働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「初日は選手の強さがわからないからね。慎重を期するためにも初日は『見』に徹することにするよ」
「なるほど、さすがモリス様です。常に勝ちを拾いに行く姿勢、見習わなければなりませんね」
「そ、そうだね……」
もちろん勝ちを積極的に拾うつもりだから、アイリスの言うことは間違いない。
だけど、慎重に賭ける理由は言うまでもなく負けてお金を失ってしまうのが耐えられないというだけだった。
いくら公爵家が破格の待遇で迎えてくれたとはいえ、元は貧乏男爵家。身についた習性はそう簡単に直りそうにない。
「初日は試合開始も早いですので、飲み物を買って上に参りましょう」
「そうだね。そこの果実水でいいかな?」
「はい」
出店でブドウの果実水を買って、観覧席に向かう。公爵家の伝手のおかげでVIP席が確保できてゆったりと観戦できる。
「さっそく第一試合始まりますよ!」
「前評判だとゴンザレスの方が優勢みたいだけど――」
試合が始まると、思ったよりもあっさりとゴンザレスが体躯を活かした強引な攻めで対戦相手を始終圧倒して勝利を収めた。
「意外とあっさり決着が付いたね」
「一回戦は基本的に上位グループと下位グループの対戦になりますから、ほとんど番狂わせなどありませんよ」
試合前から勝敗は九割九分決まっているということらしい。オッズが低すぎるのもうなずける。
「やっぱり賭けとけばよかったと思ってます?」
「そんなことはないよ。絶対に勝てるわけじゃないだろうし、勝ったところで儲けも大きくないからね」
あらかじめ勝敗が決まっているようなものとはいえ、オッズが低すぎて賭ける意味はほとんどない、などと考えている間に二試合目が始まった。
先ほどのゴンザレスと違って、二試合目のアレクはスピードタイプの剣士。右へ左へと相手を翻弄するような動きで対戦相手に一度もまともに剣を振らせることなく勝利を収めた。
その後、三試合目、四試合目、五試合目と番狂わせもなく順当に勝敗が決まっていったが、六試合目に番狂わせが起きた。
下位グループのボン・ジーンが上位グループのカマッセを打ち倒すという事態が起きた。
カマッセは最初からボンを圧倒していたけれども、ボンは地味だけど堅実に耐え凌ぎ、逆にわずかな隙を突いてカマッセの喉元に剣を突き付けた。
この番狂わせに会場は騒然とする。
それもそのはず、観客たちは絶対に勝つと思ってカマッセに賭けていた。しかし、この試合でこれまでの儲けは一瞬で水の泡となってしまったのだから。
「ほら、絶対なんてない。これまで賭けて勝っていた人も、この試合だけで大きく赤字になったでしょ」
「さすがモリス様です。この展開まで予想していたのですね」
「別に予想してたわけじゃないけど、勝敗がわかりきったように見えるものほどリスクは大きいってこと」
賭ける相手は自分の目で見極めるのは基本だ。大衆に流されて勝ち馬に乗ろうとするなんて、自分から負けにいっているようなもの。
「それでも次の試合はほぼ全員が勝ち馬に乗るだろうけどね」
「先ほど負けたのに、ですか?」
「そうだね。今回の負けは運が悪かった、マグレだったとしか考えないだろうからね。それでも逆張りする人よりはマシだけど」
逆張りなんてしたら、それこそ思うツボ。マグレっていうのは滅多に起きないからマグレであって、連続で起きるなんて奇跡のようなものだ。
「たしかに次の第七試合は剣聖の弟子であるアズバンですから、勝ちは固いでしょうね」
「剣聖の弟子とは言っても、強いとは限らないでしょ」
「そうですけど、彼はそんな看板などいらないほどの実力者ですわ」
アイリスの言葉通り、第七試合は一瞬で勝敗が決まった。もちろんアズバンの勝利で――先ほど賭けに負けた人たちの歓声が上がる。
「これで勝ってもマイナスなのは変わらないのになぁ」
「少しでも取り戻せたことで溜飲が下がったのではないですか?」
「まあ、そうだろうね。罠とも知らずに暢気なものだね」
「罠ですか?」
「そう――たとえ収益としてマイナスだったとしても、7勝1敗だったら勝った気分にはなるでしょ?」
「なるほど、別に不正があったというわけじゃないのですよね?」
険しい表情のアイリスに肯定の意味を込めてうなずくと、彼女は安心したように息を吐いた。
「ただの偶然だろう。だけど、この一回戦の番狂わせが10年に一度あるかないか、というわけじゃないだろう?」
「数年に一度くらいですわね」
闘技大会の一回戦は8試合、10年でも80試合しかない。
だから十年に一度くらいしか起こらないことだとしても、運営にとってはプラスになる。まして、アイリスの言う通り数年に一度なら、あえて不正という危ない橋を渡る必要はない。
勝利の熱が冷めやらぬ中、続く第八試合はアズバンと並んで優勝候補の一角であるラズレスが満を持して登場するらしい。
「あの男は騎士団長令息という看板もありますが、前回の優勝者でもあるのです」
「へぇ、それは面白そうだ」
前回の優勝者と聞いて、俄然興味がわく。アズバン以上の実力を期待して試合開始を待つ。
しかし、いざ試合が始まると、僕の期待は一瞬で崩れ去った。
「たしかに強いことは強いけど……」
第一試合のゴンザレスに近い力任せの剣術だけど、騎士団長の息子というだけあって剣筋は悪くない。
実力面で見ても上位の中の上位。だけど優勝は無理だろうし、何より二回戦の相手はアズバンだ。
「この勝負も順当というところかな」
「そうですね」
ラズレスの試合は開始早々から彼が主導権を握った。
まるで暴風雨のように剣を振り回すラズレスの前に対戦相手はあっという間に防戦一方に追い込まれてしまった。
必死で耐えていたけれども、ボンのように反撃の機会など与えられる間もなく剣を落としてしまい、そのまま剣を突き付けられて終わった。
「いかがでしたか?」
「悪くないね。明日はがっつり賭けるつもりだよ」
「うふふ、資金なら十分ありますから、気にしなくても良いでしょう」
アイリスの言う通り、別に負けても問題はない。だけど貧乏性の僕にとっては、負けてお金を失うという苦痛は遠慮させてもらう。
明日の勝利のため、僕は今日の試合から導き出した選手の情報をメモに細かく書き込んでいった。