聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記― 作:美風慶伍
導入第1話:10歳の美少女騎士団長は、王族親衛隊に信じてもらえなかった
『カリナ――、聞こえていますか? あなたに伝えたいことがあります』
それは妙齢の成熟した大人の女性の声だった。しかし姿は見えない。その声は意外なところから発せられていたからだ。
大人の女性の声が話しかけた相手は10歳ほどの背丈のまだうら若い少女だった。
名はカリナと言う。
そこは、とある建物の室内、自分の部屋でソファーに腰下ろしてくつろいでいた。
壁掛けの時計の時刻は夕方5時。まだ夕食にもなっていない時間である。
髪は金色のロングヘアでよく手入れをされている。瞳は琥珀色で可愛らしさと力強さが同居していた。
「エリュシオ? どうしたの?」
彼女は騎士風のサーコートドレスを身につけていて、胸には
『遠隔視で事件を発見いたしました。ルミナリア王国王族の血筋の公爵家の令嬢が誘拐されました』
「なんですって?」
カリナはすぐに立ち上がった。
『しかも、不気味な波動も感知しました』
「それってもしかして」
『魔王軍の魔族が関与している可能性があります。ですがまだ断定はできません』
しかし可能性でも脅威は脅威だ。カリナはその剣を握りしめながら自室から飛び出す。兵営のような建物の中を歩き回り大声を出した。
「エルリック! いますか?」
カリナの声にすぐに駆けつけたのが背の高い全身鎧姿の剣士エルリックだ。見てくれの年齢は30くらいだろうか?
「どうした? カリナ」
「エリュシオが遠隔能力で感知しました。王都で公爵令嬢がさらわれたそうです」
剣に宿るエリュシオも付け加える。
『魔族のような波動も感じます。可能性として魔王軍が関与してる恐れが』
そしてカリナは毅然として言った。
「魔王軍が関与してるのなら、我々〝魔法剣士騎士団アルカナヴァンガード〟の出番です。ここは私とエルリックとソフィアとミリアの幹部4人だけで向かいたいと思います」
「分かった、すぐに馬を用意させよう」
「お願いします! 魔族の関与が事実であれば王族の親衛隊だけでは手に余る可能性が高いです」
「うむ、すぐに向かおう」
そしてカリナは侍女にマントをつけてもらって颯爽と歩き出す。
「では参ります!」
とても10歳とは思えない毅然とした態度で、カリナは事件の現場へと向かったのである。
§
時刻は夜。峠道の入口となる山の麓。空には満月が登り、辺りを薄明かりで照らしていた。
そこはルミナリア王国の王都の郊外だった。
広大な敷地を持った邸宅が立ち並び、日中であれば表通りを馬車が行き交う姿を見え、貴族たちが誇らしげに闊歩しているだろう。だが、空に満月が登っている真夜中では、人通りも皆無である。
そうした、邸宅群をつなぐように伸びている街路を、豪奢な飾り立てをした全身鎧姿の帯剣戦士の一団が何かを探して必死に駆け回っている。中には馬に乗り、広範囲に視線を走らせている甲冑騎士も複数居た。
いずれもその全身甲冑の上に、ジュポンと呼ばれる、金糸王家の紋章が刺繍された白布の七分袖の上衣を羽織っている。
ルミナリア王家の紋章は、燃える太陽とそれを見守る星々だ。彼らこそは〝王族親衛隊〟
ルミナリア王国の王族やそれにつながる血縁の者たちを守るために組織された一団だ。故に王家の紋章を身に着けているのである。
四方に散っていた隊員たちが続々と戻ってくる。いずれもが険しい表情で、隊長と思わしき人物を中心に話し合いをしていた。
彼らはいずれも兜――バシネットを着用していたが、バイザーを開けて話し始める。
まずは頭部に黒い羽の兜飾りを付けた隊長が声を発する。
「拐われたカロリーナ公爵ご令嬢の行方は掴めたか?!」
王族親衛隊の彼らは、かどわかされた1人の令嬢を探索しているのである。すると、白い羽の兜飾りの隊員たちが次々に報告する。
「目撃証言を頼りにここまで来ましたが足跡はここから先、途切れております」
「いくつかの邸宅の護衛衛士に話を聞きましたが、それらしき影は見なかったと申しております」
「唯一、さらに山の方へと向かう影を見たとの証言を得ました。ですが、この周辺の山々は古い道が入り組んでおります」
隊長の副官と思わしき人物が助言する。
「隊長――夜間に山道に足を踏み入れるのは自殺行為。追跡する我々が道に迷う恐れすらあります」
だが隊長は言い放った。
「道迷いがなんだというのだ! 王族親衛隊の名誉にかけても確実に探し出せ! 追跡隊を複数に分けろ! 一命を賭してもカロリーナ嬢を救い出せ!」
「はっ!」
隊長の号令が隊員たちの迷いを吹き飛ばした。もはやなりふり構っていられない状況だったのだ。
だがそこに声をかけてくる者が居た。短髪の赤毛の鋭い印象の女性だ。軽装の革製鎧に短弓やナイフ類で武装している。斥候やスカウトと言った印象の女性だった。
「失礼いたします。ルミナリア王国王族親衛隊の皆様でいらっしゃいますね?」
それは音もなくかげろうのように静かにその姿を現した。気配を一切感じさせないその振る舞いに王族親衛隊の者たちは驚きを隠せなかった。
「何者だ?」
「失礼いたしました。魔法剣士騎士団アルカナヴァンガード技能士長ミリア・シルバーアイと申します」
「アルカナ――、新設されたばかりの寄せ集め部隊が何の用だ?!」
王族親衛隊の隊長の彼の言葉には明確な苛立ちがにじみ出ていた。余計な雑事は持ち込むなと言わんばかりだ。
「我ら、アルカナヴァンガードの団長であるカリナ・ウィングス様が、王族親衛隊隊長殿にお聞きしたいことが有ると申しております」
「なに? アルカナヴァンガードの団長だと?」
「こちらです」
ミリアがそっと脇に控える。すると、青鈍色に鈍く輝く全身鎧を身につけた戦士と伴い、一人の少女が姿を表した。
「な――?」
「子供だと?」
月明かりの下――、現れたのは一人の少女である。
白い素肌に金色に光る長い腰まで届く髪、琥珀色の瞳が神秘的な光をたたえている。
少女が身につけているのは足首までの丈のサーコート、騎士階級の戦士が身につける単衣の衣装だ。腰には皮帯を巻き、足にはロングブーツを履いている。胸には
まさに、見るも見事な魔法剣士装束である。
鎧には剣で切りつけられた跡もあり決してお飾りでない。
歳の頃合いから言って10歳程度だろう。まだその体のシルエットは細く小さく、思春期にすら到達していない。
だがその左腰に下げているのは見事なサイズのバスタードソード。漆黒の革製の鞘に収まったそれは、握りも十字
彼女は凛として佇み、左手で剣の柄を握り、王族親衛隊隊長をしっかりと見つめていた。
年相応の軽やかな声ながら、発音は明瞭で、力強い声で問いかけた。
「まだ、王家の公式行事には拝謁できておりませんので、お会いするのはこれが初めてかと思います」
口調に乱れはなく、堂々としたその姿は、親衛隊を前にしてもいささかも乱れない。
「申し遅れました。魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードの団長を拝命しております、魔法剣士カリナ・ウィングスと申します」
そして、略式ながら軽く会釈する姿は礼儀礼節をわきまえている。再び頭を上げた時、親衛隊隊長は内心に、冷や汗をかいていた。礼儀には礼儀を――、それを一瞬、忘れそうになっていたからだ。
「――丁寧な口上と挨拶、痛み居る。ルミナリア王家直下、王族親衛隊隊長エミール・クローヴィスである」
カリナが子供ということにざわめいていた王族親衛隊だったが、エミールはとっさに右手を上げて隊員たちを黙らせた。大人でも通じる礼儀作法を示した以上、それ相応に遇するのが社交場の礼儀というものだ。
「して、かかる危急の状況下に、魔法剣士騎士団の卿たちは何ゆえの訪問か?」
つまりは言外に〝急いでいるのだからさっさとしろ〟と言っているのだ。王族親衛隊の隊長の彼の言葉には明確な苛立ちがにじみ出ていた。
威圧的な親衛隊長の態度にもカリナは一切怯まず、落ち着き払って言い放った。
「われらアルカナヴァンガードは、すでにご令嬢誘拐の犯人の足跡を捕捉して追跡を始めております」
その一言に王族親衛隊の彼らが騒然となった。
「何を馬鹿な?! 我らとてこの山岳地帯に逃げ込んだという事実を掴むのがやっとだったのだぞ?」
それに彼らにはカリナが率いるアルカナヴァンガードという新設の部隊を認め難い理由があったのだ。
「新造の騎士団ごときが吹かしおって! 子供ごときに、王族警備の一端を任せられるものか!」
ルミナリア王国は大陸の覇者だ。その王族の身を守る彼らのプライドはズバ抜けて高かった。その時、カリナの周囲には斥候のミリア、全身鎧姿の戦士、そして女性魔道士が控えているが、カリナの左右に立ち、何時でも動けるように待機していた。
クローヴィス隊長は威圧気味に言い放つ。
「貴様、時に幾つだ?」
カリナは一切、動揺すること無く落ち着いて答える。
「今年に入り10歳を数えました」
「馬鹿にするのも大概にしろ! 10やそこらの歳でどうやって騎士団を率いるというのだ? 戦場経験などあろうはずがなかろう!」
クローヴィスの怒号は騎士や兵士として真っ当に階級を上がった者なら、当然の考え方だ。さもなくば、特別なコネでもなければありえない話だ。それは王族親衛隊の隊員たちも同じ様な空気であった。
だが、クローヴィスの乱暴な言葉に真っ向から答える女性の声があった。落ち着いた妙齢女性の大人の声だ。
『我が愛しきカリナにも戦場経験はあります』
だが、声はすれども姿は見えなかった。
「何者だ?」
『失礼いたしました』
その大人の女性の声と同時にカリナは剣を抜いた。剣先を地面に向けたまま、その十字鍔の側面をクローヴィスたちに向けて掲げる。その金色に光るバスターソードの中心には虹色に光り輝く大粒のクリスタルが輝き、その不思議な声に合わせて明滅を繰り返している。
『私、聖剣レギオンブレイドに宿る精霊が一柱――エリュシオと申します』
「聖剣の精霊――だと?」
『はい、今から1500年前に歴代魔王率いる魔王軍と戦うために鍛えられた聖剣レギオンブレイド――、その中に宿る精霊です』
エリュシオの言葉に続けて説明をしたのは魔道士風の装いの紫がかった髪の美しい女性魔道士だった。名をソフィアと言う。
「歴代勇者を1500年にわたり、支え続けた偉大なる精霊です。魔族との戦いと、歴代勇者すべてについて誰よりも知り尽くしております」
『その私が、カリナを――〝勇者〟として認めました。それ故に、彼女のもとに心ある者たちが集ったのが魔法剣士騎士団アルカナヴァンガードなのです』
その言葉にクローヴィスたちはさらに驚かされた。
「子供が勇者だと?」
荒唐無稽過ぎて二重三重に信じられないようだった。そこに、クローヴィスたちをたしなめるように語ったのが青い全身鎧姿の戦士エルリックだ。
「彼女が軍事訓練を受けさせられたは6歳から。そして10歳になるまで過酷な訓練と、様々な戦場を巡ってきた。少なくとも4年の軍事経験は事実だ」
そして、エルリックはさらに指摘した。
「今から約1年以上前、軍事国家ネルガルで起きた大規模戦線崩壊――そこで一千人以上の兵士を助けるために、一人の勇者が百柱の歴代勇者の英霊を召喚し、魔王軍を相手に立った一人で〝
「それは――知っている。隣国のネルガルで起きた奇跡の撤退と言われ――」
そこでクローヴィスはようやく気づいた。
「まさか?」
驚愕の表情でカリナを見つめるクローヴィスに聖剣の精霊のエリュシオは明瞭に告げた。
『聖剣レギオンブレイドを手にする者は、現世勇者として過去の勇者の英霊を召喚する事ができます。しかし、それはそれぞれの技量次第。我が愛しきカリナは極めて困難な〝英霊100体召喚〟を果たした者――、過去において100体召喚に成功したのはわずかに10名、カリナはその中の一人なのです』
「だからこそ、彼女の才能を伸ばし、力となり、友に戦うことを志して大陸中から勇気あるものが集まった。それこそれがアルカナヴァンガードだ」
エルリックも鋭い視線を交えてアルカナヴァンガードの実情を語った。
まさかの事実にクローヴィスは言葉を失った。取り繕う言葉すらも見つからなかった。だが、カリナは素の自分に戻って、ため息交じりにあっさりと言った。
「もういいよ、エリュシオ」
『カリナ?』
「こんな事やってる間に犯人逃げちゃうよ。もう私たちだけでやろう」
それは10歳そのままの語り口だった。それが本音のカリナである。つまり、これまでは礼儀をわきまえて相手を立てていたのだ。立派な大人の振る舞いである。
「行こう! エルリック! ソフィア! ミリア!」
「心得た」
「ええ」
「参りましょう」
自ら走り出したカリナとともに3人が後をついていく。
後に呆然とした表情の王族親衛隊の者たちが残されただけだったのである。
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