西武ファンです
昨日寝ぼけて色々とすごいことになってたので書き直しました
「はぁ……はぁ……! おい! 待ってくれ……ッ!」
大通りに飛び出し、人混みを押し分けながら叫んだのはナツキ・スバルだった。
そのすぐ隣を、羽織の青年——フウガは、静かに乱れのない足取りで並走していた。
「スバル君、勢いだけで飛び出すのは感心しませんね。あのように足の速い相手は闇雲に追っても追いつけませんよ」
「うるせえ! 運命のヒロインがあんな困った顔して走ってったんだぞ! 男として追いかけねえ理由がどこにあるってんだよ!」
「やれやれ……元気なのは結構ですが」
フウガは静かに右手を袖の中で滑らせ、大気中の『空気の流れ』に意識を集中させた。
視界の端で宙を奔る『銀色の髪』が残した、微細な空気の乱れを捉える。
「……あちらですね。大通りを抜けて、果物屋の並ぶ市場へ向かっています」
「マジか! サンキュお兄さん、頼りになりすぎるぜ!」
二人が市場の角を曲がると、そこには人混みのなかで立ち尽くし、悔しそうに周囲を見回している銀髪の少女の背中があった。
「くっ、見失っちゃった……。あの速さ、すご〜く変よ」
「——見失ったなら、俺たちが手伝ってやるぜ!」
スバルがドンと胸を叩きながら前に出た。
少女は驚いたように振り返り、紫紺の瞳を丸くして二人を見つめた。
「……あなたたち、誰? どうして私を追いかけてくるの?」
「俺は菜月昴! こっちの男は……まあ、なんか凄そうな魔法使いのお兄さんだ! 困ってる美少女を見過ごせない、通りすがりの正義の味方だ!」
「正義の味方? なにそれ、言ってる意味がさっぱり分からないわ。それに私、頼んだ覚えなんてないもの。いま本当に急いでいるから、変な格好の人たちとお喋りしてる時間はないのよ」
「頼まれてなくても手伝うのが男ってモンだろ! 急いでるならなおさら、俺たちに協力させろって! 俺たちもこの街に来たばっかでヒマなんだよ!」
あっさりとあしらわれても食い下がるスバル。
その時、鼠色の体毛をした小獣がふわふわと宙を舞い、スバルたちの顔の高さまで浮かんできた。
「やあやあ、元気な男の子たちだねぇ。リアをナンパかい?」
「うおっ!? ね、猫が空中飛んで喋ったぁぁぁぁッ!?」
スバルが露骨に仰天して後ずさる。
隣のフウガも目を見張り、思わず言葉を失った。
「な……猫が浮いて、言葉を……!? 一体どんな仕掛けですか……?」
「ふふふ、ボクはパック。大きさ自由で持ち運びに便利。さらにユーモアあふれるトークで退屈な日常を彩ったりしちゃう。ひとりに一匹! 生活のお共に。詳しくは精霊議会に問い合わせてみてね」
パックが前足を踏んで可愛らしくお辞儀をしてみせる。
スバルとフウガは顔を見合わせた。
「せ、精霊……! ファンタジー世界の定番がついにキタ……!」
「……なるほど、精霊という存在ですか。道理で理外の存在感があるわけです」
感心するフウガに向かって、パックは満足そうにヒゲを揺らした。
「突然押しかけて申し訳ありません、パックさん。ですが、何か大切なものを盗まれたのでしたら、僕の力も探し物のお役に立てるはずですよ」
「……っ! どうしてそれを……」
フウガが穏やかに微笑むと、少女は困惑したように眉をひそめたが、やがて小さく溜息をついた。
「言っておくけど、なんのお礼もできません。こう見えて無一文なので」
「ふふっ、僕らも大概似たような状況ですから気にすることはありませんよ」
「どこにも安心できる要素が見つからないね」
三人(と一匹)で徽章の行方について聞き込みを開始して間もなく、市場の片隅から小さな泣き声が聞こえてきた。
「——うう……ママ……どこ……?」
果物屋の露店の陰で、膝を抱えておいおいと泣いている幼い少女。親とはぐれてしまった迷子だった。
「あっ、迷子だわ!」
銀髪の少女がピタリと足を止める。
一刻を争う事態の中で立ち止まった彼女に対し、スバルは少し意地悪な提案を口にした。
「おいおい、大切な探し物なんだろ? 心苦しいけど、迷子なんて放っておいて先に進もうぜ」
スバルの言葉に、少女は即座に振り返り、紫紺の瞳を怒りで怒らせた。
「そんなのダメに決まってるでしょ! 困ってる子を放っておいたら、あとで嫌な気分になるじゃない!」
「……っ」
「いい? 私はこの子を助けるの! あなたたちが急ぐなら、勝手に行きなさい!」
言いたいことだけ吐き捨てると、少女は迷わず泣いている子供のもとへ駆け寄っていった。
「大丈夫? 怪我はない? お母さんはどこへ行ったか分かるかしら?」
優しく目線を合わせ、小さな手を取る少女。
だが、見慣れぬ銀髪とハーフエルフの容姿に気圧されたのか、幼い少女は怯えたように身をすくませてしまった。
「あ, うぅ……っ」
「困ったな、警戒されてるぜ。こういう時はな——」
スバルが前に出ると、ポケットから持ち込んだ日本の小銭を取り出し、指先でチリンと鳴らしながらコミカルに動き回ってみせた。
「ほーら見ろ! 日本の硬貨でコインマジックだぞ〜! 消えたと思ったら……ほら、耳の後ろからポーン!」
「……くすっ」
スバルの手品に、泣いていた少女の表情が和らぎ、小さな笑い声が漏れた。
「よし、掴みはオッケーだ! お嬢ちゃん、名前は? ママの服の色は覚えてるか?」
スバルの巧みなあやし方に、銀髪の少女は目を見張った。
「すごいわスバル! 子供の扱いが上手なのね」
「へへん、伊達に引きこもって近所のガキんちょと遊んでねえぜ! お兄さんもボーッとしてないでママ探し手伝ってくれよ!」
「はぁ、了解いたしました。人の流れを観察して探してみましょう」
フウガが周囲の人の通りや喧騒に意識を配り始める。
少女とスバルが子供から母親の特徴を聞き出している間、パックがふわふわとフウガの肩口へ飛んできた。
「ねえ、お兄さん。さっきから思ってたんだけど……君たちってこの街の人じゃないよね?」
「ええ、察しの通りです。スバル君も僕も、気がついたらこの見知らぬ土地に立っていました」
「ふ〜ん。浮世離れした雰囲気を纏ってるし、身のこなしも独特だ。……まあ、君たちがリアに危害を加えない限りは、ボクも仲良くしてあげるさ。だから変な気、起こさないほうが良いよ?」
「心得ていますよ。……おや、見つけました。あの角の果物屋で青ざめている女性、あの方ですかね」
フウガが指さした先——そこは、スバルが追い払われた厳めしい顔つきの店主・カドモンの果物屋(リンガ売り場)だった。
「ママ〜!」
「プラム……! 良かった、無事だったのね……!」
母親と子供が抱き合い、涙を流して喜ぶ。
店主である強面の男・カドモンも、ホッとしたように腕組みを解いた。
「おいおい……うちの娘が無事で本当に助かったぜ。ありがとよ」
「ううん、無事に見つかって良かったわ」
店主のカドモンは感謝の意を示し、お礼としてリンガを差し出すと共に、スバルたちの探し物の話を聞いて大きく頷いた。
「……ほう、足のすばしっこい金髪のちびっこ盗人を探してるんだな? それなら、ここから先にある『貧民街』の盗品蔵じゃねぇか? ただ、あそこに入るのはあんまり勧められねぇな。少なくとも、嬢ちゃんたちみてぇな身なりの綺麗な奴が立ち寄る場所ではねぇぜ」
「貧民街の盗品蔵……! おっちゃん、助かったぜ!」
「忠告はしたからな。恩人に死なれちゃやりきれねぇ。無理はするんじゃねぇぞ」
カドモンの店を離れ、貧民街へと向かいながら再び歩き出した大通り。
スバルは腕を組みながら、隣を歩く少女へニヤニヤとした視線を向けた。
「……なあ、さっき嫌な気分になりたくないとか言ってたけどさ」
「なによ、本当のことじゃない」
「——自分がいい気分になりたかったから助けた、ってことだろ?」
スバルに図星を指され、少女は一瞬言葉を詰まらせたあと、フンと誇らしげに胸を張った。
「そうよ! 困っている子を助ければ、ありがと〜って言われて私だっていい気分になれるわ。それにね、いい事をしたから巡り巡って私にも巡ってきたじゃない! だからこれは、すご〜く身勝手な私自身のための行いなの!」
「……」
スバルはぽかんと口を開けたあと、耐えきれずに「ぶっ」と吹き出した。
「ははっ! なんだそれ! 身勝手ってレベルじゃねえだろ! 君、ほんっとうにお人好しだなあ!」
「お人好しなんかじゃないって言ってるでしょ! おたんこなす!」
ぷくっと頬を膨らませて怒る少女。
そのやり取りを後ろで見ていたフウガは、穏やかな苦笑を漏らしていた。
(自分の善行を誇らず、あくまで『自分のため』と言い張る……。ずいぶんと風変わり、それでいて純粋で優しい方ですね)
「さて、そういえばさ、俺たちまだお互いの名前を聞いてなかったな」
スバルが思い出したように立ち止まり、己の胸を強く叩いて堂々と叫んだ。
「俺の名前は菜月昴! 無知蒙昧にして天下無双の無一文! 呼び方はスバルで頼むぜ!」
「スバル、ね」
「そうそう。で、そういえばさ……お兄さんの名前もまだ聞いてなかったな」
スバルに振られ、青年はふっと柔らかな苦笑を浮かべ、胸に手を当てて一礼した。
「そうでしたね。さっきは名乗り損ねてしまいました。僕はフウガといいます。スバル君と同じく、見知らぬ土地を旅する身ですよ」
「よし、フウガ兄さんだな! で、君の名前は?」
まっすぐなスバルの瞳に見つめられ、少女は一瞬だけ躊躇うように視線を落とした。
探るような二人の視線に、どこか固く張り詰めた声で言葉を紡ぐ。
「……私の名前は『サテラ』。そう呼びなさい」
「サテラ……か! よし、覚えたぜ、サテラ!」
屈託のない笑顔で応じるスバル。
だが、その背後でフウガは、少女が見せたわずかな陰りに気づいていた。
(サテラ……。なぜでしょう、自分の名前を口にしたとき、ほんの僅かに寂しそうな目をした。何か僕たちに明かせない事情があるのかもしれませんね)
フウガはその違和感を覚えて深くは追及せず、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「サテラさんですね。よろしくお願いします」
「……ええ。よろしく、スバル、フウガ」
サテラはどこか申し訳なさそうに小さく頷くと、二人に並んで歩みを進めた。
「貧民街……物騒な匂いがしてきますね」
「よしッ! カドモンのオッチャンの言う通り、貧民街へ突撃だ! サテラの無くしもの、絶対に取り戻してやるぜ!」
拳を突き上げるスバル、覚悟を決めた瞳のサテラ、そして静かに二人を護衛するフウガ。
三人は怪しげな熱気が渦巻く貧民街の暗がりへと踏み出していく。
——その背後で、宙に浮く灰色の精霊がぽつりと呟いた。
「ほーんと、趣味が悪いよ」
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