働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
──コンコン。
「入れ」
「お父様、参りました」
エスピオナージ公爵の執務室に、意気消沈したアイリスがおずおずと入ってきた。申し訳なさそうな表情を浮かべているように見えるが、実際に申し訳ないと思っているわけではないと公爵はわかっていた。
「そんなおどおどする必要はない。過程はどうあれ、王国を脅かす悪人を捕まえたのだからな」
「やはりわかっておりましたか」
しおらしい顔が一転して悪戯めいた笑みに変わる。これもまた、公爵には見慣れた光景だった。
「ふっ、何年の付き合いだと思ってるんだ。昔は、お前の悪戯に困らされたものだが、さすがに慣れたわ」
「それはそれは」
「まったく──モリス君が付けば大人しくなるかと思いきや、まったく改善されていないじゃないか」
公爵はため息をつきながら、責めるような口調で話す。アイリスはそれを軽く受け流して「ふふん」と自慢げに笑う。
「これでもだいぶ改善されましたのよ。それに──今回はホワイトがいい加減な魔法陣を作るのが悪いのです。私は善意で直してあげただけですわ」
「はぁ……減らず口も相変わらずじゃないか。まあ、今回はきっちり成果を出したことだし、大目に見てやるが、いつも許してもらえるとは思わんことだ」
「心得ております。さすがにお父様が執務中に発動させた時には焦りましたが、これもモリス様のおかげですわ」
実の親子だというのに、二人の間には緊迫した空気が漂う。しかし、その空気感も二人にとっては予定調和でしかない。
公爵もモリスの実力は認めていて、今回も彼の活躍があったからこそ、アイリスも怒られずに済んだ。
あっさり捕まったホワイトだが、王立魔法学園の講師を務めるだけあって実力は相当なもの。アイリスの断罪に際して不審な動きが確認されてはいたものの、証拠がないため手をこまねいていた状況から電撃的に解決したモリスの評価は、公爵の中でうなぎ上りである。
一方で、モリスが絡むことでアイリスの所業も大目に見てもらえると思われる状況に、公爵としては痛し痒しといったところだ。
「はあ……どう動くかはお前に任せるが、次回はなるべく穏便な方法で頼む」
「それはモリス様次第ですわ。それに問題解決に動いたわけではありません」
「まったく、大人しく療養するという予定はどこにいったのやら……」
公爵は先が思いやられると、大きなため息をついた。
◇
メリア男爵令嬢は王立魔法学園の教室でシャール第一王子からとんでもない話を聞かされた。
「ホワイト先生が処刑された?!」
「ああ、邪神を召喚しようとしたらしい」
「えっ?!」
邪神は王国にとって建国以来の因縁を持つ仇敵ともいえる存在。ゆえに邪神を利する行為は問答無用で処刑となる。
だが、ホワイトが邪神召喚など行うはずがない。なぜなら、メリアと共に邪神を討伐するパーティーメンバーの一人なのだから。
「邪神召喚の儀式を行っていたとして、エスピオナージ公爵が捕らえたようだ」
「それって──」
「ああ、アイリス公爵令嬢の父親になるな」
つい先日、取り巻きを使って断罪した令嬢の名が出て、メリアは思わず顔をしかめた。シナリオ通りに悪役令嬢であるアイリスを断罪して、これから邪神討伐に向けてレベルアップを計画しているところだ。その出鼻をくじくような悪役令嬢の父親による暴挙に悪意を感じ取った。
「どう考えても、公爵にハメられたとしか思えません!」
悪役令嬢の父親なのだから、悪役に違いない。そんな思い込みから来るメリアの発言にシャールは静かに首を振った。
「それはありえない。なぜなら、王都の地下に邪神召喚の儀式を行う研究所があったのだからね」
「そんな……それも公爵家の力で捏造されたんじゃないんですか?」
「それこそありえないよ。研究室には出入口がなかったし、なにより犠牲者は全員ホワイト先生と関係があった」
出入口がない──それは研究所が転移魔法を得意とするホワイトのものであることを示す証拠でもある。それに加えて犠牲者や関係者の証言まで加われば、もはや弁解の余地はない。
そうなると不可解なのは、邪神を倒すはずのホワイトが邪神を召喚しようとしていたことだ。なぜ、そんな無意味なことを──。
「どうやら、ホワイト先生は邪神を操って王国の乗っ取りを計画していたらしい」
「そんなことありえません……いえ、もしかしたら……」
一旦は否定してみたものの、メリアは恐ろしい事実に思い至る。
邪神は王都の地下に封印されていたわけではなく、実際にはホワイトが地下の研究所で召喚したものだったのではないか。
だが、あまりにも強い存在ゆえに操ることができず、王都で暴れ出した。
それを王都の地下に封印されていた邪神が復活したことにして、自分たちで討伐する……。
思い返してみれば、邪神の封印について語ったのはホワイトだけだった。攻略対象の一人だからと無条件に信じていたけれど、実際にはただのマッチポンプだったのではないか。
そんな話、メリアは信じたくなかった。だが考えれば考えるほど、ホワイトが邪神を召喚しようとした事実を否定できなくなってしまう。
「まさか、ホワイト先生が大罪人だったなんて……」
「俺も信じたくはなかったけどね。でも、あそこまで証拠が残っていたら、どうしようもない」
せっかくハーレムルートを攻略して、万全の体制だとご満悦だった。しかし、ホワイトが邪神召喚という大罪によって処刑されてしまうなんて……。
「落ち込んでいるところ、申し訳ないんだが……」
「まだ何か?」
「ラズレスが平民落ちした。学園からも、すでに追放されている」
「そんな、どうして?!」
「バルトスの武闘会で不正を働いたらしい」
そんなことで平民落ちするのか、というのがメリアの正直な感想だった。
「八百長だけなら良かったのだが、武器の仕込みや脅迫、買収によって結果を不正に操作したことが問題となった。特に国外の観光客が不利益を被ったのが、さらに状況を悪化させた」
「外国の圧力に屈したということですか?」
「言いがかりなら突っぱねていただろう。だが、その不正にゴードン騎士団長も絡んでいて、不正の証拠まできっちり押さえられていたんだ」
もちろん多少の不正であれば国家間の軋轢を避けるために黙認することもある。だが、ラズレスやゴードンはやり過ぎた。
しかも、そこまで不正をしておいて、ぽっと出のボン・ジーンという選手に敗北してしまった。
ラズレスなら絶対勝つと思っていた観客を裏切ったことで、不正を糾弾する動きが押さえきれなくなって、ラズレスとゴードンに不正の罪を背負ってもらった形で落ち着けたのである。
「そんな、話が違います!」
「俺だって同じ気持ちだ! だが、二人ともあまりに杜撰すぎたんだ!」
シャールもメリアも、この結果に納得いくはずがない。特にメリアは何者かがシナリオを破壊しているという確信を抱いている。
「間違いありません。私たちを貶めようとしている連中がいるんです!」
「やはりな。だが、そのつもりなら俺たちにも考えはある」
こうして、二人はシナリオを破壊する悪者を断罪する計画を密かに立てるのであった。