働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「さっきのはテストじゃなかったのか?」
僕の言葉に二人はなぜか首を傾げる。ふと、何かに気付いたように公爵の顔に焦りの色が浮かんだ。
「アイリスよ。もしかして、テストの目的を伝えていないんじゃないのか?」
「そんなことはありません。間違いなく……」
「我輩は結婚の挨拶をしに行くとしか聞いていないのだが?」
「――言い忘れておりましたわ」
公爵が額に手を当ててため息を吐いた。
「はあ……アイリスにも困ったものだ」
「お父様に言われたくありませんわ」
またしても僕を放置したまま、二人の言い合いがヒートアップしそうになっていた。
このまま放置したら全然話が進まなそうなので、不本意だけど二人の間を取り持ってあげるしかなさそうだ。
「はあ、言い忘れていた件はまあいい。テストをした理由を聞かせてもらえないか?」
僕の言葉に二人は毒気を抜かれ、きょとんとした顔を見合わせると、同時にうなずいて僕の方へと向き直った。
どうでもいいことだけど、この父娘――息がピッタリすぎないだろうか。
「モリス様が公爵家に新設するグループのリーダーに相応しいかのテストですわ」
アイリスの説明はさっぱり意味がわからなかった。公爵も説明不足だと感じたのか、大きくため息を吐いた。
「そんな説明じゃわからないだろう。実は我が家は王国を裏から支える役割を持っていてね」
「暗部……ということですか?」
「そうだね、そう捉えてもらって構わない」
盗賊をやってきた僕がいまさら言えることではないけど、お金のために悪いことはしたくないんだよな。
「実際にはアイリスの療養のために作るものだが、表向きは俺直属の何でも屋みたいな扱いだ」
「療養だと? どこか具合が悪いのか」
「いや、そういうわけでは――」
「婚約破棄に加え、国外追放されてしまったのです。私の心はボロボロなんです。で療養が必要なのです」
占い師の言葉ひとつで婚姻届をほぼ完全に書き上げて、拇印を押した瞬間に持って行かせるほどなんだけど……どこに療養が必要な要素があるのか僕にはさっぱりわからない。
「娘の言うことは気にしないで欲しい。ともかく、娘の療養に付き合ってくれるだけで構わない。もちろん世話は使用人を何人か付けるから心配はいらない」
「それなら問題ない。全力で任務を果たしてやろう」
公爵の言葉を聞いて、僕は少しだけ安心した。使用人がいるから雑務をする必要もないし、療養に付き合うだけ。憧れの『何もしない』仕事――ならば全力で『何もしない』をしてやろうじゃないか。
「上手く手綱を握ってくれることを期待している。それから――報酬に関しては心配しなくてもいい」
そう言って公爵が提示した金額は、なんと契約金1000万ルピア、年俸500万ルピア。活躍次第では加算もあるらしい。
取引の10億ルピアには遠く及ばないとはいえ、男爵家の僕からすると破格の待遇だった。
チラリとアイリスの方に視線を向けると片目を瞑ったので、あらかじめ僕の事情は公爵に伝えていたらしい。
公爵家からしたら大したことのない金額なんだろうけど、本当にアイリスの療養に付き合うだけでいいんだろうか?
「まあまあ、良かったではありませんか。話もまとまったことですし、さっそく行くとしましょう」
「どこへ?」
「婚前旅行ですわ」
「婚前旅行って――すでに結婚しているんだけど、新婚旅行の間違いだよね?」
僕の冷静なツッコミに、しかし、アイリスは首を横に振った。
「いいえ、新婚旅行は結婚式を挙げた日に行くもの。まだ結婚式を挙げていませんから、婚前旅行であっておりますわ」
「ふむ、変わった考え方だな」
アイリスの超理論に、僕は心の中で「どういうこと?!」とツッコミを入れるも、それが口から洩れることはない。
僕のダークネスシャドウが分厚いオブラートに包んだせいで、むしろアイリスの考えに同調するような答えになっているんだけど。
「それより婿殿。まずは着替えてきてはどうかね?」
「そうしたいところだが、あいにく着替えが――」
「よりどりみどりで用意しております、こちらへどうぞ」
着替えたいけど、ここは公爵邸。着替えなど無いと思っていたけど、なぜか一式用意されているらしい。
僕の言葉を遮るようにメイドが僕を部屋へと案内しよう前に進み出てきた。
「こちらでございます」
「手間を掛けさせたな」
「いえいえ、これも仕事ですから――お嬢様は外でお待ちくださいね」
僕を部屋に案内しつつ、しれっと付いてきたアイリスの襟首を掴んで侵入を妨害してくれた。
アイリスはなにやら喚いていたけど、メイドは慣れたもので全く動じる気配がない。
「僕の服――多すぎ」
着替えるためにダークネスシャドウのコスチュームを脱いでウォークインクローゼットの扉を開けた僕の目の前に夥しい数の服が掛けられていた。
一式どころか服屋をそのまま買い取ったんじゃないかと思うくらいクローゼットの中が埋め尽くされている。
ためしに一着合わせてみると、サイズまでピッタリだった。とりあえず、派手すぎない服を選んで手早く身に着ける。
「こんなものかな」
鏡を見ながら襟元を整えて部屋から出ると、うっとりとした表情でアイリスが出迎える。
「すばらしいです。モリス様」
「煽てなくてもいいから……」
「では、さっそくバルトスの街へ参りましょう。ちょうど闘技大会の時期なんですよ」
「闘技大会かぁ……」
他人が戦っているのを見て、あまり面白いと思ったことがないんだよな。
僕自身戦うのが苦手というのもあるけど、困窮していたこともあって、時間の無駄に感じてしまうのも大きい。
「戦い自体よりも、賭けが人気なんですよ。推しの選手に賭ける人もいるし、一攫千金狙いの人も――」
「一攫千金?!」
戦いに興味はない僕だけど、一攫千金となれば話は別だ。お金が稼げるなら行かない理由なんてない。
「よし、それじゃあ行こうか」
「はい」
僕たちは一路バルトスの街を目指し、馬車に乗り込んだ。