聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記―   作:美風慶伍

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カリナ、座学を受ける ――バンクス、カリナに文字を教える――

 訓練は肉体を鍛えるだけではない。軍事的な知識、戦略的な視点を養うための座学の授業も行われた。

 

 戦術学、戦略思想、魔王軍詳細、魔族生態系、サバイバル技術訓練、基礎医療知識も学ばされた。

 その分量は、大人向けの軍学校の授業の域をはるかに超えるものだった。

 座っていられる授業だからと安堵していると、 思わぬしっぺ返しを食らうこともあった。確実に知識を頭に叩き込むことが求められ、よそ見をしたり上の空でいると、授業後に鉄拳制裁を食らうこともあったのである。

 成績があまりにも不良状態だと、食事を抜かれるか、より重い罰を与えられることもある。その厳しさは、屋外で訓練を受けてるのと何ら変わるものはなかったのだ。

 

 ただ――

 体を動かせば訓練が何とかなる肉体鍛錬や戦闘訓練とは異なり、座学は学力や知力に差があると、まともな授業にならない場合がある。よって、ある程度ではあるが年齢別のコースに別れることとなった。

年齢が違えば理解力が異なる。持っている知識にも開きが出てくる。それゆえの配慮だった。

 

 他の子供たちが異なる教室に分かれて詰め込みのような授業が毎日続いている中で、カリナは唯一の6歳児ということで教官と2人きりで向き合っていた。

 カリナの年齢が低すぎるため、学習授業の効率を上げるためカリナだけ外されたのである。

 

 リルケとも離されて、カリナは1人で小部屋のような教室に待たされていた。半ば放置状態である。

 所在無さげにポツンと椅子に座っていて窓の外の鬱蒼とした森林風景を見ていたが、部屋の入り口の扉が静かに開けられた。

 ドアの開いた方を向けばそこに佇んでいたのはあのバンクスだった。

 屋外の訓練では訓練内容に追いかけまわされることが多かったため、この人の姿をじっくりと見たことがなかったが、若いように見えて顔には深いシワが刻まれておりそれなりの苦労を重ねているのがよくわかった。

 典型的な叩き上げの軍人タイプである。

 

「教官」

「どうしたお前だけ仲間はずれか」

「どうやらそのようです」

「仕方あるまい、お前まだ文字も書けんだろ?」

 

 それを言われるとうつむくしかなかった。

 

「だって学校に行こうとした時に魔王軍が攻めてきて村が滅ぼされちゃったから――」

「すまんな嫌なことを思い出させて」

 

 そう告げるとバンクスはまたカリナの頭をそっと撫でた。戦争で荒れて皮膚が分厚くなったその手のひらは不思議と暖かかった。

 

「だったら文字の読み書きから始めよう。ここで何もせずにぼさっとしているのはもったいない」

「いいんですか?」

「ああ、もっとも俺も軍学校以外に、まともに出てないからなあんまり期待するなよ」

 

 バンクスは自嘲するように笑った。その明るさがカリナには嬉しかった。

 

「ありがとうございます」

「よしそれじゃアルファベットから始める。まずは軍事教本が読めるようになるところを目的にしよう」

 

 読めるようになるのが物語や神様の経典でないのが思わず笑ってしまうが、バンクスとの間ではそれもまたいいのだとカリナには思えた。

 こうして、マンツーマンで、2人の座学授業は始まったのである。

 

 その日のうちに、バンクスは教本になるようなものを見つけ出した。

 軍の幼年学校で使う文字教本や計算問題集――、また、国情を学ぶための地図も持ち出された。

 とあれ、最初は地道な文字の読み書きと計算問題から始まった。

 

「よしまずは基本の文字を反復で練習だ」

「はい」

 

 初めはつたない文字だった。ミミズがのたくったと言っても間違いない。バンクスが問いかける。

 

「お前、農村の生まれか?」

「はい――」

「やっぱりそうか」

「え?」

 

 バンクスの言葉にカリナは戸惑った。

 

「どこの国でもそうだが、山間の農村地帯は学校の設置とかは後回しだからな。あっても、教会のおまけとかな。だから都会の子どもたちとの間で差が出るんだ」

 

 その言葉にすこししょげるカリナだったが、バンクスは突き放したりしなかった。

 学校の先生のような優しい教え方ではないが、独特のやりかたで丹念に教え始めたのだ。

 

「まずは指の力の入れかただ。文字をうまくかけるのは指の筋肉次第だ。ただ漫然と、正しい文字を書くのではなく指に力が入れられように意識しながら文字を書け」

「指の筋肉――ですか?」

「そうだ、ペンをほじるするのは親指・人差し指・中指だ。そこにつながる筋肉を意識して、ペンがブレないように動かす――、それがペンを紙の上で走らせるための〝基本〟だ」

 

 基本――と言う言葉にカリナは心に納得がいった。

 

「剣の練習と同じですね?」

「そうだ」

「はい、わかりました」

 

 紙に文字を書く練習以外にも、鉛の金属の球を持たせて指でつまんで持ち上げるという訓練もした。手のひらに握って振り回すという訓練も。指と手の筋肉を鍛えるのが目的である。

 

「普通の学校ではやらない内容だが、俺はこの方が早く文字を覚えられると信じてる。軍学校で新兵に文字を教える時もこのやり方だ。大抵は1ヶ月くらいで達筆にかけるようになる」

 

 バンクスなりに実績がある方法だったのだ。そしてそれは本当だった。1ヶ月も経たないうちに基本の文字は丁寧に書けるようになる。文字が書けるようになれば読む練習。単語などは教本となるものを持ってきてひたすら書き写しをさせた。最も疲れたからと言って途中で手を止めると強い声が飛んだのだが。

 

「おい、まだ規定文字数の三分の二だぞ」

「すいません」

「疲れても止めるな。限界を感じても動かせ」

「はい」

 

 厳しさの中に〝カリナを伸ばしたい〟と言う思いが伝わってくるのだった。

 




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