働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
僕が振り返ると、ホワイトの顔は驚愕の色に染まる。
「な、なんで魔力10のゴミが──ピエール君に何をしたんですか!」
動揺したホワイトが本性を現す。やはり、あの時にわずかに見せた姿がホワイトの本性だったということだ。
「何もしていない。ただ、これを盗んだだけだよ」
手に持ったアストルムのバッヂを放り投げる。ホワイトの顔が怒りに醜く歪んでも、僕は何の感情も抱けなかった。
もとより信用はなくなっていたし、魔導士としての才能はあるんだろうけど当たらなければどうということはない。
「いいでしょう、カスでも搾り取れば少しは役に立つでしょうからね! ソーンバインド!」
僕の足下から茨が生えて拘束しようとしてくる。
だが遅い。
僕はすでにホワイトに向かって駆けだしていた。だが、ホワイトはニヤリと口角を上げる。
「魔法の使えないサルのやることなんてお見通しです!」
僕の前に炎の壁が立ちふさがり、行く手を遮る。僕を炎の壁で足止めして、ホワイトは何かをつぶやき始めた──詠唱か!
ホワイトの右手にある杖の先端が輝く。どうやら詠唱に加えて杖の力も必要とするほどの大魔法を使うつもりのようだ。
僕を殺すつもりか──だけど、ここはもう僕の射程範囲内だ。
「少し大人しくさせる必要がありますね。せいぜい死なないように頑張ってくださいよ──ブリザード!」
ホワイトは右手に持った杖──ではなく、ちくわを振るいながら魔法の名を叫んだ。
だが、杖を失ったことにより魔法は発動せず、ホワイトの勝ち誇った『ブリザード』という言葉だけが空しく響き渡る。
「たしかに寒いな」
「お、おのれェェェ! 貴様ァァァァ!」
あまりの寒さに肩を震わせる僕とは対照的に、ホワイトは顔を真っ赤にしながら怒り狂う。
名前はホワイトなのに、顔は真っ赤で腹は真っ黒──。
「改名した方がいいんじゃないかな?」
「ふざけるな!」
「それはこっちのセリフだ。アイリスをどこにやった?」
「知るか! あっちのアイリスも、こっちのアイリスも──私の邪魔をしやがって!」
もはやホワイトは取り繕うつもりもないらしい。ちくわを投げ捨てると、赤鬼のような顔で僕に火球を放ってくる。
どうやら本気でアイリスが同一人物であることに気付いていないようだ。
「食べ物を粗末にするな!」
「うるさい! お前が言う──もがっ!」
火球を回避してちくわを拾いつつ、ホワイトに迫ると、その喧しい口にちくわを深く突っ込んだ。
「これも返してやる、ありがたく受け取れ!」
ホワイトは口に突っ込まれたちくわに目を白黒させていた。
だが、ちくわには穴が開いている──僕はその穴にホワイトの杖を容赦なく突っ込んだ。
「おえぇぇぇ、クソッ、舐めるなァァァ!」
「僕が嫌いなヤツを教えてやる。アイリスを虐めるヤツと食べ物を粗末にするヤツ──すなわち、お前のことだ!」
「食べ物を粗末にしているのは貴様の方だろうが!」
僕が袋に入れたちくわとかつみれを捨てるとでも? そんなわけないだろう──後でちゃんと食べるために袋に入れておいたのだから。
杖がちくわになった程度で地面に投げ捨てるようなヤツには一生わからないだろう。
「元貧乏男爵家を舐めるなァァ!」
「ひぃっ、くそっ、覚えていろ!」
ホワイトの唾液塗れになったちくわ。さすがにそのまま手に取りたくはなかったが、ちょうどホワイトの杖が刺さっていたので杖の部分を手に取る。
狙うはホワイトの口──だが、恐れをなしたホワイトは背中を向けると、捨て台詞を残して一目散に逃走した。
「待て、ホワイト!」
「くそっ、何で魔力10のゴミが──」
「ちくわを食え。話はそれからだ!」
「畜生、私を馬鹿にするなァァァ!」
僕はいたって真剣だ。アイリスの安否も不安ではあるが、それはホワイトを締め上げれば済む。それならば、食べ物を粗末にするホワイトにお仕置きするついでに吐かせればいいだろう。
もちろん、食べさせたちくわは絶対に吐かせるつもりはない。
ホワイトを追って窓のない廊下を走る。硬質な床を鳴らしながら二人の地面を蹴る音が響き渡る。
素早さで言えば僕に分があるはずだけど、身体強化の魔法を使っているのかホワイトとの距離は一向に縮まらない。
やがて、巨大な両開きの扉の前にたどり着いたホワイトはためらうことなく扉を開けた。
「な、なんだ、この部屋は──」
部屋に飛び込むホワイトを追って、中に入ると部屋の異様さに圧倒される。
床一面に描かれた精巧な魔法陣。魔法陣に魔力を送るためであろうコードがいくつも繋がっていて、その先にはカプセルがあって同い年くらいの男女が浮かんでいた。
「くくく、これは私の研究の集大成。邪神召喚の儀式のために用意した部屋だ!」
「邪神……召喚?」
かつて王国を脅かした強大な存在。それを打ち負かした英雄の逸話。ありがちな建国神話だが、そこに出てくる存在こそが邪神だ。
そんなものを召喚したら王国自体が滅んでしまう。
ホワイトは勝ち誇ったように高笑いを上げ、魔法陣に手を置いた。
「くははは、これで王国は私のものです!」
「やめろ、王国を滅ぼすつもりか!」
「甘いですね、そのために研究を続けてきたのですよ。ただ邪神を召喚するんじゃない。私の命令を聞く従順な手足とするための術式も組んであります! 本来なら魔力が十分に集まってから行う予定でした──だが、もう終わりです。恨むなら私を追い詰めた自分を恨むがいい!」
こんな隠し玉を持っていたとは完全に予想外だ。ちくわを食べさせようとしただけで邪神を召喚するなど、誰が予想できよう。
ホワイトに手を出したくても、起動した魔法陣による結界で手も足も出ない。このまま指を咥えて邪神が召喚されるのを待つしかないのか。
そう思った時、部屋の扉が勢いよく開き、アイリスが飛び込んできた。
「アイリス!」
無事だったことに安堵しつつも、僕は嬉しさのあまり邪神召喚中であることなど忘れて顔を綻ばせた。
しかし、アイリスは真剣な表情で魔法陣をにらみつける。
「やめなさい! 今、それを起動してはいけません!」
「くくくくははは! もう遅い、このまま私は王国を手中に収めてやる!」
追い詰められたホワイトには、アイリスの制止の声すら届かない。それでもアイリスは何度もホワイトに思い止まるように告げた。
しばらくして、魔法陣が眩い光に包まれる。白く染まった世界にホワイトの哄笑だけが響き渡っていた。
「な、な、なんですかこれは!」
「ああ、間に合わなかったのね……」
白い光によって視力が戻っていない僕に、狼狽するホワイトの声と絶望に染まったアイリスの声が聞こえてきた。
徐々に視界が戻り、呼び出されたモノの輪郭があらわになっていく。
横に長い長方形、縦に長い長方形、その上に乗った円形。その後ろに横に長い長方形の形が見える。
徐々にそれぞれの形が色と詳細な姿に変わっていく。
「これは机と椅子……それと細身の人?」
「アイリスよ。これは一体どういうことなのかな?」
聞き覚えのある声がアイリスを問い詰める。アイリスが言葉を詰まらせている間に僕の視力が完全に戻り、人の姿をはっきりと捉えた。
「えっ、公爵? なんでこちらに……」
そう、魔法陣の中心にいたのはアイリスの父であるエスピオナージ公爵と、彼の執務机と椅子だった。
──これが、邪神?