働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「やはり……本物だろうか……」
思わず二度見してしまった。
間違いない、悪役令嬢として断罪されて国外追放となったアイリス公爵令嬢だ。
なんで国外追放となった令嬢が王家に人身売買されそうになっているのか――考えるまでもない。
「第一王子め。ここまで落ちぶれたか……」
おそらく、公爵が援助したお金を返せと言ってきたから、彼女を売るつもりだったのだろう。
ぶち切れている相手をさらに切れさせて――何がしたいのか。
そもそも、王国では人身売買は違法だし、バレたら王族でもただでは済まないはずなんだが、国外追放にしたから、行方不明になってもバレないと思ったのだろうか……。
「どうせ奴隷になるなら、売って金にするか。クズの考えることは、さっぱりわからんな」
噂で聞いて、バカだバカだと思っていたけど、想像の斜め上を行くバカだった。
だが今は、第一王子のことを考えている場合じゃない。彼女を早く助けないと……。
針金を取り出し、檻の鍵を開けた。僕にとっては、この程度の鍵などかかっていないのと同じだ。
中に入ると、アイリスが僕の姿を見て目を丸くする。
主に悪徳貴族から盗みを働く怪盗ダークネスシャドウは正体こそバレていないけど、格好は知れ渡っているから当然といえば当然だ。
アイリスの猿ぐつわを外すと、僕の顔をまじまじと見つめてくる。
捕まって動揺しているのかと思いきや、意外と冷静だった。
「どうしてこちらへ?」
「ふっ、運命に導かれただけだ」
僕は何を言っているんだろうか。十億ルピアのためと正直に言うよりはマシだし、セリフ自体はカッコいいけど、ちょっと中二病すぎじゃないか?
「やはり、ここで再会する運命だったのですね」
「そうそう――えっ?」
再会ってことは、前に会ったことがあるということ。だけど、ダークネスシャドウとしてあった記憶は一度もない。
「此度、会うのは初めてであろう?」
「いえ、占いで運命の相手に再会すると言われました」
「初対面である我輩は運命の相手ではないだろう。もっとも占いなど当たるかどうかも定かではあるまい」
危うく公爵令嬢の運命の相手になってしまうところだった。ドロドロとした政治の世界なんて、僕としてはご遠慮願いたい。
だけど、アイリスはふるふると首を振って、真剣な表情で僕を見つめる。
「甘いですわ。この占い師は王都でも当たると評判なのです」
「だが、我輩は運命の相手では――」
「実際に、こうしてモリス様と再会いたしました」
「なん……だと……?」
今の僕はモリスじゃなくてダークネスシャドウ。たしかに男爵家のモリスとしてなら、公爵家のアイリスとはおそらく初対面ではないだろう。
だが問題は初対面かどうかじゃない。なぜ僕がダークネスシャドウであることを知っているのかということだ。
「何かの間違いではないのか? 我輩はモリスなどという者では――」
「いえ、その大げさな言い回し――以前にお会いしたモリス様と同じですわ」
「なん……だと……?」
アイリスと最後に会った時のことを必死で思い出す――それは僕が十四歳の頃だった。
当時、カッコいいセリフに憧れていた僕は、日々努力を重ねていた。
もちろん普段は使わない。そんなセリフを吐いた日には二度と社交の場に出られなくなってしまう。
だけど、あの日は何もかも違っていた。
整った顔立ちに夜空のような漆黒の髪と吸い込まれそうな黒い瞳――はっきり言って一目惚れだった。
爵位が釣り合わないことも知っていたし、黒髪黒目が不吉だと言われていることも知っていた。
だが、そんなことは関係なかった。
カッコつけたかった僕は「夜空に浮かぶ漆黒の星が、我輩の心を掴んで離さない」という恥ずかしくなるようなセリフを吐いていた。
日頃の努力の成果が悪い意味で発揮された結果――僕は恥ずかしさのあまり一目散に逃げてしまった。
「そんなことも、あったかもしれないな――」
口では何となくぼかしているけど、間違いなく言っていた。
ダークネスシャドウじゃなかったら、顔を手で覆ってうずくまっていたかもしれない。
「いえ、間違いありませんわ。あの時のセリフは一言一句、覚えております。『夜空に浮かぶ――』」
なんで僕の黒歴史を掘り返そうとするんだ。アイリスの口を封じるため、僕は人差し指を立てて彼女の口に当てた。
「それ以上はいけない。その言葉は君だけのものだからね」
黒歴史の掘り返しを阻止した僕だけど――何をやっちゃってるんだよ。黒歴史が増えちゃったじゃないか。
「そうですか……あの――それよりロープを解いていただけませんか?」
僕はまだ猿ぐつわを解いただけ。表向きは冷静を装っているけれど、衝撃的な出来事の連続で、すっかり後回しになっていた。
アイリスの両手両足を束縛していたロープをナイフで切断すると、はらりとロープが落ち、ゆっくりとアイリスが立ち上がった。
「申し遅れました。私、エスピオナージ公爵家のアイリスと申します」
「我輩はダークネスシャドウ――闇の中より悪しき輝きを食らい尽くす漆黒の影だ」
今はたしかにダークネスシャドウなんだけど、正体がモリスだとバレている相手にする自己紹介じゃない。
アイリスも吹き出しそうになっているし、融通が利かなすぎる。
「やはり運命の相手はモリス様でしたか――あらかじめ準備しておいてよかったです」
アイリスは一枚の紙を差し出してきた。そこには『婚姻届』と書かれている――婚姻届とは……?
「あとは捺印するだけですわ」
マジかよ。ホントに僕の名前とアイリスの名前が書いてある。
アイリスは一目惚れの相手ではあるけど、いきなり結婚は色々と飛ばし過ぎだし、公爵家と男爵家の婚姻とか前代未聞だ。
僕は婚姻届を手に立ち尽くしていた。