働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「店を買うって正気なの?」
「ふふふ。モリス様から、そのような言葉が出るとは思いませんでした」
いやいや普通に出るだろう。いまだに貧乏性が抜けきらない僕にとって、店ごと買ってしまえ、などというのは暴挙以外の何ものでもない。
そもそも向かいの店を買収して潰すならわかるけど、こっちの店を買収したら意味がないだろう。
「これは──この店を勝たせるための唯一の手なのです」
「いや、僕たちが買収しても客は戻ってこないでしょ?」
「そ、そうだ。店を続けられなくなるのは変わらないだろうが!」
僕の疑問にマスターも反感を露わにする。しかし、アイリスは涼しい顔で肩をすくめただけだった。
「わかってませんね──店を続けるために買収するんです。これで私たちが潰れない限り、負けはありません」
「あっ、そういうことか!」
「えっと、どういうこと?」
「さっぱり分からんが……」
きょとんとするアンヌと眉間にしわを寄せるマスター。二人はアイリスの戦略に対する理解が追い付いていないようだ。
「当面の資金繰りを安定させるため、ということでいいんだよね?」
「ええ、それもありますが──被害者なら、少しくらい盗みに入っても許されますので」
「許されないと思うんだけど……」
そうは言いながらも、アイリスだけでなく僕も実力行使しかないんじゃないかと薄々感じている。
相手の店に忍び込んで盗むのは犯罪であるのは変わらないけど、真ん前に店を作って顧客を根こそぎ奪うような手法。こちらを潰すためだと言っても十分通る。
「いやまあ、相手のやり口を考えれば多少荒っぽい手を使っても許される気がしないでもない」
「そう、買収すれば大義名分ができるというわけなのです」
僕の言葉にアイリスが鷹揚にうなずいた。
「よーするに、徹底的にやっちゃえってことっしょ?」
「ま、まあ、店が続けられるなら異存はねえけどよ……」
アンヌとマスターは、よく分からないながらも異論はなく、すぐに契約を交わす流れとなる。
僕の時と同じように、なぜか書類はすでに用意されていてサインをするだけ。5分とかからずに、店はアイリス──と僕のものとなった。
「ようやく戦いの準備が整いました」
「それじゃあ、さっそく潜入する?」
「いえ、まずは相手の情報を集めるのが先決。敵情視察と参りましょう」
「いよいよだね。あまりのマズさにびっくりすること間違いなしだよ!」
アンヌの信頼性が無駄に高いせいで、敵情視察をする前から僕の戦意が大きく削がれてしまった。しかし、アイリスの手前やらないわけにはいかない。
僕とアイリス、そしてアンヌの3人は客のフリをして向かいの店へと向かった。
店の前には相変わらず長蛇の列ができていて、僕たちが並んだ時点で30分待ちらしい。待ち時間の長さも気になるけど、それよりも一部の客が不穏な空気をまとっていることの方が気にかかる。
落ち着いているのは僕たちと、すぐ前にいるお客さん──って、あれ?
「なんでアレクがこんなところにいるの?」
「誰? ボクに何の用なのかな?」
もう僕のことを忘れてしまったなんて、酷い男である。打倒ラズレスという目的を共有しながらも、決勝で剣を交え熱い戦いを繰り広げた相手なのに……。
「もしかして、僕がラズレスを横取りしたから拗ねてる──のかな?」
「もしかしてボクを騙そうとしている? あの男を仕留めたのはアンタじゃなくてボンとかいう田舎者だよ?」
アレクは何を言っているのだろうか。たしかに決勝戦では僕の正体を見破っていたはずなのに、ボンの正体である僕に気付いていない。
「ボンの正体に気付いたんじゃなかったのか……?」
「なんで正体に気付いたことを知ってるんだよ……まあいっか、実は優勝者の田舎者、ヤツがあのダークネスシャドウだったんだよ!」
「それじゃあ、僕のことも知ってるよね?」
「知るわけないじゃん。言っておくけど、大事な仕事中なんだから邪魔しないでよね」
何が何だかわからない。困惑する僕にアイリスがこっそりと耳打ちをしてきた。
「もしかしたら、モリス様がダークネスシャドウだと気付いていないのではないでしょうか?」
「まさか、そんなこと──ねえアレク、僕がダークネスシャドウだって気付いているよね?」
「冗談はやめてください。こんな隙だらけの男が、あのダークネスシャドウなわけありません」
何ということだ。正体がバレたと思ってたけど、今さらながら杞憂だったことに気付かされるとは……それよりアレクの中で、ダークネスシャドウの評価が高すぎるのが気になる。
「いやいや、ダークネスシャドウだって息抜きは必要なんだけど」
「そんなものは、あの方には必要ありません! そもそも、ボクがダークネスシャドウに憧れているからって、アンタみたいな腑抜けた男に騙されるわけないでしょう!」
どうやらアレクの中ではダークネスシャドウに休みはないらしい。あまりにブラックな要求に、かつてのアルバイトを思い出して涙が出そうだ。
「せめて週一、いや週二……いや週三で休みが欲しいんだけど」
「どれだけバカにすれば気が済むんですか! ダークネスシャドウは不眠不休で悪徳貴族と戦い続ける孤高の戦士なんですよ!」
「えっと……戦士じゃなくて怪盗だよね?」
「言葉のあやです! そもそもアンタはダークネスシャドウと無関係なんですから、彼を貶めるのは止めてください!」
本人なのに無関係と言われてしまったんだが、何と答えたらいいのだろう。アイリスに助けを求めようとチラリと視線を向けたけど、頬を膨らませてそっぽを向いていた。
先ほどからアレクの僕に対する扱いの酷さに腹を立てているのはわかるんだけど、困った状況なので助けて欲しいんだよね。
「ねえ、アイリ──」
「モリス様に失礼な態度を取る相手に言うことはありませんので!」
怒り心頭のアイリスとしては、アレクなど視界に入れたくもない相手ということなのだろう。
だけどアレクもかなりの実力者であるのは間違いない。協力してもらえるなら大きな戦力になるだろう。
今でこそダークネスシャドウとして認められていないけれど、もし僕がダークネスシャドウだと知ってしまったら、休まずに働けと言われるかもしれない。
考え抜いた結果、素性を隠して協力を求めることにした。
「とりあえずダークネスシャドウのことは置いておいて、目的は同じみたいだし協力できないかなと──」
「きゃあああああ!」
アレクに協力を申し出ようとした矢先、列の前の方から悲鳴が聞こえてきた。そちらに目を向けると、不穏な気配を放っていた男性客の一人が前に並んでいた女性客に飛び掛かり押し倒していた。