働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「それでアイリスよ──これは一体どういうことなのかな?」
何も答えないアイリスに向かって、公爵はふたたび問いかける。公爵は実質的な雇い主ではあるけど、先ほど部屋に入ってきたばかりのアイリスを追及するのはお門違いだ。
「そもそもアイリスは関係ありません。全てはホワイトが仕組んだことですよ」
「そ、そうです、お父様! 私は無関係です!」
「ふむ……」
公爵は腕を組んで、今度はホワイトへと視線を移す。別ににらみつけたわけじゃない、ただ視線を移しただけなのに、ホワイトは目を見開いて声にならない悲鳴を上げる。
ホワイトの顔は滝のような冷や汗でびっしりと覆われていた。
無理もない。呼び出された邪神は、アイリスを断罪したことで激怒させた公爵だったのだから。そのことにようやく公爵も気付いたらしい。
「うん? 君は俺の娘を断罪した連中の一人じゃないか」
「ひぃっ! お、お許しを!」
急に土下座を始めるホワイトを、公爵は冷然と──よく見たら戸惑った顔で見下ろしていた。
なにしろ公爵にとって断罪劇はすでに終わった話。蓋を開ければ、アイリスが謎の占い師を信じて暴走した結果ということになっている。
実際に断罪されたアイリスには遺恨があるけれども、公爵としては収まるところに収まったという認識だろう。
「えっと──もしかして、公爵って邪神だったのですか?」
「──モリス君、面白い冗談だね」
念のため確認しておいた方がいいと思って聞いた結果、虎の尾を踏んだだけだった。ホワイトに向いていた矛先が鋭くなって僕に向けられたような形になる。
「ホワイトが邪神を召喚すると言っていたので、てっきり……」
反射的にホワイトに責任をなすりつけた。公爵の鋭い視線がホワイトに突き刺さり、ホワイトなのに顔が真っ青になった。
「な、何を言い出すんだ!」
「ほぅ、俺を邪神と言い出したのはお前だったのか?」
「い、いえ、滅相も──」
「いいえ、全部ホワイトが仕組んだことですわ!」
言い逃れようとするホワイトの逃げ道をアイリスが容赦なく塞いだ。アイリスも先ほどホワイトのせいで冤罪をかけられそうになったのだから当然だろう。
「ぐぬぬ、邪神ならば私の命令には絶対服従のはず……邪神よ、私のために王都を火の海にしろ!」
あ、これ死んだわ。
血迷ったホワイトは公爵を邪神と決めつけて命令を下す。もちろん、公爵は邪神などではないから、命令に絶対服従なんてことがあるはずないにもかかわらず。
予想通り、公爵の瞳が剣呑な色を帯びていく。
「それは王都を、ひいては王国を滅ぼせということか?」
「当然だろうが! 全てを破壊した後で、私が王となって新生ホワイト王国を作るのだからな!」
名前を聞く限り、とんでもなくブラックな王国ができそうな予感がする。
そんなこと認めるわけにはいかない。やっとブラックな仕事から解放されて、気ままな生活を手に入れたんだ。僕の理想的な生活を奪い取ろうとするホワイトは、間違いなく敵だ。
「ブラックな王国など僕は認めない!」
「ホワイト王国だと言っているだろうが!」
「名前で誤魔化そうったって、そうはいかない!」
だがホワイトは鼻で笑った。
「無駄な足搔きを──新生ホワイト王国では、国民全員が私の手足となって働く理想の王国なのだ!」
理想でもなんでもない、自分にとって都合がいいだけの国を作ろうとしているホワイトに吐き気がする。
徹底抗戦の構えを見せる僕──だが、それよりも早く公爵が動いた。
「そんなバカげた話が通るとでも思っているのかね?」
「ぎゃっ! な、何をする!」
「王国に反逆を企てる愚か者を捕らえただけだ」
「な、なぜ私に服従しない!」
ホワイトを後ろ手に拘束して、地面に押し付ける。公爵の反乱にホワイトは驚愕の表情を浮かべながら喚き立てた。
「俺が服従するのは王国に対してだけだが?」
「バカな、邪神を絶対服従させる術式を組み込んだはずなのに!」
「あいにくだが、俺は邪神じゃないのでね。それに、お前ごときの力で俺を服従させられるとでも?」
公爵はホワイトの胸倉を掴んでゆっくりと持ち上げる。
「我が家は代々、王国を裏──に忠誠を誓ってきたという自負がある。お前ごときに従う謂れはない」
公爵、だいぶキレてるな……裏から護っているって言いかけてたし。だけど、ホワイトの失言のおかげで矛先は完全にそちらへと向いて、アイリスがやってもいない罪に問われることはなさそうだ。
「ひっ、た、助け……」
形振り構わず助けを求めるホワイトだが、残念ながら……この場には誰一人として彼の味方はいない。
「まあいい、話は後でじっくりと聞かせてもらう。ソーンバインド」
「ぎゃああ、痛い痛い! た、助けてくれぇぇぇ!」
地面から生えてきた茨がホワイトを縛り上げる。痛みに苦悶の表情を浮かべながら、
「さて、俺はこいつを連行する。アイリスよ──」
「ふぁい?!」
「後で俺のところに来なさい。理由はわかってるね?」
「わ、わかりました……」
「そうそう、出入り口は俺の方で開けておく。君たちは、ここの人たちの救助を優先してくれたまえ」
公爵は、そう言い残すと茨でグルグル巻きにされたホワイトを連れて行ってしまった。その直後、激しい衝撃音と振動が部屋にまで響き渡ってきたけど、僕は知らない振りをした。
「とりあえず、カプセルから助け出そう」
「そ、そうですね」
二人がかりで全員をカプセルから出し、アイリスに回復をお願いして僕は応援を呼びにいったん外へと向かった。
「アンヌ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「モリぴのお願いだったらオッケーだよ!」
アンヌはすぐに了解してくれたけど、それを脇で聞いていたピエールは難色を示した。もともと頭数に入れてなかったし、話を持っていくつもりもなかったんだけど……。
「魔力10ごときが手伝って欲しかったら──」
「ピエールはいなくてもいいよ」
「ふざけるな! 俺だって役に立つんだぞ!」
どうせ邪魔になるからと断ったら、逆に意地になってついてくることになってしまった。ホントに面倒なんだけど。
魔法陣の部屋にアンヌとピエール、それから数名の生徒を連れてくると、全員が言葉を失っていた。
なにせ、やつれて死にかけているのは過去に神隠しに遭ったアストルムの生徒だったからだ。
「ミリー?! しっかりして!」
「大丈夫、命に別状はありません」
アンヌが神隠しにあった友人の下に駆け寄って抱き上げる。いつもの軽い感じは鳴りを潜め、表情は真剣そのものだった。
アイリスが大丈夫であると告げると少しだけ落ち着いて、ミリーを抱きかかえたまま外へと向かった。
「そんな──アストルムがただの生贄だったなんて……」
一方で、最後のアストルムだったピエールは顔面蒼白になりながら、犠牲者たちを見下ろしていた。何しろ次の犠牲者はピエールの予定だったのだから無理もない。
「犠牲者を外に運び出して欲しいんだけど」
「傷心の俺に働けというのか?!」
「そうだけど……」
「血も涙もないな、やっぱり魔力10かよ!」
まったく関係ない言いがかりをつけて、立ち上がるとふらつく足取りで外へと向かう──両手は空っぽで誰かを運ぶわけでもなく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
予想通り、ピエールは何の役にも立たなかった。だから来なくてもいいと言ったのに、ため息が漏れそうだ。
結局、何の役にも立たなかったピエールの代わりに、僕が2往復して全員を運び出した。その後は神殿の人たちに引き継いで治療をしてもらうように手配されていた。
「終わったぁぁ! 助かったよ、アンヌ」
「どういたしまして……」
手伝ってくれたアンヌにお礼を言うと、浮かない顔でうつむいた。
「魔法塾は終わりなんだよね? せめて卒業だけでもしたかったなぁ──」
卒業していい仕事に就くのを目指していたアンヌにとって、ホワイトの逮捕によって魔法塾が潰れるのは就職への道が閉ざされたということ、落ち込んで当然だ。
「もし良かったらなんだけど、僕のところで働く気はない?」
「えっ、モリぴのところで?」
「うん、アイリスも一緒なんだけど……待遇は、こんな感じで……」
「メッチャ好待遇じゃん。断る理由がないよ!」
アンヌは目を輝かせ、食い気味に僕の手を取ってブンブンと上下に振った。
「そ、それじゃあ、今日からは僕たちのチームの一員だね」
「よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくぅ。それで……どんな仕事をすればいいん?」
アンヌのやる気は凄まじい。逆に僕やアイリスの方が圧倒されそうだ。
「えっと、王都で気になった情報を集めてくれればいいかな。経費はもちろん出るから心配はいらないよ」
僕たちがアンヌで買っているのは情報収集能力だ。だから適当に情報を集めるだけでいいと思っていたけど、それを聞いたアンヌはなぜかポカンとしていた。