がると、まだふらつく足取りで檻の外へと出た。
「これで大丈夫ですね、助かりました」
「大したことではない」
「いえ、この檻は魔力を封じる素材――おかげで手も足も出なくなっておりました」
なるほど、貴族――特に上位貴族は魔法の才能があると聞く。得意の魔法を封じられてしまったために囚われの身となっていたのだろう。
「えっと……もしかして……」
アイリスは僕の顔をまじまじと見て頬を染めた。もっとも、マスクをつけているので素性はわからないはずだけど。
「あなたはモリス様ではありませんか?」
「――?!」
いきなり身バレしたんだけど、いったいどういうことだ?!
ダークネスシャドウのコスチュームも取れたりズレたりしていないから、僕だとバレることはないはずなんだけど……。
「ちょうどよかったです。モリス様――」
「はっはっは、誰だね? 私は怪盗ダークネスシャドウ――闇の中より悪しき輝きを食らい尽くす漆黒の影だ。モリスなどという男は知らん」
「いえ、間違いあり――」
「おっと、そろそろタイムリミットだ。申し訳ないが、我輩はそろそろ失礼する!」
なぜだかわからないけど、アイリスはダークネスシャドウが僕だということに確信を持っている。
僕の直感が、この場にこれ以上いてはいけないと、うるさいくらい警告を鳴らしてくる。もちろん、それに逆らうつもりはない。
何かを言おうとするアイリスを無視して、僕は華麗に立ち去った。
◇
「ふぅぅ、今日は散々だったな」
「お兄ちゃん、どうだった?」
家に帰った僕を妹のヘレンが出迎えてくれた。だけど、僕はうつむきがちに首を横に振った。
「大物の取引だと思ったんだけど――失敗したよ」
「ふぅん、お兄ちゃんが失敗するなんて珍しいね」
「その大物が公爵令嬢じゃあね。どうしようもないよ」
僕の言葉にヘレンが目を丸くして、蔑むような視線を向けてきた。
「もしかして、女の子を盗むつもりだったの? サイテー!」
「いやいや大物としか聞いてなくて、蓋を開けたら人身売買だったんだよ!」
「ふぅん、まあいいや。それなら詳しく教えてよ」
無実だと理解した妹は、あくどい笑みを浮かべながら詳しく話を聞き出そうとしてきた。これは――ろくでもないことを考えているな。
「何をするつもりだ?」
「もちろん、売買に関わっていた人からお金を頂くんだよ」
そんなことだろうと思ったよ。妹もタダじゃ起きない性格だし、うちの家計は火の車。僕の失敗を補填しようと動くつもりだろう。だけど今回は相手が悪かった。
「今回の取引は王家絡みだ。下手に関わるとうちごと潰されかねない」
「ちぇっ、残念だなぁ。それじゃあ公爵令嬢の方は?」
「先日、国外追放になったことはみんな知っているからなぁ、脅迫は無理だと思うぞ」
「お兄ちゃん、私を何だと思ってるのよ! そんな酷いことするわけないでしょ」
さっき脅迫しようと企んでいたくせに、どの口が言うのか。頬を膨らませて拗ねているけど、説得力はまるでない。
「助けた相手なんでしょ? だったら、お礼をたっぷり払ってくれるに違いないわ!」
「やっぱり脅迫するんじゃないか……」
「大人しく払ってくれれば、脅したりはしないわよ!」
裏を返せば、大人しく払わなければ脅すってことじゃないか。貧乏なせいで逞しく育ったのはいいんだけど、もう少しお淑やかになってくれないかなぁ。
「それもダメだ。助けたのはモリス男爵令息じゃなくて怪盗ダークネスシャドウだからね」
「残念……今日の収入はゼロかぁ」
「少しくらいは貯えが残っているだろ?」
「まぁね。一週間くらいは心配いらないよ」
一週間か――だいぶ稼いできたと思ったけど思ったより短いな。男爵家とはいえ経費もかかるし、しょうがないか……。
「まあ、でも余裕があるなら今日は休むとするかな」
「そうそう、私だって何の手も打ってないってことはないから、何とかなるはずだよ」
「ははは、その手を打たれるのは怖いから頑張らないとな」
「見くびらないで、私だって日々成長してるんだから!」
「はいはい。それじゃあ、おやすみ」
僕はヘレンに背中を向けたまま手を振って寝室に行きベッドに飛び込んだ。
今日は色々なことがあった――まさか取引の品が公爵令嬢だったのは想定外だったけど、助けられて良かったのは間違いない。
「あんな優秀な人が婚約者なのに、浮気なんてするものなのかなぁ」
家を立て直すので精一杯だから、今の僕には結婚とか婚約とか想像もつかない。
少しの時間だったけれど、一目でダークネスシャドウの正体を見抜いたのだから、相当な切れ者に違いない。
美人で頭もいい。婚約者として考えるなら理想の相手だろう――もっとも、僕と彼女では地位がかけ離れているから、そういった話が出ることはないだろう。
「考えても空しくなるだけだし、寝よ寝よ」
翌朝、僕が起きると屋敷の中は戦場になっていた。
別に弓矢や魔法が飛び交っているわけじゃない。三人しかいない使用人が忙しなく来客の準備をしていた。
「あれ? 誰か来る予定でもあるの?」
「坊ちゃま、何を寝ぼけたことを言っているのですか! 先ほどエスピオナージ公爵令嬢が昼前にいらっしゃると連絡を受けたんですよ」
「えっ?!」
「先方は、昨日のうちに坊ちゃまに話を通してあると仰ってましたよ。まったく、昨日のうちに言ってくださればよかったのに!」
そう言い捨てて、使用人の一人が忙しなく準備に戻る。
エスピオナージ公爵令嬢――アイリスと会ったのは昨日の夜なんだけど!
会った時には日付が変わっていなかったけど、夜中は昨日のうちには入れちゃダメでしょ。それに、そもそも話が通ってないし!
「お兄ちゃん、これは一体どういうこと?」
背後から低い声で妹に呼びかけられ、僕の背筋が凍り付いた。