働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「ここがバルトスの街? まるで要塞みたいだね」
「ええ、ここは闘技場を中心に発展した街ですから」
この辺りはほとんどが砂地で農業や畜産業に使える土地はほとんどない。領主も産業が育たずに国から援助をたびたび受けていた経緯がある。
だけど、当代の領主になってから遊興施設――闘技場やカジノの建設を行い、観光業を発展させた結果、王国内でも屈指の大都市になっていた。
一方で、闘技場やカジノを牛耳ろうとする裏組織を門前払いするため、街はまるで要塞のような堅牢な城壁に守られ、街に入るための審査も厳重に行われる。
「と言いつつ、僕たちはあっさり通されちゃったけどね」
「当然ですわ。私たちは空鴉《くうあ》ですもの」
多くの人たちが街に入る審査で足止めを食らう中、僕たちは特殊な魔法刻印を施された身分証を提示しただけで優先的に街に入ることができた。
そんな僕たちを恨めしそうな目で見てくる人たちの視線が容赦なく突き刺さってきて、少し申し訳ない気分になる。
それだけ僕たちの所属する空鴉という組織の権限はとても大きい。
王国を裏から守るため、暗殺、諜報、防諜、潜入、謀略といった、それぞれの得意分野で作戦を実行する。
僕たち第六空鴉は窃盗。僕の技能をそのまま取った形だけど、他と比べるとしょぼく見えるらしく、他の空鴉からは良く思われていないとのこと。
「気にする必要はありません。私とモリス様が組めば敵なしですわ」
「戦うのは得意じゃないんだけど」
「私を取引した男たちを撃退したではありませんか」
「あれは半分まぐれみたいなものだからなぁ」
アイリスを盗み出そうとした時に戦った相手。二人とも決して弱いわけじゃなかった。ただ、裏社会に知れ渡っているダークネスシャドウのネームバリューに、相手が少しだけビビった――それだけの話だ。
そこに生まれた隙を突いて、相手の武器をサンマにすり替えただけだ。
普段通りの力を発揮していたら、すり替えた瞬間にサンマだと気付いて勝負の行方はわからなくなっていたに違いない。
「そ、そんなことより、せっかく賑やかな街に来たんだから、何か買って行こうよ」
「いいですね――では、あそこの店にしましょう。バルトス焼きの出店ですわ」
アイリスの指差した先には屋台が出ていて、店の人が巨大な鉄板の上で何かを焼いていた。
小麦を溶いたものの上に具材を大量に乗せ、それを麺と卵で挟むように焼いたもの。それを二つ買って食べながら宿に向かう。
立ち上る甘辛いソースの香りが馬車の中に充満して食欲をそそる。
食欲に突き動かされるように一口食べると、ソースの香りが口の中に広がり、遅れてキャベツともやしのシャキッとした歯ごたえとエビと肉の旨味、ネギの鮮烈な香りが舌の上で混然一体となって踊り出した。
「お、美味しい……」
「なかなかですわね」
貧乏男爵家の僕は庶民の食べ物も割と食べ慣れている。そんな僕でも驚いて言葉を失うほど美味しい。
アイリスは上品な料理とは対照的なパンチのある味付けの料理を食べ慣れていない。言葉では平然を装っているけど、一口食べるたびに目を白黒させていた。
そんな状況のアイリスだけど、食べるペースは僕より早かった。一足先に食べ終えたアイリスが期待を込めた目で僕を見つめてくる。
「残り少ないけど、食べる?」
「いいんですか?」
「うん、お腹いっぱいになっちゃったから」
「では、いただきますわ」
残りをあげると、アイリスに犬の耳が生えて、尻尾をブンブンと振っている姿が見えたような気がした。
お腹いっぱい、というのは半分本当で半分嘘だ。余裕で食べられるけど、このあと宿で食事も出るから、お腹いっぱいで食べられなくなるのは避けたいという想いがある。
だけど、それ以上に目の前で美味しそうにバルトス焼きを食べるアイリスを見たかったというのが大きかった。
「お腹いっぱいです」
「でも、宿でも食事が出るよね?」
「上品な料理は――いつも食べておりますから」
公爵令嬢であるアイリスとしては宿の高級料理など珍しくもないのだろう。高級料理なんて滅多に食べられない僕は楽しみでしょうがないんだけど。
「それじゃあ、一人分にしておいた方が――」
「二人分でいいですわ。お腹がいっぱいになったら、モリス様が食べてくださるのでしょう?」
さっきのお返しというわけじゃないんだろうけど、アイリスは僕が宿の料理を楽しみにしていることを察したらしい。
もしかしたら、僕と同じように美味しそうに食べる姿をみたいのかな、と考えると少しだけアイリスの存在を近くに感じられるような気がした。
――翌朝、闘技大会初日。
入場開始前だというのに、闘技場は参加する選手とサポートするスタッフ、そして観戦しようと入場口に並ぶ人たちでごった返していた。
「人が多いなぁ」
「それは一年に一度の大イベントですから。バルトスの街をあげてのお祭り騒ぎですわ」
「なるほど――」
闘技大会が行われる数日間で大きく稼ごうと目を光らせている屋台の店主たちが、黙々と出店の準備をしている。
しばらくしてゲートが開き、観客たちが闘技場の中へと吸い込まれていく。闘技場のような施設に来るのは初めてなので、中の様子は全てが新鮮に映る。
ゲートを入ってすぐのところには、賭けのチケット売り場があり、隣に各試合の勝敗と優勝者を予想するオッズが並んでいた。
特に優勝者の予想は試合で実力がわからないこともあり、どの選手もかなり高い。
「優勝者は試合が進むほどレートが落ちていきます。買うなら早いうちがいいでしょうね」
「そうだね」
「さっそく買います?」
「いや、今日は買わないよ」
賭博を楽しみにしていると思っていたらしく、アイリスは僕の言葉に目を丸くして驚いていた。