だが、暗黒企業の欲望に「撤退」の二文字は存在しない!
ウシミツ・アワーの黒い森へ、道路開発暗黒企業が送り込んだ新たなる刺客! 備えよう。
黒い森は、夜になると都市よりも騒がしい。
枝が軋む。梢ではバイオフクロウが縄張りを争い、腐葉土の下では多脚生物が互いを捕食する。
広告放送が聞こえぬ場所を静寂と呼ぶのは、都市生活者の偏見である。
だが草木も眠るウシミツアワー、森の音が途絶えた。
旧街道にニンジャが立っていた。
黒緑のクローク。黒鉄のメンポ。針葉樹の枝を透かした月光が、肩の輪郭を鈍く照らす。
周囲にはセンコの煙めいた霧が立ち込めている。
ブロロロロロ!
そこへエンジンの咆哮! 赤いヘッドライトが木々を薙ぎ、武装バイクが旧街道へ突入!
前面にはクローム製の鹿頭骨。
左右の機銃架には「自然が大事」「新しい価値」の企業標語。
欺瞞! 自然を銃撃する用意は万全だ!
急制動! 後輪が石畳を削り、火花がシダへ降り注ぐ!
「ハッ!本当にいやがった。森番のオバケ!」
乗り手が降車した。赤鉄のニンジャ装束。両腕には異様に巨大な油圧ガントレット。背部のブースターが排熱し、霧に二本の穴を穿つ。
その胸甲には道路開発暗黒企業アウトバーンスゴイテックのエンブレム。
その下には小さく環境保護認証マーク。
彼は燃えかけたシダを踏み潰した。
「測量班を三度も追い返したそうだな。エエッ? 工期の遅延が何を意味するか、貴様に分かるか?」
黒緑のニンジャは動かない。
「カネだ。莫大なカネだ! 木は植え直せるが、今四半期は戻ってこねえ!」
ガントレットの鉤爪が開閉する。シュコーッ! 威嚇的な排圧音!
「ここには物流基地。その奥にはリゾート。そしてアウトバーン支線になる。安心しろ。森の名はサービスエリアに残してやる」
「……アイサツをせよ」低い声だった。
赤鉄のニンジャは舌打ちした。しかし、両手を合わせてオジギする。事業計画の説明はアイサツの代わりにはならない。
アイサツ!
それは互いに名乗り、礼を交わす、ニンジャの神聖な作法である。たとえ直後に相手の頭を粉砕するつもりであろうと、礼儀を省略してよい理由にはならない。殺意と礼節は両立するのだ。
古事記にもそう書いてある。
「ドーモ。アウトバーンレイダーです」
黒緑のニンジャもオジギを返した。
「ドーモ。アウトバーンレイダー=サン、シュバルツバルトです」
この間、油圧ガントレットは動かない。アイサツ中の攻撃はスゴイ・シツレイにあたる。
工期厳守を旨とする企業ニンジャといえど、短縮できぬ工程はある!
互いの頭が上がった。
先手を取ったのはアウトバーンレイダーだ!
「イヤーッ!」
アウトバーンレイダーの背部ブースターが点火! 地面を蹴り砕き、油圧ガントレットを突き出して一直線に突進する!
加速! 質量! 企業資本!
三位一体のテックカラテだ!
シュバルツバルトは半身になって躱す。巨拳が胸元を擦過! クロークの切れ端が宙を舞う!
「逃がすか! イヤーッ!」
レイダーは右拳の勢いを利用して踏み込み、左の鉤爪で水平に薙いだ!
シュバルツバルトは屈んで回避! 頭上を通過した爪が針葉樹を切断!
巨木が傾く。
轟音!
倒れた幹を踏み越え、レイダーは次の拳を構えた。敵がいない。
白い霧が街道を覆っていた。
「ネーベル・ジツか、猪口才な」
メンポ内部で光学センサーが起動する。赤外線視界へ切り替え。
右に人影。左にも。背後で落葉を踏む音!
「イヤーッ!」
振り向きざまの裏拳が人影を粉砕した!
否! 砕けたのは樹皮!
折れた幹の向こうで、黒緑の輪郭が揺れている。レイダーは拳を止めた。熱源なし。足音と位置も一致しない。
「チッ。追わせる腹か」
腰の発煙弾を引き抜き、地面へ叩きつける!
カブーム! 黄色い煙が噴出!
着色された粒子が白い霧へ混ざり、渦を可視化する。左前方。煙が肩幅ほどに割れた!
「そこだ! イヤーッ!」
レイダーが踏み込み、鉤爪を振り下ろす!
「グワーッ!」
鮮血! シュバルツバルトが霧の中から弾き出された! 肩口の装束が裂けている!
「見えなけりゃ、見えるようにする! フーリンカザン! これが技術革新よ!」
「イヤーッ!」
追撃! 右ストレート!
シュバルツバルトは拳の側面へ掌を添え、辛うじて軌道を逸らす!
「イヤーッ!」
左の鉤爪! 屈んで回避!
「イヤーッ!」
さらに右の打ち下ろし! 黒鉄のメンポを掠める。火花!
「どうした森番! 保護区域の境界はどこだ!」
後退するシュバルツバルトを追い、レイダーの装甲靴が石畳を離れた。
柔らかな土の上に。
「そこだ」
「ア?」
足元が動いた。
ニンジャ反射神経!
レイダーは跳躍した! 腐葉土を破って伸びたバイオ食虫植物が、靴底を掠める!
「罠まで仕込んでいたか!」
着地! 即座にブースター噴射! 新たに何かを仕込んで来る前に殺す!
「イヤーッ!」
鉤爪が黒緑のクロークを貫いた!
だが、肉の抵抗がない!
レイダーは腕を振り払い、布を引き裂く。下から現れたのは、折れた枝!
カワリミ!
「ヌウーッ……!」
黄色い煙の向こうで、土を踏み締める音。
即座に視認。
シュバルツバルトが片足で立っていた。
支持脚を深く曲げ、逆の膝を胸元へ引き上げている。腰と肩は逆方向へ。揃えた両腕を脇へ引き、その全身を限界まで捻転させていた。
異様なカラテ姿勢!
レイダーのUメンポ内蔵UNIXが即座に照合を開始する。《該当カラテなし》
《危険》《危険》《危険》
《推奨:距離確保、回避重点な》「分かっている!」
だが、後ろへ跳ぶための足場は柔らかい。ここで体勢を崩せば無防備に突進を受ける。レイダーは両腕の油圧を上げた。
ならば迎撃!
「シュトゥルム……」
シュバルツバルトの軸足が沈む。
「ウント……」
レイダーは顎を引いた。左で受ける。右で掴む。ブースターを噴かし、樹へ押し潰す!
「ドランク!」
「イヤーッ!」
土が爆ぜた!
シュバルツバルト射出! 低空を滑る黒い砲弾!
レイダーは両腕を交差! カラテに備える!
しかし、接触寸前!
シュバルツバルトの腰が回った!
畳まれていた脚が伸びる。横蹴り! 狙うはガントレットの装甲、その隙間に露出した肘関節!
「イヤーッ!」「グワーッ左腕!」
左肘粉砕! 油圧管破断! 噴出したオイルが月光を照り返す!
シュバルツバルトは蹴り抜いた勢いを利用し捻転!回転着地!
着地を支点に捻転解放!
「イヤーッ!」
肘打ちがメンポへ直撃!
「グワーッ!」
レイダーの頭が跳ねる。シュバルツバルトは回転を止めず、裏拳を側頭部へ叩き込む!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
さらに膝!
「イヤーッ!」胸甲の企業エンブレムが潰れた!
「グワーッ! 舐めるなァ!」
レイダーの背部ブースターが噴火!
連撃を押し返す強制前進!
装甲靴が腐葉土を抉り、二本の溝を刻む! 足元に何かが引っ掛かる。構わぬ! 推力に任せて引き摺り、右拳を振り抜いた!
命中! シュバルツバルトの脇腹で鈍い音!
「グワーッ!」
だが倒れぬ!打撃の方向へ身体を回し、威力を逃がしていたのだ! 滑った巨拳の手首を左脇へ抱え込む!
「ナニィッ……!」
右掌を肘へ。捻る!
金属の悲鳴! 右腕の人工関節が脱落し、配管が鞭めいて跳ねた!
「アバーッ!右腕アバーッ!」
両腕破壊!
レイダーは遠隔武器管制へ意識を切り替えた。バイクの機銃を使う。まず射線を開けねばならぬ。
後退。
できない!「バカナー!!?」
足首に根! バイオ食虫植物の根だ!
装甲靴は既に踝まで腐葉土に沈んでいた。強引な前進で引き摺った根が、装甲の継ぎ目へ食い込み、両足首を締め上げていたのだ!
回避したつもりの罠。その外へ、一歩も出ていない!
シュバルツバルトが腰を沈めた。
レイダーは初めて、己の足元を見た。
「アバッ、貴様、最初から…」
「イヤーッ!」掌底が顎を打ち上げる!「グワーッ!」
「イヤーッ!」「アバーッ!」
レイダーの視界が夜空へ跳ねた。そこへ踵落とし! 肩の装甲が砕け、身体が前へ折れる!
「イヤーッ!」待ち受ける膝!「アバーッ!」
転倒すら許されぬ!
シュバルツバルトが踏み替えるたび、打撃の角度が変わる。右へ逃げれば肘。身を捩れば裏拳。窮屈な防御姿勢を取ろうにも、両腕はオイルを垂らして揺れるのみ!
旋回するゲルマン・カラテ!
ゴウランガ!
「イヤーッ!」「グワーッ!」胸甲が割れた!
「イヤーッ!」「アバーッ!」メンポが砕けた!
レイダーの視界を赤い警告が埋め尽くす!
《両上肢駆動停止》《胸郭破損》《オタッシャ重点》
さらに企業ロゴが割り込んだ。
《修理は認定サービス拠点へお願いしますドスエ》
「アバッ…知るかァ!」
レイダーはブースターの安全制限を解除!
青白い炎が噴出した! 背中の装甲が赤熱! 根が燃え上がり、足首を覆う金属が剥がれる!
右足が持ち上がった!脱出可能!
「まだだ…道路は…アバッ…続く…アババッ…どこまでも……!」
シュバルツバルトが半歩、懐へ入った。
両拳を揃える。
捻り切った腕を、腰に。添える。
「ここで行き止まりだ」
「イィィィッヤアァァッーッ!」双拳!胸甲貫通!
「アバババババーッ!」
衝撃が背中へ抜け、過負荷状態のブースターが破裂した!アウトバーンレイダーが吹き飛ぶ!
炎の軌跡を残し旧街道を横断!
自然保護の告知看板へ激突!
『ゴミ捨て禁止な』
「サ ヨ ナ ラ !」
爆発四散!
看板が炎に包まれ、支柱ごと倒れた!
装甲片が石畳を跳ねる。鹿頭骨の飾りへ何かが当たり、乾いた音を立てた。
油圧ガントレットの指だった。
シュバルツバルトは構えを解いた。
風が戻る。
遠くの梢で、バイオフクロウが短く鳴いた。
肩口へ指を当てる。ニンジャ回復力により出血は止まりつつある。脇腹に痛み。深く息を吸うと、まだ響いた。彼は枝からクロークを外した。
裂け目が二つ。爪の穴が三つ。指を通し、裏側を見る。「……修繕が要る」
背後で電子音。武装バイクのスピーカーが起動した。
《運転者の反応がありませんドスエ。救援サービスをご利用ドスエ?》
シュバルツバルトはクロークを羽織った。
《ご利用には法人契約番号が必要ドスエ》
霧の中へ歩き出す。
《なお、戦闘に起因する損傷は保証の対象外となりますドスエ》
返答はない。
バイクは契約者からの入力を待ち続けた。
やがて節電機能が働き、赤いヘッドライトが消えた。
黒い森は、再び騒がしくなった。