聖剣に選ばれた孤児の少女は、10歳で騎士団長になる ―少女と精霊の聖剣十年戦記― 作:美風慶伍
軽装鎧を身につけた兵士たちが通り過ぎる。
「え? あれ。団長じゃないか?」
「――寝坊したなあれ」
「ソフィア魔道士長も大変だな」
だが、人目など気にしていられなかった。
ソフィアは、カリナを小脇に抱えるようにして、寝室から少し離れた場所にある、お風呂場へと駆け込み大声で侍女たちを呼んだ。
「みんな準備はいい?!」
「はい、お任せください!」
「聖剣の巫女様をこちらへ」
聖剣の巫女とは、聖剣保持者であるカリナの尊称だ。
5人の侍女がカリナを受け取り効率よく朝の準備をする。脱衣、入浴、洗髪、歯磨きと続き、5人の連携にはいささかの乱れもない。カリナも人心地ついたのか、ようやくそこで朝の挨拶をする気力が戻ってきた。
「ふわ……みんな、おはよう」
「はい、おはようございます」
「すぐに終わりますからね」
「来賓の方達が来る前に、間に合わせますから」
「いつも通りだね? よろしく」
侍女たちとカリナの間には信頼関係が出来上がっていた。カリナも姉を頼っているかのような気軽さがにじみ出ていた。
いつものことなので、カリナも安心して侍女たちに身支度を任せていた。
「ふわ――、目が覚める」
体を乾かしたら次は着付けだ。
「今日は、野戦行動を行うわけじゃないから、儀礼目的の略装で行くわよ」
「はい!」
「では、ホーズズボンや
「えぇ、ソレでいいわ」
「はい」
カリナが与えられている公式衣装はいろいろな形があり、目的に応じて選ぶことになっている。そのカリナにどんな衣装を着せるかを決めるのは、ソフィアのこだわりという専権事項だ。
そのタイミングで髪にブラシが入れられ、髪型が整えられる。
カリナは髪がとても長い。腰骨より少し下あたりの長さで流れるような金色の髪が輝いていた。
さらに、両肩からマントがつけられ、両耳には小粒のイヤリング、頭には冠の代わりにネックレスのような聖銀のサークレットが乗せられた。
「巫女様こちらへ」
侍女たちに手を引かれて招かれたのは化粧台の前だった。スツールに腰を下ろして両サイドに立った侍女たちから手早く顔のお手入れが仕上げられる。行事に応じて貴族令嬢なみの化粧が施されるのが常だった。
「出来上がりました!」
その声と同時に腰を上げて立つと差し出された鏡を受け取りカリナは自分の顔を眺めた。
「いつもながら綺麗な仕上がりですね。ありがとうございます」
「どういたしまして。聖剣の巫女様の身の回りのお世話するのが私たちの役目ですから」
鏡に映る自らの顔にカリナは感嘆の声を上げた。
「うわぁ――、すごい! いつもより気合入ってるね!」
薄化粧の範疇で丹念に細部まで仕上げられていた。その仕上がりをソフィアも見ていた。
「上出来だわ! これなら来賓の前でも失礼にならないわ」
「光栄です!」
ソフィアが侍女たちを称賛する。もう1人別の侍女が現れてトレーの上に丸パンの中にお肉や野菜を挟んだものを持ってきた。
「朝食を歩きながら食べれるようなものを用意しました」
カリナはそれを受け取り早速パクつき始めた。
それまでの寝ぼけてぼんやりしていた彼女はどこへやら。集中して一気に食べると、もうその頃にはベッドの上でぼんやりしていた彼女はどこにもいなかった。
「ソフィア、来賓の方たちはもう来てる?」
「ルミナリアの国軍の方たちは早朝から兵士たちと対話してるわ。それ以外の方達はまだね」
「まずはそこに顔を出しましょう。その後来訪してくる順にそれぞれ挨拶します」
「ええ、行きましょう」
「はい!」
ソフィアと並んで歩き始める。入り口で一旦足を止め振り返るとカリナは侍女たちへと声をかけた。
「いつもありがとうございます。それじゃ行ってきますね」
「いってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
カリナはソフィアとともに練兵場へと向かったのである。
§
ただ寝坊してしまったことは事実。カリナの表情には焦りのような表情も浮かんでいた。
ソフィアが持ってきてくれた聖剣を受け取ると左腰に下げる。
「エリュシオ! 今日もよろしくね」
『はい、おまかせください』
エリュシオは精霊、そして、そのエリュシオが宿る聖剣こそが1500年以上の時を経て、この大地を守り続ける〝聖剣レギオンブレイド〟である。
金色に輝くバスタードソード、その大きな十字鍔の中央には巨大なクリスタルが虹色の光を放っている。エリュシオはそこに宿っているのだ。
そのエリュシオの輝きがカリナの腰に宿るとき、カリナの〝勇者〟としての装いが出来上がる。
カリナは〝勇者〟である。
聖剣は勇者から勇者へと継承されてていく。歴代の勇者がそうだった。
あるものは目的を果たし宿敵を倒して聖剣を手放した、
あるものは志半ばにして老いて次世代に聖剣を託した、
あるものは戦いの道の途上で倒れて命を落とし聖剣は他のものの手に移った、
そうした、様々な経緯で運命に導かれて、聖剣は魔王を倒す意思を持つ者たちの手に継承されていくのだ。
それこそが〝勇者〟であり〝聖剣の巫女〟〝聖剣の使徒〟である。
聖剣を腰に下げて悠然として練兵場へと歩き続ける。
その傍らにはソフィアが並んで歩いている。
カリナが朝のぼんやり女児から、凛々しく毅然とした少女剣士に切り替わった姿を見て安堵していた。
「ソフィア、すでに来ている方が居られますね?」
「えぇ、ルミナリア国軍のセリアス卿がお見えになられているわ」
「え? セリアス様が?」
カリナたちとって、活動拠点をおいているルミナリアは特別な意味を持つ。セリアスはそのルミナリアにおける軍の最高位の騎士団〝王室聖騎士団〟の騎士団長で、ルミナリア国軍の最上級の幹部の1人である。その来賓が先に来てしまったのだ、あきらかに失態である。
「い、急がないと」
「行きましょう! カリナ」
「はい!」
二人は一緒に駆け出したのだった。
§
カリナが練兵場へとつながる通路を駆けていくとその出口付近に2人の人影があった。
「あれは」
「アレクサンドリア様だわ」
そこには老齢の剣士が佇んでいた。ローブ衣装に左腰に業物のバスタードソード、穏やかな雰囲気のなかに達人としての完成された気配がにじみ出ている。カリナの剣の師匠、アレクサンドリア・ボルトスである。
「お? やっと起きてきたな? ねぼすけ娘が」
そう苦笑するアレクサンドリア。その隣には20代なかばの女性が佇んでいる。赤毛を短く刈り込んだ山岳兵士風の女性でミリア・シルバーアイと言う。
彼女もまたカリナの大切な仲間である。
「カリナ! おはよう! もうみんな揃っているわよ!」
二人の声にカリナは元気よく答える。
「おはようございます! 師匠! ミリア!」
アレクサンドリアはカリナの剣の師匠であり、ミリアは斥候であり技能士長として弓兵・銃器兵・その他工作兵などをまとめ上げる立場にある。
「寝過ごしたのですか? カリナ?」
「しゃあねぇさ。まだ十歳の子供だから、たまには寝坊くらいするさ」
ミリアが遅刻を指摘すれば、アレクサンドリアはさり気なく庇った。そういながらカリナの頭を優しく撫でていた。
そうされてカリナもまんざらではなく嬉しそうだ。もはや、完全に孫を甘やかす祖父状態である。
それに文句の言葉をぶつけたのはソフィアだ。
「先生が甘やかすからです!」
否定できないのかミリアも苦笑していた。アレクサンドリアは動じることなく、カリナの肩をそっと叩く。
「さ、セリアスの旦那が来ている。まだ間に合う」
「はい!」
優しく諭すアレクサンドリアに向ける、カリナの視線は畏敬に満ちていた。
「さ、行きましょう」
ミリアが優しく姉のように手を差し出しカリナは彼女と手を繋いだ。
「行こう! ミリア! ソフィア!」
そして、カリナは駆け出していく。3人並んだその姿は――
「どう見ても家族だな。だが、それでいい。まだ10歳なんだから」
――アレクサンドリアはカリナの背中を微笑ましく見つめる。
「俺もあと何年、あいつと関われるだろうな……」
老境の体で、そうしみじみとつぶやくのだった。
( 'ω'o[ 読者さまへ ]o
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