働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜   作:カレーとスコップ

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第5話 結婚しました!

 次々と書類にサインしていく僕の手が止まった。

 

 ──暗部組織『空鴉』への編入について

 

 そう書かれた一枚の書類。その下にはアンヴェイル伯爵となった僕が暗部として働くにあたって必要な条件などが事細かに記載されていた。

 

 勤務時間9時から17時、週5日──こんなところまで律儀に書く必要はないだろうし、暗部がこんなホワイトな環境ってことはないだろう。

 

「この勤務時間とか、建前ですよね?」

「一瞬で気付くとは、さすがモリス様です!」

「お嬢様が優秀だと太鼓判を押すだけはあるようですね」

 

 僕がツッコミを入れると、アイリスが感心して従者が満足げに微笑んだ。これくらいは気付くと思っているだけに、少しバカにされたような気がしなくもない。

 

「ご存知の通り、この勤務時間等については建前です」

「やっぱり……」

 

 美味しい話なんて最初から無かった。それだけのことなんだけどショックを隠せない。

 

 持参金として用意する1億ルピアは僕からしたら天文学的数字、そんなものを用意するのだからホワイトな労働条件を期待する方がおかしいだろう。

 

「もう、だから言いましたのに。モリス様は優秀ですから、こんなふざけた仕事を割り当てたら嫌がるって!」

「何を言っているんですか。お嬢様のお守りに普段どれほど人手が割かれているかご存知じゃないんですか?!」

「失礼ね、せいぜい数人でしょう?」

「その数人がことごとく数か月で辞めてしまうじゃないですか!」

 

 僕を差し置いて、二人の間で話が盛り上がっていた。なぜか僕の仕事がアイリスのお守りであるという謎の情報が口論にまで発展している。

 

「えっと、アイリスのお守りってことでしょうか?」

「そうですけど、そんな仕事ではやりがいがありませんよね」

「やりがいの話じゃありません。結婚するんですから、そこはきっちり責任を取ってもらいます!」

 

 なぜかアイリスのお守りという謎の仕事が、まるで暗部の最重要任務になっているような口ぶりだった。

 

「暗部の仕事ですよね?」

「ええ、お嬢様の無茶振りに耐えるお仕事です!」

「ヒドイですわ、そんな無理は言ってませんのに……」

「えっと、それだけでいいんですか?」

 

 ものすごく大変そうな口ぶりだけど、僕からしたらものすごく楽な仕事に思える。

 

 そんな思いから口をついて出た言葉だけど、従者は鬼の首を獲ったような勢いでアイリスに詰め寄った。

 

「ほら、ほら! モリス様はものすごーくやる気じゃないですか!」

「それは私の夫になる方ですもの。ですけど、私のお守りを仕事と言い切るのは違う気がします」

「違いません! これ以上、優秀な人材を使い潰さないための大事なお仕事なんです!」

「でも、それだけの仕事をさせるのに1億ルピアも出して大丈夫なんですか?」

 

 ヒートアップする従者に妹が問いかける。何の意図もない無邪気な問いかけだけど、従者は待ってましたとばかりに妹に向き直った。

 

「よくぞ聞いてくれました! ホント、昨日お嬢様が戻ってきてから大変だったんですよ!」

 

 従者の話によれば、帰ってくるなり僕と結婚すると宣言したらしい。当然、公爵は大反対したけど、従者たちは長年の経験から否定してはいけない案件だと察したらしい。

 

 もし否定してアイリスが暴走した時の尻ぬぐいをするのは、従者である自分たちの役目。普段から無茶振りによって精神をすり減らしてきた彼らにとって、面倒事を増やされるのが何よりも恐ろしいことだった。

 

 そのため、従者は一致団結して公爵を説得。爵位が釣り合わないということで断られる可能性に気付いた従者の一人が伯爵位を与える要求まで付け加えたということだった。

 

「ホント大変だったんですよ……あなたなら分かってくれますよね?」

「ああ、うん。そうだね」

 

 食い気味に同意を求める従者に、妹は思わず引き気味に同意した。

 

「そういうことです。ご理解いただけましたか、お嬢様」

「はいはい、わかりました。私にはモリス様がいるからいいですよ!」

 

 なぜか妹の同意を錦の御旗にして、すでに契約した前提で話を進め出した。

 

「ちょっと! まだ同意していないんだけど!」

「ですがモリス様。結婚する以上、お嬢様のお守りは必然。であれば、断る理由などございませんでしょう?」

「それはそうなんだけど──」

 

 なぜか僕を追い詰めてくる従者の言い分はもっとも。だけど、アイリスは公爵令嬢だ。そこまで破天荒なことをするように育てられてはいないだろう。

 

「あ、もしかして公爵令嬢がそんなはずはない、とか思ってません?」

 

 この従者も従者で、いちいち僕の心を読むのを止めて欲しいんだけど──それでも、言っていることに間違いはないので無言でうなずいた。

 

「それが甘いのです。わずか6歳にして旦那様ですら匙を投げたお方ですよ」

「酷いこと言わないでください。お父様は私の自主性を認めて、今後は好きにするといい、と仰ってくださったのです」

「ものは言いようですね」

 

 従者はこれ見よがしにため息を吐いて、言葉を続ける。

 

「ですが、いくら言葉を重ねてもお付きの従者が尽く辞めたという事実は変わりませんよ」

「そ、それは──」

 

 アイリスは言葉に詰まって言い返せないでいた。だけど、それはお付きの従者のやる気の問題ではなかったのか、そういう見方もできるだろう。

 

 一方の言い分だけで判断するのは早計だろう。

 

「わかったよ」

「も、モリス様!」

 

 僕がうなずくと、なぜかアイリスは不安そうに表情を浮かべる。口角を上げた従者の表情に滲むわずかな悪意が、僕の選択の正しさを証明しているかのようだ。

 

「これでいいだろう?」

「はい、ご協力感謝いたします」

「も、モリス様! 私を信じてくださったのですね!」

 

 僕がサインをした書類を従者に突きつけると、従者は満足そうに微笑んだ。ここでようやく従者が僕の心を読んでいたことを思い出し、早まったかと思った。

 

 だけど、アイリスの嬉しそうな顔を見て、やっぱり僕の考えは間違っていなかったと悟った。

 

「もちろんだよ。アイリスのことは信じているし、一方の言葉だけを鵜呑みにするつもりはないからね」

「さすがモリス様ですね」

 

 従者が僕を褒め称えながら拍手をする。主張の方向性は違えど、従者もまた僕がサインすることを望んでいたことに気付いて嫌な予感がしたけど、気付かなかったことにした。

 

「これで全部でございますね。お疲れさまでした。では、本日より第六空鴉のリーダーとして頑張ってください!」

「第六空鴉? リーダー?」

「ええ、モリス様の盗みの力で王国を陰から支える組織──というのは建前で、お嬢様のお守りをするための専属部署でございます!」

 

 それって、いわゆる窓際部署なんじゃないか?

 

 だけど、それで働いたことになって報酬も貰えるのだから悪くない──いや、理想的と言えるだろう。

 

「それでは、第六空鴉の初任務ですが──」

「えっ、仕事があるの?」

「ええ、お嬢様はバルトスの街の闘技大会を見たいと仰っております」

「そうですわ、ちょうど新婚旅行ということで!」

 

 従者の表情から、さっそくハメられたことを悟る。どうにかして回避できないかと思っていた僕に、アイリスからダメ押しの一言が出る。

 

「闘技大会と言っても、ほとんどの方は賭けが目的なのです。当てれば一攫千金も夢ではありません」

「一攫千金──」

「一攫千金?!」

 

 何と素晴らしい響きだろう。一瞬で大金を得られる機会。隣で黙って書類にサインをしている妹も顔を上げて目を輝かせていた。

 

 でも、僕より少し現実的な妹は、首を振って雑念を振り払う。サインを書くだけで一攫千金よりも確実なお金が手に入るということもあって、僕ほどには魅力を感じていないようだ。

 

 だけど、僕は妹とは違う。戦いにこそ興味はないけど、お金が稼げるなら行かない理由なんてない。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

「はい」

「こちらは進めておきますので、お気になさらず」

 

 従者に追い立てられるようにして、僕たちは従者の用意したバルトス行きの馬車に乗り込んだ。

 

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