少女と精霊の聖剣十年戦記 ~ひとりの少女が勇者になるまで~ 作:美風慶伍
01:寝坊した十歳の勇者
少女はまだ眠りの中にあった。
金髪のその少女は木綿のシュミーズを寝間着代わりにして寝息を立てていた。窓の格子戸の隙間からは朝の光が差し込んで少女の血色の良い頬を照らしている。
寝室である石造りの室内は質素ながら清潔であり、人の手が行き届いていた。
部屋の窓際近くには木製のベッドがある。
天蓋が付いているような豪奢なものではないが、シルクのシーツ、木綿と羽毛の布団、そして綿入りの枕は純白であり、寝心地は最高のものだ。
ただ、布団の大きさに比して、少女の体はあまりに小さかった。
「……すぅ……すぅ」
ふかふかの枕に頭を埋もれさせながら少女の寝息は軽やかに続いている。キラキラと光るその金色の長い髪はベッドの寝具の上に広がっている。朝の木漏れ日の光の中で、その輝きは幻想的とも言えた。
その神秘的とも言える面影のその彼女は、少女と言うよりは女児と言うのが正しいだろう。なぜなら彼女はまだ10歳になったばカリナのだから。
ただ奇妙なのはその枕元に置かれている〝物〟である。
おおよそ、幼気な少女の枕元にあるべきものではない。
――剣――
それも両手持ちの刀剣、大人用のバスタードソードである。金色の鞘に収まったそれは、握りも柄も金色だった。そして、その十字鍔の交差する辺りには手のひら大の大きさの輝くクリスタルがはめ込まれていた。否、刀身の中央にも輝くクリスタルのシャフトが貫かれている。そして、そのクリスタルは命を持っているかのように輝きを放っている。心臓が脈を打つように、肺が呼吸をするように、それは明らかに命を持っていたのだ。
その命の主が声を放った。
『カリナ――、朝ですよ?』
それは女性の声だった。妙齢の大人の女性の声、落ち着き払った年頃であり少女の保護者的な世代を感じさせる声だった。
やさしく包み込むような声で姿を見せないその女性はカリナと言う名の少女を優しく目覚めさせようとする。
「ん……エリュ……シオ?」
『ええ、ここにいますよ』
「もう朝なの?」
『はい、起きる時間ですよ。そろそろ他の方たちが起こしにくる頃です』
「あ――」
その言葉をきいてまだ幼いカリナはようやく瞳を開いた。
「やばい、ソフィアが来る前に起きないと――」
『ですよね、それに今日は大切な日のはずです』
「あぅ……」
エリュシオは決して怒らない。また、カリナを追い立てることもない。ただひたすらに優しく諭すのみである。まるで本当の母親のように。
そんな優しいエリュシオの声を聞きながら寝返りを打つ。
「お、起きなきゃ……」
そう口ではつぶやくが、体はなかなか目覚めてはくれない。
『起きれないのですか?』
「ゆ、ゆうべは団のお金のことで遅くまで起きてたから……」
それでもカリナはようやくに上体を起こした。起きようとする意思はあるが、上のまぶたと下のまぶたが仲良くしたままである。
「……寝たの何時だっけ」
そうつぶやくカリナの髪はボサボサである。
『時計の針が12時を過ぎてましたね』
「10歳のこどもはそんな夜ふかしはしません」
カリナはぼんやり頭でささやかに抗議した。でも、エリュシオはこういうときのカリナの扱い方になれていた。
『仕方ありません、今日の〝歓待式〟が終わるまでの辛抱です』
カリナは分別のいい子供だった。エリュシオの言葉に拗ねることも、駄々をこねることもなかった。大人びた理屈も飲み込める子だ。
「うん――」
そうつぶやくとカリナは両手で自分の目をこすっていた。
「ふわ〜〜、おはようエリュシオ」
『えぇ、おはようございます、カリナ、今日も忙しいですよ』
「うん……ふわぁ……」
でも、そこでまた口開けると大きなあくびが漏れた。まだ完全に寝たりない状態である。
だが、間が悪いときとは誰にもでもあるものだ。
「カリナ! いつまで寝ているの!」
けたたましい声と共に寝室のドアが空いた。そして、部屋の外の喧騒をひきつれて現れた女性がいたのだ。魔道士風の装いの、紫がかった美しい黒髪の妖艶な美女だ。
「あ――、おはよう――、ソフィア」
「おはようじゃないわよ! さっさと起きる!」
ぼんやり頭のカリナの様子を目の当たりにしてその大人の女性は強めに叱責した。
「ほら! グズグズしていると七王国の諸軍の人たちきちゃうわよ!」
そう言いながらベッドの布団を剥ぐと、シュミーズ姿のカリナをベッドから引きずり下ろした。
「え? あ? ふわ――」
戸惑うカリナを抱き上げる。まるで幼子に手を焼く若い母親のようである。それも慣れない子育てに四苦八苦する新米ママの手合である。
「ソフィア、起きれるよ」
「起きれるじゃなくて、もう起きてないと行けないの! そもそも団長のあんたが目を覚まさないと始まんないんだから!」
「うん……わかった……」
よろつくカリナを床に立たせて着替えさせようとする。だが、目覚めきってない現状ではもたつくばかりだ。
「あぁ、もう。めんどくさい!」
キレたように言い放つと着替え半端のカリナを強引に抱き抱えた。
「いいから! ほら! このままお風呂場行くわよ!」
「え? え? エリュシオ〜〜?」
戸惑うカリナに、あせる大人のソフィア。ソフィアの小脇に抱えられ、有無を言わさず運ばれそうなので、カリナは思わずエリュシオに助けを求めた。だが、エリュシオも二人の普段から間柄をわかっているのか手慣れたものである。
『大丈夫ですよ』
「ほら! 身支度全身コース! いくわよ!」
「え? このままお風呂?」
「時間がないの!」
「え〜〜?」
戸惑うカリナをソフィアは寝室から強引に運びだした。それを見送るようにエリュシオは告げた。
『ごゆっくり、カリナ』
まるで状況を楽しんでいるかのようなニュアンスだった。
こうして、カリナと言う少女の慌ただしい朝は始まったのである。