働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「ちょっと警備が厳重ではないか?」
「モリス様なら余裕でしょう?」
たしかに警備は公爵家のタウンハウスということを考えると過剰に見える。
アイリスが他国へ売られそうになっていたという状況を考えると、屋敷の警備よりも力を入れるべきところがあるだろう。
もっとも警備の量こそ過剰だけど、質はそこまでではない。アイリスが僕なら余裕と言った意味も何となく理解はできる。
それだけ優秀な人間が一人加わるだけで、数十人分に匹敵するということだ。
巡回する警備兵の隙を突いて音もなく壁を飛び越える。そのまま周囲を警戒しながら、茂みを渡って、屋敷の建物の裏手に回り込んだ。
茂みの中から表の様子を探る。外からわかる範囲でも相当だったけど、中はさらに厳重で一分の隙もない。
それに加えて、縛られた状態で転がされている人も数人見られた。
「あれは追手でしょう。私が逃げたことを知って、屋敷に先回りをしたのでしょうけど、あの程度の実力で忍び込むなど、自殺行為でしかありません」
「たしかに、そのようだな」
さすがに表の警備は厳重すぎる。実力があれば――とは言ったけど、数の暴力が強いのは当然の話だ。
だからこそ、大きく回り込んで人目の少ない裏手に回ったわけだし。
大事なのは見つかるかどうか、ではなく、後手に回らないかどうか。見つかっても後手に回らなければ対処する方法はいくらでもある。
屋敷の裏手は少し高い位置になっているおかげで、僕たちからは警備兵の動きが手に取るようにわかる一方、茂みと屋敷の陰になっているせいで、警備兵からは見つけにくい。
「ですが……私の部屋に行くためには、中を通るか、表に出るしかありません」
「我輩一人であれば中から行くのがよかろう。だが、この状況であれば表から回るしかあるまい」
「かなりの警備兵がおりますが、本当に表から向かうのですか?」
厳重な警備のはずなのに明らかな空白地帯ができている。しかも配置だけじゃない。警備兵の視線も意識も空白地帯にまったく向いていない。
要するにただの警備じゃない、ということだ。僕に対するテスト――ゴールを空白地帯に設定していて、意識を向ける必要がないということだ。
「もちろん。アイリスの部屋の周辺――そこがゴールなのだろう?」
「さすがモリス様、気付いてしまわれましたか」
アイリスが満足そうに口角を上げる。
僕の見立ては間違っていない。だけど、アイリスは僕がことさら厳重なゴール前をどうやって抜けるのか。その手際を見てみたいというところだな。
最終ラインということもあって、警備兵たちは物凄く気を張っているように見える。
だからと言って、集中力が途切れるのを待つのは難しい。頻繁に交代することで集中力を維持させている。
交代は警備の隙ではあるけど、そこを突くのは現在の僕の状況では難しい。
アイリスを抱きかかえている僕の状況まで利用するという、反則スレスレの手――だけど、油断というのは得てして優位に立った時に生まれるもの。
僕は警備兵の視線が集中するのに合わせて、閃光玉を投げる――それも時間差で二つ。
「うわっ!」
「なんだ、敵襲か? うわっ!」
一発目で視線が集中した警備兵の視覚を、二発目で一発目で異常を感じた残りの警備兵の視覚を奪う。
普通の状況だったら、こんなことはしない。だけど、彼らは最終ラインということで高い緊張状態にあった。一方で、ここまで厳重なら無理だろうという油断もあった。
その二つが組み合わさった結果、たった二発の閃光玉で最終ラインの全員が視覚を奪われる事態になったということだ。
「あとはゴールするだけだな」
「その必要はありませんよ。最終ラインを全員無力化した時点で勝利は確定ですから――ですよね、お父様」
アイリスは背後に向かって声を掛けた。もちろん何もない――はずだけど、影しかない空間から低い落ち着いた声が聞こえてきた。
「そうだな、実力は申し分ない。もっとも、お前が目を掛けるほどだ、その点は心配していない。だが――」
アイリスと同じ、吸い込まれそうな黒髪黒目の男が影の中から浮かび上がるように現れた。
服装も黒を基調としたスーツではあるがシャツは白く、先ほどまで見落としていたのが不思議なくらいだ。
「俺にはお前が無事に帰ってくるかどうかの方が心配だったぞ」
「占い師の言葉が信用できなかった、ということですか?」
アイリスは真剣な眼差しで父親である公爵をにらみつける。
結果的に占い師の言葉通りになったけど、そんなの信用しろという方が難しい。
一歩間違えば、奴隷として国外に売られていたかもしれないと考えれば、公爵の心配は至極真っ当なものだ。
「いつでも王国を滅亡させる準備はしてあったが――それでも心配なものは心配に決まってるだろう」
「まあ、お父様ったら」
微笑ましい親子の会話に見えつつ、滅亡とかいう不穏な単語が当たり前に飛び出すあたり、公爵はアイリスの親なんだとわかる。
そこでふと、僕は気付いてしまった。
公爵が結婚を認めなかったら、僕は消されてしまうのではないかという可能性に。
「それより、我輩とアイリスが結婚することは問題ないのだろうか?」
「何を言っているんですの?」
「何を言っているんだね?」
不安だから確認しただけなのに、アイリスはもちろんのこと公爵からも、「わかりきったことを聞くなんて、なにを今さら」みたいな顔で言われてしまった。
「ああ、そういえば伝え忘れておりました」
「そういうことか」
二人でウンウンをうなずきながら、僕にわからないところで納得していた。
結婚に関しては僕も当事者なんだし、さっぱりわからないところで話を進めないで欲しいんだけど。
「ヤツらに断罪された時点で、その後のことはアイリスの自由にしていいという取り決めをしていたのだよ」
「ええ、ですから私が相応しいと決めたモリス様との結婚について、お父様がとやかく言う権利はありません」
どういうことだ?
アイリスとの結婚を後付けで認めさせるためにテストをしたんじゃなかったのか?
それじゃあ、いったい先ほどのテストは何のために……。