働きたくない天才怪盗、盗んだ令嬢に見初められ念願の窓際部署へ 〜サボっているつもりが、なぜか手柄だけ増えていく〜 作:カレーとスコップ
たしかにラズレスの猛攻に耐え切れずに剣が折れる可能性はゼロじゃない。
しかし、ボンのような耐えながらわずかな隙を突いて勝利を収めるような戦い方ができるくらいの強度はあるはず。
ましてや、受けていたのは剣聖の弟子と言われたアズバンである。実力的に見てもボンより格上の男が、あの程度で剣を折られてしまうとは、とてもじゃないけど思えなかった。
「やっぱり不正だろうか……」
「あいつらのやりそうなことね」
「知ってたの?」
「ええ、あいつらの汚いやり口は経験済みですから――」
アイリスは断罪に関わったシャール第一王子、メリア男爵令嬢、レスト宰相令息、ラズレス騎士団長令息、ドノヴァン大司教令息、そしてホワイト魔術教師について語った。
それぞれ、メリアの言葉を鵜吞みにしてアイリスに対して酷い扱いをしてきたが、その中の一人であるラズレスは暴力による解決を好むクズだった。
アイリスの断罪に際しても、都合の悪い証言を暴力で潰し、無関係な人間を脅して都合のいい証言を捏造したらしい。
「そんなわけで、あの男が自分の都合のいいように折れやすい剣を使うように仕向けたのでしょうね」
「でも、剣は支給品だよね?」
「ええ、おそらく闘技大会の主催もグルでしょう。彼の父親である騎士団長も一枚噛んでるに違いないわ」
たしかに、いくら学園で権力を持っていたとしても所詮は子供。大人である主催者と対等に話ができるわけがない。
「なるほど、騎士団長が自分の息子に箔を付けさせるための大会……」
「ええ、だからラズレスが負ける可能性は万に一つもないわ」
許せない――そんなことのために僕がかけた時間とお金が無駄になってしまった。そんな極悪非道な行為を見逃すわけにはいかない。
「ちょっと行ってくる」
「行くんですか?」
「ああ、悪を見逃すわけにはいかないからね」
決して賭けに負けた腹いせではない。不正という悪を断罪するための崇高な戦い。
僕はまっすぐボンのいる闘技場の舞台袖へと向かった。彼もラズレスの不正に気付いたのだろう。うずくまって何かをつぶやいていた。
「くそっ、あんなの勝てるわけないじゃないか……勝って賞金を村に持って帰らないと――」
「勝ちたいか?」
僕は遠慮なくボンに声を掛ける。ヤツらに奪われたなけなしのお金を奪い返すためにも、遠慮などしている余裕はない。
「あんなの勝てるわけねえよ――」
「勝てると言ったらどうする?」
僕の言葉にボンは勢いよく顔を上げ、まじまじと僕の顔を見つめた。
「そんな方法あるのかよ!」
「僕に戦う権利を譲ってくれれば、君に勝利を与えよう」
「戦う権利って……代理なんて認められるわけないだろッッ!」
「代理じゃない。僕が君として出場するだけだ」
「アンタが俺として……?」
いまだに半信半疑のボンの両肩に手を乗せて、まっすぐ目を見る。
「僕なら誰にもバレずに君として出場できる。そして、君に優勝の栄誉と賞金を授けよう」
優勝賞金は正直惜しいけど、元より僕が手にするはずのものではない。だから特に気にならな――気になるけど、ここは耐えるしかない。
「そんなことをして、アンタに何のメリットが」
「不正を働く悪を滅ぼす」
――そして、奪われた賭け金と配当を取り戻す。
ついでに自分に全額を賭ければ配当だけで優勝賞金の何倍もの配当が手に入るはずだ。
「わかった、アンタに全部任せ――」
「フッフッフ、完璧だ」
「おい、聞いているのか?」
「もちろんだ、契約成立だな」
僕はボンと堅い握手を交わした。
逆襲の準備を終えた僕が席に戻ると、笑顔のアイリスが出迎える。
「上手くいったようですね」
「ああ、これで優勝はボン・ジーンだ」
「それはそうと……モリス様が賭けたのは、たった10万ルピアだったと思いましたが……」
またしてもアイリスが僕との格差を見せつけてくる。格差といっても、経済的にはアイリスと同じ1000万ルピア賭けるのも不可能じゃない。
僕のこれまでの人生で鍛え上げられた貧乏性が10万ルピア以上の賭け金を許さないだけ。正直言えば、10万ルピアですら吐血しそうなほどのプレッシャーを乗り越える必要がある。
「そんなチマチマ賭けるのは今日までだけどね」
僕の強気な姿勢にアイリスは目を丸くする。しかし、すぐに何かに気付くとわずかに口角を上げた。
「ふふ、そういうことですか。では私も一口乗って差し上げましょう」
「えっ?」
ここでアイリスが全力でボン――明日から中身は僕になるけど、に賭けたら、絶対に追いつけないじゃないか。
ここでアイリスに一発逆転をして、面目躍如としたいところだったけど現実は厳しい。
「だって――勝てるのでしょう?」
「それは……まあ、そうだけど……」
その問いかけは、僕に対して向けられたもの。だけどアイリスのまっすぐな瞳で見つめられて、思わず声を詰まらせてしまう。
焦って自信なさそうな返事になってしまったけど、あの程度の相手に負けることなどありえない。たとえ卑怯な手を使われたとしても――それは盗賊の得意とするところだ。
「それなら私は信じるだけです」
「でも、負けるかもしれないよね?」
「問題ありませんわ。この程度でモリス様に対する信頼が揺らぐことなどありえないことですから」
どうやっても気が変わりそうにないアイリスに向かって、僕は両手を挙げた。
「そこまで言われたら死ぬ気で勝たないとね」
「言わなくても死ぬ気で勝つつもりでしょう? モリス様のことですから、全て賭けて負けるなどありえません」
僕に対する信頼――僕のお金への執着に対する信頼が高いだけだったようだ。
少し残念だけど、いずれにしても信頼してくれることには変わらないと前向きに考えて、明日に備えて宿へと戻ることにした。