お気に召して頂き誠にありがとうございます。
夢を、見とった。
揺れる車の中。中央のトレセン学園で後ろ手に拘束されて、セダン……後部座席の真ん中の席。あ、筋弛緩薬かなんか打たれたんか。運転席を蹴ろうにもシートの裏を押し込むだけ、腕のバンドを引きちぎろうにも上手く腕が動かん。まあシートの左右に1人ずつ、運転手と助手席に1人おる上、そもそも前後がガラスかアクリルかなんかで仕切られとるからできたとて、や。その男らは、道が高速やの下道がどないやの、油がどないとか話し合っとる。UCACが、って言葉も出てきおった。
ああ、夢とちゃうんか。私は、■■■■■はこの景色を知っとる。
知っとるも何も、これが■■■■■としての人生最後の記憶なんや、最期に見る景色がアレってのはほんま胃が穴あきチーズなってまうわ。
ふと、ひっくり返るような目眩で視界が暗なって、頭ん中があの2月末へ引き戻されていく。
あの日……まだ、私が中央所属の■■■■■やった最期の日。
模擬レースで勝ったら、そのまんま控室で拘束された。理由も言われへんまんま、こっち見とるトレーナーへ自慢しにスタンドに行こう思たら黒服の警備員が何かに取り押さえられて、囲まれながらこないな場所まで連れてこられた。一着になったんがアカンかったらしい、なんせ場内ざわめいとったからなぁ。
水どころか机や椅子の1つあらへんような、椅子だけの無機質な部屋ん角っこに吊り下げられたテレビの会見で、私の名前が繰り返し呼ばれるんはホンマに気持ち悪い。鉄の床はほんま冷たいもんや、冷暖房の1つあらへんのはほんま止めてほしいもんや。机あったら投げ飛ばしとるやろうし、判断は多分正解や。
会見のほうは秋川さんやったか、あの帽子の理事長がおらへん。こない時、URAの理事長おらんとあかんのやないの?代理って名札で座っとるんもあんなおっさんやない……もうちょっと、黒髪のお姉さんやなかったっけ、あの頭はすこぶるエエねんけど運動神経が悪そうな。
それに聞いとると、レース庁のトップが報告書の1つ出しかねへんような内容。誰やったっけかな、今の事務次官って。……えーと、シンボル……シンボリ……あ、ルドルフさんか。私のこと怒鳴りに来るんやろなぁ、きっと。けどやってへんことは普通にやってへんから、まあ最後は怒られるんは仕組んだ誰かさんや。
しっかし、出たいが出ようにも地下やし窓はあらへん、ドアも鉄製やし覗き窓には鉄格子。それに外にも警備員がおった……少なくとも、四人。ここ、UCACとかいう協会かなんかの事務所ってえらい物騒なもんやなぁ。地下にこないな収容施設みたいなとこ、なんであるんやろ。
せやけどドーピング、斜行、走行妨害て……んなことしとら―――あ、朝飯のガーリックトーストがそないな検査に引っかかったんやったのならドーピングはまだわかるわ、弁明させてぇや。せやけど今後ニンニク食えへんなるんは堪忍して欲しいから、せめて三ヶ月ぐらい謹慎でええやんけ。……せやけど、レース前に検査してオッケー言われたで、私。そないしてぼー、っと聞いとったら。
退学、除名、永久追放。そんな言葉に耳が傾いた。
は?
もう、走れへんってこと? 中央どころか
あーあ、おっちゃんおばちゃんらにええ顔できへんやんけ。それにせっかく友達やてできそうやったのになぁ、もう。そっからの質疑応答とか聞く気失せてまうやんけ。いらんいらん、はよユタカーズの試合に変えてくれへんか、6時半なんよ。
それでも変わらへんチャンネルに嫌気が差したから、テレビを無視して天井のシミ数えとった。そしたらスーツの男らが突然入ってきおった。なんや、ノック1つあらへんで入ってくるとかデリカシーあるんか?
無言で囲まれる。息の音からして後にも1人おるから、6人か。変なトコ触ろうもんなら蹴り飛ばしたるからな。
「どないする気?」
「我々に着いてきてもらう。」
「へー、どこまで?
「知るか。拘束しろ。」
「あっコラ話聞けやこの―――」
立ち上がろうと腰を浮かした瞬間、腰を強く後ろから蹴られた。
「んがぁっ!?」
背後から乗っかられて、腹から地面へ押し付けられる。
「腕を動かさせるな!脚もだ!」
首を抑えようとした手を、逆に肩ごと掴まれては曲げられ、背中で固められる。掌に、靴の感触。片方しか見えへんけど、肘を抑えられながら踏みつけられとる。
腕に意識割かれとったんか、脚も膝から曲げられて座られとる。動かそうにも、関節キメられとるせいか上手く力が入らへん。
指示役の男はこっち見とるだけ。苛つくわほんま。
「うぐっ……この、っダボォッ!!」
「この期に及んで……!」
革靴の先で顔を小突かれたから噛みついたった。ぶちぶちと噛みちぎられる音がして、引っ込めおった足先は裂けた靴下が覗いて。
「
「っ……このクズを黙らせろ!」
頭蓋骨ごと、床へ叩きつけられる。ウマ娘やなかったら顎の骨とか砕けとるかもしれへん。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ!!」
咥えていたゴミが床へ転がる。暴れようにも、5人となれば敵わん。
「肺を抑えつけろ、今に動けなくなる!」
あぁもう、息を吐けても吸えへん。
「動くなぁっ!」
興奮してしまって呼吸がはげしくなって、あたまがぼうっとして。あぁくそ、こいつらどないなってでも出たる。
「どうします、こいつもっと暴れますよ!?」
「もう知らん、絞めろ!」
くびがきゅっ、としまって。
ほほの冷たいゆかだけが、最ごまでいしきに残って。
そないして、気がついたらこの車ん中におった。ああ、まだはっきりと思い出してまう。こっから下道へ入って、橋を渡ったら、土手沿いに進んだ先。
スピードを落として曲がる。白い壁に囲まれた、赤サビまみれの鉄骨の―――
ぱち、と目ん玉の奥で柔らかく弾ける光。
鼻ん奥に、薬品の匂い。ぴっ、ぴっと頭の上から。
消毒液の匂い、やけに重ったるい掛け布団、上がヒモの黄ばんだカーテン。
多分こっちは、現実。
ここは病院……いや、あん時の手術で見たことある照明。さっきまでレース場おったから……場内の診療所やろか。
少し身体を起こそうとしたら、胸の真ん中からつっかえが込み上げてきおった。けほ、と咳き込んで、喉ん奥の粘っこい鉄味が舌へとへばりつく。痰をベッド横の洗面器にペェして口元を拭う。
「うえぇ。」
まだ赤黒いのが出よるわ。色がゴキみたいでネトネトしてクッサイの。
えーと、あれからどないしたんやったっけか。血ぃ吐いたんは覚えとる。そっからシロウズが走ってきて、抱かれた……いや、介抱ってやつやろか。痛いとこがどないとか喋んなとか言われたんは容易に思い出せる。叫ばれたらそら覚えてまう。あとウマ娘が何人かおった、ような。浮いとるような感じもした……あ、運ばれたんか。きっと手伝ったんは
けどそっからはほぼ覚えてへん。覚えとる限り喋ったらアカンようやったし、出てきそうになる咳と血ぐらいしか頭にあらへんかった。
けど口やとか身体は拭かれとるっぽい。まあ血まみれ砂まみれ、そんな私はキズまみれやし。けど顔はどーせ頬も唇も紅はやってへんのやからそのまんまでええやんけ。嫁いけるか知らんけど、まー似合うんちゃう?
いや待て待て、立ち止まってちょい考えろや
『アホと天才は紙一重』なんて言われたんやろ。
まず、こんな傷あるんやったらそもそも化粧も無意味や。結納すら無理やぞ私。こーんなボコボコの女の子なんて、可愛いかどないかでいえば下から数えたらいの一番一着後ろからはなーんにもこーへんやろ。ベールか角隠しかはたまた打ち覆いか知らんけど、その中には火傷の痕、もう鬼かなんかや、私。吐いた血で頬紅口紅はたいて死に化粧やな、要るんは。
さて、私は今どないことなっとるんやろ。どっから血出たんやろ、胃か肺か、それとも心の臓か。てか今何時や、飯食っとらんから腹ん中がきゅうきゅう叫んどるしだいぶ経っとるな?……もうしゃーない、流動食でもええわ。鉄100%かトマトジュースやないならなんでもええわ。こちとら食にはこだわっとんのやで?
……やっぱナースコール押したろっかな。けど誰か他にけが人おったら邪魔なってまうか。まあ今日も園田は私以外全人バ無事やとええんやけどなぁ、動けるようなったらまた観音様に頭下げてこよ、「可能やったら全人バの範囲に私も含めてくれませんか?」て。……まあ、きっと無理やろ。私はホンマはおらへんはずのウマ娘やし。
ふと、薬品臭い室内に一筋、スパイスの香り。コレは……あぁクミンか。ズズ、ズズなんて音も。
……って何処の誰やこないな診療所ん中でカレー味ん麺を食っとるんは!こちとらただでさえ腹減ってんのにレース後なんやぞ!何やっとんねん、それに私に拷問でもしたいんやったらシーフードかチリトマトにせぇや、カレーはナンに限るんや私ゃ!あー、ホンマに腹減ったやんけ。飯テロ起こすんはホンマ勘弁して。
やとしてもできるんやったら持ってって欲しいわ、匂いだけでも腹イッパイなりそうやけど。
ふと、シロウズの言っとった言葉が頭に浮かんで。
「勝ち負けじゃない、かぁ。」
……勝つだけやったらあかんのか、それとも、負けたとしても何か。何か、大事なことがあるんやろか。
私にとっては、勝ってナンボなんやけど。
ぼちぼち遅れます。
ご了承ください。