少女と精霊の聖剣十年戦記 ~ひとりの少女が勇者になるまで~ 作:美風慶伍
04:練兵場へ
ソフィアとミリアを伴ってカリナは騎士団の敷地の中の練兵場へと駆け出した。
するとそこにはカリナが率いる騎士団――
――魔法剣士騎士団アルカナヴァンガード――
その彼らが2000人規模でそれぞれに早朝練習を始めていたのである。
その彼らの前に勇者であるカリナが姿を現した。一斉に視線が一つに集まり、畏敬の念が向けられる。
「おお、団長だ!」
「巫女様だ!」
「おはようございます」
「おはようございます、聖剣の巫女様!」
団員たちはカリナを好き好きに呼ぶ。団長と呼ぶものもいれば、聖剣保持者であることを意味する聖剣の巫女様と呼ぶものも居る。
カリナは機を逃さず彼らに向けて声をかけた。
「皆さん、おはようございます!」
それは凛々しく勢いに満ちていた。何よりとても優しかった。
「おはようございます」
揃った声が一斉に帰ってくる。乱れがないということはそれだけ彼らの心が1つにまとまっているということでもあるのだ。
カリナは彼らの勢いを殺さぬようにさらに言葉を重ねた。
「皆さん、本日は諸王国の幹部の方々がお見えになられて我々の普段の訓練の成果をご覧になられる〝歓待式〟です。普段の訓練の成果を存分に発揮してください!」
「はっ!」
まさに遅刻したことが帳消しになるような勢いに満ちた言葉の掛け合いだったのである。
§
とはいえ遅刻は遅刻である。
そのことを咎める人物はやはりいたのだ。
「カリナ!」
そう力強い言葉で叱責しながら歩み寄ってくる金髪の人物がいる。
青く輝く全身鎧姿の騎士――、アルカナヴァンガードの戦士長を務めるカリナの右腕と言える人物、エルリック・ファイヤーブレードである。
カリナよりもはるかに背の高い身長を持つ彼は、見下ろすようにカリナに視線を向けていた。
「こういう大事な儀式で時間の遅れは感心しない。全体の規範を示す君がそのようなことでどうする」
カリナもさすがにエルリックに叱られるということは特別な意味を持っている。
「申し訳ありません……」
エルリックは戦士としてはベテランの域に達している人物だ。歳の離れ方から見てカリナとは父と子のような雰囲気がある。それだけにカリナとしても彼の言葉は無視することができないのだ。
するとエルリックの傍らから姿を現した人物がいた。
白銀色に輝く全身鎧を身につけた格上の騎士のような人物。
戦場での戦歴を幾重にも重ねた迫力に満ちた人物。
「カリナ卿」
「セリアス様――」
ルミナリア国軍、王立騎士団団長セリアス・ダースブレイズである。ルミナリア王国の軍隊は国民兵からなる歩兵陸軍と、騎士階級からなる騎士団軍とに分かれる。セリアスはその騎士団軍のトップに立つ人物である。ルミナリアにカリナが保護されてから、そして、アルカナヴァンガードが組織される以前からカリナの後ろ盾となっていた人物だ。
「いつもの君なら時間に遅れるということまずないはずだ」
穏やかな気配を維持しつつセリアスは語りかけた。
「何か事情があったのだろう?」
エルリックは責任があるものとして遅刻したことそのことを叱責し、セリアスは時間に遅れたことの裏側にある事情を確かめようとしていた。それぞれの人柄がにじみ出ていた。
カリナは答えた。
「魔法剣士騎士団の事務方から連絡があって不正経理の証拠が見つかったのでずっと検証していたのです」
「不正経理だと?」
「はい」
冷静に淡々と答えるカリナ、エルリックも驚いていた。
「初耳だぞ」
「はい、それがわかったのは昨日の夕方6時過ぎ。そこから深夜2時まで財務関係の資料全てを洗い出し、不正経理の証拠をまとめて、軍警察や紋章局に時間外提出を行っていたのです」
そしてそこにソフィアが言葉を添えた。
「最近、ある貴族の紹介で中年女性が事務の補助に入ってきたでしょ? 推薦者であるその貴族の意向を傘に来てかなり強引なことをやってたらしいのよ」
さらにミリアも言葉を添えた。
「アルカナヴァンガードは、様々な国家や団体、貴族などから多数のご寄付を頂いております。それらが不正に利用されていたようなのです」
「その証拠を掴んだのか」
「はい、斥候部隊は諜報役も兼任しています。造作もないことです」
そしてそこでカリナは騎士団の団長として語るべきことしっかりと語った。
「こちらが証拠を掴んだということが明確に分かれば、犯人はしたたかに逃げようとするでしょう。だからこそ昨日の夜のうちに必要なものを全てまとめなければならなかったのです」
それに対してミリアも言った。
「時間外に軍警察や紋章局に対して証拠提出を行うのであれば、その組織のトップが訪れて責任所在の明確化と時間外の提出になったことへの釈明をしなければなりません」
「責任者本人がね」
「ええ」
彼らのやり取りの言葉をセリアスはじっと聞き入っていた。大きく頷いて答える。
「なるほど、即断と即決を持って迅速に行動を処理する――、普段から決断の早い君らしい振る舞いだな。よかろう特別な事情があったと認識しよう」
「ありがとうございますセリアス卿」
セリアスはエルリックも諭していた。
「エルリック卿、まだ他の王国の重鎮たちは来てはおらぬし、私が特別早めに着いたというだけだ。特別な事情があったようだし、このあたりで許してやってくれ」
「ええ、そうですね。不正経理の話は私も初耳でした。私自身、昨日は午後からルミナリアの国軍の方に顔を出していたので」
するとその時エルリックは気づいた。
「おいまて、まさか、深夜2時になるまでずっと現場にいたのか?」
ソフィアはため息混じりに頷く。
「私たちがやるから先に寝ていいわよって言ったんだけどねぇ」
ミリアも少し困り顔だった。そこにカリナは自分の意志でこう答えた。
「勇者にして騎士団の団長である以上、最後まで見守るのは組織の頂にあるものとして当然の行動ですから」
それはカリナ自身が責任の明確さというものを深く理解していることで他ならなかった。それを耳にしてセリアスは力強く答えた。
「カリナ卿、君は正しい」
「ありがとうございます」
事実を認めてもらえた――ということに心からの満足が沸き起こってくる。
「ただ、無理は体に溜めないようにな」
「はい、以後気をつけます」
10歳の子供であるカリナにも、対等に会話をしてくれるセリアスからの評価の言葉が嬉しいカリナだったのだ。
その時、伝令の兵士が1人、駆けつける姿が見えてきたのである。