働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「ああああ、疲れたぁぁぁ!」
椅子の背もたれに寄りかかって大きく伸びをすると、目の前の机が金属の棒で叩かれた。
「モリス様、まだまだ休憩時間には早いですよ!」
「そんなことを言っても、ぜんぜん頭働かないし──」
目の前には、体のラインがはっきりわかるほどのグレーのスーツを着て、三角形の眼鏡をかけたアイリスが立っていた。
右手に持った細い金属棒を左手にパシパシと叩きつけ、眼鏡をクイッと上げる。
なんでこんなことをしているかというと、概ねホワイトのせいだった。処刑されてもなお僕を苦しめようとしてくるのが腹立たしい。
「言っておきますが、大魔導士になりたいと仰ったのはモリス様ですよ?」
以前、大魔導士に僕はなる、と宣言した僕のためにアイリスが魔法の家庭教師をしてくれているのである。
なにしろ魔法塾はとんでもない詐欺で、運営していたホワイトは邪神を召喚しようとした罪で処刑。魔法塾は即日解散となり、結果として、僕の宣言だけが残ってしまった。
本音を言えば宣言を撤回したいし、ひとこと言えばアイリスも手を引くに違いない。だけど、真剣に家庭教師をしてくれているアイリスの姿に、言い出すこともできなくてズルズルと魔法の勉強を続けていた。
「そんなこと言っても、魔力10だからなぁ」
「大丈夫です、魔力なんて低くても補う方法はいくらでもあります!」
原理を知っている人からすれば、魔力が低いからダメというのはただの言い訳らしい。魔力が低いなら、魔石なりなんなりで補えばいいというのがアイリスの主張だ。
もちろん、そんなことは僕でもわかっている──いや、ここ数日で分からされた。
だけど魔力とは関係なく魔法理論がまったく頭に入ってこない僕には、そもそも魔法に対する適正がないに違いない。
僕が頭を抱えていると部屋の扉が勢いよく開いた。
「モリぴー! 差し入れ持ってきたょ!」
ケーキの入った箱を片手にアンヌが部屋へと飛び込んできた。彼女の猪突猛進っぷりに普段は困ることもあるけど、この時ばかりは違う。
僕としては諸手を上げて大歓迎をしたい気分だ。
「アンヌがお菓子買って来たみたいだし、休憩してお茶にでもしよう」
「ふぅ、しかたありません。頭を休めることも必要ですからね」
一見スパルタのような振る舞いをするアイリスだけど、何だかんだ言って僕には甘い。今もお菓子をダシに休憩を提案するとあっさりと応じてくれた。
机の上に乗ったテキストをしまって、机をくっつけて椅子を並べる。その中央にアンヌが買って来たケーキが並んでいた。
「えっと、モリぴはイチゴショートで、アイたんはプリンアラモードだよね」
「はい、それで問題ありません」
「僕もそれで」
アイリスは公爵家に相応しい豪華な見た目のケーキを選ぶ。一方、僕はイチゴ! クリーム! スポンジ! というストレートな主張をしてくるシンプルなケーキが好みだ。
そして、アンヌはというと……彼女の目の前に悠然と立つ、クリームまみれのホールケーキが何段も積み重なっていた。
「たしかに、お金は自由に使っていいんだけど、さすがに食べすぎじゃないかな?」
「食べきるんだから問題ないっしょ」
「そりゃあまあ、そうなんだけど──」
完全オーダーメイドのケーキだが、最初に買った時には店員に「おめでとうございます」と言われたらしい。
しかし、二度三度と買っていれば、さすがにおかしいと気付いたのだろう。
店員に「ご結婚ですか?」と聞かれたらしい。そこで正直に「あたしの分のケーキだょ」と答えて全力で引かれたそうだ──当然である。
少し常識に疎いアイリスはまったく気にしないし、完食している以上は僕としてもまったく問題はない。
給料はちゃんと払っているし、食い貯めなんてする必要ないんだけどなぁ。長年の習性というのはなかなか抜けないようだ。
「そう言えば──今度セールやるらしいんだよね。ケーキが安く買えるなんてサイコーっしょ」
そう言いながら、アンヌがチラシを机の上に出した。そこには閉店売り尽くしセールと書かれていた。
「閉店、ということは、店を閉めるつもりなんですね。ここのケーキは質が高かっただけに惜しいです」
「へい……てん?! もしかしてケーキが買えなくなっちゃう?」
「そりゃあ閉店だからなぁ」
「そ、そんなぁ……まだ店主の人も若いのに閉店なんてあんまりだよォォォ」
アンヌは悲痛な叫びを上げ、ケーキを食べきっていないのに席を立とうとする。だが、素早く彼女の肩を押さえて立ち上がれないようにした。
「ちょ、モリぴ、放してよ!」
「ダメだ。まだ食べている途中だろ? 完食するまでは立ち上がることは許されない」
「そんなぁぁ! 閉まっちゃうんだよ?!」
アンヌは上目づかいで必死に訴えるが、僕にも譲れない矜持がある。それは『決して食べ物を無駄にしない』ということだ。
裕福でないという点ではアンヌも同じだが、この点については分かり合えない。
「完食する。話はそれからだ」
「わ、わかったよぉ」
アンヌは必死の表情でケーキを口に運んでいく。もっともケーキが食べられないというわけじゃない。
ケーキが食べられなくなるかもしれないという危機感からくる表情だった。
食べるペースはいつも通りだし、ペースが落ちる気配もない。結局30分とかからずケーキのタワーは跡形もなく机の上から消え失せていた。
「た、食べきったよ! 早く行こう!」
憔悴しきった表情でアンヌが立ち上がる。あれだけの量を食べたはずなのに体型がまったく変わっていない。もしかしたら、アンヌの胃はマジックバッグになっているのかもしれないな。
「落ち着いて、アンヌ。焦るのはまだ早いよ」
閉店まで一週間の猶予がある。闇雲に動いても無駄が多いだろうし、ここは作戦を練ってから動くのが得策だ。
「僕やアイリスとしても、閉店は他人事じゃない」
「そうですね。店が続けられるのなら、続いて欲しいところですわ」
「もしかして、協力してくれるの?」
アンヌの問いかけに、僕とアイリスは揃って首を縦に振る。
この店のケーキはアイリスも気に入るほどのもの。ケーキの差し入れがなくなったら、僕は休憩の口実を失ってしまう。将来のことを考えれば、非常に大きな痛手だ。
「もちろん、僕としても閉店は何としてでも避けたい。なので作戦を立てる──前に回避できる可能性があるかどうか、確認すべきだと思う」
「そうですね。無理を言って続けさせるわけにはいきませんし」
「じゃあ、みんなで店に行こう!」
僕たちは魔法の勉強を切り上げて、アンヌ御用達のケーキ屋へと向かう。
もう勉強はいっぱいいっぱいだったのもあるけど、アンヌの為だからしかたないよね――。