聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記― 作:美風慶伍
訓練用の作業着に着替えて、集会所に8時に集められ、人数確認の点呼が取られる。
「総員32名!」
「確認よし」
そしてそれぞれの素質や訓練状況に合わせて、その日の訓練が策定され夕方近くまで訓練が始まる。
訓練は多岐にわたる。
とにかく体力と筋肉をつける基礎体力訓練や持久力鍛錬から始まり、戦場における走る力を養う陸上訓練もあった。
周囲の鬱蒼とした森の中で険しい斜面や崖を上り下りする訓練もあった。
もちろんカリナも訓練は強制された。
「カリナ・ウィングス! 何をやってる! さっさと登らんか!」
「はい! すいません!」
6歳だからと許してくれるようなことは絶対にない。ほんのわずか遅れただけでも怒鳴り声が浴びせられた。
「カリナってまだ6歳だよな?」
「一番年下だろ?」
集められた子供たちの間でもさすがに同情の声が出る。崖を登る登攀訓練では、コツが飲み込めずなかなか上へと登れない。足を踏み外し何度も転落しかける。あまりの時間の浪費に教官の一人ががたまらずつぶやいた。
「落ちたらいっそペナルティーでも課すか?」
つまりは罰である。だがその言葉にカリナに注目しているあの教官が口を挟んだ。
名前はバンクス、階級は軍曹、戦闘訓練教官の中では上から2番目に位置する。諦めずに立ち上がってくるカリナを意外と根性があると評価したあの男である。
「いや待ってやれ」
「は?」
他の者たちがとっくの昔に崖を登りきって休憩しているにも関わらず、カリナはそれでも崖にしがみついていた。
「待てって言ったってああやって動かないじゃないですか?」
バンクスは同僚の教官にこう言った。
「お前は何を見ていた? 恐怖に固まって動かなくなってるやつが崖のてっぺんを熱心に見ていると思うか?」
「え?」
確かに一見すると身体極まって動けないように見える。だが恐怖にとらわれているものは恐怖から目をそらすために目を閉じるか何も見えないように顔を伏せるかどちらかだ。
だがカリナはまっすぐに上を向いていた。そればかりか崖のあちこちを色々と見ているようにも見えた。
「何やってんだあいつ?」
子供たちも教官の軍人たちもカリナの行動を不思議そうに見ていた。するとカリナは静かに手を伸ばし始めた。
「随分と慎重だな」
動きは確かにゆっくりだが、つかむ場所を慎重に選んでいる。何度も滑り落ちかけたのに動きが確かに変わった。
「足場をしっかりと掴んでる。両手両足を同時に動かさない。4つのうち1つだけを動かすという鉄則をしっかり守っている」
「コツをつかんだのか?」
「どうやらそのようだ。しかも見ろ――、そこから先を登るためにどの岩場を選べばいいか見つけたようだ」
その事実に教官の1人は驚きを覚えていた。
「あそこで動かなかったのは、岩場のルートを見極めるためか? ばかな、6歳のガキだぞ?」
「あいつは、おのれが6歳であるということを自覚しているんだ。体力や体の大きさではどうにもならない、何が不利で何が有利か薄々わかってる。だから自分の短い手足でも確実に登れる道筋を見極めようとしてるんだ」
その言葉が本当であるかのように、カリナは確実に頂上へと近づいていく。そして他の子供たちの倍以上の時間を費やして一番最後に登り切ったのである。
最後の岩を掴んで、体を崖上と持ち上げようとした時、カリナの両肩を掴んで引き上げてくれたのはもちろんバンクスだった。不意に体が軽くなる感触にカリナは戸惑う。
「よくやった。あの追い詰められた状況で、よく突破ルートを見つけた。見事な判断力だ」
教官に褒められた、この地獄のような場所で予想もしない出来事だった。
「ありがとうございます」
「さすがに疲れたろ、早めの昼食にしよう。少し時間を長く休んで午後に供える」
そして一呼吸おいてバンクスは告げた。
「全員無事に登りきったご褒美だ」
子供達全員にほっとしたような表情が浮かんだ。
全力を出し切って疲労困憊しているカリナに手を差し伸べたのはリルケだった。
「頑張ったね」
手を差し出したリルケのその手も傷だらけで豆が潰れていた。カリナはその手を迷わずつかみ返す。
「うん」
そして2人は手を繋ぎながらその岩山を降りて行ったのである。
( 'ω'o[ 読者さまへ ]o
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