働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「さ、さぁ……どういうことだろうね?」
こっちが聞きたいくらいだよ。ホントに何も言われてないんだけど、いくら素性がバレていたとはいえ、まだ半日も経っていないんだけど。
「まあいいわ。昨日の今日で接触を図ってきたということは、間違いなくお礼でしょう。あとは──私の力でいくら搾り取れるか、ってことね」
「相手は公爵家なんだから、できる限り穏便にして欲しいんだけど……」
下手したら、こっちが搾り取る前に、こってり絞られそうだよ。
「ふふふ、任せて! 私も伊達に修羅場を踏んできていないわ。ギリギリを見極めて搾り取ってやるから、安心して!」
これっぽっちも安心できないセリフを吐きながら、ヘレンはドンと胸を叩いた。
何とかして説得したいところだけど、お金が絡んだ時のヘレンを説得するのは不可能に近い。
まったく──貧乏が憎い。
ヘレンは公爵令嬢が相手ということで、たっぷり搾り取ろうと闘志を燃やしている。
不安しか感じない状況の中、正午の鐘が鳴った──いよいよ、公爵令嬢がやってくる。
「坊ちゃま、エスピオナージ公爵令嬢がいらっしゃいました!」
「来たか……」
連絡を聞いただけで胃が痛くなってきた。
だけど、さすがに逃げるわけにはいかないので応接間で妹と共に待つと、ほどなくして扉がノックされ、アイリスが入ってきた。
「ごきげんよう、モリス様」
「ようこそいらっしゃいました、エスピオナージ公爵令嬢」
「もぅ、私のことはアイリスと呼んでください!」
貴族として正しい礼をしたつもりだったけど、アイリスはなぜか不満だったようで頬を膨らませて怒っていた。
マズい、いきなり機嫌を損ねてしまった。あまり心証を悪くすると、この後の交渉に響いてしまう。もっとも隣で闘志を燃やす妹にとっては焼け石に水だろうけど。
「では、アイリス様。本日はどのようなご用件で?」
「そんな──他人行儀な言い方をしないでください!」
他人行儀というか、そもそも他人なんですけど。戸惑う僕に見かねて、アイリスの従者が静かに近寄って耳元でささやきかける。
口の動きから、早いとか順番といった単語が読み取れたので、おそらくアイリスが早まったのだろう。目を丸くして驚いたと思ったら、僕の方を見て顔を真っ赤に染めていた。
「申し訳ありません。順序立ててお話しさせていただきます」
「お願いします。僕の方もいきなり来ると言われて困惑してたので……」
「えっ?!」
アイリスが慌てて従者の方に目配せする。しかし、従者は無情にも黙って首を横に振るだけだった。
「すみません、どうやら手違いがあったようです」
「いえ、驚きましたけど予定はありませんでしたので、問題はありません」
「あ、よ、よかったぁぁぁ」
「お嬢様……」
「わかってるって、反省してます!」
昨日見た時には相当な切れ者だと思ったけど、今日はやたらとポンコツに見える……従者の人も、少し呆れた表情になって小さくため息を吐いているし……。
「それじゃあ、まずはけ──」
「昨日のお礼を申し上げに参りました、とお嬢様は申しております」
アイリスが言いかけた言葉に被せて従者が用件を告げる。どうやら、アイリスのやらかしを察知して割り込んだというところだろう。
さすが公爵家……従者も相当優秀だ。アイリスは割り込まれたことに腹を立てて、頬を膨らませている。
「まあ……いいわ。昨晩助けてくれてありがとう」
「あ、いや。大したことじゃないし、もうじゅうぶ──」
アイリスは頭を下げる。慌てて彼女を止めようとしたけど、隣にいたヘレンに止められた。
なるほど、向こうが誠意を見せているのだから、それを受け入れるのも貴族として大事なんだろう。さすがヘレン、しっかりしている。
「まさか、頭を下げただけで終わりじゃないですよね?」
想像の斜め上を行くヘレンの暴言に、僕の思考は完全にフリーズしてしまった。
僕を止めたのは受け入れさせるためじゃなくて、もっと引き出すためだったのかよ……。
アイリスの方もすぐに意味が分からなかったのか、目をぱちくりと瞬かせ、すぐに花が咲いたような笑顔になった。
なぜか、僕はその笑顔を見て背筋が寒くなったんだけど……。
「もちろんです。こちらとしても十分な見返りを用意していますわ」
「命を助けたんですから、それなりの金額でないと──うえっ?!」
すごく失礼なことを言いながら、アイリスの提示した書類に目を通し、けったいな声を上げた。
完全に公爵令嬢の目の前であることを忘れている……あまりに失礼なヘレンの態度に頭が痛くなってきた。
だけど、心理的に追い詰められつつある僕とは対照的に、アイリスは余裕な笑みを浮かべながら、ソファにふんぞり返っていた。
従者の人も、もう大丈夫だろうと思ったのか後ろに下がっている。
「こちらは、ほんの手付金──じゃなくて、お礼です。もし、こちらのお願いを受け入れてくださるのであれば、こちらもお渡しいたします」
そう言って、もう一つの書類を差し出してくる。ヘレンは震える手で書類を手に取り目を通す。
「い、いちおキュゥゥゥン」
「おい、ヘレン。大丈夫か?!」
謎の奇声を上げてヘレンは気を失ってしまった。どれだけ恐ろしいことが書かれているのかと、ヘレンの手にある2枚の書類に目を通す。
そこには衝撃の金額が書かれていた。
「い、一千万ルピアだって……?!」
我が家の借金を完済してもなお、お釣りがくる金額に思わず全身が震えだす。しかし、それはもう一枚を見るまでの話だった。
「い、いち、いちおきゅルピアァァァ?!」
ヘレンが気絶したのも当然だった。アイリス自体は10億ルピアで取引されていたけど、10億の品も裏の商人に売ったら1億ほどしか残らない。
盗みを失敗したにも関わらず、成功した時と同等のお金が手に入るということ。さすが公爵家、恐るべき財力だ。
「こ、こんなに貰っていいのだろうか……」
「はい、こちらは持参金となっておりますので、何かとご入用になりますでしょう?」
「えっ、持参金……って?」
持参金と言えば、結婚の際に相手に渡すお金だったはず……。
「はい、お願いというのが私とモリス様の結婚でございます」
たしかに魅力的な提案だけど、アイリスのお願いは問題が多すぎる──。