聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記― 作:美風慶伍
「待って! 私逃げません! このまま行きます!」
カリナが叫び、分隊長の棍棒がジェイクの額を割る寸前で止まる。
「逃げないから! 止めて下さい!」
それは取引だった。ジェイクを殺させないための取引。意味のない残酷な取引である。
「やめ――ろ――、カリナ――」
朦朧とする意識でジェイクはカリナを止めようとする。でも、遅かった。分隊長はカリナを睨んだ。
「嘘ではないな? 小娘」
「嘘ではありません、誓います――」
「良いだろう」
そう吐き捨て、ジェイクへのトドメは止めた。地面に仰向けに倒れたままのジェイクを放置して、分隊長は馬車へと戻る。
「お前は利口だ。力と取引というものが判っているようだからな。だが、あっちのガキは――」
ジェイクは執念で立ち上がっていた。それでもカリナを助けようとよろよろと歩いている。
「小僧! 我を通すには〝力〟が必要だ! だがお前は無力だ! お前の無力がこの結果を生んだ! このカリナという娘に心から感謝するんだな! 弱くてすみませんとな!」
「がははは! ちげぇねぇ!」
「顔洗って出直してこい!」
「母ちゃんに泣きついてろ!」
ネルガル兵たちは分隊長に便乗して口汚くジェイクを罵倒した。ジェイクの足が停まる。拳を握りしめて震えている。心の底から悔しさが湧いてくる。だが今、何を声にしても悪あがきにしかならない。無力――それが胸を貫いて苦痛を与えていた。
「行け」
「はっ」
馬車が走り出す。もうカリナに逃れるすべはない。だが、それでも、どうしてもジェイクは言わねばならない言葉を残していたのだ。
「カリナ!」
馬車の荷台の上から振り向いて声の方に視線を向ける。そこには両足でしっかりと立って、カリナを見送るジェイクの姿が会った。
「ジェイク――」
そして、ジェイクの、男としての精一杯の、心の底からの誓の言葉が飛び出た。
「必ず助けに行く! 強くなって、助けに行く! だから! だから――」
ジェイクは胸いっぱいに空気を吸い込んで大声で叫んだ。
「諦めるな!!」
カリナの目から涙があふれる。これほどまでに別れたくないと思ったことはなかった。だから、襟に撒いていたあのスカーフをほどいた。
「ジェイク!」
カリナはスカーフを投げた。風に乗って馬車から飛び去り、それはジェイクの元へと飛んでいく。
「私! 待ってるから!」
そのスカーフをジェイクはしっかりと受け止めた。両手で握りしめて怒れる目で馬車を見つめていた。
「―――」
分隊長はその光景を無言で見つめていた。そこに一人の兵士が吐き捨てる。
「けっ、ガキが、なに茶番劇やってんだか」
「黙れ」
――ゴッ――
拳の裏拳で兵士の顔面を殴った。
「男が女のために強くなると誓いを建てたのだ。男の誓いを笑うな」
そして、分隊長はカリナに尋ねる。
「あいつは兄か? 友か? それとも恋人か?」
そう問われて改めて思う。自分にとってジェイクとは何なのだろうか? と――
「ジェイクは――」
出会ってからの色々なできごとが頭をよぎる。そして、答えをようやく見つけた。
「私の〝家族〟です」
「そうか――」
それっきり、分隊長は何も言わなかった。そして、カリナはただ馬車の荷台の上で、罠に捕まった子ウサギのように怯えるしかできなかったのだ。
それは辛い日々の始まりだったのである。
( 'ω'o[ 読者さまへ ]o
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