働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
アンヌに連れられて店にやってきた僕たちは言葉を失った。
「向かいの店、メチャクチャ繁盛しているね……もしかして、あっちの方が美味しいんじゃない?」
「そんなわけないっしょ。見た目は似ていてもゲロマズ──存在自体が犯罪レベルだよ!」
閑古鳥の鳴いているアンヌ御用達の店とは対照的に向かいの店には大勢の客が並んでいた。何も知らなければ向かいの店の方が美味しいと勘違いしてしまうだろう。
だけどアンヌの評価は有象無象の作る行列の何倍も信用できる。そんな彼女がよりにもよってゲロマズと評する時点で食べるまでもないだろう。
「具体的には?」
「モリぴも食べれば分かるけど、甘い食べ物とスイーツは同じものじゃないんだよ」
「言ってることが意味不明なんだが」
「スイーツは確かに甘いですが、いくら甘くても砂糖や蜂蜜を固めただけのものはスイーツとは呼びませんよ」
アンヌの言っていることがさっぱりわからなかったけど、代わりにアイリスが丁寧に説明してくれた。
「さすがアイたんだね。それに比べてモリぴはまだまだだなぁ」
「大きなお世話だよ」
アンヌのドヤ顔に僕は少しだけイラっとする。そこまで言うなら、アイリスくらい丁寧に説明しろと言いたいのをグッと我慢する。
今はそんなことよりも大事なことがある。僕の休憩時間のためにも店を何としても存続させる必要がある。
「要するに、甘すぎるってことだよね?」
「チッチッチ、そんなもんじゃないんだよ。砂糖を煮詰めて固めたような感じで、一口食べた瞬間に吐いたわ」
「ヤバいな。それなのに行列ができているのは一体……」
アンヌを疑っているわけじゃないけど、吐くほどマズいような代物を大勢の人たちが並んでまで買いに来るのは不思議だった。
「ま、どうせ後で食べる羽目になるだろうけどね! まずはこっち」
疑問に答えることなく、アンヌは僕の手を取ると閑古鳥の鳴いている目的の店に駆け込んだ。チリンと鈴の音が静寂に包まれた店内に響き渡る。
「おお、お客さんかい……珍しいねぇ」
静かで落ち着いている、という雰囲気じゃなくて、活気がなくて沈んでいるといった感じの方がしっくりくる店内に、亡者のうめき声のような声が聞こえてきた。
「マスター、こっちの二人がアタシの主であるモリス様とアイリス様だよ」
「おお、そうかい。でも、この状況じゃあ無理だよ」
「なに言ってるのさ。実はひどい詐欺だった魔法塾を潰したのは、この二人なんだから!」
まるで僕がホワイトの魔法塾を潰したような口ぶりだけど、それは違う──潰したのはアイリスの父である公爵だ。
平和主義の僕を捕まえて、そんな乱暴なことなどできるわけがない。アストルムのバッヂを盗んだくらいだ。
だけど、アンヌの言葉を聞いたマスター夫妻は驚きと共に柔らかく微笑んだ。たしかに真実ではないかもしれないけど、彼らの警戒心を解くためと考えれば有効な一手。
不本意だけど、僕は流れに身を任せることにした。
「はい、ですから僕に任せていただければ、必ずや店を立て直して差し上げます」
そう告げると、マスター夫妻は目元を拭って鼻をすする。
「ありがたや。娘だけでなく、私たちも助けてくださるなんて──」
「そういうわけだから、詳しい経緯とか教えてもらえると助かるかな?」
「はい、喜んで」
少し重くなった雰囲気がアンヌの気安い言葉で少し軽くなった。それと共に、マスター夫妻の気持ちも少しだけ軽くなったのか、僕たちに対してかしこまった雰囲気が薄れてゆっくりと語り出した。
「といっても、私たちも突然のことで──あっという間にお客さんを奪われたとしかわからないんですが」
そう言って、肩をすぼめるマスターを励ましながら話を聞くと、1か月ほど前に急に向かい側に店を出したと思ったら、毎週のようにお客さんを奪っていったらしい。
「もともと、お客さんが多いわけじゃあなかったんですが」
一回で奪われる客は数人、とはいえ、細々とやってきたマスターたちにとっては数名であっても大きな痛手だったらしい。
先週来ていた残り数人のお客さんも今では向かいの店で行列を作っていた。それを見て、マスターは店を閉めることにしたらしい。
「腕はなまっちゃいない、と思うんだがなぁ──お客さんが来なきゃどうしようもねえ」
「昨日もずっとこんな感じだったんよ。アイたん、なんかいい方法ないかな?」
肩を落とすマスターの様子をジッと見ていたアンヌはアイリスの方へと向き直る。だが、アイリスはきょとんとした表情で首を傾げた。
「それでしたら私が買えば良いのではないでしょうか?」
そういう問題ではないと思うんだけど、アイリスのあまりに自信満々な発言に僕もアンヌもしばらくの間、何も答えることができなかった。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って! そもそもの話が違うでしょ!」
「はて、何が違うのでしょうか?」
「そりゃあ、アタシたちが客になれば売り上げにはなるけど……それじゃあ全然解決になってないよ!」
「客……?」
そう、僕たちが買えば確かに売り上げになる。だけど、それだけで店をやっていけるほど甘くはない。公爵家の伝手で客を増やすならわかるけど、僕たちだけじゃ限度がある。
「ちょっとアイたん。ケーキちょっと買っただけじゃ、何の解決にもなってないよ!」
「別にケーキは買いませんけど──なるほど、そういうことでしたか」
ケーキを買わないと断言し、何かに気付いたようにポンと手を叩いた。ふざけているようには見えないのに、言っていることがメチャクチャで、アイリスが何をしたいのかさっぱりわからない。
僕もアンヌも言葉の続きを固唾を呑んで見守っていた。
「買うのはケーキではなくて店ですわ」
「「は?」」
僕やアンヌでは到底考え付かない斜め上の発想に、二人揃って素っ頓狂な声を上げた。