聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記― 作:美風慶伍
講師はカリナに告げた。
「では、河川を利用する決戦防御の事例を訓練する」
盤面にチョークで河川を示す白い帯状の太い線を描く。その両岸に攻守それぞれの軍を配置する。
駒の白が防衛、黒が攻撃である。
「前提条件として白軍が君だ。河川の東側領域で、防戦状況となっている。だが、敵はまだ渡河前だ」
講師はコマを配置した。
「黒軍は3つの方面軍に分かれて渡河地点を探す。君が白軍だ。自軍本部はこの丘陵地帯。眼の前には渡河が予想される黒軍――、君ならどう配置する?」
講師はカリナのお手前を拝見することにした。通常であれば、敵の3方面軍に対応するように主力軍を分散配置する。だが――
「まずはここと、ここと、ここ――」
セオリー通りに敵軍の対岸に部隊を配置する。だが、そこに配置したのは大隊規模ではなく小隊規模でわずかに5小隊程度だ。そして、渡河地点を北側から1・2・3と分けると、真ん中の渡河地点の防衛は3小隊に減らしてあった。さらに――
「こことここに中隊を4つ配置、即時、渡河地点に急行できるようにします」
つまり、渡河の3地点には最低限の規模でのみ配置、その後ろに大規模に配置し、敵の行動に即時対応できるようにしているのだ。
「第2渡河地点のみ減らした理由は?」
ここで通常であれば、敵の油断を誘うためと言うのがセオリーだ。だが、カリナは違った。
「敵が第2渡河地点に集中すれば、敵の情報探知力は低い事になります。対岸からの視認情報にのみ頼っているからです。また、指揮官がそこまで敵の腹を探れない、読みの浅い人物と推定できます。その場合は、第2渡河地点に集中してきた敵を、速攻で叩けば良い。敵を潰したら、それを2つに分けて第1渡河地点と、第3渡河地点に支援に向かい、残る敵戦力を迎え撃ちます」
講師の男性はその答えに満足気に頷いた。だが――
「ならば、敵が陽動にかからなかった場合は?」
その場合の答えもカリナはすでに用意していた。
「その場合は、敵とコチラで腹のさぐりあいです。実践状況では早馬や魔道士による伝令を増量して、各部隊間の連絡を蜜にします。また、分隊指揮官を用意し、各師団に独立行動権限を与え、適時、敵の主力が集中する地点に増援を行います。いわゆる〝機動防御〟です」
カリナは言った〝機動防御〟と、その言葉に講師は舌を巻いた。
――こいつ、本当に6歳か? バンクスのやつどんな教育を施した?――
カリナは言う。
「河川を挟んでの防衛は、敵の集中地点を読みやすいのですが、実はすでに守備状況に置かれているということは、戦況全体の優先権を的にとられつつ有るということです。つまり自軍はすでに余裕がない状態に陥りつつある。これをどう、対応するか? を悠長に考えている隙はない。敵のわずかの動きで即座に決断を下す必要が有る。バンクス教官にも教わりましたが、こうした〝線上防御〟では、攻撃する側は勢いを持って行動すれば心理的な〝求心効果〟で全軍を引き締め、より高い統率を取ることが望ます」
「うむ――」
講師はカリナの言葉をそのまま聞き入ることにした。どこまで語れるかを聞いてみたくなったのだ。
「ですが、守る側は何時でも引け腰です。特に前線で戦う者たちは、戦況が悪化すれば何時でも逃げたいと思っている。末端の兵士なら尚更です。これを〝離心効果〟と呼ぶと聞きました。つまり、こうした河川決戦で重要なのは、いかに軍を動かすかではなく、自軍兵士の戦意を削ぐこと無く、自軍にはまだ勝機があると、希望をもたせ、戦意の低下を防ぐことです」
そして、講師が第2渡河地点に黒軍の駒を少数動かしたのに合わせて、黒軍の残りの駒が、半数以上残っていることを考慮し、カリナは、中段の兵を2つに分けて対応した。そして、先に渡河を始めた第1渡河地点に中段の待機戦力の3分の2を投入、これを還付無きまでに叩き潰した。
「敵の渡河の最初をくじく事ができれば、自軍の戦意も高めることができます」
「ならば敵がさらに第2渡河地点・第3渡河地点に増援を加えたなら?」
「その場合は――」
カリナはそこで防衛拠点に待機していた本軍を動かした。
「戦いの序盤で敵の第1渡河地点集中させていた戦力は初戦を勝利させることに集中すべきです。ならば、残る戦力をすべて使って第2渡河地点、第3渡河地点を守り切るべき。そこで指揮官戦力を指揮官の子守役として温存するのは無駄そのもの。指揮官の本軍が動く事でそれぞれの渡河地点の防御戦力数を確保できます」
「指揮官自ら戦わせるか――」
「はい」
そこでカリナは理由を口にした。
「そこに歴代の対魔王軍の戦争で〝勇者〟が存在する理由があります。勇者は魔王軍中枢を叩く戦いの切り札で有ると同時に、軍全体の士気を高める〝旗印〟でもあります。勇者無き戦場ならば、その旗印に相応しいのは間違いなく指揮官か、その右腕たる幹部です。私が指揮官なら、本部陣地の防衛を最低限残したうえで、渡河地点の迎撃に出るでしょう」
「そして、短期即効で敵を潰し、残る地点を連戦で各個撃破する」
「はい」
まさに卓上であるなら満点の答えだった。
「見事だ! よくぞそこまで見抜いた!」
そして、講師は壁時計を見て答えた。
「午前中で講義を終わらせるつもりであったが、午後も講義をしよう。次はさらに上級の、広域広原での機動戦術戦だ」
講師の真剣な顔をみて、カリナは笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます! 精一杯、学ばせていただきます!」
その笑顔は6歳の子供、そのものだったのだ。
( 'ω'o[ 読者さまへ ]o
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