働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
「お、おはよぉ……」
「おはようございます。ずいぶんとお疲れのようですけど」
「そ、そうだね。今日のために徹夜で研究したから……あはは」
お金が大事ならギャンブルはしちゃいけないと言われている。
だけど、今日の賭けはギャンブルじゃない。綿密なデータを分析した上での投資だ。
だからこそ、負けられない戦いが、ここにある。
そんなプレッシャーの中、まともに眠れるはずもなく、気付いたら朝になっていた。
「まったく――今日だけですからね。私を心配させるようなことをしないでくださいませ」
「ゴメン。今日の夜はちゃんと寝るから」
「いいですわ。それより、賭けるのでしたら少し早めに行きませんと」
「わかった、急いで着替えるから」
身支度を整えて下の食堂で朝食を取る。豪勢な夕食と対照的に、パンとスープ、サラダだけのシンプルなものだ。
このまま全部流し込みたい気分だけど、アイリスの前でカッコ悪い姿は見せたくないので、大人しく優雅に朝食を取った。
「では、参りましょうか」
「そうだね」
ほとんど同時に朝食を食べ終わり、馬車に乗り込む。初日と同じように人でごった返していたが、入場口ではなく離れたところにある場外賭博場に多くの人が並んでいた。
二回戦以降は入場料も跳ねあがるため、少しでも多く賭けたい人が利用するものらしい。試合の状況は場外に設置された巨大投影機の魔道具によって、ほぼリアルタイムで映される。
もっとも、常に映し出されるという保証はなく、たびたび映像が途切れてしまうが、そこは無料だから文句を言うなということらしい。
闘技場の中に入り、まっさきに賭博場の窓口へ向かい、アレクに1万ルピアを賭けてVIP席に向かう。
VIP席では一足先に果実水を買いに行ったアイリスが席に座っていた。
「お待たせ。買いに行かせて悪かったね」
「かまいませんよ。それで――アレクの方に賭けたのですね」
「うん、たしかにゴンザレスの攻撃が当たれば一発で勝負が決まると思う。だけど、当たらなければどうということはないからね」
「なるほど――たしかに一理ありますわね」
第一試合は僕の予想通り、アレクがゴンザレスの攻撃を尽くかわし、あっさりと勝負を決めた。
第二試合も順当に勝敗が決まり、続く第三試合。
一回戦で番狂わせを起こしたボンの勝利に賭ける人と、二度も奇跡など起こらないと対戦相手に賭ける人、真っ二つに分かれていた。
僕が賭けたのは当然ボンの方だ。ひたすら守りに徹して隙を突いて勝利をつかみ取るやり方は、傍から見ると危なっかしく見える。
特に対人戦の経験がない人からしたら、ボンに賭けるのは最後の最後まで敗北の恐怖に苛まれることになる。
そこでヘタレた人たちが対戦相手に賭けているようだ。
だが、対人戦経験者から見れば、ボンの守りはまったく危うげがない。ともすれば余裕すら感じられる。
「モリス様もボンに賭けましたのね」
「アイリスも――えっ?」
アイリスも賭けたのかと言いながら、隣に座る彼女の方へ振り向いて言葉を失った。
いつの間にか現れたメイドがボンの1万ルピアチケットを大量に抱えていたからだ。
「何なのコレ?」
「せっかくですので、私も賭けてみようと思いまして、ボンに1000万ルピアほど」
「マジか……」
研究に研究を重ねて選んだ選手に、僕は血涙を流しながら10万ルピアを賭けていた。
だけどアイリスは資金力に物を言わせて、思い付きで選んだ選手に僕の100倍の金額を賭けていた。
あまりの格差に落ち込んでいると第三試合が始まった。
対戦相手は速攻でボンを倒そうとがむしゃらに剣を振るう。しかしボンは危うげなく自身の剣で攻撃を受け流していく。
一回戦の試合の記憶があるせいか、対戦相手はなかなか倒れる気配のないボンに苛立ちを募らせていく。
焦りや苛立ちは容易く隙を生む。勝ちを急いだ対戦相手が隙を見せたのは意外なほど早かった。
隙と言ってもほんのわずかな緩み――だが、それを見逃すほどボンは甘くはなかった。
振り下ろされる対戦相手の剣を撫でるように受け流して間合いを詰めると、そのまま相手の喉元に剣先を突き付けた。
「やりましたわ」
アイリスは気まぐれで賭けた一回だけで、僕の今日の儲けを軽々と上回った。無邪気に喜ぶアイリスを微笑ましく思いつつも、何とも複雑な気分だった。
最後の試合は本日のメインイベントでもある剣聖の弟子アズバンと騎士団長の息子ラズレスの戦い。
僕はもちろんアズバンに賭けたが、オッズは意外にもラズレスの方が圧倒的に優勢だった。
「僕にとっては幸運だけど、みんな見る目がないな」
「もしかしてアズバンに賭けてしまわれたのですか?」
「もちろん実力的に見ても圧倒的に差があるからね。オッズも高いし、ここで一発逆転を――」
僕が言い終わるよりも先に、アイリスは大きなため息を吐いた。眉根を寄せ、会場の方へ視線を向けたままつぶやく。
「おそらく勝つのはラズレスの方ですわ……」
「そんな――どう考えてもアズバンの方が上じゃないか?」
「試合を見れば、わかります」
僕も会場の方へと目を向ける。ちょうど二人が向かい合って試合開始の合図を待っていた。
「それじゃあ、アイリスはラズレスの方に――」
「賭けませんわ。あんな男に賭ける価値などありませんもの」
初めて聞いたアイリスの強い口調に、僕は何も言えずに口を閉ざす。
試合が始まり、ラズレスがアズバンに向かって剣を振り回す。アズバンは危うげない表情で剣撃を受ける。その表情にはわずかに余裕が見て取れた。
「ほら、ラズレスは勢いはあるけど全然攻めきれていないじゃない――」
――キィィィィン!
ラズレスの猛攻を凌いでいたアズバンの剣が折れ、剣先が宙を舞う。
カラン、という剣先が地面に落ちた音と共に、アズバンが両手を挙げた。
「どうして、この程度で剣が折れるはずが――」
「だから言ったでしょう……」
アズバンの敗北、それはすなわち僕の敗北でもある。しかし、なぜか見事に予想を的中させたアイリスも浮かない顔でため息を吐いていた。