「で、するの?せえへんの?」
じぃ、と毛布から頭のみ出して問うシグ。
答えは決まっているが、聞いておくべきことはいくつかある。
「UCACをなぜ恨んでいるのか、それは知りたい。」
「復讐する理由、やな。まあ粗方は会った時に話しとった通り、消されたからやが、もうちょい細かい話もせんとアカンやろ?」
確かにそうだ。うろ覚え名人の脳には「名前を消された」とか「クズの手で潰された」などの言葉が残っている。
「でも消されたのは消されたけど、じゃあ今生きてるシグは?」
「私は、って。目の前で話しとるんは誰やと思う?それとも朝昼に変なもんでも食べたん?お薬飲んだらどない?」
ジト目で返してくる。言葉ではボケていても、その瞳孔は漫才で見るようなツッコミなんかではない、俺を嘲笑うような威圧。
しかし生死不明で、確実にここに生きている。なるほどわからん。だが、比喩としてなら合って「へーぇ、ほんまに死んどらへんとでも思とる?」
また見抜かれる。
「残念やけど、確かに私は一度死んどる、らしい。けどなんで生きとるかは私も知らへん。私やてそんなこと理解しとうもあらへん、考えただけで吐き気するし。一度心臓が止まっとることはおっちゃんらのかかりつけのとこで診てもろてカルテも上がっとるし。」
「具体的には?」
「現場からずっと下流の海岸で起きてから数日経っとって、まず見ての通り火傷に傷。痣もあったんやけどすぐ治った。あと色々やったな……心電図やろ?血は採ってもろたら変な値になっとったらしいし、あとレントゲンは悲惨やったわ。あー、しっかし最悪の目覚めやったわ……東京の海やで?海藻、お魚さんの死骸に工業地帯や、変な臭いがくちゃいくちゃいの何の……」
凄惨の一言に尽きる。16歳の少女が受けていいものではないとなれば尚更。聞いているだけで鉄と潮、油の臭いが鼻を掠める。
「心当たりは?」
「あんた、あれ知らへん?『模擬レースの進路妨害したウマ娘が失踪した』って事案。いつ聴いてもほんま腹立つけど。いやあれはムカつかんヒトおらんとちゃうん!?せやから公平な立場の第三者による……」
瞬間、フラッシュバックする不可解な記憶。今度は、その五感ごと鮮明に。
「……あ。」
分厚いパソコンの黄ばんだ枠組み。
「旧版トレーナー教本_コピー」
ピーンともジーンとも聞こえる画面からのノイズ。
「進路妨害」
微かな埃の香り。
「レース界からの永久追放」
ざらついたキーボード。
「加害者は後に事故に巻き込まれて失踪、生死不明」
入社してすぐの俺で4人目のログイン者。
そして。
「……加害走者、■■■■■。」
「ビーンゴ。よう覚えとったな、偉い偉い。けど1個間違っとるかな、一応私は『被害者』やで?」
よしよし、と頭を撫でられた。……久しぶりにされたような気がする。
「君、ってさ。その■■■■■……なん、だよね?」
震えてしまう息を吐いて問う。
「まあ、昔はそういうことや……昔は、な。今は知っての通り、■■■■■は死んどるよ。」
「いや、でも。事故で生死不明、失踪したって……」
「記録では、やろ?あんなんウソウソ、実際のとこはヒトの手……暴行よ。この大怪我は燃える鉄骨落ちてきただけでなるもんやと思う?」
首元から肩を腕ごと出してくる。
じわり、と背に走る猛烈な悪寒。春先の尼崎とは思えない恐怖の温度。人が人の手で壊されるという絵空事が、よりにもよってあのトレセン学園で起こったという絶望。
「何故、君がそうされなければいけなかったんだ……?」
「邪魔やから、の一言以上要る?」
へっ、と笑って言うものの少なくともあと六言ぐらいの説明が欲しい。
「要る。それも詳し目に。」
「そう言うと思たで。せやな……マールィドクトゥスっておるやろ。ほら、『新進気鋭、期待の新星』とか言われとるアイツ。」
聞き覚えがある。俺が入社する前から次代のジュニア級として噂に挙がっているウマ娘。まもなくデビューするが、入学した時点で既に話題に……
待て。少し前に大きく出ていた見出しはたしか。
『UCAC所属のウマ娘が模擬レースで進路妨害の被害に……』
「……まさか。」
「せや、そのまさかや。」
繋がる。
「つまり、そのマールィドクトゥスってウマ娘が。」
「せやせや、そいつはその将来で邪魔になる私を消した。まーとりあえず及第点のアンサーやね。」
「どう、邪魔なんだ?」
理由……動機。どのような悪であれ、何かしらあるもの。
「そら、私みたいなのに負けたらエリートちゃうやん?田舎から出てきたウマ娘に負けるなんて、そら屈辱的やったやろなぁ。」
本人はこうして目を細めてニヤニヤしているが、明らかにこれは笑い話ではない。笑えない、禁忌の勝ち方。勝ちたい、目立ちたいという欲の歪んだ表出。
昔から、こういうのは許せない人間だった。カチカチ山の狸の所業ですら子供ながらにカッカしていた俺が、この惨劇を見てどう感じたかは火を見るより明らかではあった。
「そんなの、馬鹿げてる。なんで……なんで負けただけでウマ娘が潰されるんだ!そんなことをしていて被害者としてふるまうって……」
声を荒げてしまう。
「やろ?ハラワタがカッカ煮えくり返って霧散してまうでな五臓六腑。」
「じゃあ今から顔を出して、テレビや新聞に声明を出せば……」
「やー、無理。無理無理。私、一応世界の敵やで?それにメディアももうアカンと思うし?そら揉み消されて逆探知、アンタも私も御陀仏御陀仏南無三々や。どないして消されるかはまあ、工場火災がまだ無事なやられかたになるやろなぁ……。まあこれでも私はウマ娘、走れずにお墓に入るんは堪忍してほしいわ。」
出していた片手を構えてブツブツと念仏を唱えるシグ。明らかに適当に言っている。
「……だから、園田レース場であんな姿に?」
「行き倒れのフリ、やな。見ての通りトレーナーおらへんけど、兵庫トレセン学園に匿って貰っとる身ではあるで。」
胸元から学生証を取り出す。名前の欄には、『オラコシグニフェリ』……待て、毛布の下は裸だったよな?
「つまり、今からでも間に合うワケ。アンタが私のトレーナーなったんなら、オラコシグニフェリとして生きられるんよ。」
こういう時、まずウマ娘なら「誰かに勝つ為にトレーナーが欲しい」「輝きたいからパートナーが欲しい」「運命の相手」なんてのが昔からの言われ。
でも、シグは「生きる」為にトレーナーが欲しいと言う。
なら、答えは。
「俺で、本当に良いのか?」
恐る恐る問う。生きるのが理由ならちゃんとしたトレーナーなら誰でも良いはず。新人の俺では不安でしかないだろう。
「私はアンタがええからこないして転がり込んだんやで?飯二食もろて、風呂も浴びて、身体確認したやん。ここまでやってハイオサラバーとか言わんといてや、家のノブと鍵捻り潰して匿名ダイヤルに三桁ぶち込んで誘拐って叫んだる。」
「スマホ無いくsむふヌ」
口を塞がれた。鼻詰まりでないことが
「そこは言わへんのがお約束、や。ケータイは今度トレセンで買うてくれるらしいから安心してや。通信費もあっち持ち。」
勾留10秒未満、すぐに口腔は釈放された。
「で、じゃあ何故俺が良いんだ?」
「なあシロウズ。あんた、UCACに入ってないやろ。理由はどうでもええ、入っとらんのがエエんよ。それにアンタ新人やろ?部屋の小綺麗さ、ほつれ一つあらへんスーツ、それと冷蔵庫のあの匂い……あと入っとるもんやな。新品のタッパーとか、それほど食品や飲料やとかの中身詰まっとらんとことか。」
見抜かれる。今日だけで何回目だろうか。
「新人なら注目もされへん、誰も気に掛けへん。どうせ消えても目立たへん。それにこの腐った世界に慣らされとらんからな。復讐を果たすなら、相方もそれを理解できるまっさらな善人が最適やと思わん?」
「それが俺、と。」
どこかボッコボコに言われたような気がしなくもないが、笑みからしてバカにしてはいない。
「せやから、契約しよか。ト・レ・エ・ナ・ア?」
当然新入りの俺に専属のウマ娘はいない。模擬レースでのスカウトは失敗した。ウマ娘は皆UCAC所属かどうか聞いてきて、入ってないと分かればすぐさま目から光が失せて去るだけだった。
チームが居ることもあり得ない、ウマ娘が居ないなら当たり前だが。ウマ娘の付かないトレーナーはいずれ解雇されかねないのなら。
そして。
夢を見て中央の土を踏んだのに、訳もわからず地方に飛ばされて。
UCACの理不尽なやり方で夢を潰えさせられたのは君だけだと思うなよ、シグ。
「……じゃあ、契約だ。オラコシグニフェリ。」
「決まり。ほなここから待ったはナシやで?終わりが来たらまた一緒にあっち側行こな、今の刑法やとそのはずやろ?」
その辺りの法律はよくわからない。が、今なら理解できる。
「世界に消されて、夢を潰された君には正当な理由があるから。真実をこの腐った世に見せつける、反逆の権利が。」
アズールの双眸をじろりと睨む。応えるようにきっと目線が合わさる。
「だから、俺は君とこの世界に逆らってみたい。」
「お!乗り気やな、シロウズ。道徳とか成績良かったやろ?」
「覚えていないけど、こういう時のための科目なんだな、って。」
ニッと笑いあって、しかし瞳と眉は共犯者を見つけた企みの眼。
これは、復讐者達の挽歌。
棄てられた者達からの不条理への解。
死からのみ始まる物語。
世界の全てを敵に回す無謀なギャンブル。
それでも、夢を取り戻して何が悪い。
叛逆して、何がおかしい。
「……そういえば、判子持ってるの?」
「あ。あらへん……。てかシロウズ、その私の印を押す紙は?」
「……あっ。」
「明日か明後日、おっちゃんらに挨拶、しよな?」