発走、12分……いや、13分前かもしれへん。多分。
パドックを終えて、コースへと繋がるバ道を歩く。園田はそんな中央みたいに設備は豪勢やないし、地面は土やし、そもそもスペースがあるって事もあって地下バ道やのうて地上バ道の園田、パドックから横抜けて、壁の向こうはおっちゃんおばちゃんらがたむろしとる。
私の前を行くんは芦毛のお姉さん、この道ベテランのアイレスフォードさん。京都レース場から来たらしゅうて、ファンとの距離も近いんか人気者の三姉妹の一人。たしか他の2人、キシロオルカさんとアルバセミプレナさんとチーム誘導ウマ娘やとかで売り出しとって定期的にライブとか握手会もやっとるとか。暇なうちに今度見に行こ。
今日出走するんは第10レース、ジュニア級の一組。
中央とシステムが違うんは最近やっと知った。ここ、園田はポイント制。一着なればまあ昇級できて、いっちゃん上はA1クラス。アッパートライやの格付修正やの昇級降級転入やのなんだのかんだの詳しいことは……まあ、シロウズが調べてくれるはず。いずれの中央転入やておっちゃんらとか手伝ってくれる言っとるし。
そうこうして頭ん中でグダグダやっとるうちにバ道を抜けて、左手に職員寮と事務室に救護室、右手にはスタンド、そして正面には大阪国際……もとい伊丹空港のターミナル。ダートはだんだんと柔らかく、右から左へ流れるように均されたコースへ。
ナイターの日ほどは入ってへんけど、観客はメイン手前なのかぞろぞろとパドックからスタンドを抜けてワラワラと出てきおって。まあどうせシロウズはそこには居らん。三階の指定席、トレーナーや関係者専用のシートで見とるはず。何ツマんどるのやろなぁ。流石に今酒は飲まへんやろ?そういえばあそこやったら鉄火の出前頼めるんやったっけか……あ、おばちゃんがご飯無いなった言うとったわ、今日はもうやってへんのか。ザンネン。
1枠1番の私は真っ先にバ場へ飛び出せて、一旦逆向きに回ってスタンド前を軽くジョギングみたく走る。ざっと……見えた、スタンド三階のミュンヘンさんとこのショーケースを過ぎたらUターンして駆け足。あそこのサービスランチ美味いんよなぁ……後で食べ行こ。
返しはシロウズに言われたように、思いっきり抑えてえっちらおっちら。身体を温めて、ゲートから全速力で行けるように。向正面のもっと向こう側、滑走路からのジェットエンジンと響鳴させていくみたいに、私も心拍数が上がっていく。
心拍数が上がっていく。武者震い、にしては少しハイテンポなぐらいの拍動が私の胴を揺らす。
靴は使い潰してええ、って言われたんはありがたいのなんの。学園に言うたらタダで支給されるんやと。中央で名前売れたらプロモデルの靴とかも作って貰えるって聞いたけど、まあだいぶ後になるやろなぁ。でも昔のウマ娘さんのはプレミア付きになっとるんはたまに話題になる。たしか……トウカイテイオーさん、やったかな。その人のモデルやとかは1セットウン百万やと。私もそない名前売れるよう走らんとなぁ。そしたら豪勢に作って貰お。
園田1400mのレースは4コーナーのポケットから。フルゲートは12人とかいう少人数……中央に比べたら、やけど。シロウズによると先行が多くて、逃げは私ともう二人。残りは後から突っ込んでくるらしい。だから作戦はパドック前に約束したんと同じ。
「先頭でかっ飛ばす。」
ゲートへ。……扉は目前に。両腕をクッションが掠める。少し薄暗くなった空、深緑がこの空加減で黒に輝くフレーム、背中に閉じた戸の圧を感じる。……ちょっとちびってまいそう。
あぁ、そういやあの火事の後に目ぇ覚めたんはこんな暗い場所やったなぁ。今でもはっきり頭に浮かんできおる。
あの後火が着いたまんま川へ飛び込んで、そのまま動けんと海へ流されたんやったか。東京の海はあんなビカビカしとんのに暗ぁて、水に押しつぶされて。光の裏は、こないに苦しいんやな、って。
そない思うと、段々と意識の具合悪なってきた。
喉がせばまる。
しん臓が狂ったんかドクドク変なおとがする。
ただでさえ暗いそらにしずむみたいで。
膝がふるえて、うごかない。
あれ。あしって、どこをどないしたら、これってうごくんやっ
ガコン、と視界が開いて。
突然
背中?
「あっ。」
出遅れた。
『おっと1番オラコシグニフェリ大きく遅れました!先頭は8番のコルベットシーフ、続いて―――』
あーもー、うっさいわ!こない開いたら
あぁ、しっかしどないしよ、どないしたもんか。なんとか走り出したはええけど、間違いなく今からは逃げの手はもう使えへん。きっとシロウズもおっちゃんらも真っ青やろうなぁ、今シンガリ内ラチ沿いやもん。パドック前まで覚えとったことがほぼ全部無駄骨なってもうた。
……いや、まだやれる。やってやれる。
まず最内を避ける。砂が深いんはさっきの返しで走ったからわかる。何人かはそこを走っとるけど、明らかに走りづらそうにしとるから避けんとあかんのは明白。それにあんな砂、浴びとうない。照明で光っとるんは綺麗やけど、砂は砂。シャワー浴びるん手間やし、服ん中入ったらどないすんねん。痛いねん。
さて、と。外に出したいんやけど、もうコーナー入ってまう。
とりあえずまずは様子見。様子を見ながら仕掛けるんなら、3コーナーの前までに。そこの対策をちゃんとしたんや、つまりはそこで仕掛けるんが1番やりやすいってことやろ。……っとと、やっぱコーナーも内はズブズブ。走り方が逃げも後ろも変わらんようなら覚えとって正解やった。
『先頭は変わらずコルベットシーフ、続いてクリカラ、アシュラエンパイア、ハイムヴェー、ここまで先団です。少し開いて……』
もうすぐコーナーを抜ける。向正面のどこで仕掛けるんが得策やろか。しっかし皆外に出るとはよっぽど嫌いなんやろなぁ、この深いダート……と思っとったら私も外におった。出そうとは思ってへんのに……
いや、これはアレや。遠心力。園田はカーブがちっこいから、無理に曲がると外へ引っ張られる。昨日の晩に勉強したとこや!
んでそこへ下手に抗えば……
「脚、遅なるな?」
最初のコーナーの内に脚使うんが良かったっぽい、あぁクソ、一手遅れてもた。けど3コーナーまでに仕掛けきってそこから短い直線でやったればまだチャンスがある。
せやったら今仕掛けへんで、どこで仕掛けるって話!
距離ロス上等、ぶん回し大外刈りバッチコイや!
「まだまだこっからぁぁッ!!」
『おっとオラコシグニフェリ上がって行きます。先頭は変わってアシュラエンパイア、リード一バ身。続いてコルベットシーフ、ハイムヴェー、クリカラ、ラケーテン。二バ身開けて上がってきましたオラコシグニフェリ、』
掛かったとでも思っとるんやろ、なんせ私やてパニクっとるんや!ここで焦らんでどないすんねん、ここは先行有利の園田レースやぞ!
一人!二人!まだまだ引っこ抜いてぇっ!せめて3コーナー前に先団に付ける!そないしたら後は直線で勝負!最高速度で……やない、とりあえず先頭でゴールしたら終いや!
曲がり始めた。こっからのスパイラルカーブ……出口がキッツいカーブの入口。
あと3人、ここまでで仕掛けて正解や!こっからは一夜漬けの中身とほぼ同じ……!
「「短いから、かっ飛ばす!」」
『先頭は変わらずアシュラエンパイア、半バ身開けてハイムヴェー、コルベットシーフ、一バ身差オラコシグニフェリ!さあ4コーナーを抜けて直線に入ります!』
息は入れる暇も隙もあらへんかったから、ここで押し切るしかあらへん。
こっから直線勝負。酸素不足で頭が切れてまう前にせめて、ゲン担ぎ。昔ダービー勝ったウマ娘やて、南無三祈っとったぐらいやし。
「―――神サンか仏サンか、閻魔サンでもかまへん。どなたか居るんやったら、せめてのお願い。私が負ってもうたこの傷は、私のこれからのレース生への前払いの領収書として。
こっから、のし上がる為に。
アイツらに、罪の対価を払わしたるために。」
あぁ、やっぱ無理しとるんかな、ちょっと苦しい。真っ赤な視界がバチバチしとる。他のウマ娘も歪んでぼやけて見えへん。あの模擬レースの時やてそうやった。あん時はまだ、こう。もっと透明やったけど。
勝ちたいことに、変わりはあらへんから。
「……サァ、道の一本通させぇや。
外へ出して、踏み込む。
一歩、二歩。潜り込むように。覚えた型なんて知らん。手がどうとか気にしたもんやない。
ただ、がむしゃらに。ひたすらに―――
『先▓はオ▓コ▓グニ▓▓リ、オラコシグ▓▓▓リ!リー▓▓▓馬身、三▓▓▓▓』
うっさい。去ね や。
『◆ ◆◆ ◆◆◆◆ ◆!!◆◆ ◆◆、◆ー◆◆◆!!』
まだ や。走 らせ ろ や。
『 ― ―― ― ―』
もっと。
あれっ。ラチが曲がっとる。ああ、こっからコーナー?
でも走っとるんは直線やったよな?
曲がらんと「オ ち■ん!■終■■!二周■無い■!」
二周……?
後ろから声がして。……誰やろ、あしゅらなんたら、やっけ。
ん、ああ、終わりなんか。それなら緩めてええか。襲歩から駈歩、とっとっとっ、と速度を落として。
五感が晴れてく。赤かった視界はもう夜の黒のそれに、聞き取りきれへんかった言葉が拾えるように。……どっかで強ぅ踏み込み過ぎたわ、後で強い目のシップ貰お。
けほっ、と咳込んでもた。息吸う時に唾飲み込むんミスったんかな。
鉄の匂い。
ぎとついた舌の上。
あれ、なんで手が赤く
……ん、なんや、シロウズ そこにおったんか。
走って来るんとかあぶないで ここ、コースや。
そない騒がんといてぇや、頭いたなるから。
けどほら、勝ったで?